裁判所

2018年5月28日 (月)

裁判手続のIT化(1)

1.「3つのe」

時々マスコミで報道されていますが、現在政府では裁判手続のIT化についての議論が進められています。https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/saiban/

「3つのe」という標語の下で、

  • e-filing(書類提出の電子化)
  • e-case management(事件の進行管理のIT化及び事件情報へのオンラインによるアクセス)
  • e-court(ウェブ会議、テレビ会議の拡大その他法廷における手続のIT化)

の実現を目指すとされており、法改正を要しないものについては、2019年度から試行的に実施されるようです。

2.米国の実情

米国では、裁判所への書類提出はネットでも可能であり、提出された書類をPACER(Public Access to Courts' Electronic Record)というシステムを通じて、日本からでも書類のダウンロードが可能です。我が国の議論では、アクセスを事件当事者や代理人に限定する方向で検討されているようですが、米国の場合は、一部の書類を除き、裁判の当事者や代理人でなくてもアクセスが可能です。以前某大学の大学院で講師をしたときに、最終的には和解で決着した米国での倒産事件の経緯を調べたことがありましたが、大いに役に立ちました。情報公開の徹底ということでは米国の実情は参考になると思われます。

また、倒産手続での債権届も米国の破産裁判所では電子的な方法で提出するのが原則で、米国の会社の倒産事件でこれを活用したことがあります。

更に、弁論についても裁判所へ出かけなくてもビデオを視聴することが可能であり、国土が広い米国ではIT化は非常に有用と考えられます。(米国の弁護士を起用すると、裁判所までのフライトやドライブの時間まで請求されますので、そのような時間の請求をされないという点では費用の節約にもなります。)

このように米国では裁判のIT化が進んでいるのは、国土の広さが関係しているかも知れません。

3.庁舎施設の問題

IT化の促進は大変結構な試みと思いますが、わが国の裁判所の庁舎がそれに適した構造になっているかどうか、という足元の問題があると思います。

例えば、複雑な事案の場合は、パワーポイントで作成した資料を法廷で映写して説明をするということが考えられます。刑事裁判ではそのようなことが行われることがあるようですが、民事裁判でももっと活用できないかと思うことがあります。

筆者がかつて東京地裁で民事調停官をしていたときに、複雑な調停案を作成しなければならない事件があり、当方で作成したエクセルファイルによる計算結果や調停条項案を調停室の壁に映して、当事者に説明しつつ、その場でコメントを頂戴しようと思ったことがありました。

民間企業に勤めておられる方々はご経験があると思いますが、契約交渉ではパワーポイントの資料をスクリーンに映写して、当事者双方が論点についての理解を深めることはしばしば行われています。この手法を調停条項案の説明に活用しようと考えたわけです。

ところが、調停室には電源コンセントがないことが分かり、断念したことがありました。後日、東京地裁の調停室全てにつき、コンセントの有無を調べたのですが、そのときの記憶では半分くらいの調停室は電源コンセントが無かったと思います。

笑えない話ですが、東京地裁/高裁の庁舎を設計したときには、各部屋の電源が欠かせないという問題意識が無かったのでしょうね。これに対して、総合商社の会議室は、パソコンを使用する電源、Wi-Fi、プロジェクタ、スクリーンといった設備を備えており、機能的に出来ていると思ったことがあります。

加えて、裁判官は自宅に仕事を持ち帰っているのが通例と理解していますが、裁判所の宿舎にはWi-Fiがあるのでしょうか?Wi-Fiがないと自宅からでは記録にアクセスできず仕事ができないですよね。

ということで、IT化の促進は大賛成なのですが、庁舎施設が意外と盲点になっているかも知れませんね。2021年には中目黒にビジネス裁判所がオープンするそうですが、庁舎の施設はどのようになるのでしょうかね。

4.ウェブ会議の活用

IT技術を活用して裁判の中身を充実化することも重要な課題と思います。

わざわざ裁判所へ出頭しなくても、ウェブ会議やTV会議で弁論手続や弁論準備手続が出来るのは、事件が係属している裁判所が遠隔地にある場合には便利です。しかし、IT技術の利用という点ではもう一歩踏み込んだことが出来ないか?という疑問があります。

契約交渉のようなビジネス法務の世界では、メールの交換だけで解決できるような小さな論点は、会議の前に(或いは後で)解決し、面談での交渉を要する点について予め当事者間で共通認識を形成したうえで、面談での交渉をすることが多いと思います。

訴訟手続においても、ウェブ会議/TV会議であれ、法廷での弁論であれ、当事者が一同に会して話し合いをする前に、意見交換を適宜行い、小さな論点を解決し、弁論や弁論準備手続では重要な争点だけを話し合うということができないか?という疑問を持っています。

かつて民事調停官をしていたときの経験になりますが、1ヶ月に一度程度しか開催されない調停期日において、小さな論点も大きな論点も話し合う必要があり、事前に準備をしていても、どうしても質問をしそびれてしまう事項があるという問題がありました。

また、裁判所が事件の争点や筋について理解していないと思われることがあります。その原因のひとつとしては、裁判所が当該事件について十分な情報を持っていないことが考えられると思います。当事者から提出される書面と期日での当事者との会話でしか事件の情報へアクセスできないので、仕方が無いことかも知れませんが、何か改善する方法がないかと思うことがあります。

例えば、手始めに期日間での和解条項の内容を詰めるため、代理人間で電子メールでやり取りをすることがありますが、CCを裁判所にするということが考えられます。そうすると、裁判所としても当事者間でどのようなやり取りをしているかを予め把握をしたうえで、次回期日に臨むことができ、裁判所における期日では、面談で協議すべきことに集中をすることが出来ますし、裁判所による事案の内容の理解も深まると思われます。

但し、電子メールでのやり取りについては、当事者による主張立証活動としては扱わないという約束で実施しないと、裁判所が当事者間の「場外乱闘」(?)に巻き込まれることになりますので、こうしたルールの下で実施すべきと考えます。

裁判手続のIT化については、このブログ記事で記載したこと以外にも沢山の検討事項があると思いますが、本日はこの辺で筆を擱かせていただきます。