プロジェクト関連ファイナンス

2015年12月 9日 (水)

官民連携(PPP)事業のSPC株式の譲渡(セカンダリー市場)

我が国ではあまり聞かない話ではないかと思いますが、官民連携(PPP)事業におけるSPCの株式の譲渡の話題です。

PFI事業の発祥の地である英国では、官民連携(PPP)事業における建設業者らが、早期のEXIT戦略として、その保有する株式を機関投資家に譲渡するということが行われているとのことです。取引の内容としては、SPC株式のみの譲渡ではなく、劣後ローンとの抱き合わせでの譲渡という形で行われるようです。また、取引の方式は、相対での交渉による場合もあるし、オークションを行う場合もあるようですが、買い手は、ガーンジー島(Bailiwick of Guernsey) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%BCやジャージー諸島https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BCに設けられたインフラ・ファンドのようなタックス・ヘイブンにおける私募ファンドが購入しているとされています。

一般に官民連携(PPP)事業の期間は長いので、年金基金などの長期的な投資を行う機関投資家には向いている投資対象と考えられます。

また、プロジェクトの建設期間中(green field)の段階ではなく、完工後(brown field)の段階に至ったプロジェクトのSPC株式等がセカンダリー市場での取引の対象とされているようです。完工遅延やコスト・オーバーランのような建設期間中のリスクはとりたくないということと考えられます。

こうした動きはリーマンショックの前までは盛んでしたが、その後下火になっているという話もあり現在はどうなっているのかは、筆者は情報を持ち合わせていません。従って、やや古い話になるかもしれませんが、その点はご容赦ください。

1.政策的な問題

スポンサーである建設業者からすると、早期に投資資金を回収し、新たなプロジェクトへの投資を行うメリットがありますが、こうしたSPC株式のセカンダリー市場での売却については、次のような異論もあるようです。

官民連携(PPP)事業の全てに当てはまるものかどうかは分かりませんが、官民連携(PPP)事業におけるSPCのセカンダリー市場での取引によって、新しい富が生まれるわけではなく、収入源が、国や地方公共団体からの支出である場合(サービス購入型のPFIを考えてください。)、国民が払う税金によって、SPC株式を購入したオフショアのファンドが潤うだけである、という批判があります。

また、SPC株式の所有者が官民連携(PPP)事業の建設業者から投資目的のファンドに代わった場合、当該事業にかかる意思決定を適切に行うことができるのか、疑問という批判もあります。

2.ストラクチャリングについて

SPC株式のみの譲渡であれば、あまり複雑なスキームを考案する必要はないのかもしれませんが、劣後ローンとの抱き合わせのような場合、これを信託や別のSPCを使って一つにまとめて売却するということも考えられます。

また、SPC株式の所有者が投資目的のファンドに代わった場合、事業にかかる意思決定を適切に行うことができるかどうかという問題もあり、そのような問題への対応としては、SPC株式を信託し、信託受益権の形で投資家へ売却し、信託財産であるSPC株式の議決権は委託者である建設業者等に残しておくということも考えられると思います。

3.デューデリジェンスの重要性

投資家の側からすると、購入の意思決定のためのデューデリジェンスが重要となると考えられます。

デューデリジェンスの対象は広くプロジェクト関連契約全般になると思いますが、その中でも特に重要になりそうなものとしては以下のような点でしょうか…。

a. SPC株式等の売却について、ほかの株主や第三者の同意を要するか?要する場合には、同意を要しない方法がないかどうかの検討が必要となると思われます。また、潜在株式の有無や、意思決定の方法もデューデリジェンスの対象となると思われます。

b. 先買権(pre-emption right)の有無。大抵は付着していると思います。英国の事例では、完工したのちには、先買権が外れるような工夫をしている事案もあるようです。

c.  市場環境の変化、施設運営コストの変動といった要因(こういったリスクが下請業者にpass downされているかどうか)や保険料や施設の管理費用や更新の要否といったことも検討課題と考えられます。

d.  プロジェクト関連契約においては、履行ボンドや保証の内容や期間はもとより、下請業者にプロジェクト関連契約の義務がpass downされているかどうかが問題になると考えられます。

e.   また施設運営業者との契約については、施設運営業者への支払の条件、責任の内容、step-inする場合の条件等が問題になりますし、さらに、建設業者と施設運営業者との間のインターフェース及び責任分担も検討課題になると考えられます。

プロジェクト関連契約に加え、ローン契約及び付随する担保契約の内容もデューデリジェンスの対象となると考えられます。

このように挙げるとキリがありませんが、デューデリジェンスの対象は広汎なものになり、そのコストもかかることになりますので、売り手の側でこうした点についてレポートを作成し(その内容の正確性について表明保証をすることになると思いますが)、買い手側のデューデリジェンスの負担を軽くするということも考えられると思います。

以上

2015年11月20日 (金)

プロジェクトボンドとNegative Carry

1.プロジェクトボンド及びNegative Carryとは?

インフラ事業の資金調達方法としてプロジェクトボンドというものがあります。要するに、プロジェクト会社が社債を発行して資本市場から直接資金を調達する方法なのですが、我が国では、先例はほとんど無いに等しいのが実情です。

筆者もインフラ事業関連のファイナンスの相談を受けた際に、プロジェクトボンドの可能性を検討したことはあったのですが、資金調達のためのいくつかの選択肢の一つとして挙がっていても、検討の途中においていつの間にか消えていました。

プロジェクトボンドが結局実現しなかった原因の一つとして、Negative Carryと称される問題が指摘できます。有名な論点なので、ご存じの方も多いと思いますが、念のため筆者の理解を記載します。

インフラ事業ではプロジェクトが完成して、事業のための借入金の返済を行うことができる段階(いわゆる「プロジェクトの完工」)に至るまで、数年以上かかるものもあります。ところで、インフラの建設工事においては、各段階ごとにマイルストーンを設定し、マイルストーンが達成されたときに、下請業者に対して請負代金を支払っています。従って、あるプロジェクトの事業資金として100必要であっても、Day 1に100全額支払われる訳ではなく、マイルストーン達成のたびに、小出しに支払われていくわけです。

ローンによる事業資金の調達の場合、金融機関による貸し出しのコミットメントに基づき、プロジェクト会社は、必要な額の資金を必要なときに借り出して、下請業者らに支払えば済むわけですが、社債による事業資金の調達の場合、Day 1に事業資金の全額が手に入るので、これを小出しに使うとなると、社債の発行により調達した資金を、預金か何かの方法で保有せざるを得ません。ところが、社債の金利は預金の金利よりも高いので、結局この金利差がプロジェクト会社にとって無駄な支出となってしまうわけです。

これをNegative Carryといいます。

Negative Carryの問題があるために、特に工期の長いプロジェクトの場合、ローンによる資金調達に比べ割高になるということもあって嫌われる原因の一つのようです。

2.Forward Purchase Bondの仕組み

最近、といっても去年の話ですが、ベルギーの道路に関する官民連携事業(PPP)の資金調達のために発行されたプロジェクトボンド(VIA A11 NV)において、Forward Purchase Bondという仕組みが取り入れられているのが話題を集めています。http://www.iflr.com/Article/3330646/A11-proves-governments-will-back-project-bonds.html

Forward Purchase Bondとは、プロジェクトボンドを発行したと同時に発行体(プロジェクト会社)がこれを買戻し自己社債とするもので、その後Bond Purchase Agreementにおいて、社債の購入のコミットメントを行った機関投資家が、プロジェクト建設の進捗に応じて、発行体が保有している社債を、当初に約定した代金において買い取り、その買い取り代金をもってプロジェクト会社は下請業者らへの支払いを行っていく、というものです。

プロジェクトボンドが自己社債である間は、発行体としては金利の支払いが必要ではなく、また当面不要な資金を預金などで寝かせておく必要がなくなるということで、Negative Carryの問題を解決した事例と評価できるのではないかと思います。

我が国の会社法の解釈としては、発行体が自己社債を取得しても社債は混同によって消滅しないと考えられており(橋本「社債法」(商事法務)2015年、54頁)、ほかに検討すべき問題はあるとは思いますが、我が国でも同様のスキームを採用することができるかもしれません。

3.その他

上記のVIA A11 NVのプロジェクトボンドは、European Investment Bankが建設期間中において、スタンドバイ信用状(Letter of Credit)で、劣後債権者の地位に立つことによって、信用補完を行っています。

官民連携事業(PPP)は、官において行うべき事業を民が行うという側面がありますので、官による支援が許されるというロジックはありうると思います。特に、「グリーン・フィールド」と呼ばれる建設期間中のプロジェクトがキャッシュフローを生まない段階での官の支援の在り方としては参考になるのではないかと思います。

4. 今後の展開

これまではプロジェクト資金の調達は銀行ローンが中心であったと思われますが、銀行の自己資本規制の強化に伴い、銀行ローンによる資金調達に限界が出てくると思います。そのような時代になったときに、銀行ローンに代わり資本市場からの直接の資金調達であるプロジェクトボンドが注目を集めるようになると思います。

以上