会社法・金融商品取引法

2018年7月22日 (日)

米国預託証券(ADR)の訴訟リスク-米国における東芝証券訴訟を契機として

 7月17日(火)(米国時間)に、米国の第9巡回裁判所(控訴審)が、米国の投資家が東芝を相手に提起していた証券訴訟において、被告東芝勝訴の第1審判決を破棄して、第1審への差戻したとの報道がなされました。

 これは、"unsponsored ADR"と呼ばれる証券に関する訴訟ですが、東芝以外にも我が国企業の株式でも"unsponsored ADR"が発行されているものがあるので、こうした日本企業に対する警鐘となりうるのではないか、という問題意識から本ブログ記事を書くこととしました。

[1] 事案の概要

 本件は、米国の金融機関がその保有している東芝の株式を裏付けに、米国預託証券(American Depository Receipt)を発行し、これを購入した投資家らが、東芝の不正会計事件によりADRの価値が下落したことを理由に、米国の裁判所において、東芝を相手に損害賠償訴訟を提起したものです。

 第1審は東芝勝訴。ところが、控訴審は第1審判決を破棄し、原審に差戻しています。

[2] Unsponsored ADR(いわゆる「勝手ADR」)

 ADRは、米国の証券市場において外国株式を流通させるために、外国株式を米国の預託機関(金融機関)において保管し、預託機関がこれを裏付けとしてADRと呼ばれる証券を投資家に発行するものですが、これには、外国株式の発行企業の関与なしに発行される"unsponsored ADR"というものと、発行企業の関与がある"sponsored ADR"と呼ばれるものがあります。発行企業の関与なしに発行されるADRであるために、"unsponsored ADR"は「勝手ADR」と俗に呼ばれています。2008年の規制の改正により、"unsponsored ADR"の発行が容易になったために、数が増えてきているとの話も聞いたことがあります。

 "unsponsored ADR"(勝手ADR)の裏付けとなる外国株式の発行企業は、米国の証券取引所で上場している会社のような継続開示の義務を負うことはありませんが、"unsponsored ADR"は、店頭市場での流通しか認められていません。 本件で問題になったのは、東芝の株式を裏付けとした"unsponsored ADR"(勝手ADR)でした。

 なお、以前本ブログ記事で武田薬品工業によるシャイアーの買収を扱ったことがありましたが、武田薬品工業は、現在スポンサー付きのADRプログラムを有しています。

[3] 本件の争点

 「勝手ADR」は発行企業の関与なしに発行されるADRであって、訴訟リスクは低いとも一部で言われていたようであり、現に第一審では東芝が勝訴していたので、筆者は本件についてほとんどフォローアップしていませんでした。

 ところが、控訴審は第一審判決を破棄し原審に差戻しているので、俄かに興味をそそられ、控訴審判決を入手し読んでみることにしました。⇒http://cdn.ca9.uscourts.gov/datastore/opinions/2018/07/17/16-56058.pdf

 控訴審判決によれば、原告である投資家らは、日本の金融商品取引法違反を含め、3つの請求原因を主張していましたが、主要な争点となったのは、34年証券取引所法第10条(b)項及び証券取引委員会規則Rule 10b-5という規定の適用の有無です。

 Rule 10b-5に基づく証券訴訟は米国のロースクールで必ず扱うもので、「市場に対する詐欺」理論と呼ばれる理論に基づくものです。これは、公開市場における会社の株価は会社の企業情報によって決定されることを前提に、投資家が発行会社による不実表示に直接依拠して株式を購入しなくても、発行会社による不実表示と投資家による株式の購入との間に因果関係を認めるというもので、米国での証券訴訟では非常に多く活用されています。

 東芝による利益の水増しが問題になったのは、日本国内において公表された有価証券報告書であって、前記のとおり"unsponsored ADR"の場合は、証券取引所に上場している企業のような継続開示を米国において行っているわけではありません。それなのに、何故日本における開示が、米国において「発行会社による不実表示」⇒「市場に対する詐欺」とされるのか。米国34年証券取引所法の域外適用が問題になった事例です。

[4] 先例としてのMorrison判決

 米国の証券規制の域外適用が争点になった先例には、Morrison v. National Australia Bank Ltd.という事例があり、このMorrison事件ではオーストラリアで上場している銀行の株式を裏付けに発行されたADRに関して、オーストラリアの投資家らが、同銀行の米国支店が不実表示を行っていたことを理由に、米国の裁判所に出訴しました。

同事件において米国の最高裁は、米国34年証券取引所法が域外適用されるのは、

  1. 米国内の証券取引所に登録された証券の売買、又は
  2. (米国内において)未登録の証券の米国内における取引

であるとの一般論を述べ、投資家の訴えを退けています。

 東芝事件の第1審及び控訴審では、このMorrison判決の射程範囲についての考え方の相違で結論が違ったと考えられます。

[5] 本件控訴審判決

 第1審判決は、東芝の株式を裏付けとした"unsponsored ADR"は店頭市場で取引されるものであって、Morrison判決の1でいうように証券取引所に登録された証券ではなく、かつ(ADRとは、証券の預託機関である米国の金融機関と投資家との契約であるから)ADRの購入者と東芝との間には米国内での証券の取引はないので、Morrison判決の2にも該当しない、として東芝勝訴の判決を言い渡しています。

 これに対して、控訴審ではADRは米国の証券取引所に登録された証券でないことは認めていますが、2の未登録の証券の米国内の取引に該当するかどうかについて、原告である投資家らは十分な主張をしていないので、その主張をするように、との理由で原審に差し戻しています。

 控訴審判決は、Morrison判決の2に該当するか否かの判断はしていないので、今後行われるであろう、差戻し審での審理如何によるので、現時点では何とも言えないところですが、以下の点が注目されます。

  1. 「未登録証券の米国内における取引」と言えるかどうかは、不実表示が行われた場所が問題ではなく、「国内取引」があったといえるかどうかである。
  2. 「国内取引」であるか否かは、Absolute Activist Value Masuter Fund Ltd. v. Ficetoで示された"irrevocable liability"基準によって判定される。
  3. この"irrevocable liability"とは、証券の売買における買主の代金支払等のirrevocable(撤回不能の)義務が米国内で生じたか、或いは売主の証券引渡しにかかるirrevocable(撤回不能の)義務が米国内で生じたか、によって「国内取引」か否かが判定される。
  4. 具体的にどのような事実をもって証券売買の当事者の"irrevocable liability"(撤回不能の義務)が生じたと認定されるのかについて、電子送金が米国内に向けて行われたり、売買にかかる書面が米国向けに送られた場合はこれに該当する。
  5. 投資家がADRを購入したこと自体は「国内取引」であること殆ど疑いが無い。
  6. 問題は取引の場所であって、株式を発行した外国企業が取引に従事していたかどうかではない

 筆者の意見ではこの最後の6の部分がかなり厳しいと思います。というのは、筆者の認識では、いわゆる「勝手ADR」(unsponsored ADR)とは外国発行企業の関与なしに発行されるので、自らが関与して作られたADRではないにもかかわらず、米国での証券訴訟のリスクに晒される結果になりかねないからです。

[6] 東芝による不実表明とADRの売買との関連性

 控訴審判決は、更に「東芝による不実表明とADRの売買との関連性」について、原告である投資家に主張立証するように説示しています。これは、Rule 10b-5の規定において、「証券の売買に関して」(in connection the purchase or sale of any security)、という文言があるので、東芝の不実表示と原告らのADRの売買との関連性を要するからです。この「関連性」については、日本法でいう相当因果関係よりも相当範囲が広く、わが国の裁判実務では因果関係が認定されないものでも、「関連性」があると考えられています。

 控訴審判決は、この点について、原告はADRの仕組みやADR購入にかかる事実の詳細を主張していないと述べつつ、次の点を指摘しています。

  1. "unsponsored ADR"(勝手ADR)であっても、外国株式の保管をする預託機関は、通常、発行会社の了解を得ている。
  2. "unsponsored ADR"を発行するにあたり、預託機関は、株式の発行会社より、「ADRの発行につき異議を述べない。」旨のレターを徴求している。
  3. 東芝は、"unsponsored ADR"の発行のために、英語による財務書類へのアクセスが可能である状態にしている。
 最後の英文による財務書類へのアクセスの確保は、"unsponsored ADR"の発行と維持の要件になっているので、これを理由に「関連性」があるとされるのは、不合理であると思いますが、上記の1と2は、ADRを発行する外国株式の預託機関と当該外国株式の発行会社との関係に言及するものであって、「ADRの仕組みやADR購入にかかる事実の詳細」に関係があるものとして注目すべきではないかと思います。
[7] 日本企業への教訓
 東芝の証券訴訟の今後の帰趨の予測は困難ですが、日本企業としては、今回のように"unsponsored ADR"(勝手ADR)であっても、米国の証券訴訟において訴えられるリスクがあることを意識し、ADR発行やその維持に関して、株式を保管している預託機関とのやり取りその他の関係性についての再確認が必要になるのではないかと考えます。
以上
 

 

 

2018年7月10日 (火)

Simple Agreement for Future Tokens (SAFT)について(3)(我が国の規制との関係)

1.はじめに

 これまで、2回にわたって、SAFT(Simple Agreement for Future Tokens)とは、米国では「証券」の意義が広汎に考えられており、従って公募規制に服することになるので、これを回避するために、考案された仕組みと考えられることを論証してきました。

 ところで、インターネットでの募集の場合、容易に国境を越えて日本にもSAFTが流入しますので、日本に流入する場合の論点も検討する必要があると思います。

 そこで、SAFTの"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)の国外での販売制限条項を幾つかチェックしたころ、記載がバラバラでした。「本目論見書は日本の居住者に対する取得勧誘ではない。」と書かれているものや「本SAFTは適格機関投資家限定で募集されるものである。」と書かれたものもありましたし、日本での販売については何も記載の無いものもありました。

 さて、どのように考えるべきか・・・?

2. 有価証券性

 まず、我が国の金融商品取引法において「有価証券」と扱われるかどうかが問題となりますが、米国と違って金融商品取引法では「有価証券」の包括的な定義がなく、法に列挙されたもののうちいずれに該当するか、という判断が必要となります。

 この点について考えるに、我が国の法定の契約類型には"Investment Contract"(投資契約)がありませんが、前々回のブログ(⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html)で書いた投資契約の意義からすると、強いて言えば、匿名組合契約に類似したものとして、金融商品取引法第2条第2項第6号の「外国の法令に基づく権利であつて、前号に掲げる権利(注:匿名組合契約その他)に類するもの」に該当するのではないか、と思われます。(なお、以下に記載した内容は、本ブログ記事執筆時点(2018年7月)での話であり、今後の法令の改正等で明確化される可能性はあります。)

 仮にそうだとすると、取得勧誘の結果500名以上がSAFTを所有することとならない場合には、公募ではなく私募となります(金融商品取引法施行令第1条の7の2)。

3. 金融商品取引業

 一応私募を前提にすると、金融商品取引法第2条第8項第7号へによれば、自己募集も「金融商品取引業」となりますので、第二種金融商品取引業の登録を必要とします。しかし、外国の発行体がかかる登録をすることはあり得ないので、日本の投資家に向けて"Investment Contract"の私募をする場合には、現実には、第二種金融商品取引業者(金融商品取引法第28条第2項)へ私募を全面的に委託する以外にはないと考えられます。

 ところで、ネットでの私募の取扱となると、電子募集取扱業務となり、第二種金融商品取引業者は、発行者の財務状況、事業計画の内容、資金使途等のデューデリジェンスを行う必要があります(金融商品取引業等に関する内閣府令第70条の2第2項)。

 外国の発行体のデューデリジェンスを引き受ける第二種金融商品取引業者を探すことが可能かどうか疑問がありますし、また引き受けたとしても手数料はかなり高くなるので、スタートアップの会社にはハードルが高い感じがします。

4. 適格機関投資家等特例業務

 第二種金融商品取引業者に私募の取扱いを依頼するのが困難であるとすると、適格機関投資家等特例業務の届出を行い、49名以下の適格機関投資家等に限定してSAFTの販売をすることも考えられます。

 しかしながら、平成27年の金融商品取引法の改正により、適格機関投資家等特例業務の規制が強化されており、外国法人が適格機関投資家等特例業務を行う場合には、国内における代表者を設けるなどの措置が必要となります(金融商品取引法第63条第7項)。金融庁のパブコメ回答では、日本支店の設置は必ずしも必要ではなく、日本の法律事務所や会計事務所を「国内における代表者」にすることが出来るという趣旨の記載がありますが、SAFTの発行体の中には、オフショアのタックスヘイブンに設立された得体の知れない会社もあるので、こうした会社の「国内における代表者」の業務を引き受けるのは、相当勇気が要ることですよね。

 また、適格機関投資家等特例業務の届出を行った場合、届出を行った者を第二種金融商品取引業者とみなされ、数々の行為規制に服することになります。例えば、SAFTの発行の際に作成される"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)や「トークン」に関する説明である"White Paper"は、広告類似行為(金融商品取引業等に関する内閣府令第72条)に該当するとすれば、規制に沿った内容にする必要があると考えられます。更に書面交付義務(金融商品取引法第37条の3及び4)の適用がありますし、事業報告書の金融庁への提出や説明書類の作成と公衆縦覧(金融商品取引法第63条の4)といった義務も発生し、スタートアップの企業にとってはそれなりの負担になるように思われます。

5. 自己運用

 以上においては、ユーティリティトークンは「有価証券」に該当しないという前提で検討をしていますが、仮に「有価証券」に該当するとすれば、「自己運用」(金融商品取引法第2条第8項第15号)も問題となるところです。「トークン」も投機の対象となりうるものですから、流通市場での規制が必要とも考えられます。今後の法改正で仮想通貨や「トークン」が金融商品取引法の「有価証券」に指定されるようなことがあれば、この点も検討すべき論点になると思われます。

6. 資金決済法との関係

 前回のブログ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html)で述べたところですが、SAFTの発行により集めた資金によってプラットフォームやネットワークが完成したときには、"Network Launch"や"Token Distribution Event"が成就したものとして、SAFTの投資家に「トークン」が交付されます。

 例外はありうるところですが、たいていの場合「トークン」は資金決済法の「仮想通貨」に該当すると考えられます。

 そうすると、発行体が投資家に「トークン」を交付するのは、仮想通貨の売買又は他の仮想通貨との交換(資金決済法第2条第7項)に該当する可能性が高いと思いますが、どの時点で「売買」や「交換」が行われたと考えるべきでしょうか?

 プラットフォームやネットワークが完成した時点と考えるならば、発行体がこの時点までに「仮想通貨交換業」の登録を受けていれば良いことになります。しかし、別の見方をすると、SAFTの発行により投資家から資金を集めた段階で、既に「売買」や「交換」にかかる行為の着手があったという見方もあり得るような気がします。そのように考えると、発行体はSAFTの発行時までに「仮想通貨交換業」の登録を受けていなければならないことになります。

 また、資金決済法第2条第7項の「仮想通貨交換業」の定義には、「その行う前2号に掲げる行為(=仮想通貨の売買・交換等)に関して、利用者の金銭又は仮想通貨の管理をすること」も含まれています。この規定は元々は仮想通貨交換業者の顧客の財産の分別管理との関係で規定されたと想像されますが、「・・・に関して」の文言が広義に解釈される可能性もあるような気がします。

 すると、SAFTの発行により資金を集めた段階で、「利用者の金銭又は仮想通貨の管理」を開始しているとみなされる可能性は無いのでしょうか?仮にそのようにみなされるのだとすれば、プラットフォームやネットワークの完成時期を問題にするまでもなく、SAFTの発行体は、発行に先立ち「仮想通貨交換業」の登録を受けなければならないことになります。

 前回のブログ記事でご紹介したとおり、SAFTの"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)には、仮想通貨の規制に関する州法が制定されているニューヨーク州の居住者を販売先から除外するというものがあります。これはニューヨーク州においては、仮想通貨交換業にあたる業務を行う場合、登録が必要であることと関係があると思われます。

 もちろんニューヨーク州と日本とでは事情が違うということはあるのかも知れませんが、仮にSAFTの発行段階で資金決済法が適用されるようであれば、日本での販売はほぼ不可能に近いということになると思います。

更に、「利用者の金銭又は仮想通貨の管理」に該当する場合、犯罪収益移転防止法の「特定取引」に該当し、取引時の確認を必要とすると考えられますが、外国の発行体にこうした確認ができるとは考えられません。

 本ブログ記事執筆(2018年7月)の時点では金融庁などの規制当局がSAFTについてどのように考えているのか、公表された資料では見かけません。しかし、現在仮想通貨交換業の規制強化においては検討の俎上に乗っていると推測されます。今後の動向に注目したいと思います。

7. J-SAFTについて

 最近のネット記事の中には、米国のSAFTを真似て、我が国でもJ-SAFTを発行したらどうかという提言が行われているのを見かけますが、少なくとも以上に述べた問題点は検討を要すると思われます。

8. ブロック・チェーンの技術

 以上のとおりSAFTについては問題が色々あり、仮想通貨が今後永続的に残るものかどうか疑問視する人もおられるようですが、ブロック・チェーンの技術自体は有用なものとして発展する可能性を秘めているように思います。

 筆者の考えでは、流通の分野での利用が適しているように思います。例えば、オーガニックな農産物や水産物を食べたいという人たちが、出資をして契約農家や契約養殖業者に、薬品を最小限にしか使用しない農産物や水産物を作ってもらい、ブロック・チェーンの技術を使い、最終消費者に届くまでの流通経路ごとに認証を行う、といった例が考えられます。また、違法な手段で入手したウナギの稚魚でないことを認証する、といった使い道もあるのではないでしょうか?認証に協力した人に仮想通貨を報酬として与え、仮想通貨を使えばディスカウント価格で農産物や水産物を購入できる、といったビジネスモデルも考えられると思います。農産物や水産物も相場が形成されるものであることを考えると、流通に革命をもたらす可能性を秘めているように思います。

 最後の部分は法律問題ではありませんが、今後の規制のあり方として、ブロックチェーンの技術の利用を妨げるような規制にはならないことを祈っています。

(SAFTの項目おわり)

【SAFTの記事(1)~(3)の目次】

米国法関係

  1. SAFTとは何か?
  2. 米国の証券規制-1(「証券」の意義)
  3. SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)(以上1から3までにつきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html
  4. 米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)
  5. New York州における仮想通貨に関する規制(以上4と5につきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html

我が国の規制との関係(本ブログ記事)

  1. はじめに
  2. 有価証券性
  3. 金融商品取引業
  4. 適格機関投資家等特例業務
  5. 自己運用
  6. 資金決済法との関係
  7. J-SAFTについて
  8. ブロック・チェーンの技術

2018年6月27日 (水)

Simple Agreement for Future Tokens (SAFT)について(2)(米国法関係)

前回に続いて、Simple Agreement for Future Tokens(SAFT)の話です。

 前回の記事では、SAFTの特徴を挙げたうえ、SAFTが"Investment Contract"(投資契約)の形式で発行され、SAFTの対象となる「トークン」が商品・サービス購入の対価として使用されるユーティリティ・トークンである理由は、米国の証券法上の「証券」の意義に関係があることを述べています。(前回記事⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html

今回は、SAFTの特徴として、適格投資家(accreditted investor)限定として発行されている点を述べ、その他の関連事項について触れます。

4.米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)

 SAFTにより投資家から資金調達をする場合、ネットによる募集を行われますが、米国証券取引委員会(SEC)はネットによる募集は、"general solicitation"(一般勧誘)としてSECへの登録が必要になるとしています。しかし、SAFTを利用するようなスタートアップ企業には公募としてSECへの登録を行う資金的余裕はありません。

 そこで、SAFTは"accreditted investor"(適格投資家)向け募集によって発行されています。"accreditted investor"(適格投資家)とは、銀行や証券ディーラーやブローカーのような典型的な機関投資家以外に、資産が500万ドル以上の企業、純資産が100万ドルまたは過去2年間の年収が20万ドルを超える個人などと定義されています。

 適格投資家向け私募は、Regulation Dと呼ばれるSECが定める登録免除にかかる規則に定められており、(i) 適格投資家に対して募集するのであれば、35名以内の一般投資家に対しても募集が可能ですが(§203.506(b)の定め)、ネットによる募集による場合一般投資家に対する募集を限定することが困難ですから、(ii)募集相手の全員を適格投資家に限定すること(§203.506(c)の定め)によらざるを得ないのが実情です。従って、筆者が調査したところでは、例外なく適格投資家限定で発行されています。

 但し、全員を適格投資家に限定する場合、投資家に「自分は適格投資家に該当する」旨の表明保証をさせるだけでは不十分であり、発行体は「証券」の買主が適格投資家であることを証明する(verify)証拠(税務申告書、預金の残高証明など)を取得することを要します。

 なお、Regulation Dにより発行された証券については、転売制限があります。

 ということで、SAFTの場合、ネットによる募集によることから、投資家の全員を適格投資家に限定し、転売制限を課すことによって販売しているのが、一般的と考えられます。

 米国内での私募の場合、"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)を作成することを要するので、ネットにも落ちていますので、ご興味のある方はDLをしてご覧になると良いと思います。

5. New York州における仮想通貨に関する規制

 SAFTの”Private Placement Memorandum"(私募目論見書)を調べてみますと、米国内での販売制限について、Regulation Dを前提にしたと思われるもの以外に、New York州の居住者を販売の相手方から除外しているものがあります。これは何故でしょうか?

 本記事の執筆時点(2018年6月)の段階では、筆者が知る限り、連邦法のレベルでは仮想通貨を直接規制する米国の法律は無いようです。しかしながら、州法のレベルでは、ニューヨーク州、ワシントン州、カリフォルニア州、フロリダ州、コティカット州においては仮想通貨にかかる規制する法律があるようです。

 このうち、ニューヨーク州の規制を調べると、日本の資金決済法の仮想通貨の定義と似た定義が行われており、"Virtual Curency Business Activity"(仮想通貨ビジネス活動)に従事する場合にはライセンスが必要とされています。

 このうち仮想通貨ビジネス活動の定義の中に”Controlling, administering, or issuing a Virtual Currency"(仮想通貨のコントロール、管理又は発行)というものが含まれています。(Section 200.2 (q) (5), Title 23, New York Codes, Rules and Regulations)

 どうやらSAFTをニューヨーク州の居住者に発行する場合、この規定が障害になると考えられているようで、現地の法律事務所のニュースレターでも、最近の傾向としてニューヨーク州の居住者を販売の相手方から除外するのがトレンドになっているという記事を読んだことがあります。

 本記事の執筆時点(2018年6月)においては、他の州では仮想通貨に関する規制が導入されていないようですが、立法化を検討している州が複数あるとの情報もあります。

 ニューヨーク州の仮想通貨に関する規制がSAFTに適用されるべきかどうかの議論がなされているようですが、今後他の州でも同種の立法がなされるようになると、SAFTの流行も下火になる可能性もあると筆者は考えています。

 ブロック・チェーンに関する米国での論議としては、その他UCC(統一商法典)のArticle 8の規定の適用について論じているものもあります。(Reade Ryan and Mayme DOnohue, "Securities on Blockchain", Business Lawyer Vol. 73, Winter 2018-2018) (https://www.hunton.com/images/content/3/5/v2/35271/ABA_The_Business_Lawyer_Securities_on_Blockchain.PDF.pdf)。ブロック・チェーンの仕組みを分かりやすく記載しているので、お勧めです。

 次回は、海外で発行されたSAFTの日本法との関係についての記事を書かせていただく予定です。

(以下次回記事につづく)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html

【SAFTの記事(1)~(3)の目次】

米国法関係

  1. SAFTとは何か?
  2. 米国の証券規制-1(「証券」の意義)
  3. SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)(以上1から3までにつきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html
  4. 米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)
  5. New York州における仮想通貨に関する規制(以上4と5につき本ブログ記事)

我が国の規制との関係(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html)

  1. はじめに
  2. 有価証券性
  3. 金融商品取引業
  4. 適格機関投資家等特例業務
  5. 自己運用
  6. 資金決済法との関係
  7. J-SAFTについて
  8. ブロック・チェーンの技術

2018年6月26日 (火)

Simple Agreement for Future Tokens (SAFT)について(1)(米国法関係)

今年に入ってから仮想通貨の相場が下落傾向にあり、ブームは終わっているという見方もできると思います。他方、大手の金融会社が市場参入を企画し、金融庁も「仮想通貨交換業に関する研究会」を設置し、規制の方向を検討しているようですが、その議事録(https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/kasoukenkyuukai.html)を見ると、相当厳しい規制がされる可能性も否定できないように思われます。

本日は仮想通貨にかかわる話題として、ICO(Initial Coin Offering)の変形版と考えられるSimple Agreement for Future Tokens ("SAFT")について筆者の私見を述べたいと思います。

1. SAFTとは何か?

 SAFTとは、(i) 「トークン」と呼ばれる、証票としての機能を有する電子記録を使って、購入・利用できる、ネットワークやアプリケーションの開発資金等を調達するために、(ii) 米国の証券法における"Investment Contract"(投資契約)と呼ばれる契約類型を使って、(iii) 法定通貨(円、ドル、ユーロなど)又は仮想通貨を、投資家から集める仕組みと定義できると思います。

 例えば、PCゲームソフト流通のためのプラットフォームを開発したいときに、投資家から開発資金を出資させて、プラットフォーム等が開発されたときには、投資家にゲームソフトの利用や売買に使用される「トークン」を交付する、といった例が考えられます。

 株式の発行により投資家から資金を集めるのではないため、株主の権利が希釈化されることがないのが利点であり、スタートアップ段階での事業者にとっては魅力的な資金調達方法と思われる点はICOと同様です。

 ICOにおいても、投資家が支払う現金と引き換えに「トークン」を即時に交付するものではなく、将来ネットワークやアプリケーションが完成したときに、「トークン」を投資家に交付するので、上記のSAFTと違いが無いようにも見えますが、おおまかに言って、SAFTは以下の特徴を有しています。

  • "Investment Contract"(投資契約)という概念を利用していること。
  • 「トークン」には色々なタイプのものがあるが、SAFTの対象となる「トークン」は「ユーティリティ・トークン」と呼ばれる商品・サービスの購入の対価として使用される「トークン」であって、事業からの収益の分配を受ける「トークン」ではないこと。
  • 適格投資家(accreditted investor)限定で発行されること。
  • "Network Launch"(「ネットワーク立ち上げ」)や"Token Generation Event"(「トークン発生事由」")といった定めがあり、ブロックチェーンによるプラットフォームが立ち上がった時点で、トークンが投資家に配布される旨の規定があること。
  • 開発が頓挫した場合は、"Dissolution Event"(「解散事由」)として、投資家に返金されること。
  • 投資家と締結される"Investment Contract"のほか、"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)及びWhitepaperが作成されること。

  以下に述べるとおり、多くの特徴点が米国の証券規制とかかわるところです。

2.米国の証券規制-1(「証券」の意義)

 SAFTは米国において「証券」の概念が幅広く定義されているところから、考案された仕組みと考えられます。

 米国のロースクールにおける証券規制の講座で必ず出てくるのが、"Howey Test"(「ハウイ基準」)というものです。米国の証券法には、「証券」の定義の中に"Investment Contract"(「投資契約」)というものがあります。この意義が問題となった事件で、果樹園のオーナーが開発費用を調達するために、果樹園の利益の分配に参加する機会を与えて、土地の区画を売り出したというものです。連邦最高裁は、かかる契約は"Investment Contract"(「投資契約」)に該当するものであるから、証券取引委員会(SEC)に対して登録届出書を提出しなければならないと判断しています。

 ハウイ基準によれば、「投資契約」とは、以下の4つの要件からなっており、これが充足されると米国では「証券」と扱われます。

  • 共同事業に対する
  • 資金の投資であって
  • 他人の努力から生じる
  • 利益の期待をもって行うもの

 分かりやすく解説した本として、古いものですが、「セミナー・アメリカ証券法」(デニス・S・カージャラ)(商事法務研究会)というものがありますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

我が国の金融商品取引法では、「有価証券」を列挙して定めていますが、米国では「投資契約」のように幅広い定義を行っており、ねずみ講のようなものも「証券」に該当すると考えられています。

 上記4つの基準を「トークン」に当てはめるならば、「トークン」は代替可能物であり、発行体は「トークン」の販売により調達した資金をプールし、かかる資金をもってネットワークを構築します。従って、投資家らは、当該事業からの収益とリスクを分配する関係にあるので("horizontal commonality")、「共同事業」に該当します。

 仮想通貨をもって出資するのも「資金の出資」と考えられます。また、「トークン」の開発者の努力に依存するものですから「他人の努力から生じる」にも該当します。

 「利益の期待」があるかどうかは、現在の商品の価格よりもディスカウントした価格で出資する場合には、「利益の期待」があると考えられています。

 例えば、収穫期の果樹園で果実を収穫するための入場券は、「証券」ではありません。ゴルフ会員権も「証券」ではありません。何故なら、果実の収穫やゴルフ場の利用という財・サービスが現に存在するからです。しかし、果樹園やゴルフ場に開発する予定の土地であれば、時価よりもディスカウントで権利を購入し将来の値上がりに期待する関係にあるので、「利益の期待」があることになります。(従って、こうした権利を売り出すときは「証券」となりうる。)

 ICOは将来「トークン」の開発に成功したら「トークン」を交付するというものです。ICOに参加する投資家は将来「トークン」の交付を受けるという期待で、開発に失敗したときのリスクを取って参加するので、「利益の期待」があるという4つ目の要件にも該当します。

 したがって、以上の4つの要件を満たすICOは、"Investment Contract"に該当するので、米国証券法上の「証券」であって、不特定多数が参加できるネットで勧誘を行う行為は「公募」となり、SECへの登録届出書の提出が必要となると考えられています。

3.SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)

 以上米国における「証券」の意義と"Investment Contract"につき述べたのは、冒頭でSAFTの特色として幾つか挙げたうちの、

  • "Investment Contract"(投資契約)という概念を利用していること。
  • SAFTの対象となる「トークン」は「ユーティリティ・トークン」と呼ばれる商品・サービスの購入の対価として使用される「トークン」であって、事業からの収益の分配を受ける「トークン」ではないこと

を説明するためでした。

 上記のとおり、「トークン」の開発前のICOは米国の証券法上「証券」と扱われる可能性が高いので、一旦"Investment Contract"(投資契約)の形で投資家から出資をさせるのが、SAFTです。SAFTは投資家との契約の形式をとっていますが、SAFTは上記のハウイ基準によれば「証券」に該当します。

 これに対して、「トークン」開発後においては、「トークン」の相場の変動による値上がり益は見込めますが、それは発行体によるプラットフォーム開発の努力によるものではありません。即ち、上記4つのハウイ基準の要件のうち、「他者の努力から生じる」という要件を満たしません。

 そこで、開発後の「トークン」が商品・サービスの購入の対価の性質を持つものである限り、上記の果樹園の入場券やゴルフ会員権と同様のものとして、「証券」には該当しないであろうという見込みで、ブロックチェーンのプラットフォームが立ち上がったときに"Network Launch"(ネットワークの立ち上げ)とか"Token Generation Event"(トークン発生事由)が生じたとして、投資家に「トークン」を交付しても、それ自体は「証券」の発行に該当しないという整理をしています。

 従って、開発された「トークン」自体が上記のハウイ基準を充足するなどの理由で「証券」に該当するのであれば、一旦"Investment Contract"(投資契約)という形で投資家から資金を集めることは意味がないことになります。

 筆者が知る限り、この記事を執筆した時点では、SAFTの形式にすれば、「トークン」の発行が「証券」の発行に該当しなくなるということが、米国の裁判所で確認されたという情報はなく、SAFTの関係者がそのような理解でストラクチャリングをしているに過ぎないことと理解しています。

(以下、次回記事に続く)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html

【SAFTの記事(1)~(3)の目次】

米国法関係

  1. SAFTとは何か?
  2. 米国の証券規制-1(「証券」の意義)
  3. SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)(以上1から3までにつき、本ブログ記事)
  4. 米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)
  5. New York州における仮想通貨に関する規制(以上4と5につきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html

我が国の規制との関係http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html

  1. はじめに
  2. 有価証券性
  3. 金融商品取引業
  4. 適格機関投資家等特例業務
  5. 自己運用
  6. 資金決済法との関係
  7. J-SAFTについて
  8. ブロック・チェーンの技術

 

2018年5月16日 (水)

自社株を対価としたM&A-武田薬品工業によるシャイアー買収の提案を契機として

本日はM&Aについて一言。

武田薬品工業(以下「武田薬品」という。)によるシャイアーの買収の提案(https://www.takeda.com/jp/newsroom/newsreleases/2018/20180508_7964/)は、わが国最大の外国企業の買収として話題になっていますが、新聞記事やプレスリリースなどの公開情報をもとにコメントをさせて頂くこととします。

1.自社株を対価とした企業買収のスキームの問題点

 本件では、武田薬品が自社株式と現金を対価にシャイアーの株主から、同社の株式を取得し同社を子会社化するわけですが、武田薬品による株式の発行に関しては、以下のような問題があります。

  • (有利発行の問題) シャイアーの株主に対してプレミアムを付けるとすると、実質上武田薬品は株式を時価よりも安い対価で発行することになり、特に有利な発行価額による発行となる。
  • (検査役の要否の問題) シャイアーの株式を株式発行の対価の一部とする点で、現物出資による株式発行になるので、検査役の検査が必要となる。(但し、市場価格をもって対価の評価額とする場合には、例外として不要になりますが。)
  • (担保責任の問題) シャイアーの株式は上場しているので、クロージングまでの期間に株価が下がった場合、武田薬品による株式発行において、払込金額に相当する現物出資財産の給付が無いということで、シャイアーの株主と武田薬品の取締役の担保責任が生じるリスクがある。

以上の問題点があるため、自社株を対価として企業買収はほとんど行われていなかったというのが実情です。例外的に平成13年に「そうせい」が「アラキス」を買収したときには、自社株と現金を対価としていましたが(http://www.sosei.com/pdf/press_jp_20050719_045.pdf)、この件では対象会社の「アラキス」が非上場会社であったため、対価の正当性の立証にあたり、「アラキス」の株価の変動という要因を検討する必要が少なかったから、出来たのではないかと思います。

2.有利発行の問題と産業競争力強化法

 株式の譲渡制限を設けていない会社の株式発行は、取締役会決議だけでできるのが原則ですが、上記のとおり有利発行になるリスクを回避するためには、株主総会の特別決議(3分の2以上の承認)を得ることになると思われます。プレスリリースによれば、武田薬品とシャイアーの双方が株主総会の承認を得る予定である旨述べられているのは、このことではないかと想像されます。

 しかしながら、有利発行の問題は株主総会の特別決議を得ることで解決できるのかも知れませんが、そのほかの問題が残っています。こうした問題を解決するために、産業競争力強化法では、株式を対価とする公開買付け(外国におけるものを含む。)に際して行われる、株式発行について、以下のとおりの特例措置を定めています。

  • 会社法では現物出資の目的である財産(対象会社の株式)の価額を定める必要がありますが、会社法の特例として、価額を定める必要が無く、双方の会社の株式の交換比率を定めれば足りることになります。-株式交換において当事会社間での株式交換比率を定めるのと同様であり、M&A取引であるという実質に着目をしているものと理解できます。(武田薬品によるシャイアーの買収でも、シャイアーの既存株主に対する武田薬品の株式の割当比率を合意しています。)
  • 株主総会の特別決議を要する。但し、会社法の簡易株式交換の規定が準用されており、(i) 対象会社(本件ではシャイアー)の株主に交付される買収会社(本件では武田薬品)の株式の数に一株あたりの純資産額を乗じて得た額と(ii) 対象会社の株主に交付される株式以外の財産の合計額が、買収会社の純資産の5分の1を超えない場合には、株主総会決議は不要です。-本件ではこの例外は使えないでしょうね。
  • 検査役による調査や価額担保責任の規定の適用は除外されている。
  • 組織再編における反対株主の株式買取請求権の規定が準用される。

 以上のとおり、産業競争力強化法が定める会社法の特例は、株式発行の規定の特例という形式を取りながら、自社株を対価とした買収スキームの実質はM&Aであることから、会社法の組織再編に関する規定を準用しているという特色があると考えられます。

 シャイアーの株主に対してはexchange offerが行われるというニュースもあり、外国における公開買付けに類似するものに該当すると考えられるので、武田薬品としては産業競争力強化法の会社法の特例の利用しうるのではないかと思います。産業競争力強化法が定める会社法の特例を利用するには、主務大臣による事業再編計画の認定を受ける必要がありますが、上記のとおり、現物出資の目的である財産の価額を定める必要がなく、株式交換比率を定めれば足り、検査役の検査や価額担保責任の規定の適用を受けないというのは、武田薬品にとって魅力的な点であり、筆者は同社が産業競争力強化法が定める会社法の特例を利用する可能性があると考えております。

3.第196国会に上程された産業競争力強化法改正案と平成30年の租税特別措置法の改正

 株式を対価とする買収について、最近の法改正の動きを整理してみます。

 従来国内において株式を対価とするM&Aが困難であった原因として、株式の売り手になるターゲットの既存株主に、キャピタルゲインが発生し課税されるという問題がありました。この点については、平成30年の租税特別措置法の改正により、所得税の繰り延べが認められることになりましたので、税務的な障害が一つ除去されたことになります。

 そして、平成30年の第196国会には、産業競争力強化法の改正案が上程されており、改正案が成立すれば、公開買付け以外の、株式を対価とする相対取引による企業買収にも適用範囲が拡大されます。また、平成30年2月に発表された会社法改正の中間試案でも「株式交付」というM&Aの手段を導入する案が提案されています。そうすると、公開買付けが利用できない未上場会社での利用も考えられます。

 ということで、今後は株式を対価とするM&Aが増えることが予想されますが、以下のような問題も考えられます。

 未上場会社がターゲットである場合、企業内容の情報開示が行われておらず、買収者側の既存株主ー特に少数株主ーが賛否を判断するための情報提供をどのようにして行うかが課題になるように思われます。株主総会の議案においてターゲットに関する詳細な情報を記載すべきではないでしょうか・・・。

 しかしながら、他方において、ターゲットのデューデリジェンスで得られた情報に秘密情報が含まれていることもあり得ます。特に未上場会社の場合には、未公表の情報が多いはずですから、買収側の株主への情報提供につきターゲットの理解を得るのが困難な場合が出てくるのではないか、とも考えられます。

4.株主の保護

  まず言えることとしては、株主総会の特別決議を取るとした場合、3分の2の多数の賛同を得ることが必要ですが、機関投資家を中心に投資家の理解を得ることが必要なのは言うまでもありません。特にM'&Aの成功率は3割程度といわれているところ、本件はその3割のほうに入る、ということで納得を頂く必要があります。

 特に、武田薬品によるシャイアーの買収は、発行株式数の多さと金額の大きさから、株主の権利の希薄かや武田薬品の財務内容への影響、更にはPMIに失敗した場合に発生するリスクへの懸念から「大博打」と評しているマスコミの報道もあります。

 企業経営は多かれ少なかれリスクを取って行うものですから、ギャンブルの側面があることは、当然のことなのかも知れませんが、ギャンブルを打つからには、ギャンブルに参加したくないと思っている人たちをどうするか、という課題があると思います。

 既存株主の保護という観点で言えば、上記の産業競争力強化法の会社法の特例措置によれば、組織再編における反対株主の株式買取請求権の規定が準用されますので、ギャンブルに参加したくない人たちのために退出する道を確保するという意味において、産業競争力強化法の会社法の特例措置を利用するのが妥当ということが言えると思います。

 加えて、武田薬品の側としても、反対株主の株式買取請求権の手続を取ることによって、後日株主代表訴訟を起こされた場合でも、株主保護の対策をとったという反論をする材料として使えるかもしれません。

5.債権者の保護

 格付機関が武田薬品の格付を下げるという話も報道されています。本件買収が武田薬品の財務に悪影響があるという見通しであれば、既存債権者の保護も問題になると思います。本件では、シャイアーの株主に対して、武田薬品の株式以外に現金も交付される旨がプレスリリースに記載されています。したがって、シャイアーの買収にあたり会社から現金が出て行くわけです。

 会社法の組織再編の規定では、ターゲットの株主に買収者の株式以外の財産が交付される場合には、債権者保護手続が取られることになっています。

 ところが、会社法の株式発行の規定には債権者保護手続(債権者異議手続)がなく、産業競争力強化法の会社法の特例の規定においても、債権者保護の手続を準用していません。

 筆者としては、産業競争力強化法の制定時に何故会社法の組織再編にある債権者保護手続を準用しなかったのか関心があるところですが、平成30年2月に公表された会社法改正の中間試案においては、株式を対価とするM&Aの手続として「株式交付手続」の導入が挙げられており、その中では債権者保護手続が改正点の一つとして記載されています。したがって、法務省としては株式を対価とするM&Aも会社法の組織再編の一種という位置づけで債権者保護手続を要すると考えているようです。

 本件では大口債権者と考えられる銀行は、コミットメントラインの設定に合意しているようですので、銀行が異議を述べるということは考えにくいですが、取引債権者がどのように考えているのか。例えば、契約書には解除原因として「その他信用悪化の場合」と定めている場合、これを理由に解除を求めてきた場合、どのように対応すればよいのか。債権者保護手続が無いことを踏まえたうえでの対策が必要かも知れませんね。

6.証券取引所の有価証券上場規程

 現行法の下では株式を対価とする買収を行う場合、第三者割当による株式発行という形式を取らざるを得ないと思います。

 ところが、上場会社が第三者割当を行う場合、通常のエクイティ・ファイナンスにおける開示事項に加え、

  • 割当先の払込を要する財産の存在の確認や払込金額の算定根拠の開示が必要であり、取引所が必要と認める場合には、更に有利発行に該当しないことについての意見書の開示が必要であり(上場規程施行規則402条の2)、
  • 25%以上の議決権株式の第三者割当や支配権の移転を伴う場合には、独立した者の意見又は株主総会の決議が必要であり(上場規程432条)、
  • 割当先は割当後2年間は譲渡の報告をする必要がある(同422条)。

といった自主規制ルールがあります。

 これらはいずれも一般的な第三者割当における弊害防止措置と考えられますが、本件にも適用されるのかどうかがよく分かりません。特に3つ目の割当先の譲渡の報告については、ターゲットのシャイアーが上場会社であることから、シャイアーの個別株主にこれを遵守させるのは現実的に困難と思われます。

 かつて「そうせい」が「アラキス」を買収した際にも、割当先による譲渡の報告を行わせているようです。「そうせい」による「アラキス」の買収の際には、ターゲットである「アラキス」が未上場会社で株主数も限られていたので、このような対応が可能であったと考えられますが、本件は事案が違います。

 プレスリリースによれば、武田薬品はADC(American Depository Certificate)をシャイアーの株主に交付するとのことですので、ADC発行のための武田薬品の株式の預託先を「第三者」とみなして、預託先に譲渡の報告義務を課すということも考えられなくも無いですが、預託を受ける機関は実態として第三者割当の割当先とは言いがたく、無理な解釈という気もします。しかも、ADCではなく、原株を渡すこともあるようにプレスリリースには書かれています。

 そうすると、株式を対価とする公開買付け等を実施する場合の株式発行は、有価証券上場規程の「第三者割当」に該当しないという割り切りをするほうが解決としてはすっきりするようにも思えます。上場規程の「第三者割当」の定義としては、開示府令の「第三者割当」の定義を引用していますが、開示府令においては、第三者割当と並んで株式を対価とする海外における公開買付けを規定しており、両者は別物という理解をしているようです。これを根拠に株式を対価とする海外における公開買付けは、上場規程における「第三者割当」には該当しないというロジックも考えられると思います。

 もっとも、平成30年の産業競争力強化法改正案では、株式を対価とする相対取引による買収についても会社法の特例を設けることとされており、更に会社法改正の中間試案によれば、株式交付手続を導入する案が提案されていますので、こうした法改正が成立した場合には、これに対応すべく有価証券上場規程の改正も必要となってくるものと思われます。

7.会社の報酬制度との関係

 マスコミでは今回の武田薬品によるシャイアーの買収について「大賭博」と評している向きもあるようですが、その点はともかく、経営陣が何故このような判断をするに至ったかということにも筆者としては興味があります。

 武田薬品は、ストックオプション、BIPなど株式報酬制度の導入を行っていますが、株式報酬制度の特質としては、株価が上がった場合のアップサイドの利益を得ることができるが、下がった場合何らかのサンクションを受けるわけではないというものです。

 したがって、株式報酬制度を導入した結果として、経営陣が保守的かつ慎重な経営判断ではなく、大胆な経営判断を促進する効果が働いていたのではないか、という気がします。

 もっとも、こうした現象について統計的な根拠などは何もありませんので、筆者の想像に過ぎないですが、某社の経営者である筆者の長年の友人にそのような話しをしたところ、「確かにそのようなことがいえるかも知れない」といわれました。会社の報酬制度のあり方によって経営者の考え方が変わりうるという研究も興味深いものがあります。

以上

2016年6月27日 (月)

リストリクテッド・ストック(Restricted Stock)

少々古い話になりますが、経済産業省のHPにおいて、日本版「リストリクテッド・ストック」(Restricted Stock)の導入の手引きなるものが公表されました。→http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160428009/20160428009.html

これは本年の税制改正の結果、導入が可能になったものであり、本年の株主総会でも導入を決めている会社が報道されています。

1.リストリクテッド・ストック(Restricted Stock)とは何か

 要するに、役員らに対するインセンティブ報酬として、一定期間譲渡制限のある株式を付与するものです。譲渡制限期間を経過すれば市場で売却をして、利益を得ることができます。また、譲渡制限期間中であっても議決権の行使や利益配当を受けることができます。

 そして、対象者の勤務状況や会社の業績に対する貢献が好ましくない場合には、付与した株式を会社が没収する(無償取得事由)ことにして、業績向上へのインセンティブとするものです。

2.我が国の役員報酬の問題点

 経営者に株主目線で中長期的な視点からの経営をしてもらうための手段として、経営者に自社の株式を保有させるということは有用な方法と考えられます。しかしながら、我が国の役員報酬は金銭による固定報酬が中心であり、欧米に比べて業績連動報酬や株式報酬が少ないと言われていることはご存じのとおりと思います。この点は昨年公表された日本版のコーポレートガバナンスコードでも指摘されている点です。

  特に、最近の不祥事の中には、経営者が短期的な業績の向上に熱心なあまり、部下に無理を強いていることが原因となっていると想像される事案があります。そうだとすると、社外取締役によるモニターといった側面だけではなく、経営者に対するインセンティブの与え方、即ち、役員報酬の在り方も改めて、経営者の意識改革を図る必要があるのではないか、というのが筆者の意見です。

  ところが、オーナー系の会社の経営者は別として、サラリーマンから昇格した経営者や外部から招へいした経営者に対して、まとまった量の自社の株式を購入させることは難しいと思われます。

  また、金銭による業績連動型報酬の場合、税法上、1事業年度における利益を指標とせざるを得ないため、役員に対して中長期的な業績向上へのインセンティブを与えるものとは言えないものでした。

 従って、従来は、経営者に株主目線で中長期的な経営をしてもらう手段が整備されていませんでした。

3.「1円ストックオプション」ないし「株式報酬型ストックオプション」の限界

 経営者に会社株式を保有させるのと同様の効果を目論んで、行使価格を一株当たり1円とする新株予約権(いわゆる「1円ストックオプション」または「株式報酬型ストックオプション」)を、対象者である役員らに発行することがありますが、これには以下のような不都合がありました。

  • 対象者に持たせるものは新株予約権であって株式ではないので、対象者は議決権の行使や利益配当を受けられず、株主と同じ利害関係を有するとは言い難いこと。
  • 新株予約権の発行時から行使期間の始期までの期間を短く設定し、対象者に新株予約権の行使をさせたうえ、株式を保有させることも考えられるが、そうすると、発行会社が一時に多額の費用計上を要することになること。

 従って、「1円ストックオプション」による効果は限定的であったわけです。

4.リストリクテッド・ストックの発行手続

 経済産業省のHPで公表されている手引きによれば、大要以下の手順で発行することになります。

  • 株主総会決議により、リストリクテッド・ストックの付与のための報酬枠を定め、その枠内で各役員の報酬債権の額を決める。(金銭報酬債権の額は、次に述べる新株発行/自己株式処分における払込金額と同じになるように定める。)
  • 取締役会において、役員に対する第三者割当による新株発行または自己株式処分の決議をする。
  • 有価証券届出書の提出及びプレスリリース 
  • 各役員との株式割当契約の締結
  • 各役員は金銭による払込に代えて、上記報酬債権を会社に出資し、会社株式を受け取る。

 金銭ではなく報酬債権を新株発行/自己株式処分の対価とする以外は、一般の第三者割当と手続は同じです。

  第三者割当の場合有価証券届出書には、割当先の氏名、住所、職業その他の情報の開示が必要である点が懸念事項でしたが、平成28年6月24日の金融庁の企業内容等の開示に関する内閣府令の改正案によれば、リストリクテッド・ストックについては、割当先に関する情報の開示を要する「第三者割当」の定義(開示府令第19条第2項第1号のヲ)から除かれるとのことですので、この点の懸念がなくなりました。

http://www.fsa.go.jp/news/28/syouken/20160819-1.html

 また、これに合わせて、プレスリリースの書式も変わっています。詳細は、平成28年8月22日に公表された「株式報酬としての株式の発行に関する「会社情報適時開示ガイドブック」の改訂について」をご参照ください。

 株式割当契約において、株式の譲渡禁止期間や会社による没収(無償取得)にかかる事由を定めます。(経済産業省のHPでは種類株式による方法もあると書かれていますが、定款変更を要するので、おそらく契約において譲渡禁止や無償取得事由を定める方法が一般的にとられると思います。)

5. リストリクテッド・ストックの税務(対象者側の税務) 

  税務については、対象者である役員らに対する課税と会社に対する課税に分けて検討する必要があります。

 役員らに対する課税に関しては、株式の交付時の課税は行われず、譲渡制限が解除されたときに、譲渡制限解除日における株式の価額に相当する収入があったものとされます(所得税法第36条第2項、所得税法施行令第84条)。そして、譲渡制限が解除された後に、役員が株式を譲渡したときには、売却価額と株式の取得価額(=譲渡制限解除時の価額)(所得税法施行令第109条第1項第2号)との差額が譲渡所得に該当し、原則として分離課税の対象となります。

 ところで、経済産業省のHPにある手引きによれば、譲渡制限解除日の株式の価額に相当する給与所得があるという前提で書かれているようです。

 譲渡制限の解除については、退任時に譲渡制限が解除されるという設計をしたいという会社が多いのではないでしょうか?リストリクテッド・ストックと目的が類似する1円ストックオプションを導入した会社の中には、退職慰労金制度を廃止する代償措置として1円ストックオプションを導入している例が見受けられるからです。

 このような設計をする場合の問題点の一つとしては、譲渡制限期間については具体的な期間(始期と終期の日)を定める必要があると考えられている点です。おそらく、リストリクテッド・ストックの持つリテンション効果(対象者を会社に引き留める効果)を考えて、このような制度設計とされたのだと思います。そのため、譲渡制限期間の終期を、任期満了や定年の日として予定されている日に合わせる場合は別として、ただ単に「退任まで」と記載すると、上記の平成28年度税制改正の規定の適用を受けなくなるといわれています。

 また、仮にこの点が解決できたとしても、退任時に譲渡制限が解除される場合、退職所得になり得るのかどうか?在任期間が5年を超える役員(所得税法第30条第2項及び第4項)の場合、退職所得の計算に大きな影響が出てくると思いますので、結構深刻な問題のような気がします。

 ストックオプションに関しては、国税庁の文書回答事例において、権利行使期間が退職から10日間に限定されている場合、ストックオプションの権利行使益に係る所得区分は退職所得と取り扱われるというものがありますが(→https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/gensen/04/10.htm)、リストリクテッド・ストックでも同様の考え方がとり得るのかどうか、がよくわかりません。

 退職所得とすることも可能という文献もあるのですが(週刊税務通信3411号6頁)、他方において、今回の税制改正前の判例ですが、米国の親会社からリストリクテッド・ストックを付与された人が退職所得として税務申告したところ否認され、裁判所で争ったが結局給与所得とされたという事例があります。http://www.tabisland.ne.jp/news/news1.nsf/b6c131437f3cfe4a49256619000ed3d6/7e021b58c60c2b7e49257aeb008257c1?OpenDocument

 上記の裁判例だけで、リストリクテッド・ストックによる収入の所得区分が退職所得とはならないと断定できないとは思いますが、こうした裁判例があると、実務はどうしても保守的に考えて給与所得として税務申告するということになるような気がします。

6. リストリクテッド・ストックの税務(会社側の税務)

 今般の税制改正により、リストリクテッド・ストックについては、届出が不要となる事前確定届出給与の対象となるとされました。すなわち、役員らに対する株式の交付時には、損金算入ができませんが、譲渡制限解除時に、付与時に決定されていた役員の報酬債権に相当する額が、会社の損金となります(法人税法第34条第1項第2号、同法54条第1項)。 従って、役員の側の収入の額と会社の側の損金の額とは異なることになります。

 譲渡制限解除時に会社の損金になりますので、この時点で源泉徴収義務が発生することになりますが、役員が直ちに株式を譲渡して源泉徴収に必要な資金を調達できるとは限らないので、会社としては、役員に対する貸付制度などを利用させて、源泉徴収をする必要が出てくると思われます。

 なお、対象者の勤務状況や会社の業績に対する寄与が不良であるということで、対象者から株式を没収(無償取得事由)した場合、対象者には所得が生じないので、会社にもこれに対応する損金は発生しないことになります。

7.リストリクテッド・ストックの会計

 報酬債権の額が「前払費用」として資産計上され、株式の発行と引き換えに現物出資される報酬債権の額を「資本金」として計上し、その後、前払費用として資産計上された報酬債権を、対象勤務期間(譲渡制限期間)を基礎として、取り崩すという方法が提案されています。たとえば報酬債権が3000万円とし、譲渡制限期間が3年と仮定した場合、毎年1000万円ずつ役務提供がなされたとして取り崩すわけです。

 従って、1円ストックオプションで述べたように、会社が一度に多額の費用計上をしなければならないということはなく、リストリクテッド・ストックのメリットとして挙げることができると考えられます。

8.まとめ

 リストリクテッド・ストックは、コーポレート・ガバナンスの観点からも非常に興味深いものと考えています。今後導入する会社が増えるのではないでしょうか?

 このほかにも細かな留意点はありますが、こうした点については、冒頭でご紹介した経済産業省のHPにある手引きをご参照ください。

以上

(平成28年6月30日一部修正)(平成28年8月25日一部修正)

2008年6月24日 (火)

単元未満株式の買取請求権の行使とインサイダー取引規制

本日は金融商品取引法の論点を一つ。

会社法192条によれば、単元未満株主は会社に対して単元未満株式の買取を請求できると規定しています。この規定の意味は、単元未満株式の買取請求をすれば会社としてはそれを断ることは出来ないということだと思います。つまり会社の義務が発生する。

ところで、この単元未満株式の買取請求は、金融商品取引法(以下「金商法」)166条第6項各号のいずれかのインサイダー取引規制の適用除外に該当するのかどうかが論点です。

金商法166条第6項第3号において、反対株主の株式買取請求権の行使の他、「法令上の義務に基づき売買等をする場合」をインサイダー取引規制の適用除外と定めています。単元未満株式の買取請求は、この「法令上の義務に基づき売買等をする場合」に該当するのでしょうか?

実は、古い文献で「インサイダー取引規制実務研究会」が編者となっている「インサイダー取引規制実務Q&A」財経詳報社(平成元年)という本があり、それによれば、金商法166条第6項第3号ではなく第8号の「その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等をする場合」に該当すると書かれています。(なお、当時は、単元株ではなく単位株でしたし、金商法ではなく証券取引法でしたが、趣旨は現在でも生きているという仮定のうえで、内容を変更して引用しています。)「インサイダー取引規制実務研究会」なる組織が何であるかよくわかりませんが、本のはしがきなどを読むとどうやら当時の大蔵省の関係者ではないかと推測しています。

しかしながら、この見解は納得できないのです。何故なら、当時の証券取引法でも現在の金商法でも、第8号には「(内閣府令で定める場合に限る)」と規定しており、内閣府令を見ても単元株の買取請求については明記していないのです。法文上「限る」と書いてあるので、内閣府令に何も書いていなければ、適用除外は認められないというのが素直な解釈だと思います。

そこで、この見解をボツにして、次に金融法務事情1194号に掲載されている神崎克郎教授(当時)の論文を読んでみました。この論文の最後のほうの注で、単元株の買取請求は、インサイダー取引の適用除外である「法令上の義務に基づき売買等をする場合」(金商法第166条第6項第3号)にあたらないと書かれています。(神崎教授の論文も単位株制度、証券取引法時代のものですが、現在でも生きていると仮定して、それぞれを単元株、金融商品取引法と書き換えて引用することにします。)

神崎教授は適用除外にあたらない理由として、「かかる権利行使は、株式の売却と同様、特別の手続を要することなくいつでも認められるからである。」と仰っておられます。

この点が筆者にはどうも納得が出来ないのです。確かに反対株主の株式買取請求の場合には、株主総会で反対の意思表明をするなどといった手続きが必要ですが、単元未満株式の買取にはそのような手続きは必要ではありません。それはわかります。

しかしながら、大御所の先生のご高見に楯突いてしまうのですが、そもそも金商法第166条第6項第3号の趣旨は、少数株主の保護を優先させたということを立法担当官が仰っています。法解釈とは立法趣旨から考えるのが基本なのですが、少数株主の保護と「特別の手続」とが筆者の頭の中ではどうしても結びつかないのです。

「単元未満株式の買取請求は少数株主の保護とは必ずしも関係がないので、適用除外にはあたらない。」というロジックであれば、よくわかるのですが…。

神崎教授の説は、反対株主の株式買取請求の場合、「特別の手続」があるのでインサイダー取引の適用除外になる、とお考えのようにも読めるのですが、そのように考える理由が述べられていません。もしかしたら、組織再編のような場合には、それが臨時報告書や証券取引所の適時開示規則で開示されるので、インサイダー情報は無いとでもお考えなのでしょうか?そうであれば、別に金商法166条第6項第8号において適用除外として規定するまでも無く、同条第1項で解決できると思えるのです。

ということで、ますますわからなくなってしまったという感じです。

どなたか正解をご存知の方は是非教えてください。