信託法

2016年9月18日 (日)

民事信託と弁護士

1.民事信託の定義

 民事信託ってご存知ですか?民事信託の定義は法律上ありませんが、投資信託のように信託銀行が営利目的で信託の受託者として信託の引き受けを行うものを営業信託または商事信託と称されるのに対し、受託者が営利目的ではなく引き受ける信託を民事信託と呼んでいます。

 民事信託の活用が期待される例を一つ挙げると、「後継ぎ遺贈信託」というものがあります。例えば、父親がその財産を信託し、第一次の受益者となり、第二次受益者をその妻、第三次受益者を長男にするものです。このようにすれば、父親→その妻→長男に財産が承継されるので、会社の株式や土地が相続の発生によってバラバラにならず、後継者に承継されることになり、昔から有用なスキームであるといわれています。

 実は知り合いの税理士の方とお茶をした際に民事信託について質問を受け、リサーチをしたことが契機になって、このブログ記事を書いているのですが、ビジネスローヤーである筆者が時々外国の依頼者から受ける質問としては、

  •  弁護士がM&Aに伴う株式譲渡のエスクロウ(エスクロー)になれるか?
  •  弁護士が特許権/著作権の取引のエスクロウ(エスクロー)になれるか?

といった問題です。これまでいずれの質問に対しても、信託業法の問題があると回答していました。エスクロウ(エスクロー)の定義→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BC

 エスクロウ(エスクロー)の話は民事信託ではありませんが、信託の活用に対する潜在的なニーズが世の中にあることを示す例であると思います。

2.信託業法の規制

 さて、民事信託の話に戻ります。民事信託に関する書籍や雑誌記事が多く出版されるようになりましたが、弁護士が信託の受託者となり得るのかどうか、というのがこの記事のテーマです。

 ご存じの方も多いと思いますが、我が国の信託法制は、信託に関する基本法である「信託法」の上に「信託業法」という業規制に関する法律があり、いわば「二段構え」の法制になっています。ここで「信託業法」では「信託の引き受けを業として行う場合には信託業の免許が必要とされているのですが、業として行うことの意味について、金融庁の考え方は「営利目的を持って反覆継続して行うことと解し、この場合の営利の目的とは少なくとも収支相償うこと」とされており(平成16年11月10日衆議院財務金融委員会における政府委員の答弁→http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/161/0095/16111100095007.pdf、10頁の部分)、、一回限りの信託の引き受けであっても、反復継続して引き受ける意思がある場合には、「業として行う」と考えられます。

3.現行法上の適用除外

 信託業法施行令第1条の2によれば、

 (1)弁護士等が弁護士業務に必要な費用に充てる目的で金銭の預託を受ける行為その他の委任契約における受任者が委任事務に必要な費用に充てる目的で金銭の預託を受ける行為、(←要するに印紙代のような依頼者からの預り金ですね。)

 (2)請負人がその仕事に必要な費用に充てる目的で金銭の預託を受ける行為(←これも預り金ですよね。)

が、信託業の適用除外となる行為として定められています。

 これらの適用除外は、他の取引に付随して(信託業法第2条第1項参照)、当事者間でも予期せぬ形で信託の成立が認められるような類型だけです。信託契約を締結する行為そのものが適用除外とされているわけではない、というのが金融庁の立場です。→http://www.fsa.go.jp/access/19/200708b.html

  従って、この適用除外には預り金以外での方法による弁護士が民事信託の引き受けは規定されていません。

4.弁護士会の見解

 かつて信託業法が全面改正された際に、日本弁護士連合会(以下「日弁連」)が金融庁長官あてに意見書を提出しています。(2007年(平成19年)5月2日、日弁連業1第34号)→http://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/070502.pdf

 日弁連の意見書によれば、「弁護士が法律事務の一環として行う…信託受託については、弁護士業務の本質に鑑み、そもそも信託業法にいう『営業』ではなく、『信託業』には該当しないと考えるべきである。」と書かれています。

 日弁連の意見書においては、商行為か否かを区別するための「営業」概念と業規制に服するかどうかを区別するための「業」概念のいずれを意味しているのかが、不明ですが(この点につき、「逐条解説新しい信託法[補訂版]」67頁の注を参照)、ともかく、当時の日弁連は、依頼者のために信託の引き受けをする行為は信託業法における「業」には該当しないという考え方であったようです。

 ところが、昨年(2015年)発行された日弁連の雑誌「自由と正義」においては、「…弁護士等が信託の受託者になれるように、信託業法の改正を目指すべきである。」と書かれている部分があります(「自由と正義」2015年8月号43頁の部分。なお、67頁も参照)。ということは、その前提としては、現行の信託業法に基づく規制の下では弁護士が信託の受託者になることは出来ないと考えられているのだと思います。

 そうすると、弁護士会の中でも意見が分かれており、弁護士が民事信託を引き受けるのは信託業法違反になるリスクがあると思います。

  なお、上記の信託業法施行令の規定が作られた時には、パブリックコメントの募集が行われており、日弁連の意見書もパブコメ募集の時期に提出されているので、金融庁は当時の日弁連の意見を検討したものと推測され、パブコメ回答でも何等かの回答がなされていても不思議ではないのですが、パブコメ回答をざっと見たところ、それらしきものがありません。何か事情があってパブコメ回答への掲載を控えたのかも知れませんね。

 同じ士業である司法書士は民事信託について熱心に取り組んでいるようであり、「民事信託士」という資格も作っていますが、民事信託士についても、信託業法の規制のために、信託の受託者にはなることは出来ないという考え方がとられているようです。→民事信託士協会のHPのQ&Aをご参照ください。http://civiltrust.com/shintakushi/q&a/index.html

 学者の中には、投資や運用を伴わない、財産の預かりのような場合は、信託業にあたらないという人もいますが、実務上どの程度受け入れられている見解であるか、不明です。

 弁護士会の中でも意見が分かれており、他の士業でも信託の受託者になることは出来ないと考えられているとなると、日弁連の意見書や学者の見解があるとはいえ、リスクを冒してまで民事信託の受託者となる弁護士はいない(仮にいたとしても例外的)であろうと思われます。

 なお、ネットで調べたところ、ある弁護士法人は信託会社を設立し信託業の免許を取得したうえで信託の引き受けをしています。(→http://www.ac-law.jp/benhou/service/page9.php)弁護士事務所としてここまでできるのは大都市に大規模事務所を構えているところに限られると思います。

5.信託銀行

 そうなると、委託者の家族を受託者とする場合を除き、民事信託の場合でも信託銀行に信託の受託をお願いすることが考えられるのですが、信託銀行に支払う信託報酬の相場がかなり高額なのです。大勢のスタッフを抱えて、金融庁の監督に服するためのコストを支払っている信託銀行の立場で考えれば、それなりの額の信託報酬を貰えなければ到底引き受けることは出来ないということだと思います。

 民事信託の場合、信託財産が少額であることが多いと予想されるので、信託銀行へ支払う信託報酬が相当安くないと利用できないでしょう。また、信託銀行の店舗は都市部に集中しており、地方の農村などに住んでいる人が、信託銀行のサービスを利用しにくいという問題もあります。

 もっとも、2012年から後見制度支援信託が導入され、後見人が管理する被後見人の金銭を信託銀行に信託する仕組みができました。これは家族が後見人になったようなケースにおいて、被後見人の資産を使い込むなどの事案があったためとされております。→http://www.courts.go.jp/vcms_lf/210034.pdf 預金のようなものですから、信託銀行としても手間暇がかからず、信託の引き受けをしやすいということでしょうね。筆者としては、後見支援信託制度の導入を契機として、今後民事信託が広がり、信託銀行の信託報酬が安くならないかという期待はあります。

 もっとも、後見制度支援信託の対象は金銭に限られ、しかも1000万円以上ということですから、信託財産が不動産や株式など多様なものまで、しかも少額の財産を、信託銀行が扱える態勢を作れるのかどうか、このあたりが実際上の課題ではないかと思います。

 ということで、なかなか適切な民事信託の受託者が見つからないという隘路があります。

 更に、ある雑誌記事には次のようなことも書かれています。

 「信託銀行は、営業方針として、弁護士らが作成に関与した民事信託の受託者にはならないとされている。」(「自由と正義」2015年8月号42頁)。

 これが本当の話なのかどうか、筆者は寡聞にして知りませんが、仮に本当であれば、依頼者の相談を受けて民事信託が適しているという判断をした事案においては、その時点で相談を打ち切り、依頼者を信託銀行にご紹介をしなければならないということになります。

 不動産信託の場合、信託契約を弁護士が起案することは日常的に行われているので、上記のような営業方針が本当に存在するのかどうかは疑問がありますし、そもそもどのような理由でそのような営業方針を採用しているのか皆目見当がつきません。

 本当の話かどうか確認を要しますが、仮にこのようなことが本当であれば、信託銀行に民事信託の引き受けをお願いするのが、さらに難しいことになります。

6.家族や知人による信託の受託

 以上のとおり検討しますと、現時点では委託者の家族に民事信託を受託するのがもっとも現実的な方法のようであり、こうした民事信託を支援するサービスを提供する業者もあるようです。委託者の家族が無償で信託の受託者になれば、信託業とされる可能性が低いという考え方です。

 もっとも、遺言信託のように相続が関係する信託において、家族を受託者にすると、受託者自身が利害相反関係に置かれる可能性がありますし、他の相続人との相続争いの原因になる場合もあり得ると思います。

 さらに、後見制度支援信託が導入された原因となった、家族の後見人による被後見人の資産の使い込みのような事態が生じかねないと思います。

 そうすると、家族が民事信託の受託者として適切であるかどうか、疑問が残るところであり、やはり信託の受託者は利害関係が全くない第三者を選ぶのが適切であり、制度の趣旨に合致すると思います。そうすると、家族以外で無償で引き受ける第三者がいるだろうかという疑問が出てきます。

 民事信託の受託者については、いずれ信託業法や施行令/施行規則の改正により、何らかの手当てをせざるを得なくなるのではないでしょうか?但し、信託業法は金融庁が主管の法律ですが、相続などが絡まってくる民事信託に係る問題は、法務省や裁判所が扱う問題であり、省庁間の調整が大変でしょうね。

7.規制緩和の提言

 民事信託は当事者の個性や個別事情を反映しバラエティに富んだものが作られると思います。それと同時に、信託の対象となる資産も種類、量、金額も個性を反映し、多様と思います。これに対応して、様々な人(あるいは会社)の中から、当該民事信託にとって最も適切な者が受託者になるべきである、というのが筆者の基本的な考えです。

 ところが、現在の信託業法による規制は、装置産業における、不特定多数の受益者の保護を念頭に置いたものであり、画一的に過ぎるので、仮に民事信託を信託業法の中で扱うとしても、これまでとは異なった考え方による規制を及ぼす必要があるのではないかとも考えております。

 従って、現在の信託業法は民事信託の規制に適したものではなく、例外はあるとしても、民事信託は信託業法の規制の対象外とすべきと思いますが、弁護士が信託を受託した場合そのリスクをも考える必要があると思います。

 この点について、信託の類型に応じて監督の内容を変えるべきだとの提言をしている研究者がいますが(「自由と正義」2015年8月号67頁)、筆者の考え方もこれに近いと思います。

 そこで、どのようなリスクを検討すべきかですが、第1に、信託財産の管理に失当があった場合、受託者は民事責任を負いますが、個人で開業している弁護士がそうした責任につき損害賠償を履行できるどうか大いに疑問です。従って、民事信託による責任も弁護士過誤保険で付保される必要があり、かつ民事信託の引き受けをする弁護士にはかかる保険への加入を強制する必要があると思います。(信託の受託についても保険の付保の範囲内ということが前提となりますが…。)

 第2に、受託者である弁護士が死亡したり、事故や重篤な病気により受託者としての職務を果たせない場合、速やかに別の受託者に信託業務を承継させるように、予め後任の受託者を定めて、信託契約に規定する必要もあります。

 第3に、受託者である弁護士を監督する必要の有無も検討課題になります。信託法における制度を活用するとすれば、信託監督人を定めておくということが考えられますし、現に民事信託を支援するサービスでは信託監督人の選任を進めているものがあるようです。

 第4に、委託者から相談を受けた弁護士が受託者になれるかどうかですが、これについては利害相反関係があるので、ダメという意見があります。もっとも、相続絡みの民事信託の受託者は遺言執行者の地位と類似している点があり、遺言作成に関与した弁護士が遺言執行者になる例もあるようなので、これに準じたものと考えれば、委託者から相談を受けた弁護士が受託者となることはダメとまでは断定できないかもしれません。

 こうした点を条件として、弁護士による信託の引き受けを信託業の例外にするというのは一つの考え方ではないでしょうか?

 最後に参考文献を一つご紹介します。筆者が読んだ範囲では、本記事で扱った論点を詳しく論じているのはトラスト60選書の「民事信託の活用と弁護士業務のかかわり」でした。→http://trust-mf.or.jp/business/pdf/report/20130207185358.pdf

更に詳細な情報を知りたい方はこの文献あたりを出発点としてリサーチをされたらどうかと思います。

 

2008年6月 3日 (火)

信託法(1)担保権信託(セキュリティ・トラスト)(1)

昨日までデューデリで他のことが何も出来ず、ブログもちょっとお休み。

本日はイスラム金融とは全然違うテーマを扱います。

昨年の9月30日から新しい信託法が施行されています。新信託法の施行前後の時期には「新信託法の下では担保権信託(Security Trust; セキュリティ・トラスト)が出来るようになる。」ということで、金融関係者や学界でも色々と議論が盛り上がったのですが、施行後8ヶ月を経過した現在でも、SMBCさんが取り扱った事例が紹介されている程度で、期待されたほどには利用されていないようです。

その原因について分析している雑誌記事などに遭遇していないのですが(ご存知の方は教えてください。)、担保権信託(セキュリティ・トラスト)にかかるコストの問題が結構大きいのではないかと考えております。

1.まず、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を設定する場合、信託業の免許が必要です。ところが、担保権信託(セキュリティ・トラスト)が適しているといわれているシンジケーション・ローンの新規案件は、メガバンクを含む銀行によって発掘され、銀行がアレンジャーとなって報酬を取っていることが多いと思います。

ところが、メガバンクのうちでも信託業の免許を持っているのは、SMBCさんだけだったと思います。そうすると、銀行がシンジケーション・ローンにおいて、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を使おうとすると、どうしても信託専業銀行を入れないとならないわけです。

ということは、担保権信託(セキュリティ・トラスト)の受託者となる信託専業銀行に対して信託報酬を支払う必要があり、その分だけ銀行が受け取る報酬を減らさざるを得ないのではないか、と思うのです。筆者は銀行員ではありませんので、銀行が受け取る報酬には暗いのですが、どうもそんな気がします。メガバンクのうちで信託業の免許を持っているSMBCさんが担保権信託(セキュリティ・トラスト)サービス業務で先行できたのはこのような背景があるのではないでしょうか?(間違った認識なら御免なさいですが…。)

ということで、信託専業銀行を取引に参加させることによる取引コストの上昇ないし銀行の報酬の取り分の減少がひとつの原因ではないかと考えております。

2.もうひとつは登記にかかる費用の問題です。不動産に関する担保権信託(セキュリティ・トラスト)は、取っ付き易い利用法だと思うのですが、登記費用が意外にかかります。例えば抵当権に関する担保権信託(セキュリティ・トラスト)を設定する場合、①抵当権設定登記と②信託の登記が必要です。ところが、抵当権設定登記の登録免許税は、被担保債権額の1000分の4であり、信託の登記の登録免許税は被担保債権額の1000分の2ですから、合計で被担保債権額の1000分の6の登録免許税がかかります。

これに対して、結構規模の大きな不動産のノン・リコース・ローンでも、登録免許税を節約するために、抵当権の本登記を留保して仮登記で済ませているというケースが見られます。

従って、ローン債権の転売を頻繁に行うことを予定したような事案で無い限り、コストに見合った、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を使うメリットが無いと考える人が多いのではないでしょうか?

もちろん、この他にも信託の利用に馴染みが無いとか、法解釈に任されている論点が多くで面倒だとか、色々理由はあると思いますし、そのような話も聞くことがあります。でも、担保権信託(セキュリティ・トラスト)のコストが高いというのは結構大きな理由に思われるのですが、いかがでしょうか?

なお、余談になりますが、筆者が米国の法律事務所で働いていたときには、担保権信託を使った不動産のノン・リコース・ローンはごく当たり前のように使われていましたし(但し、日本で議論されているものとはちょっと性質が違うものです。)、その後プロジェクト・ファイナンスの仕事をやるようになったときには、セキュリティ・トラストは便利だと思いました。また、英国でのパブ事業の証券化ではセキュリティ・トラストを使った担保付社債を発行しています。(担保権信託(セキュリティ・トラスト)そのものではないのですが、他人様のブログに事業信託による事業の証券化で、このトピックの書き込みをさせて頂いたことがありました。→http://shintaku-obachan.cocolog-nifty.com/shintakudaisuki/cat4599420/index.html)

ということで、潜在的にはニーズがあると思うのだけどなぁ、と考えています。