本年の1月26日のイランイスラム共和国(Islamic Republic of Iran)に対する制裁の一部解除の結果、イランに対するインフラ輸出など投資のニュースが時々報道されるようになりました。そこで本日はイランに対する投資についての記事を書かせていただきます。
1. イランの法制度
イランの法制度は、立憲君主制の時代に、フランスの制度を参考に作られたものであり、いわゆるcivil lawの法域(jurisdiction)となります。従って、民法などは、フランス法を範とした日本の民法に類似している点があり、日本人には割合とわかりやすい制度のように思われます。
1979年のイスラム革命の結果、立憲君主制の時代に作られた西欧的な法制度にイスラーム教の教義に合致するように、各種の変容が加えられていますが、ビジネスに関係が深いと考えられる規定については、大きな変容は受けていないといわれています。(たとえば、民法における利息の規定を削除したというのは有名ですが、それ以外の大きな変更がなされているのは、家族法の分野に限定されています。)
2. 外国投資奨励(促進)保護法(Foreign Investment Promotion and Protection Act)
この法律はFIPPAと略称されている文献が多いようです。2002年に制定された法律で、この法律に基づく投資ライセンスを取得すると、内国民待遇を受け(FIPPA第8条)、外貨の輸入、外国送金、国による資産の接収などについて、特典が得られるので、おそらくは、FIPPAに基づく投資ライセンスを取得するというのが、イランへの進出を考える企業において検討すべき事項になると思います。
英訳もありますので、ダウンロードをされてご覧ください。法律とその施行規則(英訳ではEnforcement Regulationとかby-lawsと訳されています。)とがあります。→http://www.investiniran.ir/en/ebook
また、筆者が自身の研究用に英訳から日本語訳を作成しましたので、英訳を読むのが面倒という方は、こちらをご覧ください。ただし、正確性については保証の限りに非ずです。
法律→「foreign_investment_promotion_protection_actfippajapanese_translation.pdf」をダウンロード
施行規則→「foreign_investment_promotion_protection_actfippaenforcement_regulationjapanese_translation.pdf」をダウンロード
3. 投資ライセンスの発行
FIPPAは、イラン投資経済技術援助機構(Organization for Investment, Economic and Technical Assistance of Iran)(”OIWTAI”とも略称されています。)という組織によって、運用されており、OIWTAIに対して投資ライセンスの発行を申請することになります。申請がなされると、Foreign Investment Board(外国投資委員会)の審査を受けますが、審査期間は最大1か月とされています(FIPPA第6条注記)。
投資ライセンスの発行条件は、FIPPA第2条の規定されており、詳細はそちらをご参照いただきたいのですが、外国資本による国内市場の独占を排除するために、外国投資によって生み出される物品やサービスの価値が、当該産業セクターの25パーセントを超えず、産業サブセクターの35パーセントを超えないことと規定されています。(産業セクター及び産業サブセクターの分類については、FIPPA施行規則の別表に記載があります。)
また、外国資本による参入が禁止されている産業セクターはなく、その意味では間口は広い法律であるという評価ができると思います。
もっとも、投資ライセンスの発行に関しては、当該外国投資が、「国内経済を阻害しないこと」とか「国内生産の混乱を生じないこと」とされており(FIPPA第2条第(b)項)、そのための具体的な基準が示されていないので、裁量にゆだねられる部分が大きいとの指摘もあります。
4. 外国投資の方法
FIPPAは外国投資の方法として、エクイティ投資と契約による投資の2種類を規定しています。
a. エクイティ投資(外国直接投資(Foreign Direct Investment))
エクイティ投資の方法として規定されているのは、新会社の設立、既存会社の買収といった手法によるもので、外資による株式保有割合についての制限がないとされています(FIPPA施行規則第4条第(b)項)。但し、エクイティ投資が開放されているのは、民間セクターに限られています。
なお、イランの商法のうち、会社法に相当する部分に関する改正案は、2014年にIslamic Consulative Assembly(下院に相当する。)の承認を受けています。Council of Guardians(監督者評議会、上院に相当する。)の承認も受けているかどうか未確認ですが、すでに会社法が改正されている可能性がありますので、調査の際には要注意です。
b. 契約による投資
施行規則第3条(b)項においては、Civil Participation(公共共同事業;法人格のないパートナーシップ類似の契約)、Buy-Back (イランでの石油開発事業で使われているもの。一種のサービス契約であり、外国企業はコントラクターとして自らのリスクで油田・ガス田開発を実施し、商業生産段階に移行すれば、自己の投資とリタ―ンを生産物をもって返済されるもの。最近Buy-Backも新しい方式が公表されています。)及びBOT(Build-Operate-Transfer)が挙げられています。
契約による投資については、民間セクターに限定されず、政府セクターへの投資も可能とされています。従って、エクイティ投資と異なり、石油や天然ガスの上流事業のように政府が独占的に支配する事業への参加が可能となります。
但し、外国投資からのリターンについて、政府や政府企業による保証はないとされています(FIPPA第3条)。
5.外国資本の輸入、本国送金など
FIPPA及びその施行規則のかなりの部分が外国資本の輸入や本国送金に比重が置かれています。具体的にはFIPPA第11条から第18条まで、その施行規則の第21条から第31条までが、そうした規定と考えられます。
詳細については、FIPPAと施行規則とをご覧になっていただければと思いますが、イラン国内への資本の持ち込みについては、イラン投資経済技術援助機構の登録が必要ですが(施行規則第21条)、その方法は、外貨はもちろん、現物でも可能とされています(FIPPA第11条及び施行規則第21条(b)項)。現物による投資ができるということは、local contentsの制限を受けないということになると思われます。
持ち込まれた外貨を、イランの銀行システムを通じてイラン・リアルに両替をすることもできます。持ち込まれた外貨をもって、外国投資にかかる外国からの資材の購入代金を支払うことも可能です(施行規則第21条)。
但し、投資ライセンスの通知日以後イラン側で定める期間内に資本の持ち込みをしないと、投資ライセンスが無効とされるという規制もあります(施行規則第32条)。従って、投資ライセンスを申請をする前に、資金面を含めプロジェクトの計画を慎重に行う必要があると考えられます。
次に、プロジェクトの収益やキャピタルゲインの本国送金についても規定があります。外国資本の元本及びその利益の本国送金については、外国投資委員会に3か月前の事前の通知を行い、同委員会の承認と経済金融大臣の確認に基づき本国への送金が可能となりますが(FIPPA第13条)、送金される元本や利益について、イラン公認会計士協会に所属する監査法人の証明が必要とされていますので(施行規則第22条、第23条)、FIPPAに基づく投資ライセンス取得を考える場合には、現地の監査法人の起用を検討する必要があると考えられます。
また、 外国投資に係る投資ライセンスは、輸出ライセンスとみなされますので(施行規則第24条)、外国投資にかかるプロジェクトの製品やサービスを外国に輸出し、その代金を本国へ送金することも可能になります(施行規則第24条、第25条)。従って、外国投資にかかる収益をイラン国内への再投資に利用することを強制されないということになります。
6.非常危険(political risk)への補償と保護
FIPPAの下では、非常危険(political risk)に関して、ある程度外国投資の保護が受けられます。
a. 接収/収用及び国有化にかかる補償
外国投資に関して、接収/収用(expropriation)や国有化(nationalization)が行われる場合には政府の「適切な補償」が行われるとされています(FIPPA第9条).。
(i) 「直接収用」と「間接収用」
但し、ここでの接収/収用とは、物理的に資産を政府や政府系機関に接収/収用されることと解され、法改正などにより間接的に接収/収用される場合には上記のFIPPAの規定による政府の補償がなされないという意見があります。このような意見を述べる論者によれば、間接的な接収/収用としては、増税や投資ライセンスの撤回により投資の継続ができなくなるようなケースが挙げられています。
こうした事態へ対応するためには、政府との間で、適切な補償なしには、投資に悪影響を及ぼす行為は行わず、一方的に契約を変更しないといった契約をするということが考えられるとされています。2月5日に締結された日本ーイラン二国間投資協定においては、収用に関する制限を定めていますので(二国間協定第8条)、こうした規定を援用しながら交渉を行うことになると考えられます。
(ii) 補償の対価
続いて、補償の対価ですが、FIPPA第9条では「接収直前の現実の投資価値に基づく補償」とされており、その意味が問題となります。ここで、上記の日本―イラン二国間協定でも、「(収用の)直前における投資財産の公正な市場価値に相当するもの…」と書かれており、両者は同じ意味ではないかと推察されます。そうすると、逸失利益のようなものは含まれないと考えられます。
もっとも、日本―イラン二国間協定によれば、「国際的な銀行業務上の慣行に従い、支払の遅滞によって生ずる追加の金額」を補償するとされていますので、接収/収用の補償の支払が遅滞した場合の金利の支払も受けられるという趣旨ではないかと考えられます。
但し、この点については、イスラーム教において金利を禁止していることとの関係でどのような整理がなされているのかは興味があります。イスラーム教では遅延損害金も利息の禁止に抵触すると一般的には考えられているからです。
b. ファイナンス契約の実行の禁止や阻害への補償
もう一つ、非常危険(political risk)への対応として挙げることができるのは、上記の契約による投資に関して、立法や政府の命令によって、ファイナンスに係る契約の実行が禁止または阻害された結果生じる損失については、履行期の到来している支払義務に関する限り、イラン政府が補償するというものです(FIPPA第17条注記2、施行規則第30条)。
従って、政府が外国送金を禁止したために、レンダーへの返済ができなくなったような場合、政府による補償が行われると考えられ、ある程度非常危険の発生への対応がなされていると考えられます。
7. 紛争解決
FIPPA第19条によれば、外国投資に関する政府と外国投資家との間の紛争は、交渉によって解決できない場合、二国間協定に定めがなければ、住所地の裁判所に付託されると規定されています。
この点に関して、上記の日本―イラン二国間協定によれば、投資家による選択によって裁判所と仲裁機関に付託されるとされています(二国間協定第18条)。従って、仲裁手続を選択することも可能となっています。
但し、以下に述べるような疑問があります。
a. イラン憲法第139条との関係
イラン憲法第139条によれば、公共財産にかかる裁判や仲裁については、閣僚評議会(Council of Ministers)の承認が必要であり、外国人が当事者である場合には議会(Assembly)の承認が必要とされています。→http://www.wipo.int/edocs/lexdocs/laws/en/ir/ir001en.pdf
FIPPAでは上記の憲法の規定との関係については、何も述べられていません。また、二国間協定でも、この点が明らかではありません。従って、投資契約を作成する場合には、現地の弁護士にこの点に関する意見照会を行う必要があると思います。
b. イラン民事訴訟法との関係-その1(仲裁人と仲裁地の指定)
二国間協定の紛争解決に関する規定で興味があるのは、イランの民事訴訟法によれば、契約の当事者が外国人(法人を含む)である場合において、紛争の発生前に、当該外国当事者と同じ国籍の仲裁人や仲裁機関を指定してはならないとされている点との関連です。というのは、二国間協定においては、仲裁人は3人とし、各当事者はそれぞれ1名の仲裁人を指名することができるとされています。従って、二国間協定では、外国当事者が同じ国籍の仲裁人を指定することを正面から禁止しているものではありません。
投資契約には、仲裁条項を入れることになると思いますが、二国間協定に定めるような内容を規定することが上記のイランの民事訴訟法に反しないのかどうか、この点については現地の弁護士に確認を要する点であるように思われます。
c. イラン民事訴訟法との関係-その2(イランの仲裁機関か、外国の仲裁機関か)
二国間協定によれば、仲裁機関はイラン国内の仲裁機関である必要はないと読めます。従って、イラン国外の仲裁機関を指定することも可能と考えられますが、そうすると、イラン国外の仲裁機関の仲裁判断をイラン国内で執行する場合、イランの民事訴訟法に従い外国判決の国内執行と同様に、外国仲裁判断の承認を得る必要があると考えられます。
これに対して、イランにはTeheran Regional Arbitration Centerという仲裁機関があり、そのメンバーを見るとヨーロッパの法律家が中心であり、エジプト以外にはアラブ系の仲裁人も含まれていません。従って、イスラーム色が薄いと考えられます。また、比較的信頼できるとの評価を下している記事も読んだことがありますが、これが仲裁機関の選択として適切なものかどうかは、さらなる調査が必要と思います。
また、二国間協定では、仲裁機関について、「国際連合国際商取引法委員会の仲裁規則に基づいて設置される仲裁廷とする。」と規定されており、上記のTeheran Regional Arbitration Centerがそれに合致しているといえるのかどうかの確認をする必要があると考えられます。
d. イランの司法制度との関係
イランの司法制度の運用はFIPPAと関係がないので、この記事では割愛し別の機会に譲りたいと思いますが、問題はあるようであり、検討課題になると思います。
8.インフラ輸出に関するファイナンスの観点からの考察
FIPPAにはいくつかファイナンスの観点から有用と考えられる規定が含まれていますので、それを挙げておきます。
a. 上記の「ファイナンス契約の実行の禁止や阻害への補償」で述べた点
b. エクイティ投資やBOTにおけるEXITにおいて、国内投資家や外国投資家への投資の譲渡の規定があります(FIPPA第10条、施行規則第9条)。
c. ファイナンス契約の元利金の国外送金の規定(FIPPA第15条)。
d. 政府機関が物品やサービスの独占的購入者である場合において、政府機関が契約で定められた価格と数量において購入する旨の保証(施行規則第11条)は、政府機関をオフテーカーとした場合のプロジェクト金融において利用可能と考えられます。但し、イランの民法の解釈として、債権に対する質権の設定が可能かどうかは問題があるようであり、政府に対する債権を銀行のローンの担保に差し入れる方法については、検討の必要性があると思います。
e. BOTプロジェクトにおける、金融ファシリティを提供した機関に対する、資産の譲渡(施行規則第10条)は、担保実行によるstep-inにおいて意味があるものと思われます。
但し、イランの担保法には現代の金融にマッチしていない部分もあるという指摘もあります。イランの担保法については、別の機会があれば、このブログ記事で紹介をしたいと思います。
f. イランでは外国人による土地所有が禁止されている関係で、外国投資家によるプロジェクト資産である土地の所有が原則としてできないことになりますが、施行規則第34条によれば、外国投資家がイランに設立した会社が、プロジェクトに必要な限度で土地所有を行うことが認められています。これが上記の施行規則第10条と合わせると、担保実行によるstep-inとしてプロジェクトの土地部分の金融機関への移転も認められていると解釈できるかもしれません。
g. また、保険を付保した場合、保険会社は代位により取得した権利を行使できる旨も定められており(施行規則第31条)、例えば日本貿易保険(NEXI)の保険の利用が可能となる余地もあると考えられます。
この施行規則の規定との関係では、日本―イラン二国間協定第10条において、一方の締約国の指定する機関による保証契約または保険契約に基づいて投資家に代位する場合には、他方の締約国の承認を受けた場合には、代位した投資家の権利を行使できるとされていますので、日本貿易保険以外に、国際協力銀行(JBIC)や石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の保証も理論上は利用可能となる余地があると思われます。
h. よくわからない問題としては、FIPPAに基づく投資ライセンスが存続する限り、FIPPAの規定する特典を前提としたファイナンスのストラクチャリングができると思うのですが、投資ライセンスが取り消された場合はどうなるのでしょうか?ファイナンス契約のコベナンツ(covenants)条項で投資ライセンスの維持義務を規定することにはなると思いますが、これが取り消された場合のリスク配分をどうするかという問題はあると思います。
また、仮に投資ライセンス自体は取り消されなくても、FIPPAの特典の多くはイラン当局の裁量が介入するもので、当初予期したイラン当局の判断が得られなかった場合のリスク配分をどのように考えるかという問題はあると思います。
9.残された制裁との関係
以上のとおりFIPPAによれば、イランへの投資についてそれなりの環境が整備されていると評価できると思いますが、イランに対する国際制裁が全て解除されているわけではなく、この点からの検討も要すると考えられます。
a. 米国の製品、技術、サービスが使えない
米国のsecondary sanctionの解除の結果、米国の制裁は米国民によって所有または支配されていない外国法人には適用されないことになりました。、しかしながら、当該取引にはSpecial Designated Nationsに掲載された者を含まず、米国外で行われており、かつ米国の製品、技術またはサービスが含まれないことが条件になっています。
従って、米国の製品、技術、サービスが含まれる投資ができないとすると、インフラ輸出をするにしても、その内容に制限があることになります。
また、例えば、投資先が、テロ組織と認定されているイランの革命防衛隊(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%9D%A9%E5%91%BD%E9%98%B2%E8%A1%9B%E9%9A%8A )の系列企業であったりすれば、アウトということになりますので、投資の前のデューデリジェンスにおいて、革命防衛隊とは関係がないことの確認を要すると思いますし、ファイナンス契約でもそうした表明保証を要求する必要があると考えられます。
b. 米国金融機関によるイランが関係する決済取引の禁止
米国外の当事者は、米国の金融システムを介さない支払いになるように取引のストラクチャリングをする必要性があります。従って、ドルによる決済が非常に困難であり、ユーロを使うのか、あるいは日本円を使うのか、といった問題もあります。
また、米国の金融機関による融資や保証も受けられないということにもなりますので、ファイナンスについては米国抜きのストラクチャリングを行う必要があると思います。
10.その他
更に詳細を知りたいという方については、英文によるHPですが、箇条書きでイランに対する投資についてQ&A方式で書かれているものがありますので、そちらをご覧になるのが良いと思います。調べた範囲では下記のリンクが包括的に記載されていました。→http://worldbusinessyear.com/index.php/latest-news/852-worldbusinessyear-is-your-final-source-to-get-in-depth-analysis-of-iran-s-economy.html
以上