イスラム金融

2017年6月22日 (木)

イスラム金融(63)Dana Gasスクーク債の事実上のディフォルト

ご存じの方もいらっしゃると思いますが、アラブ首長国連邦(UAE)のガス事業の会社であるDana Gas社が、「2013年発行2017年満期のスクーク(イスラーム債)は、イスラーム法(シャリーア)に違反し、UAEの法律に抵触する違法なもの」と自ら主張し、スクーク所持人である投資家を相手にリストラクチャリングの交渉を開始していることについて、物議を醸しています。→https://www.reuters.com/article/dana-gas-sukuk-restructuring-idUSD5N1FR01L

スクークの発行時には当然イスラーム法学者よりイスラーム法に合致する旨の意見書をもらっているはずなのですが、Dana Gasは、今になって「あれはイスラーム法に反するものだった。だから、近々到来する配当(金利に相当する)はできない。」と主張しているわけですヾ(.;.;゚Д゚)ノ。同社は、既存のスクークを新たに発行する4年物のスクークと交換する旨を提案しているのですが、その配当率は既存のものに比べて半分以下であり、PIK(金銭以外の配当)も行うというものです。Dana Gasの提案については、同社のWEBサイトをご参照ください。スクークの目論見書も掲載されています。→http://www.danagas.com/en-us/investors/sukuk-information

上記引用のDana Gas社のWEBサイトによれば、同社は、UAEの裁判所において、既存のスクークの合法性の宣言を求め出訴したとも書かれています。自分で違法と言っておきながら、合法性の宣言を裁判所に求めるというのも理解に苦しむ点です。訳が分かりません。┐(´-`)┌

当然投資家は反発しており、Dana Gasは資金不足に陥っているので、イスラーム法違反を口実に支払いを延期しようとしているのではないかとい見方がされているようですが、この記事では、法的な分析をしてみたいと思います。

1.イスラーム法と制定法であるUAEの法律は別である。

 問題のスクークの準拠法は英国法ですが、債務者であるDana GasはUAEの会社ですから最終的に強制執行する段階ではUAEの法律が問題になると考えられます。このブログ記事でも何回も書いていますが、イスラーム法は法典を持たない規範であり、イスラーム教徒全体で共有されているもので、国単位で定められる法規範ではありません。これに対して、UAEの法律は、イスラーム法を考慮して制定されているとしても、法典化されている法律であり、イスラーム法とは別のものです。

 イスラーム法と制定法との関係については、イスラーム国家によって異なりますが、UAEの場合は、民法の解釈はイスラーム法の原則に従うとしつつ、イスラーム法が適用されるのは、制定法に規定がない場合とされています。(UAE民法)

 したがって、Dana GasのWEBサイトにあるようにUAEの裁判所へ出訴しているならば、UAEの裁判所はまず、民法その他の制定法を適用するのではないかと思われます。

2.金利に関するUAEの法律とUAEの最高裁判決

 Dana GasのWEBサイトでは、本件スクークが違法である理由が書かれていないのですが、おそらくイスラーム法上の金利の禁止に抵触するということが一つの理由になっているのではないかと思いますので、このことを前提として、金利に関するUAEの法律と裁判所の判断を検討します。

 イスラーム国家によって制定法上の金利の扱いは異なりますが、UAEでは民法に金利を禁止する趣旨の規定があるのに対し、商法では金利を認めています。スクークは商取引と思われますので、商法上は違法とは言えないという理屈も考えられます。

 過去に金利付き取引はイスラーム法に反して違法と債務者が主張した事案において、「必要性があれば、禁止されることも認められる。」というイスラーム法の原理もあると述べたうえ、「社会的な利益を守らなければならない場合、イスラーム法は例外を認めている。」と述べて、債権者が金利をとることを認めた最高裁判決もあります。

 このような商法の規定や最高裁判決からすると、Dana Gasの事件についても、UAEの裁判所は、本件スクークは金利の禁止に抵触するものの、無効にはならない、という趣旨の判決を下す可能性はあるのではないか、と筆者は考えています。

3.シャリーア適格という当事者の意思の尊重

 もっとも、本件スクークはイスラーム法に合致する、いわゆるシャリーア適格の有価証券として発行するというのが、当事者の意思であったと考えられますから、仮に金利の禁止に抵触するならば、当事者の意思に合致しないということを理由に本件スクークは無効と判断される可能性も他方において存在するとも考えられます。

4.本件の注目度

 UAEの裁判所がどのような判断を下すかはわかりませんが、過去においても、イスラーム国家の債務者が、金利の禁止に抵触するということを口実に債務の履行を拒否した事例はあり、本件はそのような事例の一つと考えてよいと思います。

 商法や過去の裁判例を踏まえてUAEの裁判所がどのような判断を下すのかは非常に興味深いところです。

2016年5月 8日 (日)

イスラム金融(62)イランへの投資とFIPPA

本年の1月26日のイランイスラム共和国(Islamic Republic of Iran)に対する制裁の一部解除の結果、イランに対するインフラ輸出など投資のニュースが時々報道されるようになりました。そこで本日はイランに対する投資についての記事を書かせていただきます。

1.  イランの法制度

 イランの法制度は、立憲君主制の時代に、フランスの制度を参考に作られたものであり、いわゆるcivil lawの法域(jurisdiction)となります。従って、民法などは、フランス法を範とした日本の民法に類似している点があり、日本人には割合とわかりやすい制度のように思われます。

 1979年のイスラム革命の結果、立憲君主制の時代に作られた西欧的な法制度にイスラーム教の教義に合致するように、各種の変容が加えられていますが、ビジネスに関係が深いと考えられる規定については、大きな変容は受けていないといわれています。(たとえば、民法における利息の規定を削除したというのは有名ですが、それ以外の大きな変更がなされているのは、家族法の分野に限定されています。)

2. 外国投資奨励(促進)保護法(Foreign Investment Promotion and Protection Act)

 この法律はFIPPAと略称されている文献が多いようです。2002年に制定された法律で、この法律に基づく投資ライセンスを取得すると、内国民待遇を受け(FIPPA第8条)、外貨の輸入、外国送金、国による資産の接収などについて、特典が得られるので、おそらくは、FIPPAに基づく投資ライセンスを取得するというのが、イランへの進出を考える企業において検討すべき事項になると思います。

 英訳もありますので、ダウンロードをされてご覧ください。法律とその施行規則(英訳ではEnforcement Regulationとかby-lawsと訳されています。)とがあります。→http://www.investiniran.ir/en/ebook

また、筆者が自身の研究用に英訳から日本語訳を作成しましたので、英訳を読むのが面倒という方は、こちらをご覧ください。ただし、正確性については保証の限りに非ずです。

法律→「foreign_investment_promotion_protection_actfippajapanese_translation.pdf」をダウンロード

施行規則→「foreign_investment_promotion_protection_actfippaenforcement_regulationjapanese_translation.pdf」をダウンロード

3. 投資ライセンスの発行

 FIPPAは、イラン投資経済技術援助機構(Organization for Investment, Economic and Technical Assistance of Iran)(”OIWTAI”とも略称されています。)という組織によって、運用されており、OIWTAIに対して投資ライセンスの発行を申請することになります。申請がなされると、Foreign Investment Board(外国投資委員会)の審査を受けますが、審査期間は最大1か月とされています(FIPPA第6条注記)。

 投資ライセンスの発行条件は、FIPPA第2条の規定されており、詳細はそちらをご参照いただきたいのですが、外国資本による国内市場の独占を排除するために、外国投資によって生み出される物品やサービスの価値が、当該産業セクターの25パーセントを超えず、産業サブセクターの35パーセントを超えないことと規定されています。(産業セクター及び産業サブセクターの分類については、FIPPA施行規則の別表に記載があります。)

 また、外国資本による参入が禁止されている産業セクターはなく、その意味では間口は広い法律であるという評価ができると思います。

 もっとも、投資ライセンスの発行に関しては、当該外国投資が、「国内経済を阻害しないこと」とか「国内生産の混乱を生じないこと」とされており(FIPPA第2条第(b)項)、そのための具体的な基準が示されていないので、裁量にゆだねられる部分が大きいとの指摘もあります。

4. 外国投資の方法

FIPPAは外国投資の方法として、エクイティ投資と契約による投資の2種類を規定しています。

a. エクイティ投資(外国直接投資(Foreign Direct Investment))

 エクイティ投資の方法として規定されているのは、新会社の設立、既存会社の買収といった手法によるもので、外資による株式保有割合についての制限がないとされています(FIPPA施行規則第4条第(b)項)。但し、エクイティ投資が開放されているのは、民間セクターに限られています。

 なお、イランの商法のうち、会社法に相当する部分に関する改正案は、2014年にIslamic Consulative Assembly(下院に相当する。)の承認を受けています。Council of Guardians(監督者評議会、上院に相当する。)の承認も受けているかどうか未確認ですが、すでに会社法が改正されている可能性がありますので、調査の際には要注意です。

b. 契約による投資

 施行規則第3条(b)項においては、Civil Participation(公共共同事業;法人格のないパートナーシップ類似の契約)、Buy-Back (イランでの石油開発事業で使われているもの。一種のサービス契約であり、外国企業はコントラクターとして自らのリスクで油田・ガス田開発を実施し、商業生産段階に移行すれば、自己の投資とリタ―ンを生産物をもって返済されるもの。最近Buy-Backも新しい方式が公表されています。)及びBOT(Build-Operate-Transfer)が挙げられています。

 契約による投資については、民間セクターに限定されず、政府セクターへの投資も可能とされています。従って、エクイティ投資と異なり、石油や天然ガスの上流事業のように政府が独占的に支配する事業への参加が可能となります。

 但し、外国投資からのリターンについて、政府や政府企業による保証はないとされています(FIPPA第3条)。

5.外国資本の輸入、本国送金など

 FIPPA及びその施行規則のかなりの部分が外国資本の輸入や本国送金に比重が置かれています。具体的にはFIPPA第11条から第18条まで、その施行規則の第21条から第31条までが、そうした規定と考えられます。

 詳細については、FIPPAと施行規則とをご覧になっていただければと思いますが、イラン国内への資本の持ち込みについては、イラン投資経済技術援助機構の登録が必要ですが(施行規則第21条)、その方法は、外貨はもちろん、現物でも可能とされています(FIPPA第11条及び施行規則第21条(b)項)。現物による投資ができるということは、local contentsの制限を受けないということになると思われます。

  持ち込まれた外貨を、イランの銀行システムを通じてイラン・リアルに両替をすることもできます。持ち込まれた外貨をもって、外国投資にかかる外国からの資材の購入代金を支払うことも可能です(施行規則第21条)。

 但し、投資ライセンスの通知日以後イラン側で定める期間内に資本の持ち込みをしないと、投資ライセンスが無効とされるという規制もあります(施行規則第32条)。従って、投資ライセンスを申請をする前に、資金面を含めプロジェクトの計画を慎重に行う必要があると考えられます。

 次に、プロジェクトの収益やキャピタルゲインの本国送金についても規定があります。外国資本の元本及びその利益の本国送金については、外国投資委員会に3か月前の事前の通知を行い、同委員会の承認と経済金融大臣の確認に基づき本国への送金が可能となりますが(FIPPA第13条)、送金される元本や利益について、イラン公認会計士協会に所属する監査法人の証明が必要とされていますので(施行規則第22条、第23条)、FIPPAに基づく投資ライセンス取得を考える場合には、現地の監査法人の起用を検討する必要があると考えられます。

 また、 外国投資に係る投資ライセンスは、輸出ライセンスとみなされますので(施行規則第24条)、外国投資にかかるプロジェクトの製品やサービスを外国に輸出し、その代金を本国へ送金することも可能になります(施行規則第24条、第25条)。従って、外国投資にかかる収益をイラン国内への再投資に利用することを強制されないということになります。

6.非常危険(political risk)への補償と保護

 FIPPAの下では、非常危険(political risk)に関して、ある程度外国投資の保護が受けられます。

a. 接収/収用及び国有化にかかる補償

  外国投資に関して、接収/収用(expropriation)や国有化(nationalization)が行われる場合には政府の「適切な補償」が行われるとされています(FIPPA第9条).。

 (i)  「直接収用」と「間接収用」

  但し、ここでの接収/収用とは、物理的に資産を政府や政府系機関に接収/収用されることと解され、法改正などにより間接的に接収/収用される場合には上記のFIPPAの規定による政府の補償がなされないという意見があります。このような意見を述べる論者によれば、間接的な接収/収用としては、増税や投資ライセンスの撤回により投資の継続ができなくなるようなケースが挙げられています。

 こうした事態へ対応するためには、政府との間で、適切な補償なしには、投資に悪影響を及ぼす行為は行わず、一方的に契約を変更しないといった契約をするということが考えられるとされています。2月5日に締結された日本ーイラン二国間投資協定においては、収用に関する制限を定めていますので(二国間協定第8条)、こうした規定を援用しながら交渉を行うことになると考えられます。

 (ii)  補償の対価

  続いて、補償の対価ですが、FIPPA第9条では「接収直前の現実の投資価値に基づく補償」とされており、その意味が問題となります。ここで、上記の日本―イラン二国間協定でも、「(収用の)直前における投資財産の公正な市場価値に相当するもの…」と書かれており、両者は同じ意味ではないかと推察されます。そうすると、逸失利益のようなものは含まれないと考えられます。

 もっとも、日本―イラン二国間協定によれば、「国際的な銀行業務上の慣行に従い、支払の遅滞によって生ずる追加の金額」を補償するとされていますので、接収/収用の補償の支払が遅滞した場合の金利の支払も受けられるという趣旨ではないかと考えられます。

 但し、この点については、イスラーム教において金利を禁止していることとの関係でどのような整理がなされているのかは興味があります。イスラーム教では遅延損害金も利息の禁止に抵触すると一般的には考えられているからです。 

b.  ファイナンス契約の実行の禁止や阻害への補償

  もう一つ、非常危険(political risk)への対応として挙げることができるのは、上記の契約による投資に関して、立法や政府の命令によって、ファイナンスに係る契約の実行が禁止または阻害された結果生じる損失については、履行期の到来している支払義務に関する限り、イラン政府が補償するというものです(FIPPA第17条注記2、施行規則第30条)。

 従って、政府が外国送金を禁止したために、レンダーへの返済ができなくなったような場合、政府による補償が行われると考えられ、ある程度非常危険の発生への対応がなされていると考えられます。

7. 紛争解決

 FIPPA第19条によれば、外国投資に関する政府と外国投資家との間の紛争は、交渉によって解決できない場合、二国間協定に定めがなければ、住所地の裁判所に付託されると規定されています。

 この点に関して、上記の日本―イラン二国間協定によれば、投資家による選択によって裁判所と仲裁機関に付託されるとされています(二国間協定第18条)。従って、仲裁手続を選択することも可能となっています。

 但し、以下に述べるような疑問があります。

a. イラン憲法第139条との関係

 イラン憲法第139条によれば、公共財産にかかる裁判や仲裁については、閣僚評議会(Council of Ministers)の承認が必要であり、外国人が当事者である場合には議会(Assembly)の承認が必要とされています。→http://www.wipo.int/edocs/lexdocs/laws/en/ir/ir001en.pdf

 FIPPAでは上記の憲法の規定との関係については、何も述べられていません。また、二国間協定でも、この点が明らかではありません。従って、投資契約を作成する場合には、現地の弁護士にこの点に関する意見照会を行う必要があると思います。

b. イラン民事訴訟法との関係-その1(仲裁人と仲裁地の指定)

 二国間協定の紛争解決に関する規定で興味があるのは、イランの民事訴訟法によれば、契約の当事者が外国人(法人を含む)である場合において、紛争の発生前に、当該外国当事者と同じ国籍の仲裁人や仲裁機関を指定してはならないとされている点との関連です。というのは、二国間協定においては、仲裁人は3人とし、各当事者はそれぞれ1名の仲裁人を指名することができるとされています。従って、二国間協定では、外国当事者が同じ国籍の仲裁人を指定することを正面から禁止しているものではありません。

 投資契約には、仲裁条項を入れることになると思いますが、二国間協定に定めるような内容を規定することが上記のイランの民事訴訟法に反しないのかどうか、この点については現地の弁護士に確認を要する点であるように思われます。

c. イラン民事訴訟法との関係-その2(イランの仲裁機関か、外国の仲裁機関か)

 二国間協定によれば、仲裁機関はイラン国内の仲裁機関である必要はないと読めます。従って、イラン国外の仲裁機関を指定することも可能と考えられますが、そうすると、イラン国外の仲裁機関の仲裁判断をイラン国内で執行する場合、イランの民事訴訟法に従い外国判決の国内執行と同様に、外国仲裁判断の承認を得る必要があると考えられます。

 これに対して、イランにはTeheran Regional Arbitration Centerという仲裁機関があり、そのメンバーを見るとヨーロッパの法律家が中心であり、エジプト以外にはアラブ系の仲裁人も含まれていません。従って、イスラーム色が薄いと考えられます。また、比較的信頼できるとの評価を下している記事も読んだことがありますが、これが仲裁機関の選択として適切なものかどうかは、さらなる調査が必要と思います。

 また、二国間協定では、仲裁機関について、「国際連合国際商取引法委員会の仲裁規則に基づいて設置される仲裁廷とする。」と規定されており、上記のTeheran Regional Arbitration Centerがそれに合致しているといえるのかどうかの確認をする必要があると考えられます。

d. イランの司法制度との関係

 イランの司法制度の運用はFIPPAと関係がないので、この記事では割愛し別の機会に譲りたいと思いますが、問題はあるようであり、検討課題になると思います。

8.インフラ輸出に関するファイナンスの観点からの考察

 FIPPAにはいくつかファイナンスの観点から有用と考えられる規定が含まれていますので、それを挙げておきます。

a. 上記の「ファイナンス契約の実行の禁止や阻害への補償」で述べた点

b. エクイティ投資やBOTにおけるEXITにおいて、国内投資家や外国投資家への投資の譲渡の規定があります(FIPPA第10条、施行規則第9条)。

c. ファイナンス契約の元利金の国外送金の規定(FIPPA第15条)。

d. 政府機関が物品やサービスの独占的購入者である場合において、政府機関が契約で定められた価格と数量において購入する旨の保証(施行規則第11条)は、政府機関をオフテーカーとした場合のプロジェクト金融において利用可能と考えられます。但し、イランの民法の解釈として、債権に対する質権の設定が可能かどうかは問題があるようであり、政府に対する債権を銀行のローンの担保に差し入れる方法については、検討の必要性があると思います。

e. BOTプロジェクトにおける、金融ファシリティを提供した機関に対する、資産の譲渡(施行規則第10条)は、担保実行によるstep-inにおいて意味があるものと思われます。

  但し、イランの担保法には現代の金融にマッチしていない部分もあるという指摘もあります。イランの担保法については、別の機会があれば、このブログ記事で紹介をしたいと思います。

f. イランでは外国人による土地所有が禁止されている関係で、外国投資家によるプロジェクト資産である土地の所有が原則としてできないことになりますが、施行規則第34条によれば、外国投資家がイランに設立した会社が、プロジェクトに必要な限度で土地所有を行うことが認められています。これが上記の施行規則第10条と合わせると、担保実行によるstep-inとしてプロジェクトの土地部分の金融機関への移転も認められていると解釈できるかもしれません。

g. また、保険を付保した場合、保険会社は代位により取得した権利を行使できる旨も定められており(施行規則第31条)、例えば日本貿易保険(NEXI)の保険の利用が可能となる余地もあると考えられます。

 この施行規則の規定との関係では、日本―イラン二国間協定第10条において、一方の締約国の指定する機関による保証契約または保険契約に基づいて投資家に代位する場合には、他方の締約国の承認を受けた場合には、代位した投資家の権利を行使できるとされていますので、日本貿易保険以外に、国際協力銀行(JBIC)や石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の保証も理論上は利用可能となる余地があると思われます。

h. よくわからない問題としては、FIPPAに基づく投資ライセンスが存続する限り、FIPPAの規定する特典を前提としたファイナンスのストラクチャリングができると思うのですが、投資ライセンスが取り消された場合はどうなるのでしょうか?ファイナンス契約のコベナンツ(covenants)条項で投資ライセンスの維持義務を規定することにはなると思いますが、これが取り消された場合のリスク配分をどうするかという問題はあると思います。

 また、仮に投資ライセンス自体は取り消されなくても、FIPPAの特典の多くはイラン当局の裁量が介入するもので、当初予期したイラン当局の判断が得られなかった場合のリスク配分をどのように考えるかという問題はあると思います。

9.残された制裁との関係

 以上のとおりFIPPAによれば、イランへの投資についてそれなりの環境が整備されていると評価できると思いますが、イランに対する国際制裁が全て解除されているわけではなく、この点からの検討も要すると考えられます。

a. 米国の製品、技術、サービスが使えない

 米国のsecondary sanctionの解除の結果、米国の制裁は米国民によって所有または支配されていない外国法人には適用されないことになりました。、しかしながら、当該取引にはSpecial Designated Nationsに掲載された者を含まず、米国外で行われており、かつ米国の製品、技術またはサービスが含まれないことが条件になっています。

 従って、米国の製品、技術、サービスが含まれる投資ができないとすると、インフラ輸出をするにしても、その内容に制限があることになります。

 また、例えば、投資先が、テロ組織と認定されているイランの革命防衛隊(→https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E9%9D%A9%E5%91%BD%E9%98%B2%E8%A1%9B%E9%9A%8A )の系列企業であったりすれば、アウトということになりますので、投資の前のデューデリジェンスにおいて、革命防衛隊とは関係がないことの確認を要すると思いますし、ファイナンス契約でもそうした表明保証を要求する必要があると考えられます。

b. 米国金融機関によるイランが関係する決済取引の禁止

 米国外の当事者は、米国の金融システムを介さない支払いになるように取引のストラクチャリングをする必要性があります。従って、ドルによる決済が非常に困難であり、ユーロを使うのか、あるいは日本円を使うのか、といった問題もあります。

 また、米国の金融機関による融資や保証も受けられないということにもなりますので、ファイナンスについては米国抜きのストラクチャリングを行う必要があると思います。

10.その他

更に詳細を知りたいという方については、英文によるHPですが、箇条書きでイランに対する投資についてQ&A方式で書かれているものがありますので、そちらをご覧になるのが良いと思います。調べた範囲では下記のリンクが包括的に記載されていました。→http://worldbusinessyear.com/index.php/latest-news/852-worldbusinessyear-is-your-final-source-to-get-in-depth-analysis-of-iran-s-economy.html

                                               以上

2016年4月26日 (火)

イスラム金融(61)イランにおけるイスラム金融(1)

イランイスラム共和国(Islamic Republic of Iran)に対する制裁(sanction)が一部解除され、本邦企業の再進出の計画の報道も流れています。本日はイランにおけるイスラム金融についてちょっとご説明をしたいと思います。

1.背景

 ご存じの方も多いと思いますが、イスラム教はスンニー派とシーア派に大別され、イランのイスラム教徒の多くはシーア派のイスラム教を信仰しています。何故スンニー派とシーア派に分かれたのかはムハンマドの死後の後継者争いの結果であり、その経緯はほかのネット記事でも容易に調べることができるので省略します。

 イスラム法の考え方としてもシーア派は比較的柔軟な考え方がとられており、スンニー派の四法源論(クァラン、スンナ(ムハンマドの言行録)、イジュマー(法学者の合意)、キアース(類推)を法源とするもの)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%B3%95%E5%AD%A6を認めません。

 もともと、古代ペルシアの時代から先進地域であったことから、イスラム教への改宗にあたり、近隣のアラブ地域とは異なった受け入れ方をしたのかもしれませんが、そのあたりのことは調べたことがなく、よくわかりません。

 今年の1月サウジアラビア政府がイランの宗教指導者を処刑したことから、両国は断交していますが、今に始まったことではなく、昔からアラブ諸国とイランとは仲が良いとは言えないですよね。

 従って、金融の世界でも、イランは近隣のアラブ諸国との間ではあまり交流がなく、イランにおけるイスラム金融は、一般的にアラブ諸国で行われているイスラム金融とは独自の発展をしているのではないか、と考えてリサーチをしてみました。

2.法制史的背景

 イランの法制度は、もともとフランスの制度を模範としています。従って、いわゆるシビルロー(civil law)の国です。

 いうまでもなく、この国の法制度を大きく変えたのは、イラン・イスラム革命(1979年)であり、金融の世界でもイスラム金融で行うとされ、民法からは金利に関する規定が削除されています。もっとも、金利以外の名目で実質は金利と変わらないものが支払われているようです。

 ただ、刑事法や家族法に関する分野を除き、ビジネスに関連する分野においては、イランイスラム革命後も従来の制度は大きな変容は受けていないとのことです。

3.Participation paperなるイランにおけるムシャーラカ・スクーク

 アラブ諸国やマレーシアでは、いろいろなタイプのスクーク(イスラーム債)が開発されて、バラエティに富んでいるのに対して、イランにおいて発行されているのはParticipation paperとかParticipation bondと呼ばれているムシャーラカをベースにしたスクークが多いようであり、これ以外のイランにおけるスクークの情報は乏しいです。(何かご存じの方は教えてください。)(スクークに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html

 ムシャーラカとは、このブログでは何回もご紹介していますので、詳細には触れませんが、要するにイスラーム流のパートナーシップであり、日本の民法上の組合に類似しているものです。(ムシャーラカに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

 Participation paperとは、ムシャーラカの持分を有価証券化したものであり、イランにはその内容を規律する法律があります。http://eng.tpo.ir/index.aspx?siteid=5&fkeyid=&siteid=5&pageid=5274

 これは、プロジェクトの開発資金調達のために、政府、政府機関、地方公共団体などがプロジェクトの持分を表章する有価証券として発行するものであり、社債のように利息付金銭債権を表章する有価証券ではなく、実物であるプロジェクトに対する持分を表章する有価証券であるので、利息の禁止に抵触しないと考えているのでしょう。なお、民間セクターでのParticipation paperの発行も可能とされています。

 公募で発行されているものもありますし、私募で発行されているものもあります。また、テヘランの証券取引所において流通しているとのことです。

 この部分まではアラブ地域で発行されているムシャーラカ・ベースのスクークとは実質的には変わりません。

4.イランのムシャーラカ・スクークの特色-その1

 一言でいうと、ほかのイスラム圏のものと比べて、イスラム教の考え方が緩いのではないか、と思われるのです。 そういえば、スンニー派では偶像崇拝を厳格に禁止しているのに対して、シーア派は寛容と言われていますし…。

投資契約であるムシャーラカ(musharaka)をベースとしたスクークであれば、調達した資金によるプロジェクトの成否によって、投資家に対する利益配当は異なりますし、損失が生じた場合の元本保証がないのが論理的と思います。

 ところが、Participation paperでは次の項目で述べる「仮利益」と称する一定の利益配当が定められており、現地の法律により、政府等のプロジェクトの場合には、政府による利益配当の保証、民間プロジェクトの場合には、発行体による利益配当の保証が必要とされています。

 しかも、調べてみると、随分とマージンが高いのです。配当が10パーセント以上のものが沢山あり、中には20パーセントに及ぶものも報道されています。これって本当ですか?と言いたくなるのですが…。

 ムシャーラカの目的は、事業者と資金提供者とが事業リスクを分配しあうことにあるので、元本保証ができないというのが、イスラム法の一般の考え方であるはずですが、イランのParticipation paperはそのような考え方ではないという特色が挙げられます。

 これに対して、アラブ地域で発行されるムシャーラカ・スクークでは、正面から投資家に対する利益保証を行っているものはありません。

5.イランのムシャーラカ・スクークの特色ーその2

 「仮利益」(provisional profit)という概念が使われている点がもう一つの特色です。

 ムシャーラカの考え方としては、出資をした事業の終了時に精算をして、利益が出ていれば投資家に分配し、そうでなければ分配はない、ということになります。ところが、Participation paperにおいては、期中において「仮利益」という名目で一定の割合による配当が行われます。そして、事業の終了時に全期にわたる収支計算をして、「仮利益」の総額よりも全期にわたる利益が大きければ、その余剰分をさらに事業の終了時に受け取ることができます。逆に「仮利益」の総額のほうが、全期にわたる利益よりも大きい場合、つまり「払い過ぎ」の場合でも、投資家は払い過ぎの分を発行体に返還する必要はなく、「払い過ぎ」のリスクは全て発行体(あるいは保証を行っている政府等)がとるというものです。

 要するに、投資家はダウンサイドのリスクはとらないというものです。

 投資家にダウンサイドのリスクを取らせないという考え方は、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは見た記憶がなく、これもイラン独自の考え方ではないかと思います。

 アラブ地域でのムシャーラカ・スクークにおいては、西欧型の社債と同じように期中における定額の配当をするための仕組みとしては、投資家に対する定額の配当に必要な分を除き、プロジェクトからの利益をインセンティブ・フィーなどの名目で、発行体らに帰属させ、残った利益を定額の配当として投資家に支払うというパターンがとられています。(このようなやり方自体がイスラム教に合致しているのかという議論はありますが)こうしたスキームを取ることにより、実質は定額の配当であっても、形式としては投資家と事業者とがリスクを共有するという仕組みを維持するようにしています。

 従って、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは定額の配当を正面から宣言するような仕組みになっておらず、イランよりも厳格な考え方ではないかと思われるのです。

6.発行体が倒産したら?

 過去に発行されたParticipation paperは政府関係のプロジェクトであり、政府保証がついているものが多数のようですので、発行体の倒産リスクは問題にしなくてもよいのかもしれません。しかし、純然たる民間プロジェクトにおいて、Partcipation paperが発行された場合はどうなるのでしょうか?やはり倒産処理が気になるところであり、イランにおける倒産処理については、別の機会にコメントをしたいと考えています。

以上

(2016年6月24日一部修正)

 

 

2016年4月23日 (土)

イスラム金融(60)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(5)商品の売買が含まれる預金の受け入れと同様の経済的効果を有する取引

今回は、平成27年のイスラーム金融に関する監督指針の改正の5回目となります。

1.コモディティ・ムラーバハによる預金

改正された銀行の監督指針の(3)の②として、「…商品の売買が含まれる預金の受入れと同様の経済的効果を有する取引(法第10条第1項第1号に該当するものを含む。)…」と書かれています。

これはコモデティ・ムラーバハによる貸し付け類似行為と逆のパターンとなります。すなわち、預金者は商品市場においてコモデティを預金元本相当額で購入して、これを銀行に延べ払いで売却します。この預金者の銀行に対する延払い債権は、元本に一定のマージンを加えた金額に設定され、この延払い債権が預金者の預金債権に該当することとなります。銀行は、預金者から購入したコモディティを即時に商品市場において売却し、元本相当額を入手することになります。

スキーム図を付けましたので、ダウンロードをしてご覧ください。

「scheme_of_murabaha_deposit.pptx」をダウンロード


銀行は商品市場において即時にコモディティを売却しますので、結局残るものは預金者の銀行に対する延払い債権(=預金債権)ということになります。銀行は、預金者の代理人(wakala) として、預金者のために商品市場においてコモディティを購入しますので、結局預金者としては銀行に対して預金するお金を渡すだけで済むわけです。

改正された監督指針によれば、コモディティとしては商品取引所において売買できる物品をいうとされており、かつ商品に関するリスクを取らないとされていますので、即時売却可能でかつ瑕疵担保などの商品に関する責任を問われないような物品に限定されることになると考えられます。

2.その他の預金形式

イスラーム金融における預金としては、上記のようなコモディティ・ムラーバハを利用したもの以外に、我が国の匿名組合に類似するムダーラバ預金とか、代理を意味するワカラ預金とか、さらにはパートナーシップに類似するムシャーラカ預金を利用しているものがあり、ムダーラバ預金などはイスラーム地域ではかなり一般的なものと聞いているのですが、改正された監督指針においては、こうした方式の預金は正面からは認められていません。

その理由は公刊物では明らかではないのですが、ムダーラバ、ワカラ、ムシャーラカは、それぞれ、匿名組合契約、代理、民法上の組合に近い契約類型ですが、銀行の付随業務として銀行法第10条第2項に列挙された取引に匹敵するものがないという考え方ではないかと思われます。

また、実質的に考えた場合、ムダーラバ、ワカラ、ムシャーラカは投資契約としての性格を有するので、金銭の消費寄託のように、預金者に対する元本保証が法的な権利として認められないということで、我が国の銀行法でいう預金取引に類似する取引とは認めがたいという判断がなされたとも考えられます。

元本保証が法的に認められない類型を預金取引と扱うには、監督指針の改正ということではなく、銀行法本体の在り方も再検討をする必要があり、厖大な検討期間が必要となるので、こうした取引類型について、監督指針の改正で正面からは認めなかったのではないかと思います。

平成27年の銀行の監督指針の改正に関する過去の記事は以下の通りです。

総論http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)…「売買」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/57272-732b.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(2)…「賃貸」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/582732-1169.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(3)…「顧客の行う事業に係る権利の取得」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/592743-4670.html

以上

2016年4月14日 (木)

イスラム金融(59)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(4)貸付と同様の経済的効果を有する取引(3)

平成27年の監督指針の改正による銀行本体によるイスラーム金融の解禁については、

総論http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)…「売買」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/57272-732b.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(2)…「賃貸」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/582732-1169.html

の記事を書きましたが、今回はその第4回目となります。

3.「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「顧客の行う事業に係る権利の取得が含まれる場合」

a.  「顧客の行う事業に係る権利の取得」という文言からはイメージが湧きにくいですが、パブコメ等によれば、ムダーラバやムシャーラカといった本来は投資型とされるイスラーム金融の手法を、貸付と同様の目的で利用した場合を念頭に置いているとされています。

ムダーラバやムシャーラカについては、過去の記事でご紹介をしていますので、そちらをご参照ください。ムダーラバ→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html 

ムシャーラカ→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

   ムダーラバは法制史的には日本法の匿名組合契約と同じく中世の地中海貿易におけるコンメンダが元になっており、匿名組合契約に似ています。また、ムシャーラカは、民法上の組合ないしパートナーシップと類似している契約です。

  資金提供者が資金需要者である顧客に対して出資を行うことにより、顧客の事業からの収益の分配にあずかるという点を「顧客の行う事業に係る権利の取得」という表現で規定しているのではないかと思います。パブコメ回答等ではムダーラバとムシャーラカがこれに該当すると書かれていますが、その他、代理(ワカラ)も同様の性格を有する取引に使われる場合があるので、代理(ワカラ)もこれに含まれるように思われます。

b.  ムダーラバまたはワカラによる貸付

  一つにはSPCを経由したシンジケーション・ローンが考えられます。イスラーム金融によるファイナンス(たとえば前回の例でいえば、イスティスナァとイジャーラとの組み合わせによるプロジェクト・ファイナンス)を行うためにSPCを作り、そのSPCに対する融資をムダーラバまたはワカラで行うという仕組みです。SPCの行うイスラーム金融の仕組みが西欧型金融と実質的に同じく、元本の貸付けを行い、元利金の支払いを受けるというものであれば、それをそのままSPCを経由してパススルーさせると、ムダーラバ(またはワカラ)の配当は元利金の支払いと同様の支払いが行われることになります。そうすると、ムダーラバ(またはワカラ)であっても、貸付と同様の経済的効果を有する取引ができることとなります。何故SPCを間に入れているのかについては、それなりの理由があるようであり、この点は別の機会に述べたいと思います。

  もう一つは、ムダーラバまたはワカラにおいて、匿名組合員にあたるラブ・アル・マールに対する分配または本人に対する分配が一定額を超えた場合には、超えた分を全てインセンティブ・フィーとして匿名組合の営業者であるムダーリブまたは代理人に配当するという仕組みにするというものです。これによって、匿名組合員にあたるラブ・アル・マールまたは本人に対する分配は、ディフォルトが生じない限り、結果的には定額の分配(元利金に相当する支払)のみになりますので、貸付と同様の経済的効果のある取引になるわけです。このやり方は、ムダーラバをベースとしたスクークにみられるものですが、以前このブログで扱ったことがある、2008年2月にAAOIFIが出したスクークに関する声明以後、シャリーア適格上問題があるということで、案件数は減ったとの情報があります。

  以下の過去のブログ記事をご参照ください。

イスラム金融(23)AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html

c. ムシャーラカによる貸付

  当時の金融庁の担当者の書いた雑誌記事を見ると、ディミニッシング(diminishing)・ムシャーラカ(musharakah)というムシャーラカの応用版を念頭に置いているようです。ディミニッシング・ムシャーラカとは以前このブログ記事でムシャーラカについて書いた時に扱っております。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

  詳細は過去の記事を参照していただくとして、要するに、金融機関と借り手が出資を行って不動産を取得するとします。ここで、金融機関は金銭を出資するわけですが、これが貸出の実行に相当します。そして、取得した不動産は金融機関と借り手との共有財産になるわけですが、借り手はWa'adと呼ばれる買取約束(Purchase Undertaking)に基づき、金融機関の持分を徐々に買い取ります。これが元金の返済に相当します。

  これによって、貸付と類似の取引ができるわけであり、プロジェクトの建設工事であれば、金融機関と借り手が出資を行って、第三者であるEPCコントラクターにプロジェクトの建設工事を行わせることを目的としたパートナーシップを組成し、完工後徐々に借り手は金融機関の有するプロジェクト資産の持分を買い取るという仕組みを使っているものもあります。

  なお、上記の例において、元本の返済期間中は借り手は金融機関の持分を賃借し、賃料を支払います。これが利息の支払いに相当するわけです。借り手は金融機関の持分を有償で使用するので、不動産またはプロジェクトから発生する果実である収益については、借り手に帰属させるということになると考えられます。

  上記のWa'adについては、過去の記事で扱っていますので、そちらをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.html

  なお、ムラーバハでも住宅ローン類似の取引は可能であり、マレーシアではムラーバハ構成の住宅ローン類似取引が盛んに行われ、判例もいくつもあります。ところが、監督指針によれば、同じ住宅ローンでもムラーバハはダメと考えられます。ムラーバハの対象商品が取引所で売買される商品であるとされているからです。ところが、ムシャーラカの場合にはそのような制限がないので、住宅の取得が「顧客の行う事業に係る権利の取得」に含まれると読み込むことができれば、ムシャーラカでは可能ということになり、その点、釈然としないものがあります。

以上

 

 

2015年12月 7日 (月)

イスラム金融(58)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(3)貸付と同様の経済的効果を有する取引(2)

今回は前回http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/57272-732b.htmlに引き続き、銀行本体によるイスラム金融の解禁の各論を扱います。

2.「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に物件の賃貸が含まれる場合」

a. イジャーラの意義

  物件の賃貸が含まれるイスラーム金融の類型としては、イジャーラがあります。イジャーラについては、何度もこのブログで取り上げていますので、詳細はそちらを参照ください。http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html

  要するに、イジャーラとは本来はオペレーション・リースに近い契約と考えられますが、付随的契約との組み合わせにより、ファイナンスリース類似の取引にストラクチャリングしたものが、イスラーム金融では使われています。例えば、目的物の主要な修繕は本来は賃貸人の義務ですが、イスラーム金融においては、管理契約により賃借人に行わせる旨の合意をしています。また、目的物の滅失は原則的には賃貸人のリスクなるはずですが、イスラーム金融で使われる場合、目的物が滅失した場合は早期償還が生じ、賃貸人に支払われる保険金では、元本の償還に足りないときは、賃借人が損失の補填をするといった約定がなされている事例もあります。

b. 平成27年パブコメ回答7番と平成20年パブコメ回答5番との整合性

  監督指針の改正にかかるパブコメ回答7番によると、「物件の賃貸借を含む取引」について、「経済的効果だけではなく、形式も考慮する必要がある」と述べたうえで、「銀行法第10条第2項第18号の要件を充足する必要がある」と書かれています。銀行法第10条第2項第18号とは、銀行の付随業務としてのファイナンス・リースの要件を規定したものですから、パブコメの記述から判断する限りは、イジャーラのうち、上記の銀行法の規定に定める形式によるもののみを銀行本体による付随業務として認める趣旨と解されます。すなわち、銀行法第10条第2項第18号で定めるファイナンス・リースと同じストラクチャリングがなされたイジャーラであれば、銀行の付随業務としてイジャーラによるイスラーム金融を認めるという趣旨と解されます。

 銀行法や施行規則を改正することなく、現行法規の解釈の枠内で銀行本体によるイスラーム金融を解禁するという今回の監督指針の改正の考え方からすると、このようなことになるのだと思いますが、平成20年の銀行法施行規則の改正により子会社・兄弟会社方式によるイスラーム金融解禁の際に出されたパブコメ回答との整合性が気になります。

 というのは、平成20年のパブコメ回答5番においては、イジャーラが「リースの契約形態をとる場合であっても、銀行法施行規則においては別種の取引と観念される」と述べていますので、ここではイジャーラは、ファイナンス・リースとは別種の取引と認めているわけです。

  平成20年のパブコメ回答においては、イジャーラとはファイナンス・リースとは別種の取引であると言いながら、平成27年のパブコメ回答においては、ファイナンス・リースの要件を充足する必要があると述べているので、この両者のパブコメ回答の整合性をどのように考えればよいのか、筆者にはよくわかりません。

c. イスティスナァについて

  銀行法第10条第1項第2号の「資金の貸付け」とは、貸付実行だけでなく、その後の元利金の支払/回収も含む意味と考えられます。ところが、イスラーム金融においてイジャーラが使われるのは、元利金の支払/回収の部分にほぼ限られています。従って、「物件の賃貸借が含まれる取引」とは賃貸に限るとすると、貸付実行の部分を説明しきれないということになります。

 ここで、監督指針のV -3-2 「『その他の付随業務」等の取扱い』の「(3)資金の貸付け等と同様の経済的効果を有する取引」の①のロを引用しますと、次のように書かれています。

  「当該取引に物件の賃貸が含まれる場合(銀行が当該物件の取得前に取得の対価を支払う場合を含む。)には、当該物件の賃料に係る信用リスク以外に当該物件に関するリスクを銀行が負担していないこと。また、法第10条第2項第18号の要件を満たすこと、銀行が物件の建設等、銀行が行うことのできない業務を行うこととなっていないこと。」

 上記の引用箇所において、カッコ書きで「銀行が当該物件の取得前に取得の対価を支払う場合を含む。」と書かれており、さらに、「銀行が物件の建設等、銀行が行うことのできない業務を行うこととなっていないこと。」と書かれています。

 この部分は、貸付実行の部分に関するものであって、イスティスナァを意識している部分と思われます。イスティスナァとは、請負契約に類似していますが、仕事の完成前から注文者が請負人に対して、請負報酬を支払うというものです。イスティスナァについての詳細な説明は過去のブログにおいて行っており、そちらをご参照ください。http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/21_54fc.html

  イスラーム金融におけるプロジェクト・ファイナンスにおいては、プロジェクト建設中における貸出実行に相当する部分をイスティスナァとし、借入人であるプロジェクト会社を請負人として、工事完成前に注文者である金融機関が、プロジェクト会社に報酬を払うことにして、貸付実行の代用としています。そして、プロジェクト完工後の元利金の支払/回収に相当する部分につきイジャーラを締結し、金融機関がプロジェクト資産をプロジェクト会社に賃貸し(イジャーラ)、賃料の支払いを元利金の支払いの代用としているものが多く見られます。監督指針の規定は、このような、イスティスナァとイジャーラとの組み合わせによるプロジェクト・ファイナンスを念頭に置いているように思われます。

  もっとも、貸出実行期間に関しては、イスティスナァ以外のイスラーム法の概念(たとえば代理に相当するワカラ)を使っている事案もあり、監督指針の文言は、イスティスナァに限定するような表現ではないので、イスティスナァ以外の概念を使うことを禁じているものではないと解されます。

  なお、監督指針では「銀行が物件の建設等、銀行が行うことのできない業務を行うこととなっていないこと。」と書かれている点の意味ですが、これは銀行がイスティスナァにおける請負人側になってはならないという意味と思われます。

  イスティスナァの中には、パラレル・イスティスナァと呼ばれるものがあります。これは、金融機関が資金需要者との間で第一のイスティスナァを締結するとともに(この場合は、金融機関は注文者、資金需要者は請負人となります。)、別途金融機関は第三者との間で、完成した物を引き渡す契約を締結します(この場合は金融機関は請負人、資金需要者は注文者となります。)。これが第二のイスティスナァになるわけですが、第一のイスティスナァの請負代金が100であり、第二のイスティスナァの請負代金が110であれば、金融機関は、差額の10を利ざやに代わるものとして得ることができるわけです。

  ところが、第二のイスティスナァにおいて、金融機関は建築請負人となるので、監督指針によれば、パラレル・イスティスナァができないことになります。

  パラレル・イスティスナァができないとしたのは、請負契約に類似する契約の請負人に相当する当事者となるのは、銀行の兼業禁止に触れるとともに、請負人の担保責任といった銀行が信用リスク以外のリスクに晒されるのを防止するという考えがあったのではないかと思います。

 以上が「「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に物件の賃貸が含まれる場合」についての解説であり、次回は「貸付等と同様の経済的効果を有する取引であって、顧客の行う事業に係る権利の取得が含まれる場合」を扱うことにします。

以上

 

 

2015年11月28日 (土)

イスラム金融(57)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(2)貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)

前回においては、平成27年銀行本体によるイスラーム金融の解禁について総論的な話を書きました。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html今回からは各論に移ります。

改正された監督指針においては、貸付、預金、デリバティブについて、「同様の経済的効果を有する取引」という定め方をしています。改正された監督指針については、金融庁のHPをご覧になってください。http://www.fsa.go.jp/news/26/ginkou/20150401-3.html

本日はパブコメ回答及び金融庁の方が書かれている文献(全国銀行協会「金融」818号3頁以下)(以下両者を合わせて「パブコメ回答等」と略す。)を参考に、各取引類型ごとに検討をしてみたいと思います。

1.「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に商品の売買が含まれる場合」

a. 商品の売買が含まれるイスラーム金融の類型の代表的なものとしては、ムラーバハ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html )とサラム(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_ad49.html )があります。

ただし、監督指針によれば、ここでの「商品」は「取引所において売買することができる物品をいう。」と規定されています。従って、ムラーバハでも、取引所で売買される金属やパーム油を使った、「コモディティ・ムラバーハ」が対象になっていると考えられます。パブコメ回答等でもそのように書かれています。

b. ムラーバハとは、以前のブログで解説したとおり、資金提供者(イスラーム銀行)が商品をXリンギで購入し、これを直ちに資金需要者(借主)に、代金延払いで転売します。転売代金はXリンギに金利分を上乗せした価格とするので、資金需要者が商品を受け取った後は、資金提供者の資金需要者に対する転売代金債権が残ることになり、これによって、利息付の金銭消費貸借と同様の取引を意図しているものです。

コモディティ・ムラーバハのうちでもタワルックといわれる取引があります。タワルックにおいては、売買の対象となる商品は取引所で売買される金属やパーム油などを使っており、資金需要者は商品を受け取ったら直ちに取引所で売却して、現金化します。一連の取引を即時に行えば、結果的には資金提供者は資金需要者に対する延払い債権を取得し、他方、資金需要者はXリンギの現金を受け取ることになるので、金銭の借り入れをしたことと同様になるわけです。わかりにくい方は図をご参照ください。→「tawarruq2.pptx」をダウンロード 上の図が銀行が資金提供者になった場合を前提としています。

タワルックについては、そのイスラーム法(シャリーア)適格性に関して、イスラーム法学者の間では見解の対立があるようですが、活発に行われており、タワルックを利用したスクーク(イスラーム債)も発行されています。

「監督指針」においては、取引所で売買される商品を使った売買とされていますので、おそらくタワルックのような取引を念頭に置いているものと考えられます。

もっとも、「貸付と同様の経済的効果を有する取引」であったとしても、イスラーム法(シャリーア)による制約は存在し、例えば、遅延損害金を課することは原則として認められないという問題もあります。

c. 従って、ムラーバハでも以前このブログで紹介をしたマレーシアのBai 'al Bithaman Ajil(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/55-7e2d.html)を利用した個人向けの住宅ローンに相当するものは対象外になると考えられます。売買の対象が取引所で売買されていない住宅だからです。

  筆者は、ムラーバハは輸出金融におけるバイヤーズ・クレジット・ローン(いわゆるバイクレ・ローン)(解説→http://www.city-yuwa.com/explain/ex_glossary/detail/buyers_credit.html)に向いていると思っていました。海外でもムラーバハによるバイクレ・ローンが行われた事例があるようです。しかしながら、特定物が売買の取引の対象の場合におけるムラーバハが、監督指針上容認されないとすると、何らかの工夫をしない限り、ムラーバハによるバイクレ・ローンは難しいように思われます。

d. 次に、「監督指針」においては、「当該商品の売買代金に係る信用リスク以外に商品に関するリスク…を銀行が負担していないこと」と書かれています。コモディティ・ムラーバハは商品の売買と転売の形式をとっているので、商品の売買に付随する様々なリスクに晒される可能性があるのですが、海外の例ではムラーバハ契約の契約書またはこれに付随する書面において、金融機関が信用リスク以外のリスクを取らないように工夫されているものがあります。

この点について論じると、論点が多岐にわたりますので、このブログ記事ではパブコメ回答にあるものを中心に書きます。

パブコメ回答3番では、「物件の売買に関して借入人の事務の代理行為を行うことは一般的に可能」と述べているのは、コモディティ・ムラーバハ取引の実態において、借入人に相当する資金需要者が取引所で商品の売買を行うことは行っておらず、資金提供者が商品の取引にかかる手続をいわば代行しているからです。これは資金提供者が商品の取引にかかる手続を、一手に行うことにより、事務的なミスにより即時に売買が行われず、その結果銀行が商品の価格の変動リスクに晒されることを回避する目的があると筆者は考えています。

次に、資金提供者が商品を取引所で購入したのに、資金需要者が買い取りを拒否した場合、資金提供者である銀行は現物を保有することになり、その価格の変動リスクにさらされる可能性も理論上はあります。このような場合に備え、資金需要者にはあらかじめ商品の買い取りについて一方的約束(Undertakinng) (Wa'ad(ワアド)と呼ばれています。)をさせ、一方的約束に反した場合には、資金供給者がこうむった損害を賠償させるといった対応がとられています。Wa'ad(ワアド)については、以前解説をしたことがありますので、そちらの記事をご参照ください。→イスラム金融(19)「特約条項」の項目http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.html

また、パブコメ5番のコメントでは「資金の出し手(銀行)の商品売買に関する損害は資金の受け手が補償する」という契約文言を入れることにより、銀行が信用リスク以外のリスクを負わないようにするということも書かれていますが、パブコメ回答ではこれだけで信用リスク以外のリスクを全部回避できるかどうかは疑問という趣旨のことが記載されています。

e. これまで述べたコモディティ・ムラーバハ以外に、サラムの中にも取引所で売買される金属を使ったイスラーム金融の取引があります。パブコメ回答等においては、こうしたサラムが「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に商品の売買が含まれる場合」に該当するのか否か、特に言及されていませんが、サラムを使った流動性資金の調達も行われていますので、これを排除するものではないと思われます。

次回は、「貸付と同様の経済的効果を有する取引」の2つ目であるイジャーラやイスティスナァを扱います。

2015年11月12日 (木)

イスラム金融(56)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(1)

1.銀行本体によるイスラム金融の解禁

ちょっと古い話になり恐縮ですが、平成27年4月1日から「主要行等向けの総合的な監督指針」及び「中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針」が改正され、平成20年の銀行法施行規則では子会社・兄弟会社方式でなければ、我が国金融機関がイスラム金融に参入できなかったところを、銀行本体でも参入できるようになりました。パブリックコメント及びこれに対する回答については、下記の金融庁のHPをご参照ください。

http://www.fsa.go.jp/news/26/ginkou/20150401-3.html

2.改正の背景

これは、平成26年に開催された内閣府規制改革会議貿易投資等ワーキンググループ第9回(平成26年3月4日開催)において、

a. 従来の子会社・兄弟会社方式の場合、現地規制上、子会社等単体でも自己資本比率規制の制約を受けることとなるために、大規模案件への参画が困難になる事例も存する。

b. 欧州系の銀行においては、(利息を禁止する)イスラム金融を(利息付の取引である)一般の銀行業務と同等の業務という整理で、銀行本体での取り扱いが認められているので、本邦の銀行が国際競争上不利な立場に立つ。

c. イスラーム金融を行うためには、同一地域に支店がある場合でも、イスラーム金融を扱う現地法人の設立が必要となり経営資源の有効活用の上で問題がある。

等々の規制改革要望が出されたことが背景になっていると思われます。このあたりの経緯の詳細については、下記のHPをご参照ください。

http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/wg2/boeki/140304/agenda.html

3.改正の考え方

平成20年に子会社・兄弟会社方式によるイスラーム金融の取り扱いが認められたときには、銀行法施行規則が改正されています。その際に筆者が書いたブログ記事は下記のとおりです。

イスラム金融(26)銀行法施行規則の改正http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/26-0b4c.html

イスラム金融(27)銀行法施行規則の改正(2)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/272-10ba.html

イスラム金融(28)銀行法施行規則の改正(3)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/283-d35f.html

イスラム金融(29)銀行法施行規則の改正(4)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/294-c325.html

イスラム金融(30)銀行法施行規則の改正(5)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/305-4d01.html

イスラム金融(31)銀行法施行規則の改正(6)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/316-99f6.html

イスラム金融(32)銀行法施行規則の改正(7)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/327-edb3.html

今考えてみると、直すべきところはたくさんありますが、何らかの参考になればと思います。

ところが、今般銀行本体によるイスラーム金融の取り扱いが解禁された際には、銀行法や銀行法施行規則などの法令の改正ではなく、金融機関に対する監督指針の変更という形で行われています。これは何故でしょうか?

前記の「内閣府規制改革会議貿易投資等ワーキンググループ第9回(平成26年3月4日開催)」の議事録を見ると、銀行法や銀行法施行規則の改正で行くのか、それとも銀行法第10条第2項の「その他の銀行業に付随する業務」の中にイスラーム金融が含まれるという解釈で行くのかについて、参加者が議論をしており、どうやら、後者の考え方が採用されたのではないかと思われます。

もう少し詳しく述べると、銀行法第10条第1項第2号では、「資金の貸付け」という表現をとっており、金銭消費貸借という民法上の用語を使っていません。上記の議事録にもある通り、立法者が意図的にざっくりとした表現を使って、規制法規である銀行法を弾力的に運用できるようにしたものと考えられます。この点が罪刑法定主義による刑罰法規とは考え方が違うところなのではないかと思います。

また、付随業務についても、銀行法第10条第2項各号において、具体的な事業を列挙しているものの、同条同項本文の柱書ではやはりざっくりとした書き方をして、新しい業態が生じた場合にでも弾力的に運用できるようにしているものと考えられます。

以上の整理に基づき、付随業務に含めることができる限りは、銀行本体によるイスラーム金融の取り扱いを認めることにしたものと考えられます。

4.改正の概要

「監督指針」の改正では、大きく分けて①資金の貸付等と同様の経済的効果を有する取引(銀行法第10条第1項第2号参照)、②預金の受入れと同様の経済的効果を有する取引(銀行法第10条第1項第1号参照)及び③金利・通貨スワップと同様の経済的効果を有する取引の3つの類型を規定しており、それぞれについて、それぞれの取引に含まれる要素として、「商品の売買」、「物件の賃貸」及び「顧客の行う事業に係る権利の取得」を規定したうえで、銀行において信用リスク以外のリスクを取らないことを条件としています。

a. 信用リスクと他業禁止

上記の「監督指針」の改正では、銀行において信用リスク以外のリスクを取らないことを条件としていますが、これはイスラーム教徒には批判的に受け止められる可能性があることに留意すべきです。というのは、

イスラーム教では利息の収受が禁止されていますが、その背景にある考え方は、資金供給者も資金需要者とともに、事業に関する様々なリスクを取るべきだという思想です。そうでなければ、資金供給者は資金需要者から搾取をしていると考えられているわけです。これはイスラーム金融の理念ではありますが、実際のイスラーム金融の取引では、資金供給者が事業に関する様々なリスクを取らず、信用リスクのみを取るように設計されているものが数多くあります。この点がイスラーム教徒の方々から「あるべき姿に反する。」との批判がある点であるわけですが、理念と現実とが乖離しているのが現実と思われます。

しかしながら、我が国の銀行法において、銀行による他業禁止が規定されているのは、銀行が信用リスク以外のリスクのある事業を営むことにより、その経営基盤を危うくすることを防止する目的によるものです。従って、信用リスク以外のリスクを取るようなイスラーム金融の取引に従事するようなことがあれば、それは、銀行による他業に該当することになり、「監督指針」の改正だけでは対応ができず、銀行法本体から根本的な改正をしなければならないと考えられます。仮に銀行法本体の改正を行うとすれば、非常に長い時間の改正作業が必要となることが予想されますので、金融庁としては、「付随業務」として説明が可能な範囲のイスラーム金融を解禁したものと評価することができると思います。

b. 既存の規制の枠内であること

もう一つ総論的な問題として指摘できることとしては、金融庁のパブコメ回答では、「銀行が営むことができる業務への該当性を判断する際には経済的効果だけではなく形式も考慮する必要があり」と述べたうえで、「物件の賃貸借の形式を有する場合(イジャーラを念頭に置いていると考えられる。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html ) には銀行法第10条第2項第19号の要件を充足する必要がある」として、ファイナンス・リースの規定を引用している点です。

この部分は各論の解説をする際に改めて取り上げたいと考えているのですが、これは、付随業務として認められているファイナンス・リースについては、その形式が法定されているので、銀行法第10条第2項本文柱書で規定されている「付随業務」に含める場合でも、すでに規定があるファイナンス・リースの形式に準拠したものでなければならないという趣旨ではないかと思われます。

c. 銀行法施行規則第17条の3第2項第2号の2との関係

パブコメ回答によれば、今回の監督指針の改正は、子会社・兄弟会社方式によるイスラーム金融への参入を認めた銀行法施行規則第17条の3第2項第2号の2の解釈には影響がないと書かれています。従って、たとえばスクーク、ムダーラバ及びムシャーラカについては、「有価証券の売買」にあたる場合もある、とされている部分などは、解釈には変更はないことになりますが、今回はムダーラバやムシャーラカなどの投資型/組合型のスキームについて、「金銭の貸付け」と同様の経済的効果のある取引も念頭に置いた改正をしていますので、この点は各論部分で扱いたいと思います。

今回は、総論部分であり、次回以降各論に移ります。

以上

2015年11月 4日 (水)

イスラム金融(番外)イスラム金融の講義をする予定です

筑波大学大学院ビジネス科学研究科(社会人向け)において、11月から開始するイスラム金融法講義の一部を担当します。
詳しくは、下記の筑波大学大学院のHPをご参照ください。
http://www.blaw.gsbs.tsukuba.ac.jp/

場所は茗荷谷、時間夜間(19:45~21:00(8時限))です。.教室は320番教室が予定されているとのことです。
講義内容及び講師陣については、上記HPに貼ってある講義計画をご参照ください。

本講座は公開講座ですので、一般の方でも申し込みなしに受講できるとのことです。

イスラム金融(55)ムラーバハ取引とコモンロー

最近ネット上で知り合いになったイスラーム金融を研究されている海外の方とのやり取りから知ったことを紹介します。

マレーシアにおいては、Bai' al Bithaman Ajil ("BBA")と呼ばれるイスラーム金融機関による融資形態があります。筆者は、BBAとはムラーバハ取引の一種と考えていますが、我が国の住宅ローンに相当する取引で使われており、これに関する裁判例もあります。

住宅の購入を例に、BBAを説明しますと、住宅購入者はXリンギでデベロッパーから購入した住宅を(図の①)、Xリンギで銀行に転売し(図の②)、銀行からこれをX+αリンギで延払いで買戻しをします(図の③)。住宅購入者は銀行から受け取ったXリンギをデベロッパーに対して支払います。その結果残るのは銀行の住宅購入者に対するX+リンギの割賦払債権となります。この債権は実質的には住宅ローン債権と同じです。

Bai_al_bithaman_ajil_3この取引が何故イスラーム教の利息の禁止にあたらないのでしょうか?

BBAについては、銀行との間の住宅の転売と買戻しは利息の禁止を回避するための仮装売買であるという批判があります。筆者がやり取りをしている海外の方の話では、BBAをイスラーム法に反しないと説明する理屈として、英米法(コモンロー)の概念であるbeneficial interest(またはbeneficial ownership)の概念を使って説明しているとのことです。

”beneficial interest"または"bebeficial ownership"は、我が国の法律には無い概念であり、実質的な所有権とでも訳することができるものです。

すなわち、住宅購入者がデベロッパーから住宅を購入するときには、beneficial ownership が住宅購入者へ移転し、これがイスラーム銀行への転売時にさらに、イスラーム銀行に移転すると説明しています。従って、買戻しによりbeneficial ownershipは、住宅購入者に戻るということで、仮装売買ではないという説明をしているとのことです。

なんだかわかったようでわからない理屈ですが、コモンローの伝統を継受しているマレーシアではこのような説明をしているとのことです。

筆者の想像ですが、中東地域と異なり、マレーシアのイスラーム法の解釈としては、ムラーバハ契約の代金債権(上記の例でいえば、イスラーム銀行の住宅購入者に対する債権)の額面以外での譲渡を認めているのは、こうしたコモンロー上のbeneficial interestまたはbeneficial ownershipの概念を認めていることと関係があるように思います。ちなみに、中東地域は大陸法系のシビル・ローであり、beneficial interestやbeneficial ownershipの概念はありません。

前回のブログでも、イスラーム債(スクーク)が信託受益権証書の形式で発行されることとコモンロー上のbeneficial interestとの関係を説明しましたが、これと何らかの共通性があるように思います。すなわち、イスラーム法の解釈・適用において、コモンローにおける概念を援用しているという点で、本来はイスラーム教徒にとって国境を越えた普遍的な法であるはずのイスラーム法の解釈・適用が、各国の制定法または判例法によって変容を受けているということが言えないでしょうか?

以上

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