トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(1)
1.トリアージ(Triage)の意義
トリアージ(Triage)という言葉をご存知でしょうか?相模原市の施設における大量殺人事件の死刑囚がTriageという題名の漫画を公表したことでマスコミで取り上げられたことがありますが、この言葉には差別的な意味はなく、元々は戦闘や災害などにより大量の負傷者が発生した際に、傷害の程度を判定し、治療や搬送の優先順位を決めることを意味します。
例えば、激しい海戦で大量の負傷者が生じた場合、通常軍艦には船医が乗っていますが、次から次へと運び込まれる負傷者を同時に治療することは実際上困難です。以前読んだ本では、そのような場合軽傷者を優先して治療して、戦闘に復帰させるとのことで、これは人命軽視の旧日本軍の悪しき伝統かと思っていたのですが、助かる見込みの少ない重傷者の治療に時間を取られた結果、緊急の手当てをすれば助かったであろう軽傷者の命が危険に晒されることもあると考えると、必ずしも非人道的な行為と断定するわけには行かないようです。
2.COVID 19の蔓延と筆者の問題意識
この記事を執筆している時点では、一時的に東京都内の新規感染者数が減少したものの、緊急事態宣言解除後再び増加傾向にあり、東京都はついに警戒レベルを最高に引き上げ、Go toキャンペーンの見直しも始まっています。
地域によって医療体制の状況は異なると思いますが、万一全国的にCOVID 19が蔓延することになると、イタリアのように医療崩壊が起きる可能性すらあるのではないか、と心配になりますが、実はイタリアでは人工呼吸器の数が足りず、医療関係者が泣きながら患者の選択をしたとの報道もあります。わが国で同様の事態が生じた場合、どのようなルールや手続で医療崩壊に対処すべきなのか、という素朴な問題意識からトリアージの概念を調べ始めたわけです。
3.トリアージが想定される事態
医療については素人ですが、次のような事態が発生した場合、トリアージが問題となる得ると考えられます。
- 医療機関のICUがCOVID 19の患者で満員になってしまい、重症患者の全員を収容できない場合
→この時、誰を軽症者向けのホテルに搬送するのでしょうか?そのホテルも満員の場合、どうするのでしょうか?
- 人工呼吸器が不足し患者全員に人工呼吸器を装着できないので、人工呼吸器を装着する患者を選択せざるを得ない場合
→この時誰に人工呼吸器を装着するのでしょうか?
- 治療薬が開発されたが生産が追い付かず、患者全員に治療薬を投与できない場合
→この時誰に先に治療薬を投与すべきでしょうか?
想像しただけでも恐ろしい事態ですが、最大の最悪の事態を考えると上記のような事態が想像されます。それと同時に、医療関係者が負う倫理的又は法的な責任を考えると、適切な基準と手続が必要ではないか、というのが筆者の問題意識です。
4. 海外での議論
(ドイツの場合)
ナチスの犯罪の歴史があるドイツでは、「命の選別」につながる問題は警戒心をもって受け止められており、生命と生命とを天秤にかけてどちらが価値があるかという判断は許されないという提言もなされているとのことです。そこで、トリアージの基準・規範を立てて、医療関係者がその場限りでの判断に基づく選択をしないようにとの努力をしているとのことです。→コロナ禍で迫られる「命の選別」ドイツ医学界の提言「厳密ルール」の中身
(米国の場合)
本稿執筆時、我が国よりも遥かに多数の感染者が増加している米国では医療崩壊に対する危機意識が強いと思われます。そこで、人工呼吸器が不足している場合、助かる見込みのない患者の人工呼吸器を取り外して、助かる見込みのある患者に装着することがどのような場合に許されるのか?という究極のケースについての議論がなされています。しかも、連邦制である米国では州によって考え方が異なり、統一が取れていないとのことです。→Ventilator allocation guidelines among states vary widely
次回の記事以降において、海外の議論を参考に、トリアージの法的考察をしたいと思います。
(続く)→トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(2)
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