« 2018年8月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年5月

2020年5月19日 (火)

オンライン診療(2)-患者のインフォームド・コンセント(同意書)

前回のブログ(→オンライン診療(1))においては、国土が広くオンライン診療(telemedicine)の先進国であるアメリカでは、オンライン診療に関する医療過誤訴訟が極めて少ないという調査結果があることをご紹介しました。

アメリカにおいては、オンライン診療には対面診療にないリスクがあるので、医師の善管注意義務もその点で軽減されるという議論があるかどうか調べてみましたが、そのような議論は見当たりませんでした。善管注意義務の程度が軽減されないとすると、理論的にはオンライン診療であっても、対面診療と同様の程度の注意義務が課されることとなります。

この点をどのように考えるべきかは今後の課題になると思いますが、今回はオンライン診療を行う際、どのような同意書を患者から取得しているかについて、米国の例をご紹介したいと思います。インフォームド・コンセント(informed consent)の問題になりますが、医師と患者の間の紛争の多くが医師ー患者間のコミュニケーションのミスが原因として関係があるという現実に照らすと重要な問題であると考えられます。

【米国の規制】

その前に米国の規制をちょっとだけ触れておきますと、米国は連邦制の国家であるため医師免許も州ごとに取得する必要があります。そのために州を越えて医療サービスの提供を認めるかどうかという連邦制国家固有の問題があります。また、州によって規制の内容が異なり、オンライン診療についても、日本のように対面診療を行った後に行うことが原則としている州や、対面診療なしにオンライン診療ができる州があります。

従って、米国で使われている患者の同意書のフォームを検討する場合でも、米国固有の規制を反映した部分があり、わが国の医療機関が米国の例を参考にするとしても、日本と米国の規制の相違を念頭に入れたうえで、参考にする必要があると思います。

【患者の同意書ーインフォームド・コンセントの内容】

ネットで調べると色々な米国の医療機関において、オンライン診療の際に患者にサインをさせる同意書のフォームがアップロードされています。上記の通り米国の規制は州によって多種多様であり、わが国においてそのまま使えるものではありませんが、大まかな傾向としては、以下のような規定が含まれています。

1.オンライン診療の定義とオンライン診療受診の同意

(例文)私(患者)は、オンライン診療とは、医師ー患者間において、情報通信機器を通じて、医師とは異なる場所にいる患者の診察及び診断を行い、診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムで行う行為であると理解し、オンラインによる診療行為を受けることに同意します。また、私はいつでもオンライン診療の受診への同意を撤回する権利があるものと理解していますが、同意の撤回により将来別途診療を受ける権利を放棄することを意味するものではありません。

2.個人情報保護

(例文)私は、オンライン診療についても、プライバシーや個人情報の保護に関する法令に基づく規制に服することを了解しておりますが、他の医師や医療機関との連携、薬剤の処方、診療のスケジュールや診察料等の請求のため必要な限度で第三者に開示できることを承諾します。また、犯罪行為、ドメスティックバイオレンスその他私や第三者の心身に重大な危害が現に発生し又はその危険が切迫している場合には、かかる法令に基づく規制の例外として、公的機関への情報開示が認められることを承諾します。

3.オンライン診療のリスク

(例文)私は、医師の合理的な診療に関する努力にかかわらず、オンライン診療には以下のリスクがあることを承知しております。

  • 情報通信機器の不具合により私の医療情報が適切に送信されないリスク
  • 情報通信に関するセキュリティの不全や悪意ある第三者の行為により私の医療情報が漏洩するリスク

  そのため、情報通信機器の不具合等や医療情報の漏洩のリスクの発生により、オンライン診療では適切な診療ができないと医師が判断した場合、オンライン診療を中止することがあることを承知しております。

  また、オンライン診療の診察方法は問診や視診に限られるため、問診や視診では発見できない疾病や障害が見落とされるリスクあり、オンライン診療では適切な診療ができないと医師が判断した場合、オンライン診療を中止し、対面診療等に切り替える場合があることを承知しております。

  以上のオンライン診療の限界により、私の身体の状況が改善しない場合もあることを承知しております。

【その他】

以上に記載した事項はおおむねどの同意書のフォームにも記載されているものです。末尾には、患者が「以上につき読み理解しました。」と述べたうえで、サインをさせるというのが同意書の定型文言になっています。

そのほかの問題として、

  • 本人確認に関する事項
  • 医師や患者以外の参加者に関する事項

も記載事項として考えられます。患者の中には情報通信機器の操作に慣れていないとか、体調不良のために補助者が必要な場合があると思います。家族が補助者であれば問題は少ないのかも知れませんが、家族以外の方が補助者となり得るのか、或いはどのような条件が必要なのかについては、厚生労働省のオンライン診療の適切な実施に関する指針でも明らかではなく、今後の検討課題というところでしょうか。

 

   

2020年5月12日 (火)

オンライン診療(1)ー米国の場合医療過誤事件は極めて少ない

コロナ禍のため在宅勤務をされている方も多いと思いますが、普段からテレワークの体制を整備していないと、なかなかテレワークにスイッチすることは難しいことを感じています。

  1. さて、コロナウイルス以外の病気で通院しようとするときに、怖いのは院内感染であり、これを回避するための方法として脚光を浴びているのが、オンライン診療です。オンライン診療については、平成9年の厚生労働省の通達において対面診療を補完するものとして認められ、その後複数回の改正を経て、現在では平成30年の指針(令和元年一部改正)に基づき行われているものです。→https://www.mhlw.go.jp/content/000534254.pdf
  2. オンライン診療は糖尿病などの慢性疾患の患者の継続的診療には向いていると言われていたところですが、今般のコロナウイルス禍から、臨時的な措置として、限定はつくものの初診からのオンライン診療が認められています。→https://www.mhlw.go.jp/content/R20410tuuchi.pdf
  3. オンライン診療においては、触診や聴診などができず、患者に関する情報が限定されますし、患者が自身の身体の状態について正確な説明をするとは限らないので、医師と患者の間でコミュニケーション・ミスが生じやすく、従って医療過誤が生じやすいのではないかと思いましたので、オンライン診療の先進国であるアメリカでの実情を調べてみました。
  4. 筆者としては驚きでしたが、米国においてオンライン診療(telemedichine)による医療過誤が問題になった事件を調べた人たちの報告によれば、2018年の1か月の期間において、オンライン診療による医療過誤が争点となったと推定される事件は1件もなかったとのことでした。→https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2729359
  5. これは医療関係者の論文でしたが、さらに法律家の論文を調べたところ、オンライン診療による医療過誤が問題となったケースに関する裁判例はほとんどないと書かれたものもありました。→https://www.natlawreview.com/article/doctor-medical-malpractice-issues-age-telemedicine この法律家の論文では先例らしきものも紹介しており、これもダウンロードして読んでみたのですが、これらの事案の内容は本格的なオンライン診療に関する医療過誤の事件とはいいがたいものでありました。
  6. 医療関係者の論文でも法律家の論文でも同様の結論でしたので、おそらく本当にアメリカではオンライン診療における医療過誤が問題となったケースは極めて少ないのだと思います。
  7. 上記の調査を行った人によれば、その原因として、①患者自身がオンライン診療の限界を認識しており、重大な身体上の問題を持っている場合にはオンライン診療ではなく対面診療を選択していると考えられ、②医師側も重篤な患者と判断した場合には、対面診療を行うことを勧めているので、医療過誤訴訟が起きにくいのではないかとのことです。医師も患者もオンライン診療については、安全運転を心がけているということでしょうか…。
  8. 医療過誤訴訟は患者の死亡や後遺障害といった結果が重大な場合に起こされることが多いと言われているので、納得感のある説明のように思われます。日本でもオンライン診療が増えているという新聞記事がありましたが、米国と同様に医療過誤訴訟は少ないという結果になるのでしょうかね?今後に注目したいです。
  9. オンライン診療については、これ以外にも色々と論点はありますが、本日のところはこの程度としておきます。

オンライン診療(2)ー患者の同意書(インフォームド・コンセント)へ

« 2018年8月 | トップページ | 2020年7月 »