再生医療法(5)-省令改正の動向(続)
再生医療法について思うことを書いたところ、次から次へと色々と言いたい事が出てきてしまい、とうとう5回目となってしまいました。
今回は前回(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html)に引き続き、パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則改正案について意見を述べることとします。
15.臨床研究法との関係
今回の省令改正は大改正の部類だと思いますが、その中には本年4月から施行されている臨床研究法及びその政省令との平仄を合わせるための改正も含まれています。
臨床研究法は、臨床研究において製薬会社の従業員の参加や不透明な利益供与が問題となった事案を契機に、臨床研究を受託した医療機関と製薬会社との利益相反関係から生じる弊害を防止することが一つの目的となっており、臨床研究における個人情報の保護とインフォームドコンセントを法律のレベルで整理することも目的としています。
今回の再生医療法施行規則の改正では、臨床研究法施行規則にある規定の多くを取り込んでおり、研究としておこなう再生医療においては臨床研究法の下での規制と同等の規制に服することになると考えられます。
ところで、再生医療法施行規則の改正案で明確ではないのは、改正施行規則における「研究」とはいわゆる「介入研究」に限るのか或いは「観察研究」も含まれるのか、という点です。
※「観察研究」とは、「介入」(=被験者のグループ分けをしてそれぞれに異なる治療方法等を適用して効果の比較)を行わず、患者の血液等の試料や診療記録その他によって治療に関するデータを集めて新たな医学知識を発見するための研究。「介入研究」に対する用語。観察研究の法令上の定義としては、臨床研究法施行規則第2条第1号を参照。
臨床研究法は「観察研究」を対象としていないので、これとパラレルに考えると、改正再生医療法施行規則における「研究」とは「介入研究」に限られ、「観察研究」は含まれないと考えられるのですが、公表されている規則改正案では明らかではありません。この点は改正施行規則の文言が公表された段階で明らかになるのではないかと思います。
なお、改正再生医療法施行規則の「研究」が「介入研究」に限定されるとしても、「観察研究」として再生医療を提供する場合には、臨床研究に関する指針https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/index.htmlが適用されるという理解です。しかしながら、臨床研究に関する指針の内容は、大学病院など研究を目的とする医療機関において行う臨床研究を念頭に置いているようであって、一般の医療機関については当てはまらないのではないかと思われる規定が散見されます。従って、臨床研究に関する指針をどのように解釈適用していくかという課題が残されると思います。
16.「治療」として提供する再生医療と「研究」として提供する再生医療
改正再生医療法施行規則において「研究」の定義が明確化されていれば問題は少ないのかも知れませんが、「治療」としての再生医療と「研究」としての再生医療をどのように分けるのか、という問題があるように思います。
再生医療を提供する医療機関が「ウチは治療で提供する」という看板を掲げれば、当該再生医療に関する実績、トラックレコードが乏しく、科学的に有効性の確認が出来ていないものでも、「治療」としての再生医療が可能なのか?という疑問を持っています。
改正再生医療法施行規則においては、研究については研究計画書を作ったり、研究のモニタリングをするなど、治療として再生医療を提供する場合よりも医療機関は重い負担を負うことになります。また、観察研究として再生医療を提供する場合でも、臨床研究に関する指針が適用されるという理解であれば、指針に従うための負担があります。
ずるいやり方をすれば、「ウチは治療で再生医療を提供する。」という看板を掲げてしまうと、こうした負担を免れてしまうのか、という疑問があります。
再生医療に関する3つ目の記事(再生医療の安全性と妥当性)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/3--f081.htmlで筆者の意見を述べましたが、「治療」にするのか、「研究」にするのかを医療機関の独自の判断にゆだねるのは、妥当でないと考えています。再生医療の安全性と妥当性に関する記事で述べたように、「研究」の場合と異なり、その有効性について「一応確からしい」という疎明が出来る段階にいたって「治療」としての再生医療の提供を行うべきではないか、というのが私見です。
究極的には、医療サービスの内容もその対価である報酬も医療機関と患者との間の診療契約で決まるという自由診療について、契約自由の原則として当事者の自治に任せるのかどうかという命題に帰着すると考えていますが、患者には「治療」か「研究」のいずれが適切かの判断をする能力がないので、「治療」の看板が掲げてあれば、患者としてはそれを信用して、診療契約の締結をせざるを得ないと思います。自由診療であるからといってチェックが入らなくてもよいのかどうか、という素朴な疑問があります。
17.細胞培養加工施設(CPC)について
今般公表されている再生医療法施行規則の改正案によれば、細胞培養加工施設(CPC)に関する規定の変更は無いようです。
現在の再生医療法の考え方は、再生医療を提供する医師が診療に関する全責任を負い、細胞培養の委託先である細胞培養加工施設による細胞加工物の製造や品質管理について指導監督するという建前が取られています(現行施行規則第8条)。
医療機関に付属して細胞培養加工施設が設置されているケースでは、このような建前と現実に乖離はないと思いますが、再生医療法(4)(再生医療委員会と省令改正の動向)の記事(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html)で書いたとおり、細胞培養加工には技術的なノウハウがあるようですし、可及的に安価な医療サービスを患者に提供するためにも、スケールメリット(規模の経済)を生かす分野と考えられます。
ここに産業としてのビジネスチャンスが生じるわけですが、そのような多額の資本の投下を要する細胞培養加工施設を設置運用する企業と医療機関との間での力関係を考えると、再生医療を提供する医師が細胞培養加工施設による細胞加工物の製造や品質管理を適切に行うことが可能なのかどうか、という疑問が生じます。細胞培養加工につき技術的なノウハウがあるとすると、企業としては細胞培養の委託者である医師といえども、なるべく情報を開示したくないこともあり得るのではないか、という疑問もあります。
この点に関連して再生医療法施行規則の改正案について一つ指摘をしますと、省令第7条第6号、第13条関係の改正にいおいて、再生医療に用いる医薬品の製造販売業者から研究資金の提供を受ける場合にはその契約を締結し、細胞提供者や患者に対して説明同意を求めることとされていますが、医療機関が細胞加工施設を運営する企業から研究資金の提供を受けることは無いのでしょうか?企業の論理としては、細胞加工を受託するとともに、医療機関に細胞治療の研究を行わせ、その成果を企業のノウハウの蓄積や実績としたい、という欲求はあると思います。医薬品の製造販売業者と類似する問題が起きる土壌はあると思うのですが、細胞加工施設を運営する企業については改正施行規則案では明記されていません。
多くのタイプの再生医療においては、細胞培養加工が行われるわけであって、細胞培養加工の過程における細胞汚染や人為的ミス(例えば細胞の取り違え)が、横綱級のインパクトのあるリスク要因ではないかと考えられますので、今後細胞培養加工施設において重大事故が発生するようなことがあれば、細胞培養加工施設についても規制が強化される可能性があると思います。
今回の記事で再生医療については一区切りとさせていただき、次回以降は別のテーマを扱いますので、これまでの記事の目次を掲載します。
再生医療法(1)-再生医療の概観
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1--817a.html
再生医療法(2)-生殖補助医療と再生医療
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/2-6447.html
再生医療法(3)-再生医療の安全性と妥当性
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/3--f081.html
再生医療法(4)-再生医療等委員会と省令改正の動向
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html
再生医療法(5)-省令改正の動向(続)
本記事です。