再生医療法(4)-再生医療等委員会と省令改正の動向
再生医療シリーズの4回目となります。
9.細胞培養施設について
多くの再生医療では細胞培養が行われています。再生医療シリーズの第1回目の記事において述べた「がん免疫療法」においても、患者の免疫細胞を採取し培養を行っています。
この種に医療における最大のリスクと考えられるのが、細胞の汚染ですので、再生医療法は、細胞培養加工施設における細胞培養に関して、厚生労働大臣の許可を要すると定めています。
細胞培養については色々とノウハウがあるようであり、特許を取得している技術もあるようです。また、細胞汚染を防止するためには、クリーンルーム内で作業をすることを必要とします。また、その他の細胞培養に必要な器具を揃え、細胞培養を行う人員を雇用する必要もあるので、ランニングコストもかかります。加えて、なるべく安価に細胞加工物を提供することにより患者の経済的負担を軽減するのであれば、地価が安い場所に細胞培養加工施設を作り、複数の医療機関から細胞培養の委託を受けて、規模の経済による利益を実現することも考えられます。
このように考えますと、小規模の病院が採算が取れる細胞培養加工施設を設置し維持するのは困難ではないかと思います。従って、資金力があってノウハウもある企業が細胞培養加工施設を設置して、医師からの依頼に基づき細胞培養を行うという方法によらざるを得ないと思います。
お金のかかる話ですので、金融機関による融資も必要となるでしょうから、ここに金融機関のビジネス・チャンスがあると筆者は考えています。(やっと「金融法」のテーマが出てきました。)しかしながら、金融機関が融資をする際の審査を行うことを想定しますと、再生医療や細胞培養加工施設に関して知見を有する人材を確保する必要があり、この種の融資を手掛けることが出来る金融機関は限られるのではないか、という気がします。
ところが、お金をかけて細胞培養施設を設置するからには、その投下資金の回収が必要となります。投下資金の回収方法は、細胞培養を受託した医療機関からの手数料となります。医療機関のサービスの提供先は患者ですので、ここで、なるべく経済的負担を少なく治療を受けたい患者と利益を極大化したい細胞培養施設との利害相反関係が生じる背景があります。
10.医療機関とMS法人との関係
MS法人という言葉をご存知の方もいらっしゃると思いますが、Medical Service法人の略であり、医療機関に対して色々なサービスを提供している法人です。私見によれば、細胞培養加工施設も広い意味ではMS法人の一種であり、再生医療法の細胞培養加工施設にかかる規制は、広い意味でのMS法人に対する規制の一種という整理が可能と考えております。
ところで、医療法では営利目的の医療法人を禁止しており、厚生労働省の通知等において、MS法人と医療法人との間の取引について、実質上医療法人が利益配当を行うことが無いように規制するとともに、医療法人とMS法人との理事の兼務を原則として禁止するなど規制を行っています。
再生医療委員会は医療機関ではありませんが、このような医療法の趣旨からすると、再生医療を提供する医療機関の再生医療等提供計画を審査する再生医療委員会としては、医療機関と細胞培養加工施設を経営する企業(以下「CPC企業」という。)との間の利益相反関係についても留意する必要があると考えられます。
ところが、現在の再生医療法施行規則では、CPC企業の関係者が再生医療委員会のメンバーとして再生医療提供計画の審査に参加することが明示的には禁止されていません。従って、再生医療委員会の審査業務がCPC企業の関係者の利害によって影響を受ける潜在的なリスクがあったわけです。
パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則の改正案では、この点の改め、CPC企業の関係者が再生医療委員会による再生医療提供計画の審査に参加することを禁止しています(省令第65条関係の改正)。但し、再生医療委員会の委員の構成基準についても、CPC企業の関係者が含まれることまで禁止しているかどうかは、規則の改正案では明らかではないです。
11.再生医療委員会の質の問題
再生医療に関する第1回のブログ記事(⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1--817a.html)で少し触れていますが、第3種再生医療委員会の設置基準が第1種及び第2種に比べて緩やかであるため、再生医療委員会の質にばらつきがあるという話を聞いたことがあります。
筆者が風の噂で聞き及んでいるところでは、再生医療についての知見を有するのかどうか疑問のある委員で構成されている再生医療委員会があるとか、再生医療提供計画の作成から再生医療委員会による審査を一括して医療機関から請け負っているビジネスもあるようです。また、再生医療等提供計画の審査において、厳しい再生医療委員会もあるし、緩い再生医療委員会もあるので、自分らに都合のよい審査をしてもらえる再生医療委員会を探して、再生医療委員会のshoppinngを行う事案も見られるようです。
12.再生医療委員会による審議に関する再生医療法施行規則の改正案
パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則の改正案では、再生医療委員会の現状に鑑みて次のような省令改正が公表されています。
a. 再生医療委員会の設置団体
まず、再生医療委員会の設置できる団体について、再生医療委員会を設置できる独立行政法人については、医療の提供や臨床研究や治験の支援を業務とするものと改正されます(省令第42条関係)。これが独立行政法人以外の団体や法人についても同様の規制が及ぶのかどうかは改正案では明記されていません。
b. 技術専門員の制度の新設
また、技術専門員という制度が新設され、再生医療委員会の審査業務において、審査業務の対象となる疾患等について専門的知識を有する、技術専門員の評価書を確認する規定が新設されるとのことです。これによって再生医療委員会の審査業務の品質を確保しようとしていると考えられます。
新設される技術専門員についての疑問としては、「審査業務の対象となる疾患領域の専門家及び生物統計の専門家その他再生医療等の特色に応じた専門家」と定義される「技術専門員」の認定をどのようにするのかが規則改正案では明らかになっていないことです。規則改正案では資格を設けるようなことも書かれていませんが、誰がどのようにして、技術専門員としての知識経験等を有すると認定するのでしょうか?
もう一つの疑問点は、再生医療等委員会の委員との兼任が可能かどうかという点です。既存の再生医療等委員会の委員の中には、技術専門員の条件を満たした方が含まれている場合も想定されるところ、兼任が許されないとすれば、新たに技術専門員になる方を探してくる必要があります。技術専門員の役割が再生医療等委員会の審査業務を支援することにあるとするならば、技術専門員と再生医療等委員会との利害衝突の可能性は無いので、兼任を認めてもよいのではないかとも考えられますが、公表されている施行規則の改正案ではこの点は明らかではありません。
技術専門員の数によると思いますが、その数が少ないと、審査業務のための技術専門員の取り合いのような状況が生じるかも知れません。
なお、改正施行規則については1年間の経過措置が取られるようですが、技術専門員の評価書については、1年間の期間の満了前であっても、必要になると考えられます。従って、技術専門員の確保は早めに行うべきでしょうね。
c. 法律家委員の範囲の限定
続いて、再生医療委員会を構成する法律家委員については、「医学又は医療分野における人権の尊重に関して理解のある」法律家に限定するとしています。
具体的にはどのような経歴や経験があるとそのようにいえるのかがよく分かりません。この点は改正施行規則の施行の際の厚生労働省の通知で明らかにされるのでしょうか。
d. 利害関係の無い委員の増加
更に、再生医療委員会を設置する者が設置者に都合のよい者を再生医療委員会の委員にするのに歯止めをかけるため、設置者と利害関係を有しないものを2名以上としています(省令第47条関係)。
委員の構成要件については、会社法における社外取締役の要件や証券取引所の規則の定める独立役員の要件と比べて緩い感じがするのですが、これが限界であったのでしょうか。
e. 利害関係人の審査業務への参加の禁止
前述の再生医療委員会の審査業務への参加者から除外されるものとして、CPC企業の関係者がありますが、その他審査の対象となる再生医療提供計画を作成する医療機関の関係者も審査業務に加わることが出来ない旨の改正が行われます(省令第65条関係)。
この点は会社法でも取締役会の議事において特別利害関係人が参加するのを禁止しているので、筆者としては同様の規制が再生医療委員会に無いのが不思議に思っていたのですが、ようやくこの点も改善されるようです。施行規則の改正案では利害関係人を列挙していますが、会社法の規定のように、より一般的に(審議の結果について)「特別の利害関係を有する」(会社法第369条第2項)のような規定にすることも考えられたと思います。
f. 再生医療委員会のshoppingの制限
再生医療委員会をshoppingすることについて歯止めをかけようとしていると考えられる規定も新設されるようです。一度再生医療等提供計画を厚生労働大臣に提出した後は、原則として当初審査を受けた再生医療等委員会の変更をしてはならない、という規定が新設されるとのことです。従って、当初の再生医療等委員会が厳しい意見を述べたからといって、緩い意見を述べる別の再生医療等委員会に変更することは出来なくなります。
もっとも、施行規則改正案を読むと、一つの医療機関が複数の再生医療等提供計画を作成した場合、それぞれの計画について異なる再生医療等委員会に審議を依頼することは禁止されないようです。例えば、一つの医療機関において、がん患者向けのがん免疫療法とスポーツ選手向けのPRP(多血小板血漿)療法の提供を行うことも考えられ、こうした場合には、専門性の違いから異なる再生医療等委員会に再生医療提供計画の審議を依頼することは合理的なことと考えられます。
しかしながら、同種の再生医療について、同じ医療機関が複数の再生医療提供計画を厚生労働省に提出しようとしている場合、それぞれの再生医療提供計画について、異なる再生医療委員会に計画の審議を依頼することは適当でない場合があると思われます。現状再生医療委員会の中にも審査が厳しいところや緩いところがあるようですので、一つの医療機関が提供する同種の再生医療にかかわらず、再生医療委員会によって意見が異なる可能性が生ずるからです。
このあたりの問題が公表されている再生医療法施行規則の改正案では解決されていないように思われます。
g. その他の派生する問題
今回の省令改正案によれば、再生医療等委員会の構成や審査業務に色々な条件を設けています。ところで、こうした条件を満たさずに再生医療等委員会が再生医療等提供計画を審査したことが事後的に判明した場合(例えば審査業務に参加できない者が参加していたことが事後的に判明した場合などが考えられます。)、当該審査の効力はどのようになるのか、あるいは審査を受けて厚生労働大臣に提出した再生医療等提供計画はどのように扱われるのか、といった問題が今後生じる可能性はあると思います。
13.再生医療委員会に関するその他の改正
a. 再生医療提供計画への適合の有無の判断
臨床研究法施行規則第15条と平仄を合わせるための改正と思われますが、再生医療法施行規則の改正案においては、現に提供されている再生医療が再生医療提供計画に適合しているかどうかの確認が必要となります。具体的には、再生医療が計画に適合しない場合、医師は医療機関の管理者等にその旨を報告しなければならず、更に不適合の程度が重大な場合、再生医療委員会への報告も必要となります。
現状では、再生医療に起因すると考えられる疾病が発生した場合に、再生医療委員会への報告が必要とされていますが(現行施行規則第17条)、改正案においては、疾病の発生の有無を問わず、重大な不適合が発生した場合には、報告が必要とされ、不適合は定期報告事項にも含まれると考えられます。
そして、再生医療委員会が不適合について意見を述べた場合には、医療機関はこれをを尊重しなければならないという趣旨の規定も設けられます。
b. 再生医療提供の継続の可否の判断
現行の再生医療法施行規則においては、再生医療委員会は再生医療を提供する医療機関からの定期報告に対して意見を述べる義務が明記されていませんでした。ところが、公表されている施行規則の改正案においては、再生医療委員会は、医療機関による再生医療の継続の適否について意見を述べることが義務付けられます。これは厚生労働大臣に対する報告事項にも追加されます。
その結果、再生医療委員会としては、事実上医療機関に対して再生医療の提供の停止を求めることが出来る権限を持つことになります。この権限の拡大の裏返しとして、再生医療委員会としては、問題がある再生医療についてストップをかけなかった場合、不作為について何らかの責任を負うことになるのではないか、という疑問があります。
このような規則改正が実現すると、仮に問題のある再生医療の継続にストップをかけなかった結果、事故が発生したとすると、患者側としては、医療機関だけでなく再生医療委員会のメンバーの責任も追及する根拠となるのではないか、という疑問です。私見によれば、現行法でも委員会のメンバーの責任が発生する余地はあると考えていたところですが、この点がより強化されるのではないか、という気がします。
従って、全体として再生医療委員会の負担が重くなり、不適合であるか否か、或いは再生医療の継続の適否について、委員会として的確な判断ができる体制を整える必要があると考えられます。
このように考えてきますと、今後既存の再生医療委員会において委員の変更を含め体制の見直しをするところが出てくるのではないかという気がします。また、改正後の規則の施行時期は来年の2月頃といわれていますが(再生医療委員会に関する部分は経過措置がない)、その時期は多くの再生医療委員会の認定の更新が行われる時期と重なっていますので、もしかすると、認定が更新されない再生医療委員会が出てくるのではないでしょうか?
14.再生医療等委員会の情報開示
再生療法施行規則の改正案によれば、「…審査等業務の過程に関する記録に関する事項について、厚生労働省が整備するデータベースに記録することにより公表しなければならない。」とされています(第49条関係)。
「審査等業務の過程」とは何を意味するのか具体的な記載がありませんが、再生医療委員会の議事録や議事の際の配布資料も開示の対象になるとすると、議事録の記載も慎重に行う必要が出てきます。仮に議事録も開示の対象となるのであれば、会社法の下での取締役会の運営のように、異議がある委員は議事録上異議を留めることを記載して、将来的に責任を問われないようにするといった対応が必要となるのではないかと思います。
また、開示する情報の範囲如何によっては、技術情報や個人情報など秘密情報の保護をどのようにするのか、という課題もあると思うのですが、そのあたりも改正案では明らかではありません。
(次回に続く)
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