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2018年8月20日 (月)

再生医療法(3)-再生医療の安全性と妥当性

「金融法」のタイトルにもかかわらず、医療の問題を扱っていますが、もう少し再生医療についての意見を述べてみたいと思います。

5.再生医療等委員会の安全性と妥当性

 既に述べたとおり、再生医療等委員会の役割は、再生医療を提供する医療機関の再生医療等提供計画が、再生医療提供基準に合致しているかどうかの審査をすることですが、再生医療提供基準のうちで、再生医療の安全性と妥当性(再生医療法施行規則第10条)というものがあります。

 このうち、「安全性」の定義はイメージがしやすい用語だと思います。

 ところが、「妥当性」の意味がよく分からないのです。再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知によれば、「『妥当性』としては、例えば、当該再生医療等の提供による利益が不利益を上回ることが十分予測されること」と書かれています。

  「妥当性」という用語は、価値判断を含んでいるので、法的な基準として使い勝手が悪いと言わざるを得ないのですが、医療・ヘルスケアの分野の法律において、近年使われ始めているように思われます。(なお、行政法の分野で使っているものが多少見られる。)

 例えば、ヒトES細胞の樹立に関する指針やヒトES細胞の分配及び使用に関する指針において、「科学的妥当性と倫理的妥当性」といった用語が使われていますし、遺伝子治療等臨床研究に関する指針や人を対象とする医学系研究に関する倫理指針においても「妥当性」という用語が使われています。

 更に、昨年(2017年)成立した、医薬品の臨床研究の規制を目的とする臨床研究法の臨床研究実施基準(臨床研究法第3条)において、臨床研究を行う医師の義務として「…(臨床研究の)安全性及び妥当性について…倫理的及び科学的観点から十分検討しなければならない。」と定めており(臨床研究法施行規則第10条第2項)、臨床研究を行う医師は、「臨床研究の安全性及び妥当性の評価についての評価」に関する事項を、臨床研究審査会へ報告するものと定めています(同規則第59条)。

 ところが、再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知以外において、「妥当性」の意義について説明をしているものが見当たらず、それぞれの法令や指針において同一の意義を有するものと理解してよいのかどうかが分かりません。そもそもこれらの指針や省令で定められている「妥当性」を統一的に解釈すべきか、という疑問もあります。

6.「有効性」と「妥当性」

  「妥当性」の用語が使用された立法理由を明らかにした公開資料は見当たりませんが、立法者は、薬事関係の規制とパラレルに考えていたのではないか、という気がします。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)の下では、医薬品、医薬部外品及び化粧品の製造販売については、厚生労働大臣の承認を必要としていますが、医薬品等の承認のためには、医薬品等の「安全性」と「有効性」が確認されることを必要としています。

 ところで、新薬の開発においては、非臨床試験及び臨床試験を通じて「安全性」と「有効性」の確認が行われるわけですが、これは非常に長い年月がかかります。再生医療の提供において、新薬の開発と同じレベルでの「安全性」と「有効性」の確認が必要であるとすると、再生医療の提供は困難になると考えられます。

 そこで、「安全性」については妥協ができないとしても、「有効性」については妥協をし、「有効性」が確認できない場合であっても再生医療の実施を可能とする用に、「妥当性」という基準を導入したのではないか、と筆者は考えております。

7.「妥当性」の解釈

 既に述べたとおり、再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知によれば、「『妥当性』としては、例えば、当該再生医療等の提供による利益が不利益を上回ることが十分予測されること」と書かれています。

 実は筆者が委員を務めている再生医療委員会では、「妥当性」の解釈を巡って委員の間で意見が分かれたことがあります。或る委員は「有効性」に近い程度のものが要求されると主張したのに対し、他の委員はそこまでは要求されていない、と主張し、議論が紛糾しました。

 「有効性」に近い程度まで要求すべきという立場の根拠は、医学的根拠が乏しく、治療の効果が殆ど見込まれないようなものについて、「治療」と称して「医療サービス」を提供するのは許されない、ということにあります。確かに、再生医療には、iPS細胞を使ったものから、脂肪幹細胞を使った美容整形まで広い範囲の医療行為が含まれます。もしも、その中には医学的根拠が乏しく、治療の効果が殆ど見込めないものがあるのだとすれば、自由診療で、患者に高額な診療報酬を支払わせるのは倫理的に妥当でないと思います。

  しかしながら、 本シリーズ第1回のブログ記事で書いたとおり、特にがん免疫療法の場合、放射線、薬物、手術など他の治療と併行して、がん免疫療法による治療が行われるので、症状が改善してもそれががん免疫療法の結果であるのかどうか確認することが困難という問題があり、「有効性」が認められるかどうか確認が困難です。また、「妥当性」のハードルを高くすると、新しい医療技術の発展を阻害し、産業育成の観点から妥当でないという考え方もあり得ると思います。

 この問題をどのように考えるべきでしょうか?

 あくまでも私見ですが、再生医療を治療として提供する場合と再生医療を研究として提供する場合は、「妥当性」の判断で要求される「有効性」の程度が違うのではないか、という気がします。治療として再生医療を提供する場合は、「有効性」の疎明、即ちある程度の「有効性」が一応認められる必要があるのではないかと思います。

 そして、研究論文や臨床データが乏しく、「有効性」について疎明も出来ないような段階では、「観察研究」として再生医療の提供を行い、診療の集積により「有効性」の疎明が出来るような段階で「治療」としての再生医療を認める、というものです。

 一般に法令の解釈として、一つの用語をシチュエーションによって異なる解釈をするというのは、妥当ではないと思うのですが、再生医療法は治療と研究の両面を規制するもので、このような解釈も許されるのではないかと考えています。 

 なお、「観察研究」には臨床研究法の適用がありませんが、医学系指針https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/index.htmlの対象になると考えられるので、観察研究として再生医療を行う場合には、指針に従う必要があると思います。但し、指針は大学病院で行うような医学研究を念頭に置いており、小規模なクリニックにも当てはまるのかどうか、疑問を感じるものが含まれています。いずれは改正をして頂けるものと考えていますが…。

※「疎明」とは、 事実の存否について一応確からしいという推測を得た状態を意味し、「証明」よりも立証の程度は低いこと。

※「観察研究」とは、「介入」(=被験者のグループ分けをしてそれぞれに異なる治療方法等を適用して効果の比較)を行わず、患者の血液等の試料や診療記録その他によって治療に関するデータを集めて新たな医学知識を発見するための研究。「介入研究」に対する用語。法令上の定義としては、臨床研究法施行規則第2条第1号を参照。

8.再生医療の「妥当性」と消費者保護

 さて、再生医療の「妥当性」は治療の場合と研究の場合で「有効性」の面で程度が異なるとして、その内容をどのように理解したらよいのでしょうか?裁判で争われた場合、医師等の責任の有無の基準として機能するのかどうか、という問題意識があります。

 問題になりうる局面としては、診療事故は起きなかったが(つまり、安全性には問題がなかったが)、不適切な医療サービスに対して、高額な診療報酬を支払わされたので、診療報酬の返還又は損害賠償を求めるといった事案が想定されます。

 医療に関する一般的な考え方から考えてみます。医療を提供する時点において、その結果を完全に予測することは困難という医療行為の特色を前提に、医療提供者と患者との信頼関係に基づき、医師が最良と判断した措置を行う、という医療法の理念(医療法第1条の2参照)に照らすと、再生医療の「妥当性」について、医師は広い裁量を有しており、明らかな誤謬が無い限り「妥当性」が無いことを理由に法的責任を問われることは少ない、と思います。「結果責任」という面ではこのように考えられますので、「効果がさっぱり出なかった。」という事実だけでは、医療機関の責任を問うことは困難です。

 しかしながら、現在再生医療は自由診療で提供され、高額な報酬が支払われているという現実からすると、不適切な医療サービスの提供について、消費者保護的な考え方を導入できないか、という疑問があります。(美容整形の分野では特定商取引法の適用が問題となる場合がありますし、消費者契約法の適用が問題となったケースもあるようです。)

 仮に、効果が期待できないのに、効果があるかのように表示して医療サービスを提供するようなことがあれば、何らかの規制を及ぼす必要がないか、という気がします。保健収載されるためには、医療技術の有効性その他あらゆる局面について技術審査会の審査を経るわけですが、自由診療は、第三者によるチェックが無く提供される医療サービスです。

 従来は医療事故が生じた場合を除き、自由診療に対して規制のメスがかかったことは少なかったと思います。しかしながら、医療機関の責任の問題に置き換えると、自由診療の場合、「安全性」は確保されていても「妥当性」が無い医療サービスについて、医療機関の責任が生じうる場合があるのかどうか、という問題になります。

 医療行為の広告規制の問題や診療契約締結の際の医師の説明義務の問題も合わせて検討しなければなりませんが、このように考えますと、再生医療等委員会は、再生医療等を提供する医療機関の「再生医療等提供計画」を審理において、再生医療の「妥当性」について、消費者保護的な見地を取り入れて、再生医療提供計画を承認しない、という判断があり得るのではないか、という気がします。

 冒頭で述べた「不適切な医療行為」を受けたという患者のクレームがあった場合、再生医療委員会において、「妥当性」についても丁寧な議論をしたうえで「再生医療等提供計画」を承認したということを議事録などの証拠をもって証明できれば、そのような患者のクレームに対する有力な反論材料となりうると思います。 (もっとも、法的責任のレベルでの「妥当性」と再生医療等委員会が再生医療等提供計画の審査をする場合の倫理性での「妥当性」のレベルは違うという考え方もあり得ると思いますので、断定的なことは言えませんが…。)

 ちなみに、再生医療法施行規則の改正案では、再生医療等委員会は医療機関からの定期報告に対して、再生医療の継続の適否についても意見を述べることになっています。再生医療等委員会としては、こうした消費者保護的な見地も含めて意見を述べる必要があるのでしょうか?……このようなことを述べている人が誰もいないので、あくまでも私的な試論に過ぎないですが、問題提起をさせていただきたいと思います。

 もっとも、そもそも新しい医療技術である再生医療に関しては、トラックレコードが乏しいので、再生医療の「妥当性」につき、「有効性」に近いレベルを求めるとすると、現在行われている多くの再生医療(特に、第3種再生医療)が生き残ることは困難であると考えられます。

 このあたりの調和点を探すのは困難なことであり、再生医療等委員会での審議を尽くすべき点であろうと考えております。

次回は再生医療等委員会の問題点について扱いたいと思います。次回(再生医療委員会と省令改正の動向)へ続く⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html

 

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