再生医療法(1)-再生医療の概観
筆者は縁あって某クリニックが設置した再生医療委員会の委員を務めており、そのため医療法について勉強をする機会を頂いています。医療過誤は別として、この分野については、法律実務家が書いた論文等が非常に少ないので、筆者の経験に基づく意見を本ブログ記事が、再生医療に関心のある方々のお役に立てればと思っています。
1.がん免疫療法(リンパ球活性化療法)について
再生医療と聞くと、山中教授のiPS細胞を連想される方も多いと思いますが、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(以下「再生医療法」という。)において定義された再生医療と呼ばれる医療の範囲は広く、幹細胞(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E)など細胞加工物を使った治療に広く適用され、美容外科でも再生医療に含まれるもの(例えば、脂肪幹細胞による豊胸手術)もあります。
再生医療の実施にあたり再生医療等委員会が審査した再生医療等提供計画を厚生労働省に届け出る必要がありますが、既に3000件ほどの再生医療等提供計画が提出されているとのことで、その裾野の広さを示していると思います。
筆者が再生医療委員会の委員を務めているのは、がん免疫療法(リンパ球活性化療法)といって、患者の白血球に含まれる免疫細胞を抽出し、これを細胞培養施設で増殖させて患者の体に戻すという治療に関するものです。
人間の体では毎日4000個から5000個くらいのがん細胞が発生するといわれていますが、健常な人間の場合には、腫瘍が出来るとこれを感知する免疫細胞が働き、腫瘍細胞を破壊する細胞(「キラー(殺し屋)細胞」)に、これを攻撃させる指令が出ます。その結果、キラー細胞が腫瘍細胞を破壊するので、出来た腫瘍が増殖せず健康を保つわけです。(というのが筆者の理解です。)(但し、この点も異論はあるようです。⇒https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20180713-00089278/ )
がん免疫療法とは、何らかの原因で人体の免疫機能が低下した患者に対して、その患者のキラー(殺し屋)細胞を取り出して増殖させて、体に戻すことによって、元々人体に備わっている免疫機能を回復させることを意図した治療です。(最近ネットに落ちていたPRビデオで分かりやすいと思ったもの→https://www.twellv.co.jp/cancer/)
もっとも、筆者が見聞するところでは、効果が出ている(と思われる)患者もいるし、そうでない(と思われる)患者もおり、その効果については、医療の専門家の間でも意見が分かれているようです。(某クリニックの看護師の方から聞いた話では、初診の際には車椅子を押してもらっていた人が、今では自動車を運転して通院しているとのことでした。)
また、がん免疫療法を受ける患者は、放射線治療、抗がん剤治療、手術といった他の治療を受けている方が多く、がん免疫療法の結果のデータをとっても、症状が改善した原因が、がん免疫療法によるのか、他の治療によるのか、それとも相乗作用によるものなのか、特定が困難であって、効果の有無の判定は難しいという問題もあります。
有効性が確認されるようになれば、将来的には保険収載され、保険医療の対象となることも考えられますが、現在のところはがん免疫療法は自由診療で行われており、利用する患者は富裕層に限られているようです。
2.再生医療法
外国では再生医療を薬事に関する規制でカバーしているところが多いようです。これは、再生医療において培養される細胞加工物を、医薬品に含めるという考え方に基づくと考えられます。
これに対して、我が国では、医師の責任の下で細胞を加工する場合は、診療行為として再生医療法が適用され、企業の責任において細胞を加工する場合は、医薬品に対する規制として、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)が適用される、という考え方がとられています。
立法当時(2013年)は、再生医療法という独自の法律を制定する我が国の規制のあり方は、世界的にもユニークな規制であったようですが、最近はアジア諸国において、我が国の再生医療法をモデルにした法律を制定する動きがあると聞いています。
もっとも、巷間、再生医療法は分かりにくい、と言われているとのことであり、立法にあたり参考にする外国の立法例も少なかったせいか、再生医療法の実際の運用において発生する問題への対応が十分に備わっていないと感じることがあります。この点は、次回以降において述べることとします。
3.再生医療のクラス分けと再生医療等委員会
医療機関が研究・治療のために再生医療を提供するためには、厚生労働省令で定める「再生医療等提供基準」に適合した「再生医療等提供計画」を作成し、厚生労働大臣の認定を受けた「再生医療等委員会」の意見を聴かなければなりません。「再生医療等委員会」は、医療機関や学術団体や大学などによって設立されます。筆者は縁あってこの「再生医療等委員会」のメンバーを務めさせていただいている訳です。
再生医療法によれば、再生医療は3種のクラスに分けられており、人体対する影響が大きいと考えられるものから順に、第1種、第2種、第3種の再生医療が定義されています。
第1種に入るものは、iPS細胞とか胚性幹細胞(ES細胞ともいい、細胞分裂初期の受精卵を材料とするもの)を使うもの、遺伝子操作を細胞に行うもの、動物の細胞を使うもの、患者以外の細胞(他家細胞)を使うものです。iPS細胞にはがん化リスクがあると言われていますし、受精卵を使うのは倫理的に問題があるので、第1種に含まれると考えられます。
第2種に入るものは、胚性幹細胞以外の幹細胞を培養するものや患者から採取した細胞を他の機能に使うもの(「相同利用」でないもの)です。MLBで活躍中の大谷翔平選手が今年6月に米国で受けた肘の治療は、大谷選手の血小板を採取して患部に投与するというものと報道されていますが、これは第2種再生医療技術に該当すると思います。→https://www.knee-pain.jp/otani-stemcell/ (PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)療法)その他には、インプラントを埋め込んだ土台の骨を再生するために、患者から取り出した血小板を投与するというのもこの類型の再生医療になります。
なお、血液がんや免疫不全症の治療において、骨髄から造血幹細胞を採取して移植する治療は、「移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律」(造血幹細胞移植法)という別の法律があるので、政令によって再生医療法の対象外とされています。従って、造血幹細胞移植法の適用が無いものであって、造血幹細胞の増殖をしたり、造血幹細胞の機能に改変を加える場合には再生医療法の適用の対象となります。この点で無届で再生医療法の適用のある治療を行ったケースが問題になったことがあります。→https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000209248.pdf
第3種に入るものは、冒頭に述べた、がん免疫療法のように、患者の体から採取した免疫細胞を培養し患者の体に戻すものです。また、脂肪幹細胞を使った豊胸手術もこれに入ります。
第1種再生医療は、高度なリスクを伴うものですから、現時点では、大学病院などで研究ベースで行われるものと思いますが、第2種再生医療や第3種再生医療は、自由診療として扱っているクリニックや病院が多くあります。
前述のとおり、「再生医療等委員会」は、再生医療を提供する医療機関が作成した、「再生医療等提供計画」が「再生医療等提供基準」に適合しているかどうかを審査して意見を述べるわけですが、再生医療法と厚生労働省令に適合したものとして厚生労働大臣の認定を受けて設置されます。
再生医療等委員会の設置基準の詳細については省略しますが、第3種再生医療は比較的リスクが少ないものとして、第3種再生医療にかかる「再生医療等提供計画」のみを審査する「再生医療等委員会」については、設置基準が若干緩やかになっています。
しかしながら、第3種再生医療のみを扱う「再生医療等委員会」は、設置基準が緩やかになっているために、疑問を感じる運用が行われているものがある、という話を聞いたことがあり、次回以降のブログ記事で筆者の見解を述べたいと思います。
次回(生殖補助医療と再生医療)へ続く⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/2-6447.html
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