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2018年6月

2018年6月27日 (水)

Simple Agreement for Future Tokens (SAFT)について(2)(米国法関係)

前回に続いて、Simple Agreement for Future Tokens(SAFT)の話です。

 前回の記事では、SAFTの特徴を挙げたうえ、SAFTが"Investment Contract"(投資契約)の形式で発行され、SAFTの対象となる「トークン」が商品・サービス購入の対価として使用されるユーティリティ・トークンである理由は、米国の証券法上の「証券」の意義に関係があることを述べています。(前回記事⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html

今回は、SAFTの特徴として、適格投資家(accreditted investor)限定として発行されている点を述べ、その他の関連事項について触れます。

4.米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)

 SAFTにより投資家から資金調達をする場合、ネットによる募集を行われますが、米国証券取引委員会(SEC)はネットによる募集は、"general solicitation"(一般勧誘)としてSECへの登録が必要になるとしています。しかし、SAFTを利用するようなスタートアップ企業には公募としてSECへの登録を行う資金的余裕はありません。

 そこで、SAFTは"accreditted investor"(適格投資家)向け募集によって発行されています。"accreditted investor"(適格投資家)とは、銀行や証券ディーラーやブローカーのような典型的な機関投資家以外に、資産が500万ドル以上の企業、純資産が100万ドルまたは過去2年間の年収が20万ドルを超える個人などと定義されています。

 適格投資家向け私募は、Regulation Dと呼ばれるSECが定める登録免除にかかる規則に定められており、(i) 適格投資家に対して募集するのであれば、35名以内の一般投資家に対しても募集が可能ですが(§203.506(b)の定め)、ネットによる募集による場合一般投資家に対する募集を限定することが困難ですから、(ii)募集相手の全員を適格投資家に限定すること(§203.506(c)の定め)によらざるを得ないのが実情です。従って、筆者が調査したところでは、例外なく適格投資家限定で発行されています。

 但し、全員を適格投資家に限定する場合、投資家に「自分は適格投資家に該当する」旨の表明保証をさせるだけでは不十分であり、発行体は「証券」の買主が適格投資家であることを証明する(verify)証拠(税務申告書、預金の残高証明など)を取得することを要します。

 なお、Regulation Dにより発行された証券については、転売制限があります。

 ということで、SAFTの場合、ネットによる募集によることから、投資家の全員を適格投資家に限定し、転売制限を課すことによって販売しているのが、一般的と考えられます。

 米国内での私募の場合、"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)を作成することを要するので、ネットにも落ちていますので、ご興味のある方はDLをしてご覧になると良いと思います。

5. New York州における仮想通貨に関する規制

 SAFTの”Private Placement Memorandum"(私募目論見書)を調べてみますと、米国内での販売制限について、Regulation Dを前提にしたと思われるもの以外に、New York州の居住者を販売の相手方から除外しているものがあります。これは何故でしょうか?

 本記事の執筆時点(2018年6月)の段階では、筆者が知る限り、連邦法のレベルでは仮想通貨を直接規制する米国の法律は無いようです。しかしながら、州法のレベルでは、ニューヨーク州、ワシントン州、カリフォルニア州、フロリダ州、コティカット州においては仮想通貨にかかる規制する法律があるようです。

 このうち、ニューヨーク州の規制を調べると、日本の資金決済法の仮想通貨の定義と似た定義が行われており、"Virtual Curency Business Activity"(仮想通貨ビジネス活動)に従事する場合にはライセンスが必要とされています。

 このうち仮想通貨ビジネス活動の定義の中に”Controlling, administering, or issuing a Virtual Currency"(仮想通貨のコントロール、管理又は発行)というものが含まれています。(Section 200.2 (q) (5), Title 23, New York Codes, Rules and Regulations)

 どうやらSAFTをニューヨーク州の居住者に発行する場合、この規定が障害になると考えられているようで、現地の法律事務所のニュースレターでも、最近の傾向としてニューヨーク州の居住者を販売の相手方から除外するのがトレンドになっているという記事を読んだことがあります。

 本記事の執筆時点(2018年6月)においては、他の州では仮想通貨に関する規制が導入されていないようですが、立法化を検討している州が複数あるとの情報もあります。

 ニューヨーク州の仮想通貨に関する規制がSAFTに適用されるべきかどうかの議論がなされているようですが、今後他の州でも同種の立法がなされるようになると、SAFTの流行も下火になる可能性もあると筆者は考えています。

 ブロック・チェーンに関する米国での論議としては、その他UCC(統一商法典)のArticle 8の規定の適用について論じているものもあります。(Reade Ryan and Mayme DOnohue, "Securities on Blockchain", Business Lawyer Vol. 73, Winter 2018-2018) (https://www.hunton.com/images/content/3/5/v2/35271/ABA_The_Business_Lawyer_Securities_on_Blockchain.PDF.pdf)。ブロック・チェーンの仕組みを分かりやすく記載しているので、お勧めです。

 次回は、海外で発行されたSAFTの日本法との関係についての記事を書かせていただく予定です。

(以下次回記事につづく)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html

【SAFTの記事(1)~(3)の目次】

米国法関係

  1. SAFTとは何か?
  2. 米国の証券規制-1(「証券」の意義)
  3. SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)(以上1から3までにつきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreemen.html
  4. 米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)
  5. New York州における仮想通貨に関する規制(以上4と5につき本ブログ記事)

我が国の規制との関係(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html)

  1. はじめに
  2. 有価証券性
  3. 金融商品取引業
  4. 適格機関投資家等特例業務
  5. 自己運用
  6. 資金決済法との関係
  7. J-SAFTについて
  8. ブロック・チェーンの技術

2018年6月26日 (火)

Simple Agreement for Future Tokens (SAFT)について(1)(米国法関係)

今年に入ってから仮想通貨の相場が下落傾向にあり、ブームは終わっているという見方もできると思います。他方、大手の金融会社が市場参入を企画し、金融庁も「仮想通貨交換業に関する研究会」を設置し、規制の方向を検討しているようですが、その議事録(https://www.fsa.go.jp/news/30/singi/kasoukenkyuukai.html)を見ると、相当厳しい規制がされる可能性も否定できないように思われます。

本日は仮想通貨にかかわる話題として、ICO(Initial Coin Offering)の変形版と考えられるSimple Agreement for Future Tokens ("SAFT")について筆者の私見を述べたいと思います。

1. SAFTとは何か?

 SAFTとは、(i) 「トークン」と呼ばれる、証票としての機能を有する電子記録を使って、購入・利用できる、ネットワークやアプリケーションの開発資金等を調達するために、(ii) 米国の証券法における"Investment Contract"(投資契約)と呼ばれる契約類型を使って、(iii) 法定通貨(円、ドル、ユーロなど)又は仮想通貨を、投資家から集める仕組みと定義できると思います。

 例えば、PCゲームソフト流通のためのプラットフォームを開発したいときに、投資家から開発資金を出資させて、プラットフォーム等が開発されたときには、投資家にゲームソフトの利用や売買に使用される「トークン」を交付する、といった例が考えられます。

 株式の発行により投資家から資金を集めるのではないため、株主の権利が希釈化されることがないのが利点であり、スタートアップ段階での事業者にとっては魅力的な資金調達方法と思われる点はICOと同様です。

 ICOにおいても、投資家が支払う現金と引き換えに「トークン」を即時に交付するものではなく、将来ネットワークやアプリケーションが完成したときに、「トークン」を投資家に交付するので、上記のSAFTと違いが無いようにも見えますが、おおまかに言って、SAFTは以下の特徴を有しています。

  • "Investment Contract"(投資契約)という概念を利用していること。
  • 「トークン」には色々なタイプのものがあるが、SAFTの対象となる「トークン」は「ユーティリティ・トークン」と呼ばれる商品・サービスの購入の対価として使用される「トークン」であって、事業からの収益の分配を受ける「トークン」ではないこと。
  • 適格投資家(accreditted investor)限定で発行されること。
  • "Network Launch"(「ネットワーク立ち上げ」)や"Token Generation Event"(「トークン発生事由」")といった定めがあり、ブロックチェーンによるプラットフォームが立ち上がった時点で、トークンが投資家に配布される旨の規定があること。
  • 開発が頓挫した場合は、"Dissolution Event"(「解散事由」)として、投資家に返金されること。
  • 投資家と締結される"Investment Contract"のほか、"Private Placement Memorandum"(私募目論見書)及びWhitepaperが作成されること。

  以下に述べるとおり、多くの特徴点が米国の証券規制とかかわるところです。

2.米国の証券規制-1(「証券」の意義)

 SAFTは米国において「証券」の概念が幅広く定義されているところから、考案された仕組みと考えられます。

 米国のロースクールにおける証券規制の講座で必ず出てくるのが、"Howey Test"(「ハウイ基準」)というものです。米国の証券法には、「証券」の定義の中に"Investment Contract"(「投資契約」)というものがあります。この意義が問題となった事件で、果樹園のオーナーが開発費用を調達するために、果樹園の利益の分配に参加する機会を与えて、土地の区画を売り出したというものです。連邦最高裁は、かかる契約は"Investment Contract"(「投資契約」)に該当するものであるから、証券取引委員会(SEC)に対して登録届出書を提出しなければならないと判断しています。

 ハウイ基準によれば、「投資契約」とは、以下の4つの要件からなっており、これが充足されると米国では「証券」と扱われます。

  • 共同事業に対する
  • 資金の投資であって
  • 他人の努力から生じる
  • 利益の期待をもって行うもの

 分かりやすく解説した本として、古いものですが、「セミナー・アメリカ証券法」(デニス・S・カージャラ)(商事法務研究会)というものがありますので、ご興味のある方はそちらをご覧ください。

我が国の金融商品取引法では、「有価証券」を列挙して定めていますが、米国では「投資契約」のように幅広い定義を行っており、ねずみ講のようなものも「証券」に該当すると考えられています。

 上記4つの基準を「トークン」に当てはめるならば、「トークン」は代替可能物であり、発行体は「トークン」の販売により調達した資金をプールし、かかる資金をもってネットワークを構築します。従って、投資家らは、当該事業からの収益とリスクを分配する関係にあるので("horizontal commonality")、「共同事業」に該当します。

 仮想通貨をもって出資するのも「資金の出資」と考えられます。また、「トークン」の開発者の努力に依存するものですから「他人の努力から生じる」にも該当します。

 「利益の期待」があるかどうかは、現在の商品の価格よりもディスカウントした価格で出資する場合には、「利益の期待」があると考えられています。

 例えば、収穫期の果樹園で果実を収穫するための入場券は、「証券」ではありません。ゴルフ会員権も「証券」ではありません。何故なら、果実の収穫やゴルフ場の利用という財・サービスが現に存在するからです。しかし、果樹園やゴルフ場に開発する予定の土地であれば、時価よりもディスカウントで権利を購入し将来の値上がりに期待する関係にあるので、「利益の期待」があることになります。(従って、こうした権利を売り出すときは「証券」となりうる。)

 ICOは将来「トークン」の開発に成功したら「トークン」を交付するというものです。ICOに参加する投資家は将来「トークン」の交付を受けるという期待で、開発に失敗したときのリスクを取って参加するので、「利益の期待」があるという4つ目の要件にも該当します。

 したがって、以上の4つの要件を満たすICOは、"Investment Contract"に該当するので、米国証券法上の「証券」であって、不特定多数が参加できるネットで勧誘を行う行為は「公募」となり、SECへの登録届出書の提出が必要となると考えられています。

3.SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)

 以上米国における「証券」の意義と"Investment Contract"につき述べたのは、冒頭でSAFTの特色として幾つか挙げたうちの、

  • "Investment Contract"(投資契約)という概念を利用していること。
  • SAFTの対象となる「トークン」は「ユーティリティ・トークン」と呼ばれる商品・サービスの購入の対価として使用される「トークン」であって、事業からの収益の分配を受ける「トークン」ではないこと

を説明するためでした。

 上記のとおり、「トークン」の開発前のICOは米国の証券法上「証券」と扱われる可能性が高いので、一旦"Investment Contract"(投資契約)の形で投資家から出資をさせるのが、SAFTです。SAFTは投資家との契約の形式をとっていますが、SAFTは上記のハウイ基準によれば「証券」に該当します。

 これに対して、「トークン」開発後においては、「トークン」の相場の変動による値上がり益は見込めますが、それは発行体によるプラットフォーム開発の努力によるものではありません。即ち、上記4つのハウイ基準の要件のうち、「他者の努力から生じる」という要件を満たしません。

 そこで、開発後の「トークン」が商品・サービスの購入の対価の性質を持つものである限り、上記の果樹園の入場券やゴルフ会員権と同様のものとして、「証券」には該当しないであろうという見込みで、ブロックチェーンのプラットフォームが立ち上がったときに"Network Launch"(ネットワークの立ち上げ)とか"Token Generation Event"(トークン発生事由)が生じたとして、投資家に「トークン」を交付しても、それ自体は「証券」の発行に該当しないという整理をしています。

 従って、開発された「トークン」自体が上記のハウイ基準を充足するなどの理由で「証券」に該当するのであれば、一旦"Investment Contract"(投資契約)という形で投資家から資金を集めることは意味がないことになります。

 筆者が知る限り、この記事を執筆した時点では、SAFTの形式にすれば、「トークン」の発行が「証券」の発行に該当しなくなるということが、米国の裁判所で確認されたという情報はなく、SAFTの関係者がそのような理解でストラクチャリングをしているに過ぎないことと理解しています。

(以下、次回記事に続く)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html

【SAFTの記事(1)~(3)の目次】

米国法関係

  1. SAFTとは何か?
  2. 米国の証券規制-1(「証券」の意義)
  3. SAFTの仕組み-1(「証券」の定義との関係)(以上1から3までにつき、本ブログ記事)
  4. 米国の証券規制-2(「適格投資家」向け私募)
  5. New York州における仮想通貨に関する規制(以上4と5につきhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/06/simple-agreem-2.html

我が国の規制との関係http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/07/simple-agreemen.html

  1. はじめに
  2. 有価証券性
  3. 金融商品取引業
  4. 適格機関投資家等特例業務
  5. 自己運用
  6. 資金決済法との関係
  7. J-SAFTについて
  8. ブロック・チェーンの技術

 

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