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2016年6月

2016年6月27日 (月)

リストリクテッド・ストック(Restricted Stock)

少々古い話になりますが、経済産業省のHPにおいて、日本版「リストリクテッド・ストック」(Restricted Stock)の導入の手引きなるものが公表されました。→http://www.meti.go.jp/press/2016/04/20160428009/20160428009.html

これは本年の税制改正の結果、導入が可能になったものであり、本年の株主総会でも導入を決めている会社が報道されています。

1.リストリクテッド・ストック(Restricted Stock)とは何か

 要するに、役員らに対するインセンティブ報酬として、一定期間譲渡制限のある株式を付与するものです。譲渡制限期間を経過すれば市場で売却をして、利益を得ることができます。また、譲渡制限期間中であっても議決権の行使や利益配当を受けることができます。

 そして、対象者の勤務状況や会社の業績に対する貢献が好ましくない場合には、付与した株式を会社が没収する(無償取得事由)ことにして、業績向上へのインセンティブとするものです。

2.我が国の役員報酬の問題点

 経営者に株主目線で中長期的な視点からの経営をしてもらうための手段として、経営者に自社の株式を保有させるということは有用な方法と考えられます。しかしながら、我が国の役員報酬は金銭による固定報酬が中心であり、欧米に比べて業績連動報酬や株式報酬が少ないと言われていることはご存じのとおりと思います。この点は昨年公表された日本版のコーポレートガバナンスコードでも指摘されている点です。

  特に、最近の不祥事の中には、経営者が短期的な業績の向上に熱心なあまり、部下に無理を強いていることが原因となっていると想像される事案があります。そうだとすると、社外取締役によるモニターといった側面だけではなく、経営者に対するインセンティブの与え方、即ち、役員報酬の在り方も改めて、経営者の意識改革を図る必要があるのではないか、というのが筆者の意見です。

  ところが、オーナー系の会社の経営者は別として、サラリーマンから昇格した経営者や外部から招へいした経営者に対して、まとまった量の自社の株式を購入させることは難しいと思われます。

  また、金銭による業績連動型報酬の場合、税法上、1事業年度における利益を指標とせざるを得ないため、役員に対して中長期的な業績向上へのインセンティブを与えるものとは言えないものでした。

 従って、従来は、経営者に株主目線で中長期的な経営をしてもらう手段が整備されていませんでした。

3.「1円ストックオプション」ないし「株式報酬型ストックオプション」の限界

 経営者に会社株式を保有させるのと同様の効果を目論んで、行使価格を一株当たり1円とする新株予約権(いわゆる「1円ストックオプション」または「株式報酬型ストックオプション」)を、対象者である役員らに発行することがありますが、これには以下のような不都合がありました。

  • 対象者に持たせるものは新株予約権であって株式ではないので、対象者は議決権の行使や利益配当を受けられず、株主と同じ利害関係を有するとは言い難いこと。
  • 新株予約権の発行時から行使期間の始期までの期間を短く設定し、対象者に新株予約権の行使をさせたうえ、株式を保有させることも考えられるが、そうすると、発行会社が一時に多額の費用計上を要することになること。

 従って、「1円ストックオプション」による効果は限定的であったわけです。

4.リストリクテッド・ストックの発行手続

 経済産業省のHPで公表されている手引きによれば、大要以下の手順で発行することになります。

  • 株主総会決議により、リストリクテッド・ストックの付与のための報酬枠を定め、その枠内で各役員の報酬債権の額を決める。(金銭報酬債権の額は、次に述べる新株発行/自己株式処分における払込金額と同じになるように定める。)
  • 取締役会において、役員に対する第三者割当による新株発行または自己株式処分の決議をする。
  • 有価証券届出書の提出及びプレスリリース 
  • 各役員との株式割当契約の締結
  • 各役員は金銭による払込に代えて、上記報酬債権を会社に出資し、会社株式を受け取る。

 金銭ではなく報酬債権を新株発行/自己株式処分の対価とする以外は、一般の第三者割当と手続は同じです。

  第三者割当の場合有価証券届出書には、割当先の氏名、住所、職業その他の情報の開示が必要である点が懸念事項でしたが、平成28年6月24日の金融庁の企業内容等の開示に関する内閣府令の改正案によれば、リストリクテッド・ストックについては、割当先に関する情報の開示を要する「第三者割当」の定義(開示府令第19条第2項第1号のヲ)から除かれるとのことですので、この点の懸念がなくなりました。

http://www.fsa.go.jp/news/28/syouken/20160819-1.html

 また、これに合わせて、プレスリリースの書式も変わっています。詳細は、平成28年8月22日に公表された「株式報酬としての株式の発行に関する「会社情報適時開示ガイドブック」の改訂について」をご参照ください。

 株式割当契約において、株式の譲渡禁止期間や会社による没収(無償取得)にかかる事由を定めます。(経済産業省のHPでは種類株式による方法もあると書かれていますが、定款変更を要するので、おそらく契約において譲渡禁止や無償取得事由を定める方法が一般的にとられると思います。)

5. リストリクテッド・ストックの税務(対象者側の税務) 

  税務については、対象者である役員らに対する課税と会社に対する課税に分けて検討する必要があります。

 役員らに対する課税に関しては、株式の交付時の課税は行われず、譲渡制限が解除されたときに、譲渡制限解除日における株式の価額に相当する収入があったものとされます(所得税法第36条第2項、所得税法施行令第84条)。そして、譲渡制限が解除された後に、役員が株式を譲渡したときには、売却価額と株式の取得価額(=譲渡制限解除時の価額)(所得税法施行令第109条第1項第2号)との差額が譲渡所得に該当し、原則として分離課税の対象となります。

 ところで、経済産業省のHPにある手引きによれば、譲渡制限解除日の株式の価額に相当する給与所得があるという前提で書かれているようです。

 譲渡制限の解除については、退任時に譲渡制限が解除されるという設計をしたいという会社が多いのではないでしょうか?リストリクテッド・ストックと目的が類似する1円ストックオプションを導入した会社の中には、退職慰労金制度を廃止する代償措置として1円ストックオプションを導入している例が見受けられるからです。

 このような設計をする場合の問題点の一つとしては、譲渡制限期間については具体的な期間(始期と終期の日)を定める必要があると考えられている点です。おそらく、リストリクテッド・ストックの持つリテンション効果(対象者を会社に引き留める効果)を考えて、このような制度設計とされたのだと思います。そのため、譲渡制限期間の終期を、任期満了や定年の日として予定されている日に合わせる場合は別として、ただ単に「退任まで」と記載すると、上記の平成28年度税制改正の規定の適用を受けなくなるといわれています。

 また、仮にこの点が解決できたとしても、退任時に譲渡制限が解除される場合、退職所得になり得るのかどうか?在任期間が5年を超える役員(所得税法第30条第2項及び第4項)の場合、退職所得の計算に大きな影響が出てくると思いますので、結構深刻な問題のような気がします。

 ストックオプションに関しては、国税庁の文書回答事例において、権利行使期間が退職から10日間に限定されている場合、ストックオプションの権利行使益に係る所得区分は退職所得と取り扱われるというものがありますが(→https://www.nta.go.jp/shiraberu/zeiho-kaishaku/shitsugi/gensen/04/10.htm)、リストリクテッド・ストックでも同様の考え方がとり得るのかどうか、がよくわかりません。

 退職所得とすることも可能という文献もあるのですが(週刊税務通信3411号6頁)、他方において、今回の税制改正前の判例ですが、米国の親会社からリストリクテッド・ストックを付与された人が退職所得として税務申告したところ否認され、裁判所で争ったが結局給与所得とされたという事例があります。http://www.tabisland.ne.jp/news/news1.nsf/b6c131437f3cfe4a49256619000ed3d6/7e021b58c60c2b7e49257aeb008257c1?OpenDocument

 上記の裁判例だけで、リストリクテッド・ストックによる収入の所得区分が退職所得とはならないと断定できないとは思いますが、こうした裁判例があると、実務はどうしても保守的に考えて給与所得として税務申告するということになるような気がします。

6. リストリクテッド・ストックの税務(会社側の税務)

 今般の税制改正により、リストリクテッド・ストックについては、届出が不要となる事前確定届出給与の対象となるとされました。すなわち、役員らに対する株式の交付時には、損金算入ができませんが、譲渡制限解除時に、付与時に決定されていた役員の報酬債権に相当する額が、会社の損金となります(法人税法第34条第1項第2号、同法54条第1項)。 従って、役員の側の収入の額と会社の側の損金の額とは異なることになります。

 譲渡制限解除時に会社の損金になりますので、この時点で源泉徴収義務が発生することになりますが、役員が直ちに株式を譲渡して源泉徴収に必要な資金を調達できるとは限らないので、会社としては、役員に対する貸付制度などを利用させて、源泉徴収をする必要が出てくると思われます。

 なお、対象者の勤務状況や会社の業績に対する寄与が不良であるということで、対象者から株式を没収(無償取得事由)した場合、対象者には所得が生じないので、会社にもこれに対応する損金は発生しないことになります。

7.リストリクテッド・ストックの会計

 報酬債権の額が「前払費用」として資産計上され、株式の発行と引き換えに現物出資される報酬債権の額を「資本金」として計上し、その後、前払費用として資産計上された報酬債権を、対象勤務期間(譲渡制限期間)を基礎として、取り崩すという方法が提案されています。たとえば報酬債権が3000万円とし、譲渡制限期間が3年と仮定した場合、毎年1000万円ずつ役務提供がなされたとして取り崩すわけです。

 従って、1円ストックオプションで述べたように、会社が一度に多額の費用計上をしなければならないということはなく、リストリクテッド・ストックのメリットとして挙げることができると考えられます。

8.まとめ

 リストリクテッド・ストックは、コーポレート・ガバナンスの観点からも非常に興味深いものと考えています。今後導入する会社が増えるのではないでしょうか?

 このほかにも細かな留意点はありますが、こうした点については、冒頭でご紹介した経済産業省のHPにある手引きをご参照ください。

以上

(平成28年6月30日一部修正)(平成28年8月25日一部修正)

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