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2016年4月

2016年4月26日 (火)

イスラム金融(61)イランにおけるイスラム金融(1)

イランイスラム共和国(Islamic Republic of Iran)に対する制裁(sanction)が一部解除され、本邦企業の再進出の計画の報道も流れています。本日はイランにおけるイスラム金融についてちょっとご説明をしたいと思います。

1.背景

 ご存じの方も多いと思いますが、イスラム教はスンニー派とシーア派に大別され、イランのイスラム教徒の多くはシーア派のイスラム教を信仰しています。何故スンニー派とシーア派に分かれたのかはムハンマドの死後の後継者争いの結果であり、その経緯はほかのネット記事でも容易に調べることができるので省略します。

 イスラム法の考え方としてもシーア派は比較的柔軟な考え方がとられており、スンニー派の四法源論(クァラン、スンナ(ムハンマドの言行録)、イジュマー(法学者の合意)、キアース(類推)を法源とするもの)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%B3%95%E5%AD%A6を認めません。

 もともと、古代ペルシアの時代から先進地域であったことから、イスラム教への改宗にあたり、近隣のアラブ地域とは異なった受け入れ方をしたのかもしれませんが、そのあたりのことは調べたことがなく、よくわかりません。

 今年の1月サウジアラビア政府がイランの宗教指導者を処刑したことから、両国は断交していますが、今に始まったことではなく、昔からアラブ諸国とイランとは仲が良いとは言えないですよね。

 従って、金融の世界でも、イランは近隣のアラブ諸国との間ではあまり交流がなく、イランにおけるイスラム金融は、一般的にアラブ諸国で行われているイスラム金融とは独自の発展をしているのではないか、と考えてリサーチをしてみました。

2.法制史的背景

 イランの法制度は、もともとフランスの制度を模範としています。従って、いわゆるシビルロー(civil law)の国です。

 いうまでもなく、この国の法制度を大きく変えたのは、イラン・イスラム革命(1979年)であり、金融の世界でもイスラム金融で行うとされ、民法からは金利に関する規定が削除されています。もっとも、金利以外の名目で実質は金利と変わらないものが支払われているようです。

 ただ、刑事法や家族法に関する分野を除き、ビジネスに関連する分野においては、イランイスラム革命後も従来の制度は大きな変容は受けていないとのことです。

3.Participation paperなるイランにおけるムシャーラカ・スクーク

 アラブ諸国やマレーシアでは、いろいろなタイプのスクーク(イスラーム債)が開発されて、バラエティに富んでいるのに対して、イランにおいて発行されているのはParticipation paperとかParticipation bondと呼ばれているムシャーラカをベースにしたスクークが多いようであり、これ以外のイランにおけるスクークの情報は乏しいです。(何かご存じの方は教えてください。)(スクークに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html

 ムシャーラカとは、このブログでは何回もご紹介していますので、詳細には触れませんが、要するにイスラーム流のパートナーシップであり、日本の民法上の組合に類似しているものです。(ムシャーラカに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

 Participation paperとは、ムシャーラカの持分を有価証券化したものであり、イランにはその内容を規律する法律があります。http://eng.tpo.ir/index.aspx?siteid=5&fkeyid=&siteid=5&pageid=5274

 これは、プロジェクトの開発資金調達のために、政府、政府機関、地方公共団体などがプロジェクトの持分を表章する有価証券として発行するものであり、社債のように利息付金銭債権を表章する有価証券ではなく、実物であるプロジェクトに対する持分を表章する有価証券であるので、利息の禁止に抵触しないと考えているのでしょう。なお、民間セクターでのParticipation paperの発行も可能とされています。

 公募で発行されているものもありますし、私募で発行されているものもあります。また、テヘランの証券取引所において流通しているとのことです。

 この部分まではアラブ地域で発行されているムシャーラカ・ベースのスクークとは実質的には変わりません。

4.イランのムシャーラカ・スクークの特色-その1

 一言でいうと、ほかのイスラム圏のものと比べて、イスラム教の考え方が緩いのではないか、と思われるのです。 そういえば、スンニー派では偶像崇拝を厳格に禁止しているのに対して、シーア派は寛容と言われていますし…。

投資契約であるムシャーラカ(musharaka)をベースとしたスクークであれば、調達した資金によるプロジェクトの成否によって、投資家に対する利益配当は異なりますし、損失が生じた場合の元本保証がないのが論理的と思います。

 ところが、Participation paperでは次の項目で述べる「仮利益」と称する一定の利益配当が定められており、現地の法律により、政府等のプロジェクトの場合には、政府による利益配当の保証、民間プロジェクトの場合には、発行体による利益配当の保証が必要とされています。

 しかも、調べてみると、随分とマージンが高いのです。配当が10パーセント以上のものが沢山あり、中には20パーセントに及ぶものも報道されています。これって本当ですか?と言いたくなるのですが…。

 ムシャーラカの目的は、事業者と資金提供者とが事業リスクを分配しあうことにあるので、元本保証ができないというのが、イスラム法の一般の考え方であるはずですが、イランのParticipation paperはそのような考え方ではないという特色が挙げられます。

 これに対して、アラブ地域で発行されるムシャーラカ・スクークでは、正面から投資家に対する利益保証を行っているものはありません。

5.イランのムシャーラカ・スクークの特色ーその2

 「仮利益」(provisional profit)という概念が使われている点がもう一つの特色です。

 ムシャーラカの考え方としては、出資をした事業の終了時に精算をして、利益が出ていれば投資家に分配し、そうでなければ分配はない、ということになります。ところが、Participation paperにおいては、期中において「仮利益」という名目で一定の割合による配当が行われます。そして、事業の終了時に全期にわたる収支計算をして、「仮利益」の総額よりも全期にわたる利益が大きければ、その余剰分をさらに事業の終了時に受け取ることができます。逆に「仮利益」の総額のほうが、全期にわたる利益よりも大きい場合、つまり「払い過ぎ」の場合でも、投資家は払い過ぎの分を発行体に返還する必要はなく、「払い過ぎ」のリスクは全て発行体(あるいは保証を行っている政府等)がとるというものです。

 要するに、投資家はダウンサイドのリスクはとらないというものです。

 投資家にダウンサイドのリスクを取らせないという考え方は、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは見た記憶がなく、これもイラン独自の考え方ではないかと思います。

 アラブ地域でのムシャーラカ・スクークにおいては、西欧型の社債と同じように期中における定額の配当をするための仕組みとしては、投資家に対する定額の配当に必要な分を除き、プロジェクトからの利益をインセンティブ・フィーなどの名目で、発行体らに帰属させ、残った利益を定額の配当として投資家に支払うというパターンがとられています。(このようなやり方自体がイスラム教に合致しているのかという議論はありますが)こうしたスキームを取ることにより、実質は定額の配当であっても、形式としては投資家と事業者とがリスクを共有するという仕組みを維持するようにしています。

 従って、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは定額の配当を正面から宣言するような仕組みになっておらず、イランよりも厳格な考え方ではないかと思われるのです。

6.発行体が倒産したら?

 過去に発行されたParticipation paperは政府関係のプロジェクトであり、政府保証がついているものが多数のようですので、発行体の倒産リスクは問題にしなくてもよいのかもしれません。しかし、純然たる民間プロジェクトにおいて、Partcipation paperが発行された場合はどうなるのでしょうか?やはり倒産処理が気になるところであり、イランにおける倒産処理については、別の機会にコメントをしたいと考えています。

以上

(2016年6月24日一部修正)

 

 

2016年4月23日 (土)

イスラム金融(60)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(5)商品の売買が含まれる預金の受け入れと同様の経済的効果を有する取引

今回は、平成27年のイスラーム金融に関する監督指針の改正の5回目となります。

1.コモディティ・ムラーバハによる預金

改正された銀行の監督指針の(3)の②として、「…商品の売買が含まれる預金の受入れと同様の経済的効果を有する取引(法第10条第1項第1号に該当するものを含む。)…」と書かれています。

これはコモデティ・ムラーバハによる貸し付け類似行為と逆のパターンとなります。すなわち、預金者は商品市場においてコモデティを預金元本相当額で購入して、これを銀行に延べ払いで売却します。この預金者の銀行に対する延払い債権は、元本に一定のマージンを加えた金額に設定され、この延払い債権が預金者の預金債権に該当することとなります。銀行は、預金者から購入したコモディティを即時に商品市場において売却し、元本相当額を入手することになります。

スキーム図を付けましたので、ダウンロードをしてご覧ください。

「scheme_of_murabaha_deposit.pptx」をダウンロード


銀行は商品市場において即時にコモディティを売却しますので、結局残るものは預金者の銀行に対する延払い債権(=預金債権)ということになります。銀行は、預金者の代理人(wakala) として、預金者のために商品市場においてコモディティを購入しますので、結局預金者としては銀行に対して預金するお金を渡すだけで済むわけです。

改正された監督指針によれば、コモディティとしては商品取引所において売買できる物品をいうとされており、かつ商品に関するリスクを取らないとされていますので、即時売却可能でかつ瑕疵担保などの商品に関する責任を問われないような物品に限定されることになると考えられます。

2.その他の預金形式

イスラーム金融における預金としては、上記のようなコモディティ・ムラーバハを利用したもの以外に、我が国の匿名組合に類似するムダーラバ預金とか、代理を意味するワカラ預金とか、さらにはパートナーシップに類似するムシャーラカ預金を利用しているものがあり、ムダーラバ預金などはイスラーム地域ではかなり一般的なものと聞いているのですが、改正された監督指針においては、こうした方式の預金は正面からは認められていません。

その理由は公刊物では明らかではないのですが、ムダーラバ、ワカラ、ムシャーラカは、それぞれ、匿名組合契約、代理、民法上の組合に近い契約類型ですが、銀行の付随業務として銀行法第10条第2項に列挙された取引に匹敵するものがないという考え方ではないかと思われます。

また、実質的に考えた場合、ムダーラバ、ワカラ、ムシャーラカは投資契約としての性格を有するので、金銭の消費寄託のように、預金者に対する元本保証が法的な権利として認められないということで、我が国の銀行法でいう預金取引に類似する取引とは認めがたいという判断がなされたとも考えられます。

元本保証が法的に認められない類型を預金取引と扱うには、監督指針の改正ということではなく、銀行法本体の在り方も再検討をする必要があり、厖大な検討期間が必要となるので、こうした取引類型について、監督指針の改正で正面からは認めなかったのではないかと思います。

平成27年の銀行の監督指針の改正に関する過去の記事は以下の通りです。

総論http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)…「売買」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/57272-732b.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(2)…「賃貸」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/582732-1169.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(3)…「顧客の行う事業に係る権利の取得」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/592743-4670.html

以上

2016年4月14日 (木)

イスラム金融(59)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(4)貸付と同様の経済的効果を有する取引(3)

平成27年の監督指針の改正による銀行本体によるイスラーム金融の解禁については、

総論http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)…「売買」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/57272-732b.html

貸付と同様の経済的効果を有する取引(2)…「賃貸」http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/582732-1169.html

の記事を書きましたが、今回はその第4回目となります。

3.「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「顧客の行う事業に係る権利の取得が含まれる場合」

a.  「顧客の行う事業に係る権利の取得」という文言からはイメージが湧きにくいですが、パブコメ等によれば、ムダーラバやムシャーラカといった本来は投資型とされるイスラーム金融の手法を、貸付と同様の目的で利用した場合を念頭に置いているとされています。

ムダーラバやムシャーラカについては、過去の記事でご紹介をしていますので、そちらをご参照ください。ムダーラバ→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html 

ムシャーラカ→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

   ムダーラバは法制史的には日本法の匿名組合契約と同じく中世の地中海貿易におけるコンメンダが元になっており、匿名組合契約に似ています。また、ムシャーラカは、民法上の組合ないしパートナーシップと類似している契約です。

  資金提供者が資金需要者である顧客に対して出資を行うことにより、顧客の事業からの収益の分配にあずかるという点を「顧客の行う事業に係る権利の取得」という表現で規定しているのではないかと思います。パブコメ回答等ではムダーラバとムシャーラカがこれに該当すると書かれていますが、その他、代理(ワカラ)も同様の性格を有する取引に使われる場合があるので、代理(ワカラ)もこれに含まれるように思われます。

b.  ムダーラバまたはワカラによる貸付

  一つにはSPCを経由したシンジケーション・ローンが考えられます。イスラーム金融によるファイナンス(たとえば前回の例でいえば、イスティスナァとイジャーラとの組み合わせによるプロジェクト・ファイナンス)を行うためにSPCを作り、そのSPCに対する融資をムダーラバまたはワカラで行うという仕組みです。SPCの行うイスラーム金融の仕組みが西欧型金融と実質的に同じく、元本の貸付けを行い、元利金の支払いを受けるというものであれば、それをそのままSPCを経由してパススルーさせると、ムダーラバ(またはワカラ)の配当は元利金の支払いと同様の支払いが行われることになります。そうすると、ムダーラバ(またはワカラ)であっても、貸付と同様の経済的効果を有する取引ができることとなります。何故SPCを間に入れているのかについては、それなりの理由があるようであり、この点は別の機会に述べたいと思います。

  もう一つは、ムダーラバまたはワカラにおいて、匿名組合員にあたるラブ・アル・マールに対する分配または本人に対する分配が一定額を超えた場合には、超えた分を全てインセンティブ・フィーとして匿名組合の営業者であるムダーリブまたは代理人に配当するという仕組みにするというものです。これによって、匿名組合員にあたるラブ・アル・マールまたは本人に対する分配は、ディフォルトが生じない限り、結果的には定額の分配(元利金に相当する支払)のみになりますので、貸付と同様の経済的効果のある取引になるわけです。このやり方は、ムダーラバをベースとしたスクークにみられるものですが、以前このブログで扱ったことがある、2008年2月にAAOIFIが出したスクークに関する声明以後、シャリーア適格上問題があるということで、案件数は減ったとの情報があります。

  以下の過去のブログ記事をご参照ください。

イスラム金融(23)AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html

c. ムシャーラカによる貸付

  当時の金融庁の担当者の書いた雑誌記事を見ると、ディミニッシング(diminishing)・ムシャーラカ(musharakah)というムシャーラカの応用版を念頭に置いているようです。ディミニッシング・ムシャーラカとは以前このブログ記事でムシャーラカについて書いた時に扱っております。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

  詳細は過去の記事を参照していただくとして、要するに、金融機関と借り手が出資を行って不動産を取得するとします。ここで、金融機関は金銭を出資するわけですが、これが貸出の実行に相当します。そして、取得した不動産は金融機関と借り手との共有財産になるわけですが、借り手はWa'adと呼ばれる買取約束(Purchase Undertaking)に基づき、金融機関の持分を徐々に買い取ります。これが元金の返済に相当します。

  これによって、貸付と類似の取引ができるわけであり、プロジェクトの建設工事であれば、金融機関と借り手が出資を行って、第三者であるEPCコントラクターにプロジェクトの建設工事を行わせることを目的としたパートナーシップを組成し、完工後徐々に借り手は金融機関の有するプロジェクト資産の持分を買い取るという仕組みを使っているものもあります。

  なお、上記の例において、元本の返済期間中は借り手は金融機関の持分を賃借し、賃料を支払います。これが利息の支払いに相当するわけです。借り手は金融機関の持分を有償で使用するので、不動産またはプロジェクトから発生する果実である収益については、借り手に帰属させるということになると考えられます。

  上記のWa'adについては、過去の記事で扱っていますので、そちらをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.html

  なお、ムラーバハでも住宅ローン類似の取引は可能であり、マレーシアではムラーバハ構成の住宅ローン類似取引が盛んに行われ、判例もいくつもあります。ところが、監督指針によれば、同じ住宅ローンでもムラーバハはダメと考えられます。ムラーバハの対象商品が取引所で売買される商品であるとされているからです。ところが、ムシャーラカの場合にはそのような制限がないので、住宅の取得が「顧客の行う事業に係る権利の取得」に含まれると読み込むことができれば、ムシャーラカでは可能ということになり、その点、釈然としないものがあります。

以上

 

 

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