イスラム金融(61)イランにおけるイスラム金融(1)
イランイスラム共和国(Islamic Republic of Iran)に対する制裁(sanction)が一部解除され、本邦企業の再進出の計画の報道も流れています。本日はイランにおけるイスラム金融についてちょっとご説明をしたいと思います。
1.背景
ご存じの方も多いと思いますが、イスラム教はスンニー派とシーア派に大別され、イランのイスラム教徒の多くはシーア派のイスラム教を信仰しています。何故スンニー派とシーア派に分かれたのかはムハンマドの死後の後継者争いの結果であり、その経緯はほかのネット記事でも容易に調べることができるので省略します。
イスラム法の考え方としてもシーア派は比較的柔軟な考え方がとられており、スンニー派の四法源論(クァラン、スンナ(ムハンマドの言行録)、イジュマー(法学者の合意)、キアース(類推)を法源とするもの)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%B3%95%E5%AD%A6を認めません。
もともと、古代ペルシアの時代から先進地域であったことから、イスラム教への改宗にあたり、近隣のアラブ地域とは異なった受け入れ方をしたのかもしれませんが、そのあたりのことは調べたことがなく、よくわかりません。
今年の1月サウジアラビア政府がイランの宗教指導者を処刑したことから、両国は断交していますが、今に始まったことではなく、昔からアラブ諸国とイランとは仲が良いとは言えないですよね。
従って、金融の世界でも、イランは近隣のアラブ諸国との間ではあまり交流がなく、イランにおけるイスラム金融は、一般的にアラブ諸国で行われているイスラム金融とは独自の発展をしているのではないか、と考えてリサーチをしてみました。
2.法制史的背景
イランの法制度は、もともとフランスの制度を模範としています。従って、いわゆるシビルロー(civil law)の国です。
いうまでもなく、この国の法制度を大きく変えたのは、イラン・イスラム革命(1979年)であり、金融の世界でもイスラム金融で行うとされ、民法からは金利に関する規定が削除されています。もっとも、金利以外の名目で実質は金利と変わらないものが支払われているようです。
ただ、刑事法や家族法に関する分野を除き、ビジネスに関連する分野においては、イランイスラム革命後も従来の制度は大きな変容は受けていないとのことです。
3.Participation paperなるイランにおけるムシャーラカ・スクーク
アラブ諸国やマレーシアでは、いろいろなタイプのスクーク(イスラーム債)が開発されて、バラエティに富んでいるのに対して、イランにおいて発行されているのはParticipation paperとかParticipation bondと呼ばれているムシャーラカをベースにしたスクークが多いようであり、これ以外のイランにおけるスクークの情報は乏しいです。(何かご存じの方は教えてください。)(スクークに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html
ムシャーラカとは、このブログでは何回もご紹介していますので、詳細には触れませんが、要するにイスラーム流のパートナーシップであり、日本の民法上の組合に類似しているものです。(ムシャーラカに関する一般論については、過去のブログをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html
Participation paperとは、ムシャーラカの持分を有価証券化したものであり、イランにはその内容を規律する法律があります。http://eng.tpo.ir/index.aspx?siteid=5&fkeyid=&siteid=5&pageid=5274
これは、プロジェクトの開発資金調達のために、政府、政府機関、地方公共団体などがプロジェクトの持分を表章する有価証券として発行するものであり、社債のように利息付金銭債権を表章する有価証券ではなく、実物であるプロジェクトに対する持分を表章する有価証券であるので、利息の禁止に抵触しないと考えているのでしょう。なお、民間セクターでのParticipation paperの発行も可能とされています。
公募で発行されているものもありますし、私募で発行されているものもあります。また、テヘランの証券取引所において流通しているとのことです。
この部分まではアラブ地域で発行されているムシャーラカ・ベースのスクークとは実質的には変わりません。
4.イランのムシャーラカ・スクークの特色-その1
一言でいうと、ほかのイスラム圏のものと比べて、イスラム教の考え方が緩いのではないか、と思われるのです。 そういえば、スンニー派では偶像崇拝を厳格に禁止しているのに対して、シーア派は寛容と言われていますし…。
投資契約であるムシャーラカ(musharaka)をベースとしたスクークであれば、調達した資金によるプロジェクトの成否によって、投資家に対する利益配当は異なりますし、損失が生じた場合の元本保証がないのが論理的と思います。
ところが、Participation paperでは次の項目で述べる「仮利益」と称する一定の利益配当が定められており、現地の法律により、政府等のプロジェクトの場合には、政府による利益配当の保証、民間プロジェクトの場合には、発行体による利益配当の保証が必要とされています。
しかも、調べてみると、随分とマージンが高いのです。配当が10パーセント以上のものが沢山あり、中には20パーセントに及ぶものも報道されています。これって本当ですか?と言いたくなるのですが…。
ムシャーラカの目的は、事業者と資金提供者とが事業リスクを分配しあうことにあるので、元本保証ができないというのが、イスラム法の一般の考え方であるはずですが、イランのParticipation paperはそのような考え方ではないという特色が挙げられます。
これに対して、アラブ地域で発行されるムシャーラカ・スクークでは、正面から投資家に対する利益保証を行っているものはありません。
5.イランのムシャーラカ・スクークの特色ーその2
「仮利益」(provisional profit)という概念が使われている点がもう一つの特色です。
ムシャーラカの考え方としては、出資をした事業の終了時に精算をして、利益が出ていれば投資家に分配し、そうでなければ分配はない、ということになります。ところが、Participation paperにおいては、期中において「仮利益」という名目で一定の割合による配当が行われます。そして、事業の終了時に全期にわたる収支計算をして、「仮利益」の総額よりも全期にわたる利益が大きければ、その余剰分をさらに事業の終了時に受け取ることができます。逆に「仮利益」の総額のほうが、全期にわたる利益よりも大きい場合、つまり「払い過ぎ」の場合でも、投資家は払い過ぎの分を発行体に返還する必要はなく、「払い過ぎ」のリスクは全て発行体(あるいは保証を行っている政府等)がとるというものです。
要するに、投資家はダウンサイドのリスクはとらないというものです。
投資家にダウンサイドのリスクを取らせないという考え方は、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは見た記憶がなく、これもイラン独自の考え方ではないかと思います。
アラブ地域でのムシャーラカ・スクークにおいては、西欧型の社債と同じように期中における定額の配当をするための仕組みとしては、投資家に対する定額の配当に必要な分を除き、プロジェクトからの利益をインセンティブ・フィーなどの名目で、発行体らに帰属させ、残った利益を定額の配当として投資家に支払うというパターンがとられています。(このようなやり方自体がイスラム教に合致しているのかという議論はありますが)こうしたスキームを取ることにより、実質は定額の配当であっても、形式としては投資家と事業者とがリスクを共有するという仕組みを維持するようにしています。
従って、アラブ地域でのムシャーラカ・スクークでは定額の配当を正面から宣言するような仕組みになっておらず、イランよりも厳格な考え方ではないかと思われるのです。
6.発行体が倒産したら?
過去に発行されたParticipation paperは政府関係のプロジェクトであり、政府保証がついているものが多数のようですので、発行体の倒産リスクは問題にしなくてもよいのかもしれません。しかし、純然たる民間プロジェクトにおいて、Partcipation paperが発行された場合はどうなるのでしょうか?やはり倒産処理が気になるところであり、イランにおける倒産処理については、別の機会にコメントをしたいと考えています。
以上
(2016年6月24日一部修正)
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