イスラム金融(57)平成27年銀行本体によるイスラム金融の解禁(2)貸付と同様の経済的効果を有する取引(1)
前回においては、平成27年銀行本体によるイスラーム金融の解禁について総論的な話を書きました。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/56271-ff68.html今回からは各論に移ります。
改正された監督指針においては、貸付、預金、デリバティブについて、「同様の経済的効果を有する取引」という定め方をしています。改正された監督指針については、金融庁のHPをご覧になってください。http://www.fsa.go.jp/news/26/ginkou/20150401-3.html
本日はパブコメ回答及び金融庁の方が書かれている文献(全国銀行協会「金融」818号3頁以下)(以下両者を合わせて「パブコメ回答等」と略す。)を参考に、各取引類型ごとに検討をしてみたいと思います。
1.「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に商品の売買が含まれる場合」
a. 商品の売買が含まれるイスラーム金融の類型の代表的なものとしては、ムラーバハ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html )とサラム(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_ad49.html )があります。
ただし、監督指針によれば、ここでの「商品」は「取引所において売買することができる物品をいう。」と規定されています。従って、ムラーバハでも、取引所で売買される金属やパーム油を使った、「コモディティ・ムラバーハ」が対象になっていると考えられます。パブコメ回答等でもそのように書かれています。
b. ムラーバハとは、以前のブログで解説したとおり、資金提供者(イスラーム銀行)が商品をXリンギで購入し、これを直ちに資金需要者(借主)に、代金延払いで転売します。転売代金はXリンギに金利分を上乗せした価格とするので、資金需要者が商品を受け取った後は、資金提供者の資金需要者に対する転売代金債権が残ることになり、これによって、利息付の金銭消費貸借と同様の取引を意図しているものです。
コモディティ・ムラーバハのうちでもタワルックといわれる取引があります。タワルックにおいては、売買の対象となる商品は取引所で売買される金属やパーム油などを使っており、資金需要者は商品を受け取ったら直ちに取引所で売却して、現金化します。一連の取引を即時に行えば、結果的には資金提供者は資金需要者に対する延払い債権を取得し、他方、資金需要者はXリンギの現金を受け取ることになるので、金銭の借り入れをしたことと同様になるわけです。わかりにくい方は図をご参照ください。→「tawarruq2.pptx」をダウンロード 上の図が銀行が資金提供者になった場合を前提としています。
タワルックについては、そのイスラーム法(シャリーア)適格性に関して、イスラーム法学者の間では見解の対立があるようですが、活発に行われており、タワルックを利用したスクーク(イスラーム債)も発行されています。
「監督指針」においては、取引所で売買される商品を使った売買とされていますので、おそらくタワルックのような取引を念頭に置いているものと考えられます。
もっとも、「貸付と同様の経済的効果を有する取引」であったとしても、イスラーム法(シャリーア)による制約は存在し、例えば、遅延損害金を課することは原則として認められないという問題もあります。
c. 従って、ムラーバハでも以前このブログで紹介をしたマレーシアのBai 'al Bithaman Ajil(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/55-7e2d.html)を利用した個人向けの住宅ローンに相当するものは対象外になると考えられます。売買の対象が取引所で売買されていない住宅だからです。
筆者は、ムラーバハは輸出金融におけるバイヤーズ・クレジット・ローン(いわゆるバイクレ・ローン)(解説→http://www.city-yuwa.com/explain/ex_glossary/detail/buyers_credit.html)に向いていると思っていました。海外でもムラーバハによるバイクレ・ローンが行われた事例があるようです。しかしながら、特定物が売買の取引の対象の場合におけるムラーバハが、監督指針上容認されないとすると、何らかの工夫をしない限り、ムラーバハによるバイクレ・ローンは難しいように思われます。
d. 次に、「監督指針」においては、「当該商品の売買代金に係る信用リスク以外に商品に関するリスク…を銀行が負担していないこと」と書かれています。コモディティ・ムラーバハは商品の売買と転売の形式をとっているので、商品の売買に付随する様々なリスクに晒される可能性があるのですが、海外の例ではムラーバハ契約の契約書またはこれに付随する書面において、金融機関が信用リスク以外のリスクを取らないように工夫されているものがあります。
この点について論じると、論点が多岐にわたりますので、このブログ記事ではパブコメ回答にあるものを中心に書きます。
パブコメ回答3番では、「物件の売買に関して借入人の事務の代理行為を行うことは一般的に可能」と述べているのは、コモディティ・ムラーバハ取引の実態において、借入人に相当する資金需要者が取引所で商品の売買を行うことは行っておらず、資金提供者が商品の取引にかかる手続をいわば代行しているからです。これは資金提供者が商品の取引にかかる手続を、一手に行うことにより、事務的なミスにより即時に売買が行われず、その結果銀行が商品の価格の変動リスクに晒されることを回避する目的があると筆者は考えています。
次に、資金提供者が商品を取引所で購入したのに、資金需要者が買い取りを拒否した場合、資金提供者である銀行は現物を保有することになり、その価格の変動リスクにさらされる可能性も理論上はあります。このような場合に備え、資金需要者にはあらかじめ商品の買い取りについて一方的約束(Undertakinng) (Wa'ad(ワアド)と呼ばれています。)をさせ、一方的約束に反した場合には、資金供給者がこうむった損害を賠償させるといった対応がとられています。Wa'ad(ワアド)については、以前解説をしたことがありますので、そちらの記事をご参照ください。→イスラム金融(19)「特約条項」の項目http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.html
また、パブコメ5番のコメントでは「資金の出し手(銀行)の商品売買に関する損害は資金の受け手が補償する」という契約文言を入れることにより、銀行が信用リスク以外のリスクを負わないようにするということも書かれていますが、パブコメ回答ではこれだけで信用リスク以外のリスクを全部回避できるかどうかは疑問という趣旨のことが記載されています。
e. これまで述べたコモディティ・ムラーバハ以外に、サラムの中にも取引所で売買される金属を使ったイスラーム金融の取引があります。パブコメ回答等においては、こうしたサラムが「貸付等と同様の経済的効果を有する取引」であって、「当該取引に商品の売買が含まれる場合」に該当するのか否か、特に言及されていませんが、サラムを使った流動性資金の調達も行われていますので、これを排除するものではないと思われます。
次回は、「貸付と同様の経済的効果を有する取引」の2つ目であるイジャーラやイスティスナァを扱います。