イスラム金融(53)プライベート・エクイティ・ファンド(2)
イスラーム流プライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)の解説の続きです。前回分はこちらをご参照ください。→「イスラム金融(52)プライベート・エクイティ・ファンド(1)」(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/521-7c64.html )
1.Debt型取引に従事することの可否
我が国の投資事業有限責任組合法では、投資先が一時的にキャッシュ・フローが不足したときを想定して、ファンドから投資先へ融資をすることが認められていますし、外国の例では投資効率を上げるためにファンドにおいて借入をすることも行われています。
西欧的ファイナンスではこうした取引を、金利付きローンで行う訳ですが、前回のブログでも書きました通り、理論上は、金利の禁止は投資先の事業のレベルだけではなく、ファンドのレベルでも適用されます。従って、ファンド自体も金利付きの取引(たとえば利息付借入)ができないと考えるイスラーム法学者もいます。
そこで、シャリーア(イスラーム法)に準拠したプライベート・エクイティ・ファンドにおいては、イスラーム法で認められたイジャーラ(リース)やムラーバハといった契約類型を用いることによって、金利付きローンと同様の経済効果を達成しようとしています。
イジャーラに関する解説はこちらをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html また、ムラーバハに関する解説はこちらをご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html
ファンドから投資先へ融資をする場合を想定しますと、イジャーラやムラーバハといったイスラーム金融の手法を利用する場合でも、貸金業規制法の適用が問題となると考えられます。このことは、銀行法施行規則が改正された際の金融庁のパブリックコメントにおいて、イジャーラとかムラーバハといった取引は、貸付と経済的実質が同じであるため、貸金業規制法の適用を受けるという趣旨のことが述べられています。従って、運用を担当するジェネラル・パートナーは、貸金業の登録をすることが必要となるのではないかと考えられます。
また、不動産に関するイジャーラやムラーバハであれば不動産特定共同事業法の適用も考えられますし、イジャーラやムラーバハに利用する資産がその他の規制の対象である場合には、こうした実物取引に関する規制法の適用を受けると考えられるので、ファンドから投資先へDebt型取引により資金提供するために、イスラーム金融を利用するのはハードルが高いと考えられます。
さらに、イジャーラやムラーバハを我が国で行う場合には、消費税がかかる可能性があります。イジャーラを利用した米国における不動産ファンドの実例では、Tax Matter Agreementなる契約を締結し、取引の形式は不動産賃貸借であるが、実質は金利付きローンであると規定して、これによって内国歳入庁に金融取引とみなしてもらっている事例もありますですが、日本の国税庁を相手にこうした交渉は困難なものと思われます。
もっとも、ファンド資金のDebt型取引への利用について、すべてイスラーム金融の手法によらなければならないかどうかについては、前回のブログで述べた投資対象のスクリーニング基準と同様に、例外が認められる可能性もあるのではないか、と筆者は考えています。
2.ファンドの余資運用
何等かの原因でファンドに現金が滞留した場合、これを金利が発生する預金口座において保管することができるのでしょうか?シャリーア適格のPEファンドであるためには、余資運用についても検討を要すると思われます。これは上記の項目1の論点と問題の性質は同じと考えられます。
金利の禁止について厳しい立場で考えると、シャリーア適格のファンドの場合、金利付きの預金口座や国債で余資を運用できないので、これをムラーバハとかイジャーラといったイスラーム法で認められた方法で運用すべきことになると思われますが、わが国の国内でこれを行った場合には、現物取引として消費税等の税金がかかるなど、上記の項目1の「Debt型取引に従事することの可否」で述べた問題が発生するのではないかと考えられます。
そうだとすると、ファンドに現金を滞留させず、すぐに投資家に分配するような仕組みにせざるを得ないのでしょうか…。
もっとも、金利の禁止の厳格さの程度については、シャリーア(イスラーム法)学者の間でも意見が一致していないようですので、少額であれば金利付きの預金口座や国債などで余剰資金を運用することを認めてもらえるかも知れません。
3.投資先のモニタリング
投資先の選定については前回のブログで書かせていただきましたが、投資先のモニタリングもシャリーア・ボードの意見に従って行われます。
こうした点の表れとして、投資先との投資契約書においては、投資先がシャリーア違反の事業を行わないように、誓約条項(covenants)において投資先の事業活動に縛りを入れるということが海外では行われているようです。例えば、金利付き借り入れをしない、あるいはスクリーニング基準に照らして許される限度でしか金利付き借り入れをしない、といったものは代表的な条項と考えられます。
前回のブログで述べたとおり、投資先が一切金利付きの借り入れをしてはならないとされているわけではなく、一定の限度での金利付き借り入れを認めているようです。但し、金利付きの借り入れをしている投資先会社がある場合、シャリーア・ボードは、当該会社に対して、3年以内に金利付き借り入れを解消し、ムラーバハとかイジャーラといったイスラーム法上認められている資金調達方法に変更するように指導をする場合もあるという情報もあります。これはイスラーム教が人口の太宗をしめる地域での話ですが、実際に日本の会社を投資先とする場合、シャリーア・ボードがどの程度シャリーア順守を要求するのか関心のあるところです。万一、イスラーム法に従った資金調達方法に変更するよう指導を受けたとしても、現在の銀行法施行規則の運用では、日本国内では銀行がイスラーム金融子会社を設立することは認められていませんので、金利付き銀行借り入れを、イスラーム金融に変えることが困難となるからです。そうすると、デット・エクイティ・スワップか何かを使って、金利付き負債をなくす方法が考えられますが、シャリーア順守という目的で日本の金融機関がそのようなことをするかどうかは疑問ですね。
もう一つの問題としては、投資契約締結時には投資先はシャリーア違反ではなかったが、その後違反が生じる場合どうするかという問題があります。例えば、金利付きの借り入れをしている会社を想定すると、投資時には総資産に対する借入金の比率が低かったので、投資先のスクリーニング基準に反しなかったが、その後会社の総資産が減少し、借入金の比率が上昇し、投資先のスクリーニング基準に抵触したような場合です。
海外の例では、こうした場合、PEファンドに関する契約書において、イスラーム投資家がopt-outするという条項を入れることがありますし、あるいはイスラーム投資家が異議を述べるということにしているというのがあります。もっとも、このような条項は日本の投資事業有限責任組合法11条においては組合員の任意脱退を禁止しているので、有効性に問題があるかも知れません。
4.ファンドの法律構成
海外でのイスラーム流PEファンドは、リミテッド・パートナーシップ(すなわち、投資家は有限責任パートナーとして出資し、無限責任パートナーが投資先の選択、投資先のモニターといった役割を果たす。)の形態をとるものが多く、会社形態のファンドは少ないようです。
我が国でリミテッド・パートナーシップ類似の形態によるファンドを組成するとしたら、投資事業有限責任組合法による投資事業有限責任組合または商法上の匿名組合あたりを利用することになるとかんがえられ、そうすると、ファンド持分は金融商品取引法における「2項有価証券」と扱われるのではないかと思います。
準拠法の選択としては、日本法でもできるはずです。但し、シャリーア(イスラーム法)に抵触しない内容でないと、シャリーア適格のプライベート・エクイティ・ファンドとはみなされません。イスラーム法と準拠法の選択の問題については、本ブログで扱ったことがありますので、そちらをご参照ください。
↓↓↓↓↓↓
「イスラム金融(9)準拠法の選択とイスラム法」
「イスラム金融(44)準拠法の選択とイスラム法(その2)」
「イスラム金融(24)わが国の実体法との調和」
「イスラム金融(39)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その6)(シャリーア(イスラム法)と世俗法との衝突に関する判例)」
5.ファンドの運用者
イスラーム流のPEファンドにおけるファンド・マネージャーは、イスラーム法ではムダーラバにおけるムダーリブ(ムダーラバとはイスラーム流の匿名組合契約であり、ムダーリブとは匿名組合の営業者に該当する。)またはワカラ(代理)と構成されています。
ムダーラバにおけるムダーリブの場合、ムダーラバの営業から利益が生じた場合(すなわちファンドの運用によって利益が生じた場合)にのみ、予め投資家との間で合意された割合に従って、利益分配を受けるので、固定報酬は原則としてありません。
これに対して、ワカラ(代理)の場合、固定報酬が原則となっていますが、現代のシャリーアの解釈としては、変動報酬も認める説もあるようです。
我が国においてイスラーム流PEファンドを投資事業有限責任組合または匿名組合として組成するならば、ファンド・マネージャーについては、原則として金融商品取引法に基づく登録が必要となるといった点は、通常のプライベート・エクイティ・ファンドとは異ならないと考えられます。
6.イスラーム投資家と非イスラーム投資家の共同投資形態
イスラーム流PEファンドには、西欧型のファンドにはない数々の制約があります。例えば、前回のブログで述べたPurification(浄化、cleansing)の要請のために、せっかくの投資の利益の一部を慈善団体に寄付するというのは、非イスラーム投資家にとって投資意欲を減殺する要素と感じられることは多いと思います。
そこで、海外では、イスラーム投資家が投資するファンドと非イスラーム投資家(「世俗投資家」(Secular Investors)とも呼ばれる)が投資するファンドを分けて、相互に影響を与えないようにするスキームが考案されています。このようなアプローチを"ring-fence"アプローチと言っており、同じ発想によるアプローチは、プロジェクト・ファイナンスの世界でも、同一のプロジェクトにおいてイスラーム金融と西欧型の金融とが併存する場合に採用されています。
方法として考えられるものとしては、
a. シャリーア適格のパートナーシップとシャリーア不適格のパートナーシップとを並行的に両立させ、一緒に投資させるもの(双方のパートナーシップとジェネラル・パートナーとの間で「共同投資契約」を締結する。)
b. イスラーム投資家用のフィーダー・ファンドと非イスラーム投資家用のフィーダー・ファンドを作り、両方のファンドから実際の投資活動を行うマスター・ファンドに資金を供給するというもの
が考えられます。
aとbの違いは、マスター・ファンドを作るかどうかにあります。bのスキームにおいて、マスター・ファンドは、シャリーア・ボードの助言に従って運用されますが、マスターファンドに資金を供給する非イスラーム投資家用のフィーダー・ファンドは、シャリーア・ボードの助言に従わず、運用されますので、例えば、金利付きの預金で余資を運用することや金利付きの借り入れを起こして、レバレッジを効かせるということも可能となります。
いずれのスキームにおいても、非イスラーム投資家用にシャリーア不適格のパートナーシップを作ります。非イスラーム投資家は、シャリーア不適格のパートナーシップに出資をします。このパートナーシップにおいては、シャリーア適格を考える必要がないので、前回のブログで述べた「浄化」(Purification, Cleansing)などは必要ではありません。従って、投資先の会社の事業に含まれるシャリーア不適格な営業からの収入(たとえば、ホテルのバーからの収入や金利収入)を慈善団体に寄付する必要はなく、非イスラーム投資家への配当に回すことができます。
但し、aとbいずれのスキームにおいても、投資先の選定等については、イスラーム投資家の意思を尊重し、前回のブログで述べたシャリーア適格の投資先のスクリーニング基準によって投資されます。ポイントは「浄化」(Purification)によって慈善団体に寄付することによって、ファンドの非イスラーム投資家の配当に回らない収益を可及的に少なくするところにあります。
aとbのいずれのスキームにおいても、イスラーム投資家用のファンドと非イスラーム投資家用のファンドでは、「浄化」(Purification)の要否が異なるので、双方のファンドの間でファンドからの収益に関して、例えば次のようなウォーター・フォールを作ることになります。
第1順位:イスラーム投資家と非イスラーム投資家との出資割合に応じて、イスラーム投資家が受領できる金額を上限として、シャリーア適格な収入のみをイスラーム投資家へ配当する。
第2順位:シャリーア適格の収入だけでは不十分な場合は、シャリーア不適格な営業からの収入が混じっているファンドの収益を、イスラーム投資家が受領できる金額を限度として、イスラーム投資家用のファンドへ配当する。(但し、シャリーア不適格な営業からの収入については、「浄化」(Purification)として慈善団体へ寄付する。)
第3順位:残りを非イスラーム投資家へ配当する。
海外のイスラーム流プライベート・エクイティ・ファンドでは、こうしたストラクチャリングが採用されているものもあるのですが、個別のファンドの組成にあたって、イスラーム法(シャリーア)上認められるかどうかについては、当該ファンドの設立にかかわったシャリーア学者の意見によるので、常に可能かどうかは確実とは言えません。また、わが国の投資事業有限責任組合法や商法上の匿名組合に関する規定との関係でこうしたウォーター・フォールを作ることが可能かどうかといった問題も検討する必要がありますが、一つの解決策として興味深いものと思われます。
先日、新聞記事その他で日本初のシャリーア適格のプライベート・エクイティ・ファンド(PNB-INSPiRE Ethical Fund)が設立された旨が報道されており、PNB-INSPiRE Ethical Fundの仕組み図 (→http://www.inspirecorp.co.jp/pief/ )もネット上で公表されていますが、この点はどのように解決しているかは明確ではありません。念のため、中小企業基盤整備機構のプレスリリースに出ている仕組み(→http://www.smrj.go.jp/fund/chosa_joho/press/087720.html )も見てみましたが、ring-fenceアプローチは採用されているかどうかは記載されていません。ring-fenceアプローチの採用もシャリーア・ボードの意見のお墨付きが必要となりますし、取引全体の仕組みも複雑になるので、採用しないということで割り切っているのかも知れませんね。
以上