イスラム金融(51)担保代理人(Security Agent)
前回(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/httpshoko-hajim.html )に引き続き中東地域における担保権について解説します。
1.外国人による土地または株式保有の制限
前回のブログでは、(i) イスラーム法(シャリーア)における担保権では担保権者が担保物を占有することが必要だが、制定法において担保権者が担保物を占有しない抵当権類似の担保権が認められているということ、そして(ii) 中東地域では不動産登記制度が整備されていないという事情があり、これが不動産担保設定の障害となっていることを解説しました。(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/httpshoko-hajim.html )
これ以外に中東地域において担保権設定をする場合の障害と考えられるものとしては、外国人による不動産所有を制限しているので、担保物を外国のレンダーが取得できないという問題があります。(外国人による株式所有も制限している国が多いので同様の問題があります。)
従って、担保権の登記を現地の金融機関を担保権者としたり、担保代理人の説明で述べる担保関連書類を現地の金融機関に預けるといったスキームがとられているようです。
2.中東地域には信託制度がないこと
既に、前々回の「イスラム金融(49)中近東諸国の制定法」の項目で述べたとおり、(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/49-38cd.html)もともと中近東諸国の制定法は、フランス法を母法としてイスラーム的脚色を加えて成立しています。従って、Common Lawと呼ばれる英米法とCivil Lawと呼ばれる大陸法との対立で分類すれば、中近東諸国はCivil Law Jurisdictionと言われています。フランス法などを中心とする大陸法系の国では、元々は信託制度を持っていませんでした。そのような伝統を承継している中近東諸国の法律でも信託制度はありません。 【注:イスラーム法と信託については、「イスラム金融(12)イスラム法と信託」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/12_0d97.html )をご参照ください。waqf(ワクフ)と呼ばれる制度との関係を記載しました。】
ところで、英米法の下では信託を利用したスキームがいろいろと考案されており、担保権信託(Security Trust)というものがあります。
担保権信託についてはこのブログで一度扱ったことがありますが(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/cat20375820/index.html )、そのスキームは、担保権設定者である債務者が信託の委託者となって、担保物を信託の受託者に信託し、債権者は信託の受益者となるというものです。図をご参照ください。(→「scheme_of_security_trust.pptx」をダウンロード) シンジケーションローンのようにレンダーが複数あって、将来レンダーの変更が予想される場合には便利なスキームだと思います。
筆者には、信託を使った担保設定が常に必要とは思えないのですが、英国や米国の弁護士たちは担保権信託を使いたがるという傾向にあり、彼らに言わせると、「Civil Law Jurisdictionである中東地域には、信託制度が無いので担保パッケージの設計に障害がある。」とのことです。
3.担保代理人(Security Agent)
このように担保制度が未整備であり外国人の土地や株式所有に制限があるところで、外国のレンダーのために担保パッケージを作る仕組みとして考案されたのが、担保代理人(Security Agent)の仕組みであり、これはプロジェクトファイナンスやイスラーム債(スクーク)において、しばしば利用されているものです。
まず図をご参照ください(→「scheme_of_security_agent.pptx」をダウンロード )アップロードをした図は、サウジシェブロン石油化学プロジェクトにおける担保代理人のスキームを図に示したものです。要するに、信託制度がない法域において、担保権信託と同様の仕組みを作るために、債務者である担保権設定者は、代理人を選任し、代理人に担保物関連書類を預けるというものです。
4.アドゥル('adl)という概念
このような担保代理人構成には二つほど解決しなければならない問題があります。
一つは、担保代理人は本人である債務者(担保権設定者)の代理人ですから、信託の受託者のように、債権者(担保権者)に対して忠実義務や善管注意義務を負うものではありません。そこで、担保代理人が債権者(担保権者)のために行動するような仕組みを作る必要があります。
この問題を解決するために、イスラーム法に'adlと呼ばれる概念があるのを利用しています。アドゥル('adl)とはイスラーム法における訴訟法の証人適格などでも使われている概念であり、公平な第三者としての義務を負っている者といった意味であるそうです。
元々、サウジアラビアの実務として、担保権を設定する際に、土地の権原証書などのような担保物に関連する書類を第三者に預託するという実務がありました。アドゥル('adl)に預けた書類は、当事者の合意がなければ、アドゥル('adl)から占有を奪うことができないとされています。このような実務を前提として担保代理人にアドゥル('adl)としての義務を負わせるというものです。
これによって、担保代理人に担保権信託の受託者と同様に、債権者(担保権者)に対して忠実義務や善管注意義務に類似した義務を負わせることにしているわけです。
5.代理権授与撤回自由の原則
もう一つの問題は、イスラーム法上の代理とは、いつでも撤回できる(revokable)というのが原則で、本人である債務者(担保権設定者)が担保代理人を自由に解任できるとなると、債権者(担保権者)の地位は著しく不安定になるという問題です。
この点を解決する方法として、イスラーム法上代理はいつでも撤回できる原則の例外として、代理権の授与が第三者の利害に関する場合には撤回できないという考え方があるので、この考え方を援用して撤回ができない代理権と構成するというものです。
そのために、契約書の前文などにおいて、担保代理人は単なる代理ではなく、債権者の利害にかかるものであることを明記しています。
6.その他の問題
このようにして、英米法における担保信託と類似したスキームとして担保代理人の仕組みが考案されているわけですが、例えばプロジェクトの建設が進み日々新たなプロジェクト資産が出来上がる場合、自動的に担保代理人の占有に移るわけではないので、新たに出来上がった資産を担保パッケージに追加する旨の合意をしています。
以上が担保代理人(Security Agent)の仕組みです。