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2014年4月

2014年4月29日 (火)

イスラム金融(51)担保代理人(Security Agent)

前回(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/httpshoko-hajim.html )に引き続き中東地域における担保権について解説します。

1.外国人による土地または株式保有の制限
  前回のブログでは、(i) イスラーム法(シャリーア)における担保権では担保権者が担保物を占有することが必要だが、制定法において担保権者が担保物を占有しない抵当権類似の担保権が認められているということ、そして(ii) 中東地域では不動産登記制度が整備されていないという事情があり、これが不動産担保設定の障害となっていることを解説しました。(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/httpshoko-hajim.html )

  これ以外に中東地域において担保権設定をする場合の障害と考えられるものとしては、外国人による不動産所有を制限しているので、担保物を外国のレンダーが取得できないという問題があります。(外国人による株式所有も制限している国が多いので同様の問題があります。)

  従って、担保権の登記を現地の金融機関を担保権者としたり、担保代理人の説明で述べる担保関連書類を現地の金融機関に預けるといったスキームがとられているようです。

2.中東地域には信託制度がないこと
  既に、前々回の「イスラム金融(49)中近東諸国の制定法」の項目で述べたとおり、(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/49-38cd.html)もともと中近東諸国の制定法は、フランス法を母法としてイスラーム的脚色を加えて成立しています。従って、Common Lawと呼ばれる英米法とCivil Lawと呼ばれる大陸法との対立で分類すれば、中近東諸国はCivil Law Jurisdictionと言われています。フランス法などを中心とする大陸法系の国では、元々は信託制度を持っていませんでした。そのような伝統を承継している中近東諸国の法律でも信託制度はありません。 【注:イスラーム法と信託については、「イスラム金融(12)イスラム法と信託」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/12_0d97.html )をご参照ください。waqf(ワクフ)と呼ばれる制度との関係を記載しました。】

  ところで、英米法の下では信託を利用したスキームがいろいろと考案されており、担保権信託(Security Trust)というものがあります。

  担保権信託についてはこのブログで一度扱ったことがありますが(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/cat20375820/index.html )、そのスキームは、担保権設定者である債務者が信託の委託者となって、担保物を信託の受託者に信託し、債権者は信託の受益者となるというものです。図をご参照ください。(→「scheme_of_security_trust.pptx」をダウンロード) シンジケーションローンのようにレンダーが複数あって、将来レンダーの変更が予想される場合には便利なスキームだと思います。

  筆者には、信託を使った担保設定が常に必要とは思えないのですが、英国や米国の弁護士たちは担保権信託を使いたがるという傾向にあり、彼らに言わせると、「Civil Law Jurisdictionである中東地域には、信託制度が無いので担保パッケージの設計に障害がある。」とのことです。

3.担保代理人(Security Agent)
  このように担保制度が未整備であり外国人の土地や株式所有に制限があるところで、外国のレンダーのために担保パッケージを作る仕組みとして考案されたのが、担保代理人(Security Agent)の仕組みであり、これはプロジェクトファイナンスやイスラーム債(スクーク)において、しばしば利用されているものです。

  まず図をご参照ください(→「scheme_of_security_agent.pptx」をダウンロード )アップロードをした図は、サウジシェブロン石油化学プロジェクトにおける担保代理人のスキームを図に示したものです。要するに、信託制度がない法域において、担保権信託と同様の仕組みを作るために、債務者である担保権設定者は、代理人を選任し、代理人に担保物関連書類を預けるというものです。

4.アドゥル('adl)という概念
  このような担保代理人構成には二つほど解決しなければならない問題があります。

  一つは、担保代理人は本人である債務者(担保権設定者)の代理人ですから、信託の受託者のように、債権者(担保権者)に対して忠実義務や善管注意義務を負うものではありません。そこで、担保代理人が債権者(担保権者)のために行動するような仕組みを作る必要があります。

  この問題を解決するために、イスラーム法に'adlと呼ばれる概念があるのを利用しています。アドゥル('adl)とはイスラーム法における訴訟法の証人適格などでも使われている概念であり、公平な第三者としての義務を負っている者といった意味であるそうです。

  元々、サウジアラビアの実務として、担保権を設定する際に、土地の権原証書などのような担保物に関連する書類を第三者に預託するという実務がありました。アドゥル('adl)に預けた書類は、当事者の合意がなければ、アドゥル('adl)から占有を奪うことができないとされています。このような実務を前提として担保代理人にアドゥル('adl)としての義務を負わせるというものです。

  これによって、担保代理人に担保権信託の受託者と同様に、債権者(担保権者)に対して忠実義務や善管注意義務に類似した義務を負わせることにしているわけです。

5.代理権授与撤回自由の原則
  もう一つの問題は、イスラーム法上の代理とは、いつでも撤回できる(revokable)というのが原則で、本人である債務者(担保権設定者)が担保代理人を自由に解任できるとなると、債権者(担保権者)の地位は著しく不安定になるという問題です。

  この点を解決する方法として、イスラーム法上代理はいつでも撤回できる原則の例外として、代理権の授与が第三者の利害に関する場合には撤回できないという考え方があるので、この考え方を援用して撤回ができない代理権と構成するというものです。

  そのために、契約書の前文などにおいて、担保代理人は単なる代理ではなく、債権者の利害にかかるものであることを明記しています。

6.その他の問題
  このようにして、英米法における担保信託と類似したスキームとして担保代理人の仕組みが考案されているわけですが、例えばプロジェクトの建設が進み日々新たなプロジェクト資産が出来上がる場合、自動的に担保代理人の占有に移るわけではないので、新たに出来上がった資産を担保パッケージに追加する旨の合意をしています。

以上が担保代理人(Security Agent)の仕組みです。

  
  

2014年4月23日 (水)

イスラム金融(番外)過去の記事の目次

イスラム金融に関するブログ記事も50件を超えましたので、一度体系的に整理してみました。リンクも付けてあります。大分古い記事もあり、現在では修正をしなければならないところもたくさんありますが、ブログという性質上ご愛嬌ということでお許しください。

イスラーム法全般

イスラム金融(9)準拠法の選択とイスラム法
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/9_0c9c.html

 イスラム金融(44)準拠法の選択とイスラム法(その2)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/44-e6bb.html

イスラム金融(39)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その6)(シャリーア(イスラム法)と世俗法との衝突に関する判例)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/39ifsb6-480c.html

イスラム金融(6)利息の禁止と源泉徴収税
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/6_0169.html

イスラム金融(36)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その3)(マレーシアのイスラム金融商品の規制)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/36ifsb3-e5e0.html

イスラーム法学者とシャリーア委員会

イスラム金融(35)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その2)(シャリーア・ボード(シャリーア委員会))
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/35ifsb2-b750.html

イスラム金融(2)ファトゥワ(fatwa)と先例拘束
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/fatwa_d981.html

【イスラーム金融の手法

イスラム金融(1)ムダーラバ
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html

イスラム金融(10)ムシャーラカ
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

イスラム金融(13)ムラーバハ
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html

イスラム金融(20)サラム
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_ad49.html

イスラム金融(21)イスティスナア
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/21_54fc.html

イスラム金融(15)イジャーラ
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html

イスラム金融(3)スクークと社債と株式の比較
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html

イスラム金融(23)AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html

イスラーム法(シャリーア)とイスラーム諸国の法律

イスラム金融(49)中近東諸国の制定法
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/49-38cd.html

イスラム金融(12)イスラム法と信託
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/12_0d97.html

イスラム金融(7)担保
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/7_1478.html

イスラム金融(50)イスラム法と担保
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/httpshoko-hajim.html

イスラム金融(51)担保代理人(Security Agent)

イスラム金融(18)債権譲渡とスクークの譲渡性
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/18_987b.html

イスラム金融(22)債権の譲渡担保
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/22_e346.html

イスラム金融(19)特約条項
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.html

イスラム金融(5)契約の有効性ー商品の有用性
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/5_c07e.html

債権保全と倒産処理

イスラム金融(38)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その5)(イスラム金融に関する紛争処理-マレーシア)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/38ifsb5-0037.html

イスラム金融(8)外国判決および外国仲裁判断のサウジ・アラビアにおける強制執行
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/8_6677.html

イスラム金融(16)イスラム諸国の破産法
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html

 

イスラム金融(40)UAE(アラブ首長国連邦)DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法-その1
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/40uaedifc-062b.html

イスラム金融(41)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法ーその2

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/41uaedifc2-39f8.html

イスラム金融(42)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法ーその3
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/42uaedifc3-c41d.html

イスラム金融(37)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その4)(倒産と資産保全)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/37ifsb4-fa18.html

 

スクーク(イスラーム債)のディフォルト事例の研究】

イスラム金融(33)スクーク(イスラーム債)のディフォルト事例
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/33-aaa6.html

【シャリーア適格投資ファンド】

イスラム金融(11)投資ファンド
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/11_9305.html

イスラム金融(52)プライベート・エクイティ・ファンド(1)

イスラム金融(53)プライベート・エクイティ・ファンド(2)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/532-6c8a.html

【我が国におけるイスラーム金融の取り組み】

イスラム金融(26)銀行法施行規則の改正
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/26-0b4c.html

イスラム金融(27)銀行法施行規則の改正(2)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/272-10ba.html

イスラム金融(28)銀行法施行規則の改正(3)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/283-d35f.html

イスラム金融(29)銀行法施行規則の改正(4)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/294-c325.html

イスラム金融(30)銀行法施行規則の改正(5)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/305-4d01.html

イスラム金融(31)銀行法施行規則の改正(6)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/316-99f6.html

イスラム金融(32)銀行法施行規則の改正(7)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/327-edb3.html

イスラム金融(43)平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.html

イスラム金融(48)スクーク(イスラム債)に関する雑誌記事を執筆しました
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/48-3683.html

イスラム金融(45)マレーシアの弁護士を相手とした日本版スクークについてのプレゼンテーション
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/48-3683.html

イスラム金融(46)日本版スクークによる震災復興資金調達
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/48-3683.html

イスラム金融(47)日本版スクーク(J-Sukuk)の準拠法と発行地の選択
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2012/04/47j-sukuk-2173.html

イスラム金融(24)わが国の実体法との調和
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/24-595b.html

その他いろいろ

イスラム金融(4)石油とM&A
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/4ma_565d.html

イスラム金融(14)アブダビ政府系ファンドによる神戸医療特区への投資
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/14_8590.html

イスラム金融(17)我が国におけるイスラム法研究の現状
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/17_10cd.htm

イスラム金融(25)我が国におけるイスラム法研究の現状(2)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/252-8e49.html

イスラム金融(34)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その1)
http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/34ifsb1-ee36.html

イスラム金融(50)イスラム法と担保

前回のブログでは中東地域における制定法について書かせていただきました。(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/49-38cd.html )今回は、中東地域における制定法に関連して、担保の話を書かせていただくことにします。実は以前にもイスラム金融(7)担保という表題で、この問題を扱ったことがあるのですが(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/7_1478.html )、大分古い記事になりますので、今回はもう少し掘り下げた記述をしたいと思います。

1.イスラーム法における担保
  イスラーム法は法典を持たない不文法ですが、担保や保証は認められています。ところが、担保については、わが国における質権や留置権のように、担保権者(債権者)が担保物を占有する担保権しかありません。これは預言者ムハンマドが、ユダヤ人から食糧を買うのに、鎧を担保に差し出したという伝承(スンナ)によるもので、フランス民法典にイスラーム的脚色を加えて成立したオスマントルコ帝国の民法典(メジェッレ(マジャッラ)(Mejelle))においては、質権や留置権に相当する担保権しか認めていないと言われています。これはイスラーム法において物に対する現実的な支配を重視するという伝統の表れと考えられます。

2.制定法における担保
  イスラーム法は法典を持たない規範ですが、イスラーム法域においても制定法があり、制定法における担保権には、わが国における抵当権のように、担保権者(債権者)が担保物を占有しない担保権を認めています。

  たとえばアラブ首長国連邦(UAE)の民法では、占有を伴わない担保権として、わが国の抵当権に類似する規定があります(UAE 民事取引法1399条以下)。登記をもって第三者に対する対抗要件とする規定もありますが(UAE 民事取引法1422条)、登記は効力発生要件でもあるという点で(UAE 民事取引法1400条)、抵当権設定者と抵当権者との合意で設定できるわが国の抵当権とは異なります。アラブ首長国連邦の民法典の日本語訳も去年あたりに出版されていますので、ご関心のある方はそちらをご覧ください。

  もっとも、一般論として、中東地域において不動産登記制度が十分機能していないという指摘も聞きます。Bloombergの調査によれば、サウジアラビアで住宅金融において、不動産担保を利用しているのは7パーセント以下、UAEでも17パーセントであるとされており、不動産担保の利用率は低いようです。これが登記制度の運用が原因か、あるいは他の要因があるのか、厳密な検証が必要ですが、具体的な案件の取り上げにあたっては現地での不動産登記制度が機能しているかどうかの調査が必要と思われます。

3. サウジアラビアの不動産担保
   サウジアラビアとオマーンでは制定法としての民法典を持たず、不文法であるイスラーム法(シャリーア)が適用されています。不動産担保取引の方法としては、公証人による担保権の権原証書への記録と担保権者による権原証書の占有によって、担保不動産の占有が擬制されるという考え方がとられているようです。

  ところが、1980年代から、サウジアラビアの公証人たちは、イスラム法(シャリーア)において利息が禁止されているところから、銀行を担保権者とする権原証書への記録を拒否するようになり、(i)(バレた時のリスクを覚悟で)銀行の役員や従業員を担保権者とする申請をしたり、(ii)担保物を銀行に売却するとと同時に借入金返済時に担保物を返還する旨の別契約を締結するといったことが行われていたようです。

  しかしながら、さすがにイスラーム法の墨守では現代的な要請にこたえられないらしく、サウジアラビアの住宅供給がひっ迫していることを背景として、2011年3月に5つの不動産金融に関する法律が制定され、不動産に関する情報を集中的に管理する制度の整備を規定していますが、いまだにそれが実行されていないという状況です。この法律は住宅金融を念頭に置いた法律であり、事業金融に適用されるかどうかは不明です。結局のところ発展途上というところでしょうか。

4. イスラーム法の緩和?…2008年ドバイMortgage Law
  ドバイでは2007年以降不動産の登録に関する制定法が作られており、2008年には、中央銀行から、ドバイにおいて不動産金融に従事するライセンスを与えられた銀行その他の金融機関のための、不動産抵当権類似の担保権に関するMortgage Lawが制定されています。(→http://www.dubailand.gov.ae/english/Tashjee/RulesandRegulations/Law%2014.pdf )新聞記事などをみると、UAE民法典では抵当権設定時において、担保物が現存することが必要となっていますが、建築中の資金調達ができるように、off-planといって未完成の建物に担保権を設定できるようにしたものとされています(Mortgage Law第24条)。

  こうした新たな立法は、住宅供給がひっ迫しているというドバイのお国事情によって、物に対する現実的支配を重視するというイスラーム法の建前を緩和しているとも考えられる訳であって、立法者がイスラーム法(シャリーア)との整合性をどのように整理したのかについては関心があるところです。

                                                 以上

【P.S.】本記事の続きとしては、「イスラム金融(51)担保代理人(Security Agent)」の項目をご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/51security-agen.html

2014年4月 7日 (月)

イスラム金融(49)中近東諸国の制定法

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/7_1478.html  最近2回ほど立て続けにセミナー会社主催のイスラーム金融に関する講演をしました。講演内容は、単にイスラーム金融に限らず、まずイスラーム法全般について扱って、そのあとでイスラーム金融固有の問題を扱うというものでした。2回のセミナーにおける質疑応答で感じたこととしては、イスラーム金融固有の問題もさることながら、イスラーム圏におけるビジネス法に関する関心が高いということでした。そこで、セミナーにおける講演内容を一部ご紹介するということで、若干の記事を書いてみたいと思います。


1.イスラーム法と世俗法
 既にこのブログにおいて何回か述べたとおり、イスラーム法は、イスラーム法学者たちによって作られた法律であり、判例法や慣習法と同様に、法典を持たない法です。イスラーム教国にも制定法はありますが、これは宗教法であるイスラーム法ではなく、「世俗法」と呼ばれています。イスラーム教徒の間では、神の作った法律のみが本当の法律と考えられており、それと区別される意味で「世俗法」という用語を使っています。イスラーム法と世俗法との関係を示した、以前作成した図を貼っておきます。「3_distinction_bet_islamic_law_secular_laws.ppt」をダウンロード


2.中東諸国における制定法
 世俗法であるイスラーム圏での制定法は、その地域や国の歴史、文化および政策によって相当異なるので、これを十把一絡げに扱うことは出来ません。もっとも、中東諸国においては、共通の傾向がみられると筆者は考えていますので、以下においては中東諸国における制定法の傾向を論じてみたいと思います。
 以下の記事を読む際に、次のスライドをダウンロードしてご覧ください。長々と書かれた記事を読むのは苦痛の方はまずこのスライドをご覧になって、説明を見たいという部分だけスクロールして読んでいただければと思います。→「overview_of_statutory_law_of_middle_east_countries.pptx」をダウンロード

3.イスラーム法の成立
 言うまでもなく、イスラーム教は預言者ムハンマド(モハメッド)(632年没)が創始者です。預言者の生きた時代はちょうど日本に聖徳太子(622年没)が生きていた時代と同じで6世紀から7世紀にかけて活躍した人物であったわけです。イスラーム法は、聖典クアラン(コーラン)とスンナと呼ばれる預言者の死後にまとめられた預言者の言行録をベースに、その後のイスラーム法学者らによる合意と類推によって形成されたものです。
 このようにして成立したイスラーム法は、宗教的戒律に基づく規範に基づいたものですが、当時のアラビア半島における商慣習も取り入れたものと言われています。

4.オスマントルコ帝国の民法典
 このように元々イスラーム法は、学者が作った法律としてイスラーム教徒の間で共有される規範として機能していたと考えられますが、近代に至り欧米諸国との対立において近代的な成文法の法典を制定する必要が感じられるようになりました。そこで、オスマントルコ帝国(1299年~1922年)(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%B8%9D%E5%9B%BD)では、フランス法を参考に民法典および商法典の制定作業が開始され、メジェッレ(マジャッラ)(Mejelle)と呼ばれる民法典が1877年に完成しています。このオスマントルコ民法典は、後述のエジプト民法典とともに、中東諸国の民法典に大きな影響を与えたものと言われており、オスマントルコ帝国滅亡後も自国の民法典が制定されるまで、民法典として使われていたとのことです。

オスマントルコ民法典は、オスマントルコ帝国で支配的であったハナフィー派のイスラーム法に基づいており、現代のイスラーム金融に従事する実務家の間では、ハナフィー派のイスラーム法を調査するための資料として使用されています。
オスマントルコ民法典の英訳はアマゾンでも入手可能なもので、内容的には日本の民法と同様にパンデクテン方式(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%AF%E3%83%86%E3%83%B3%E6%96%B9%E5%BC%8F )を採用しています。後半には訴訟法に関するルールも含まれている点で、日本の民法と異なりますが、母法であるフランス民法が共通ですので、日本人にはわかりやすいものではないかと思います。

オスマントルコ民法典が基礎とするハナフィー派のイスラーム法は比較的自由な考え方であるといわれています。これは、オスマントルコ帝国が中近東、エジプトおよびヨーロッパにまたがる大帝国であって、版図に含まれる多民族と他宗教をまとめるためには、柔軟な考え方を取らざるを得なかったということが考えられます。

5.エジプト民法典
オスマントルコ民法典以上に中近東における制定法に大きな影響を与えたと言われているのがエジプト民法典です。エジプトはオスマントルコの領土でしたが、オスマントルコ民法とは独立に制定されたことには理由があります。
エジプトは19世紀にはエジプト太守職の世襲をオスマントルコ帝国に承認させ、政治的に自立していたことが、その背景になっています。

エジプト民法典は長い期間にわたって編纂作業が行われており、立法に関与した人たちは多数いたようですが、おそらくもっとも有名なのは、サンフーリー(1895年~1971年)という学者であると思います。サンフーリーはフランスで法学を学び帰国後エジプト民法の編纂に関与した学者です。

エジプト民法典も、オスマントルコ民法典と同様に、フランス民法を模範としてイスラーム的な脚色を加えて作られた法律であり、サンフーリーは中近東諸国の民法典の制定に関与し、中近東諸国全般にわたってエジプト民法典が伝播したといわれています。
エジプト民法の成立についての詳細な経緯については、優れた文献がありますので、こちらをご参照ください。→(http://www.sllr.j.u-tokyo.ac.jp/02/papers/v02part11.pdf

6.イスラーム法における担保法と債権譲渡
このように中近東諸国の民法典は、フランス民法を母法としてイスラーム的脚色を加えた制定法と考えることができると思いますが、イスラーム的脚色としてどのようなものがあるかについて、二つほど例を挙げてみます。

a. 担保法
  イスラーム法における担保法の考え方は、債権者(=担保権者)による担保物の占有を要件としています。これは預言者がユダヤ人から借金をするにあたり甲冑を担保に差し出したという故事に由来するものと言われており、オスマントルコ民法典では、わが国でいう抵当権のように債権者(=担保権者)による担保物の占有を要件としない担保権の概念がないと言われています。留置権や質権に相当する概念しかなかったわけです。
  もっとも、中東地域の制定法において、債権者(=担保権者)による担保物の占有を前提としない担保権の規定があり、この点の伝統は薄くなっていると言えるのですが、プロジェクト・ファイナンスにおいて、担保物にかかる書類を担保代理人(Security Agent)に預けるというプラクティスがあり、こうした伝統に基づいて考案されたものと考えられます。

b. 債権譲渡
  イスラーム法では、西欧的な債権譲渡の考え方が発展せず、ハワーラ(Hawala)というものがイスラーム法における債権譲渡として紹介されることがあります。ハワーラ(Hawala)とはアラビア語で「移転」を意味するとのことですが(http://en.wikipedia.org/wiki/Hawala )、日本法でいうと、債権譲渡よりも債務引受に近い面があるように思います。

  アップロードした図をご覧ください→(「hawala.pptx」をダウンロード )ハワーラとは債権の消滅原因と考えられています。乙が甲に対して負っている債務(A債権)を消滅させるために、乙は丙に対して、乙の丙に対する債権(B債権)の履行を甲に対して行わせます。その結果、乙は丙に対して有しているB債権を甲に対して譲渡したのと同じような結果となります。これがハワーラです。
  現代のハワーラは送金の方法として使われていますが、イスラーム法におけるハワーラとは上記にとおり債務引受または第三者弁済をさせることによって、債権を消滅させる行為と考えられています。
  アラブ首長国連邦の民事取引法1106条以下の規定はこうしたイスラーム法の概念が残っているところと考えられます。
  
  イスラーム法において、西欧的な債権譲渡が発達しなかった原因としては、実物取引重視のイスラーム法において抽象的な権利である債権の売買が嫌忌されたということが考えられますが、現在では緩和されてきたと言われています。アラブ首長国連邦でも、譲渡人と譲受人との合意のみで債権を譲渡することが認められており、債務者に対する対抗要件として債務者に対する譲渡通知が必要とされているとのことです。従って、アラブ首長国連邦の民事取引法の規定とは異なる、西欧的な債権譲渡が現に行われているわけです。

【注:債権の譲渡担保についてはこの記事と合わせて「イスラム金融(22)債権の譲渡担保」もご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/22_e346.html

7.自国民優遇策ないし民族資本育成策にかかる制定法
  以上述べたとおり、中東諸国における民法は、母法であるフランス法にイスラーム法的な脚色を加えたものと考えられますが、中東諸国における制定法には、自国民優遇策や民族資本育成策の表れと考えられるものもあります。

  a. 外国人による土地や株式の保有の制限
    中東諸国では外国人による土地や株式の所有が制限されている国が多く存在します。その結果として、プロジェクト・ファイナンスにおいて、プロジェクト会社(SPC)が所有する土地に担保権を設定したり、プロジェクト会社の株式に担保権を設定したりすることに障害が生じます。外国人債権者がこれを担保実行により取得することができなくなるからです。

  b. 代理店法
    中東諸国の多くでは、現地で物品を販売したりサービスを提供する事業を行うための独占的代理店を設置する場合、現地資本の代理店を起用することが必要という法律を持っています。この代理店法では代理店の登録が必要とされており、代理店契約を解除する場合、「正当な理由」が必要とされているのですが、「正当な理由」の認定が厳しいために、代理店契約を解約して現地から撤退しようとする場合、多額の補償金の支払いを求められる場合があるということです。

  外国人による土地や株式の保有の制限や代理店法は、中東地域以外の発展途上国でも見られるものであって、イスラーム法固有の問題ではないと考えられます。むしろ、イスラーム教は、異教徒に寛容な宗教と言われているのですが、上記のような自国民優遇策や民族資本育成策と考えられるような法律があるのは、中東地域は西欧諸国による植民地支配の歴史があったからではないか、と筆者は考えています。
  もっとも、中東諸国のFTA加入により徐々にではありますが、こうした自国民優遇策や民族資本育成策と考えられる規制も緩和される傾向にあるようです。
  このように、中東諸国の法律には、イスラーム的なものとは説明できないような要素も存在するわけです。

8.Free Zoneの法律
  近年中東諸国では、対内投資を促進するためにFree Zoneを設けて、Free Zone内で使われる独自の法律を制定しています。以前ドバイショックに関連してNakheel Developmentのスクークのディフォルト事例について解説をした記事がありましたが(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/40uaedifc-062b.html )、その時の記事で扱ったDIFC(ドバイ国際金融特別区; Dubai International Financial Center)もこうしたFree Zoneの一つと考えられます。DIFCでは独自の実体法と司法制度を持っています。

  こうしたFree Zoneの法律の特色としては、英国法の影響を強く受けているということであると考えられます。地理的にも中近東は英国に近く、歴史的にも経済的な結びつきが強く、英国系の法律事務所が多数中近東に事務所を持っています。英国人らからすると、フランス法を母法とする中近東諸国の法律の使い勝手が悪いので、自国の法律を移植したのでしょうか…。

  Free Zoneの法律は原則としてFree Zone内でしか使われないことにはなっていますが、アラブ首長国連邦では旧式化していると言われている連邦商事取引法に含まれる倒産処理制度に代えて、Free Zoneの倒産処理法をモデルにした新たな倒産処理法の制定を計画しているという報道もあり、今後は中東諸国の法律はコモンローである英米法化する可能性もあるのではないかと考えています。

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