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2012年3月

2012年3月29日 (木)

イスラム金融(46)日本版スクークによる震災復興資金調達

1. はじめに

昨年の大震災から1年と2週間ちょっと経過しました。

水力、火力、原子力、風力、太陽光、地熱、波力等々色々と物理エネルギーを電気に変える方法はあるわけですが、一番安価なものは原子力です。(但し、これには但書が付き、原発の廃棄にかかる最終処分コストや予想できなかった事故の処理にかかるコストを別にすれば、ということですが…。)

福島の原発事故は正にこの但書に該当する事態が発生したわけです。

電力は産業も含めて国民生活に不可欠なインフラですから、安価で大量の電力を供給できる原発を直ぐに廃棄するというのは現実的な選択ではないと思いますが、停止中の原発を再稼働させたり、あるいは新規に原発を設置するには、相当の紆余曲折があると予想されます。福島の原発は廃炉になるようですが、それに代わるものを建設するとしたら、まず反対派の説得にものすごく長い時間がかかると思われます。

ということで、原発による電力供給量の回復が難しそうだとすると、原子力以外のエネルギーをもって電力を確保する必要があるわけですが、風力や太陽光による発電は、いまだ発電効率が悪く、相当数の発電施設を建設しないと、十分な電力を確保できないと思います。新規の発電所の建設となれば、まず用地買収からしなければならず、1,2年で電力供給を復旧させることができるとは思えません。

そこで、筆者の考えとしては、、火力発電、特に既存の火力発電施設で老朽化しているものをリニューアルし、発電効率の良いものに代えるとか、既存の火力発電施設を増強するというのが、短期又は中期的な視野では一番現実的な対策ではないかと考えています。(もっとも、これは素人の思いつきであり、我が国においてどの程度老朽化した火力発電施設や増設可能な施設があるのかよく知りませんが…。)

2. 平成23年の資産流動化法と租税特別措置法の改正による特定目的信託の特別社債的受益権を利用した日本版イスラム債(スクーク)の発行

ところで、既に過去のブログ記事において、昨年度の資産流動化法と租税特別措置法の改正により、資産流動化法に規定された特定目的信託の信託受益権である特別社債的受益権を日本版のスクークとして海外のイスラム投資家向けに発行することによって、日本の証券市場を活性化させる立法措置及び税制措置を紹介しました。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.htmlをご参照ください。

平成23年度の資産流動化法と租税特別措置法の改正については、知人友人からは「どういう場合に使えるのでしょうか?」という質問を受けることがあります。

食事や飲み会の席での話ですが、日本版イスラム債(スクーク)を発行して、東北東日本大震災の復興資金を調達したらどうかというアイディアを話したところ、複数の知人友人から「面白い」と言われましたので、その想定スキームをご紹介してみたいと思います。荒唐無稽なアイディアであると笑われるかも知れませんが、所詮酒の席での酔狂のひとりごとという程度でお考えください。

3. 日本版スクーク(イスラム債)を発電施設の導入のための資金調達に利用するというアイディアについて

まずは単刀直入に、筆者が考案した想定スキームからご説明します。まずは想定スキーム図を参照ください。→「power_plant_financing_by_japanese_sukuk.ppt」をダウンロード

  • ①オリジネーターは発電事業者です。オリジネーターは不動産を所有していると仮定し、これを特定目的信託に信託し、その見返りに社債的受益権を発行されます。
  • ②オリジネーターは、この社債的受益権をイスラム債(スクーク)として海外イスラム投資家向けに販売し、その手取金を受領します。
  • ③オリジネーターは社債的受益権の販売によって得た手取金をもって、発電施設製造業者よりリニューアル又は増設する発電施設を購入します。
  • ④特定目的信託は、不動産をオリジネーターにリースバックします。
  • ⑤オリジネーターは電力需要家に売電契約に基づき電気を売ります。
  • ⑥オリジネーターは売電による利益をもって不動産のリース料の支払いをします。
  • ⑦特定目的信託が受け取ったリース料は、海外イスラム投資家への期中の信託配当金の支払いに充当されます。
  • ⑧リース期間終了時に、オリジネーターは特定目的信託との間での「買取約束(Purchase Undertaking)」又は「売渡約束(Sale Undertaking)」に基づき、信託不動産であるは不動産を買戻します。(従って、これは、オフバランス取引ではなく、オンバランス取引です。)
  • ⑨特定目的信託が受け取った不動産の買戻代金は、海外イスラム投資家への元本償還に充当されます。(従って、ノン・リコースではなく、オリジネーターの信用力に依拠したファイナンスであり、担保付きのコーポレートファイナンスと実質的には近いと考えられます。)

 火力発電用の化石燃料の相場が高いのですが、この海外イスラム投資家が例えば原油産出国の石油会社などであれば、燃料の供給には一定の配慮をしてもらえるのではないか、という期待もあります。

 但し、租税特別措置法第68条の3の2に規定されている特定目的信託による利益分配を同信託の損金に算入するための要件として、社債的受益権の引受が「機関投資家その他財務省令で定める者」によって行われる必要がありますが、原油産出国の石油会社などが含まれない場合が多いと考えられます。省令案の作成段階でこの範囲を少し広げてくれれば良かったのですが、そのような省令にはなりませんでした。

4. 経済性のある資金調達規模である必要

 酒の席では、上記のような想定スキームを話し、その場は盛り上がったのですが、冷静に考えると、疑問点は色々考えられます。

 日本国内でもIPPを中心として発電所に関するプロジェクトファイナンスの先例はあり、上記の想定スキームはこれと競合するものになりますが、プロジェクトファイナンスの場合は、ノン・リコース・ファイナンスになるので、金利が高くなるのに対して、上記の想定スキームによるイスラム金融の場合には、アセット・ベース・ファイナンスですので、資金需要者(=電気事業者)のコーポレート・ファイナンスと同程度の金利になると予想されます。また、信頼すべき統計資料は無いようですが、イスラム金融のほうが西欧型金融に比べてやや金利が低めであるということも言われています。

 従って、資金需要者のニーズに応じて各種の手法を使い分けすることが考えられます。

 しかしながら、上記のような複雑な仕組みで資金調達する場合、引受証券会社に対する手数料、信託銀行に対する信託報酬、イスラム法学者への報酬などコストがかかります。間接金融である銀行貸付の金利との比較にもよると思いますが、ある程度の規模の資金を調達するものでなければ、コストに見合わないと思います。

 そうすると、最低でも数十億円、できれば百億円以上の資金を調達する案件でないとならないと思います。本格的な発電施設であれば、百億円以上のものも考えられますが、このような大きな発電施設を急ぎで設置できる用地があるのかどうか、という疑問があります。

5. 発電所用地を信託財産とするスキーム上のネック―その1(裏付け資産の価値とスクークの額面額との乖離)

 仮に百億円を調達するとした場合、イスラム債(スクーク)の額面額は百億円となりますが、そのようなスクークを発行するためには、百億円の価値のある裏付け資産を特定目的信託に信託しなければならないのか?ということが問題となるます。

 上記の想定スキームでは不動産として、発電所用地を想定する人が多いと思います。ところが、通常、発電所用地は人口密集地には存在しないので、地価百億円の発電所用地をスクークの裏付け資産として確保できるとは想像できません。従って、例えば、信託財産である不動産の価値が10億円であれば、信託受益権の価額は10億円ということになるので、これを100億円の額面のスクークとして投資家に発行すること不可能とも考えられます。

 裏付け資産が唯一の償還原資となるノン・リコース・ファイナンスであれば、そのような結論になりますが、イスラム債(スクーク)は、資金需要者の信用力に依拠するアセット・ベース・ファイナンス(asset based finance)であって、資産から生じるキャッシュフローに依拠するアセット・バック・ファイナンス(asset backed finance)では無いので、裏付け資産の価値が厳密にスクークの額面額よりも高いことは必要ではないかも知れません。

 某金融機関に勤めているイスラム教徒の知り合いに聞いたところ、スクークの額面総額と裏付け資産の価値とは、必ずしも一致するまでの必要はないのではないか、とのことでした。

 しかしながら、スクークの額面額に比べて裏付け資産の価値が余りにも低いのは、実物取引との結びつきを重視するイスラム金融の原理からすると、許されないようにも思います。

 6. 発電所用地以外の不動産を信託財産に加えることによる解決が可能かどうか?

 そこで、スクークの裏付け資産として、発電所用地だけでは足りないのであれば、例えば、都心にある時価90億円の資金需要者の本社ビルを裏付け資産に追加して(10+90=100億円)、スクークの額面総額(100億円)と見合うようにしたらどうか、ということも考えてみたのですが、それで解決できるのかどうかは疑問があります。

a. 問題点その1(スクークの裏付け資産と資金調達目的との関連性)

 この場合、発電施設の導入というスクークによる資金調達目的と全く関係が無い、本社ビルを、スクークの裏付け資産として使えるのか、という疑問があります。

 この点に関連した資料を挙げますと、手元にあるAAOIFIのシャリーア基準は2008年度版ということで、ちょっと古いのですが、それによれば、イスラム債(スクーク)の目論見書の記載内容として、調達資金による投資及び調達資金と引き換えに取得した資産は、イスラム法(シャリーア)に準拠した投資目的に使われる必要がある旨記載されています。(シャリーア基準 5/1/8/5)

 そうすると、イスラム法(シャリーア)に適合する目的に使われるならば、資金使途は問わないとも考えられます。(→そうすると、本社ビルを裏付け資産に追加するという問題解決の糸口が見える。)

  しかしながら、ここでもう一歩踏みとどまって考えますと、イスラム債(スクーク)の基本は、投資家がスクークの裏付け資産に対する観念的な持分を保有することにより、投資家と事業者(=資金需要者)との間において、投資対象の事業のリスクを公平に負担しあう、という点にあります。この観点で考えると、投資家は信託受益権という形で、本社ビルの持分を観念的に保有していることは、投資対象である発電施設のリスクを負担していることにならないのではないか、という疑問が生じるわけです。

 もっとも、海外のスクークの発行事例を見ると、スクークの裏付け資産とプロジェクトの厳密な対応までが要求されているとも思えないので、ここまで神経質に考えなくてもよいのかも知れません。

 また、日本法の観点でいうと、資産流動化法における資産流動化の定義としては、「(裏付け)資産の管理及び処分により得られる金銭をもって、(受益証券の債務の履行)を行うことをいう。」(第2条第2項)と定められています。もっぱらスクークの額面額と裏付け資産の価値とをバランスさせる目的だけで、本社ビルを特定資産である信託財産とすることは、このような資産流動化法の趣旨にそぐわないのではないか、という疑問もあります。もっとも、資産流動化法第2条の規定は、一般的な規定ですので、柔軟な解釈が許されないわけではない、とは思いますが、疑問を呈する方はいらっしゃると思います。

b.問題点その2(投資家(スクーク所持人)が取る事業リスク)

  筆者の想定スキームでは、投資家が保有するのは、スクークの裏付け資産となった発電所用地(+本社ビル)を信託財産とする信託受益権であって、調達された発電施設ではありません。したがって、投資家は発電事業のリスクは取っていません。この点が投資家において事業のリスクを負担するというイスラム債(スクーク)の考え方に適合しているかどうか、という疑問があります。

  そもそも、イスラム金融において、「投資家が事業リスクを負担する」という意味は、ノン・リコースのプロジェクト・ファイナンスにおける金融機関によるプロジェクト・リスクの負担のように、事業から生じる収益のみを償還原資とするとといった厳格なものではないと思われます。何故なら、スクークの発行事例の殆どが、資金需要者の信用力に依拠したストラクチャーを採用しているからです。

 従って、投資の回収可能性に対して事業の成否が何らかの影響があるという程度のものでも、「投資家が事業リスクを負担する」と言えるならば、イスラム法には適合するという考え方も可能であると思います。もしも、この点についてこだわるとすれば、例えば、特定目的信託とオリジネーターである発電事業者との間のリース契約(賃貸借契約)(イジャーラ契約)において、オリジネーターの賃料支払義務を担保するために、スクークの手取金で調達した発電施設に動産担保権を設定することによって解決が出来ないかと考えています。あるいは、オリジネーターと電気需要家との間の売電契約上の電気料支払債務に質権を設定するということも考えられます。

 このようにすれば、プロジェクト・ファイナンスのように、ディフォルト発生時に、資金供給者において、プロジェクトの運営にstep inするという仕組みは確保できていませんが、担保物の如何によってスクーク所持人の債権の回収可能性に影響が出てくるので、投資家において事業リスクを取っているという説明ができないか、→これによってイスラム法上の疑問を払拭することができないか、とも考えられます。

 しかしながら、発電施設や売電契約自体は特定目的信託の信託財産になっていないので、スクークの裏付け資産自身のリスクを取っているわけではないという再反論をされるかもしれません。この辺が想像力の限界です。

 信託宣言を使っている海外の発行事例のように、自己信託によって発電施設や売電契約をも信託財産にすることが可能であれば、投資家が事業リスクを取っているということを言い易いと思うのですが、資産流動化法の下でのストラクチャリングとしては難しそうです。

 ともあれ、担保権の設定で問題解決が可能かどうかも、実際に案件を組成するさいにイスラム法学者の意見を聴取する必要がある点だと思います。

  • 実はこの原稿はかなり前に作成していたものであり、その後放置していたのですが、知り合いから公表して欲しいと言われていたので、公表することにしたものです。まだ考えがまとまっている訳ではないのですが、一石を投じるという意味で公表することにします。
  • 以上

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