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2011年7月

2011年7月20日 (水)

イスラム金融(45)マレーシアの弁護士を相手とした日本版スクークについてのプレゼンテーション

1.マレーシアの法律事務所のおけるプレゼンテーション

 先々週マレーシアへ行ってまいりました(暑かった)。滞在中は曇でしたので、赤道直下の強烈な太陽光には晒されませんでしたが、気温は朝から30度で外出をすると汗だらけになります。

 ところで、クアラルンプールの街中を歩いていると、アラブ系と思われる人を時々見かけます。現地の人の話では、この季節の中近東はもっと暑く、気温は40度台、場合によっては50度にも上がるので、避暑に来ているのだそうです。中近東は学校の夏休みも長いので、ラマダン(断食月)が始まる9月までマレーシアに滞在しているそうです。それにしても、摂氏40度の土地から摂氏30度の土地に来るというので、「避暑」になっているのでしょうか?温度差を考えると丁度良いのかも知れませんが…。

 出張目的のひとつは、イスラム金融に強いといわれる地場の法律事務所(http://www.azmilaw.com.my/)を訪問し、今年の資産流動化法及び租税特別措置法の改正により、特定目的信託の社債的受益権を活用したイスラム債(スクーク)の発行を促進するための、立法措置及び税制措置が取られたことについてプレゼンテーションをし、意見交換をすることにありました。

 世界各国に支店を持つ欧米の法律事務所ではなく、地場の法律事務所を訪問先に選んだのは、我が国の立法措置について、イスラム教徒としてどのような反応を示すか興味があったためです。(地場といっても、日本企業の現地法人の仕事もしているとのことで、日本企業にも理解があるだろう、という見込みもありましたが…。)

 そこで、パワーポイントによる資料を用意し、スライドを使って説明をしたのですが、マレーシアの弁護士たちは非常に強い関心を示し、プレゼンの最中も、プレゼンが終わってからも質問攻めに会いました。彼らにとっては外国の法改正に過ぎないはずですが、真剣そのものという感じで、納得が行くまで質問をされました。その時のパワーポイント資料→「2011_tax_reform_in_japan.ppt」をダウンロード

 なお、平成23年の資産流動化法と租税特別措置法の改正による日本版イスラム債(スクーク)の発行のための環境整備については、下記の筆者のブログ記事をご参照下さい。→「イスラム金融(43)平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置」(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.html

 我が国で日本版イスラム債(スクーク)を発行することを促進するような法改正があったことは現地の人は知らないようでした。このように強い関心を寄せて頂けることもあるので、イスラム金融の分野に限らず、我が国でも法改正について、もっと積極的に外国へ向けて情報を発信する必要があるのではないか、という感想を持ちました。

2. 日本版イスラム債(スクーク)発行の仕組みの全般

  マレーシアの弁護士たちにとって、分かりにくかったところの一つは、資産流動化法に基づく社債的受益権を発行する場合、オリジネーターがイスラム債(スクーク)の裏付けとなる資産を信託し、その見返りに信託会社より社債的受益権を取得し、これを投資家に売却するという仕組みでした。このスライドの5枚目をご覧ください。→「2011_tax_reform_in_japan.ppt」をダウンロード

 これは、社債的受益権の根拠となる資産流動化法が、信託法の改正による自己信託の創設以前に出来たものなので、社債的受益権についても、一旦オリジネーターが社債的受益権を取得した上で、投資家に売却するというスキームによらざるを得なかったと考えられます。

 これに対して、マレーシアにおけるスクーク・アル・イジャーラ(イジャーラ・スクーク)の仕組みは、発行体(SPC)が投資家に対してスクーク(イスラム債)を発行して集めた資金をもって、オリジネーターよりスクークの裏付けとなる資産を購入し、これをオリジネーターにリースバックします。そして、発行体はスクークの裏付け資産とリース契約(イジャーラ)について、信託宣言を行い、投資家のためにこれを管理するわけです。図を作成しましたので、ご参照ください。→「sukuk_al_ijara_in_malaysia.ppt」をダウンロード

 マレーシアは英国法系の国で信託制度が発達しており、日本のように厳格な業法規制が無いので、SPCを設立しそのSPCにdeclaration of trust(信託宣言;我が国の信託法では自己信託に該当するもの)をさせる、というスキームを構築しやすいのだと思います。

 そこで、マレーシアの弁護士たちには、「マレーシアはcommon lawである英国法を継受しているのに対し、civil lawを継受している日本では信託制度が発達しておらず、英国法でいうdeclaretion of trustがあまり活用されていない。」という点を強調したところ、納得してもらえたようです。

 この論点に関するやり取りにおいて、日本の資産流動化法による社債的受益権の発行の場合、一旦オリジネーターが信託受益権である社債的受益権を取得したうえで、投資家宛に発行するスキームが、イスラム法(シャリーア)に違反するという話は出ませんでした。従って、特定目的信託の(特別)社債的受益権を日本版スクーク(イスラム債)の発行のためのツールにするということは、イスラム法的にも可能なことであろうと考えられます。ただ、海外の発行事例とはスキームが少し違うので、実際に発行する際には、この点の海外投資家に対する説明には手間がかかりそうです。

3. 「あらかじめ定められた金額の分配を受ける受益権(=社債的受益権)」

. 筆者として、資産流動化法改正において一番気になっていたのは、あらかじめ定められた金額による配当しか認めていない社債的受益権がイスラム法(シャリーア)適格な商品と言えるのかどうか、という点でした。

 法改正の内容については、http://www.fsa.go.jp/common/diet/177/02/sinkyuu.pdfの161頁あたりをご覧ください。また、筆者の疑問の詳細については、過去の記事をご参照ください。→「イスラム金融(43)平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置」(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.html

 この点についてマレーシアの弁護士たちは、一定のベンチマークを基準とする配当を定めるスクークでも一応イスラム法(シャリーア)適格なものと認められているので、問題は無いのではないか、と答えてくれたのですが、更に踏み込んで、商品設計としてあらかじめ定められた額による配当以外のものはこの法律で出来ないということまで、イスラム法学者に説明した場合、それでもイスラム法(シャリーア)適格であるという意見をもらえるかどうか、という質問をしたところ、「うーん…。」と黙りこんでしまいました

ということで、以前のブログ記事でも記載した問題点は未解決のままです。

4. (特別)社債的受益権の商品性

  その他指摘を受けた点としては、社債的受益権の場合、最終支払日に元本が一括償還されるパターンしかなく、期中において少しずつ返していくのが認められないとすると、投資家の選択が狭くなるのではないかということでした。もっともこの点については、イスラム投資家は、最終償還日までスクーク(イスラム債)を保有していることが多く、彼らの嗜好という点では、それほど妨げにはならないのではないか、ということを言った弁護士もいました。(個人的にはこの点はちょっとピンと来ないものがありましたが…。)

5. 日本版スクークにおける投資家の権利

  また、イスラム法(シャリーア)的見地でいうと、投資家がスクークの裏付け資産に対する何らかの権利を持っているのか、という点も関心があるようでした。これは、イスラム法(シャリーア)においては、スクーク(イスラム債)とは、社債とは異なり、投資家がスクークの裏付け資産に対して観念的な持分を持っていると考えられているところに由来すると考えられます。そこで、特定目的信託の(特別)社債的受益権についても、同様のことが言えるのかどうか、という点の質問も受けました。

 common lawを継受しているマレーシアにおいては、legal titleと対比されるbeneficial interestの概念があり、スクークの裏付け資産のlegal titleはスクークの発行体が保有していても、スクーク所持人は裏付け資産に対するbeneficial interestを持っていると考えられますので、投資家はスクークの裏付け資産に対する観念的な持分を持つというイスラム法(シャリーア)の原理と整合性のとれた法律構成が可能です。

 我が国にも信託制度はありますが、legal titleとbeneficial interestに分けて、受益者が物権的な権利を持つと説明するのは一般的な考え方ではなく、信託法では信託受益権の性質について債権と整理しています(信託法第2条第7項参照)ので、イスラム法(シャリーア)の原理と調和的ではない感じもします。

 この点については、日本には英国法のようなbeneficial interestの観念が無く、マレーシアで考えられているような投資家の権利と同じものがあるかどうかは疑問があるが、信託財産は受益者のために行動する信託受託者によって管理され、受益者には信託財産の管理処分にかかる意思決定を行う仕組みがあるので、必ずしも投資家が何もスクークの裏付け資産に対する権利を有していないとまでは言えないのではないか、という説明を行ったところ、マレーシアの弁護士たちは納得顔をしていました。

 従って、この点についてもイスラム法(シャリーア)適格性に疑問が生じるというわけではないようです。

6. マレーシアでの投資家の募集

  日本版スクークの投資家をマレーシアで募集する場合どうなるのか、ということも議論になりました。例えば、日本の証券会社が元引受けとなり、日本の特定目的信託が発行した(特別)社債的受益権を引受け、更にマレーシアの証券会社がサブ・アンダーライターとなってマレーシアの投資家向けに募集するとした場合、マレーシアの投資家は日本の証券取引所を通じて日本版スクークの取引をするということが考えられます。

 ただ、マレーシアの弁護士の話では、マレーシアにおいてはスクークの発行は証券取引委員会によって細かく規制されており、規制で雁字搦めにされているとのことです。従って、マレーシアへ日本版スクークを持ち込む場合、マレーシアにおける規制がどのようにかかってくるのかについては、今後検討を要する課題と思いました。残念ながら、詳細についてディスカッションをする時間がありませんでしたが。

 マレーシアの法律事務所のおけるプレゼンテーションの内容については、マレーシアの法律事務所のニュースレターに、筆者が記事を寄稿し、マレーシアの弁護士においてマレーシア法の観点からの加筆をした上掲載することを約束してきました。ニュースレターは8月末か9月頃に発行される予定ですので、興味のある方はその頃に、こちらのwebサイトをご訪問ください。→http://www.azmilaw.com.my/resources-a-newsletters/azmilaw-newsletter

【追記:2011年9月12日】マレーシアの法律事務所のニュースレターに掲載されて筆者の記事のpdfファイルを添付しました。「azmilawnewsletter_issue_28_septemberoctober_2011.pdf」をダウンロード

ご興味のあるかたはご覧ください。

7. インドネシアのスクーク市場

 以上が日本版スクークについての話ですが、インドネシアにおけるイスラム金融の現状についても質問をしてみました。

 ご存知の方も多いと思いますが、インドネシアは世界最大のイスラム教徒人口を抱える国ですが、イスラム金融においてはマレーシアほど脚光を浴びたディールがありません。現にインドネシアではスクーク(イスラム債)の発行のためのスクーク法が制定されているとのことですが、隣のマレーシアほど活発に発行されていないようです。

 彼らの話によれば、インドネシアにはスクーク法があるが、制定当初にスクークの発行が行われたもののその後はあまり使われていないとのことです。その原因としては、スクークの発行に関連する他の法規、例えば税法、不動産法といった実体法の整備が進んでおらず、制度的インフラの整備が不十分であるとのことです。

 とりわけ彼らが問題を感じているのは、インドネシアはcivil lawを継受しているので、英国流の信託制度が無く、従ってbeneficial interestの概念も無いので、他の法域において使われているスクーク(イスラム債)発行のスキームを移植することが困難であるとのことです。従って、インドネシアでは信託ではなく、会社制度に基づくSPCを使ったスクークを発行せざるを得ないとのことでした。

 そのようなわけで、インドネシアにおけるイスラム金融は、個人向けの金融が中心であり、残高ベースでいえば規模が小さいものに留まっているのが現状であるとのことです。

 世界的に見ると、資産の証券化の領域では、信託のみならず会社方式によるSPCも頻繁に使われているのに対して、スクーク(イスラム債)の発行の場合には、信託を使っているケースが圧倒的多数を占めています。そのようなことから、信託を使わないとイスラム投資家に受け容れやすいスクークが作れないのかも知れません。あるいは、会社方式による場合、一般の事業会社同士の取引で発生する課税を回避するスキームが作りにくいのかも知れません。この辺は、もう少し突っ込んだ質問が必要でしたが、時間切れでした。

 

 いずれにしても、同じcivil lawに属する我が国のあり方を考える上で参考になることではないかと思いました。

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