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2011年2月

2011年2月23日 (水)

イスラム金融(44)準拠法の選択とイスラム法(その2)

最近イスラム金融の研究を熱心にされている金融関係者の知合いから、準拠法の問題について、格付機関も注目している面白い判例があることを教えて頂きましたので、そのご紹介させて頂くとともに、筆者の考えを述べてみたいと思います。最後におまけで判例の分析に基づき、イスラム金融の契約において有効と考えられる条項を列挙してみましたので、判例の分析を読むのが退屈な人や結論だけ知りたい人は、一気に最後のセクションまでスクロールをして読んでください。

面白いという判例は、イギリスの判例で、"The Investment Dar Co KSCC vs. Blom Developments Bank Sal"([2009]EWHC3545(Ch), 2009WL5386898)という事件に関するものです。原文→http://learn.westlawbusiness.com/PDFs/Investment_Dar_Co_KSCC_v_Blom_Developments.pdf

幾つかの英国系の法律事務所のHPには、判例評釈が掲載されていますので、関心のある方は、上記の判例の名称でインターネットによる検索をされれば、見つけることが出来ます。

1. 事案の概要

原告(被控訴人)はBlom Developments Bank Salというレバノンのイスラム銀行(以下「Blom銀行」という。)であり、被告(控訴人)は、The Investment Dar Co KSCCというクェートの投資会社(以下「TID」という。)です。被告(控訴人)であるTIDは、以前このブログにおいてスクーク(イスラム債)のディフォルト事例に関する記事(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/33-aaa6.html)で扱ったスクーク(イスラム債)のオリジネーターでもあります。

これはイスラム法では「ワカラ」(Walala)と呼ばれる、日本法でいうと代理に該当する契約に関する訴訟事件です。ワカラについては、いずれこのブログでも中近東のプロジェクト・ファイナンスで頻繁に使われている「担保代理人」方式ないしエージェント方式による担保ストラクチャーに触れながら扱ってみたいと考えていますが、ここでは実質は日本法における代理と大差が無いもの、という程度の説明で次に進みます。

本件では、Bloom銀行はMaster Wakala Agreement(マスター・ワカラ契約)をTIDとの間で締結し、代理人であるTIDに対して、合計2回総額11.5百万米ドルを預託しています。同契約において、TIDは、投資期間の終了時において、Blom銀行に対して、当初の支出(Capital Sum)に加えて、予め合意された固定額のリターンを支払う旨の約定がなされていました。

ちなみに、ワカラ(代理)もイスラム金融を組成するために利用される制度の一つであり、イスラム預金とかイスラム保険(タカフル)では、ポピュラーなものです。

ところが、TIDが信用不安に陥ったために、Blom銀行はTIDを相手に、当初の支出(Capital Sum)と合意されたリターンの支払いを求め、英国の裁判所に出訴したわけです。

2. 争点と裁判所の判断

被告(被控訴人)であるTIDは、同社の定款の会社の目的において、シャリーア(イスラム法)違反の行為には従事できない旨規定されているにもかかわらず、本件マスター・ワカラ契約に基づく取引は、シャリーア(イスラム法)が禁じる金利付の預金にあたるもので、本件取引は、TIDの会社の目的の範囲外の行為であって、無効と主張しました。法律に通じている方はご存知だと思いますが、"ultra vires"の問題です。

第1審では、TID敗訴。TIDは控訴しましたが、第2審でも敗訴しました。結局のところ、TIDは、Blom銀行に対して、当初の支出部分(Capital Sum)(=元本に相当)を支払うよう命じられました。リターンの部分の支払いは命じられていません。

3. シャリーア(イスラム法)違反の主張に対する英国裁判所の考え方-1(Beximco Pharmaceuticals Ltd. vs. Shamil Bank of Bahrain, E.C.事件との比較)

第1審と第2審では、結論が同じであるものの、結論に至る理由は若干違います。注目されているのは、第1審と第2審の理由の相違点ではないので、この点の説明は省略します。

注目されているのは、第1審及び第2審とも、裁判所は、TIDの会社の目的の範囲外の行為は無効であるという主張は、"arguable"なもので、シャリーア(イスラム法)違反であるかどうかは、更に正式裁判(trial)を実施して決めるべき争点である、という判示をしている点です。

結論的には、TIDは敗訴しているのですが、以前にこのブログで紹介をしたBeximco Pharmaceuticals Ltd. vs. Shamil Bank of Bahrain, E.C. ([2004]APP.L.R.01/28)(以下「Shamil銀行事件」という。)過去のブログ記事→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/9_0c9c.html)とは、異なった論理でシャリーア(イスラム法)を扱っている点が、注目されています。

以前のブログでご紹介をしたShamil銀行事件でも、債務者の側はシャリーア(イスラム法)違反の契約であって無効である旨を主張したのですが、英国の裁判所は、シャリーア(イスラム法)は準拠法とはなりえないという理由で、一刀両断に債務者のシャリーア(イスラム法)違反の主張を斥けています。

これに対して、本件では、TIDが定款でシャリーア(イスラム法)違反の取引に従事できないことを定めていることを前提に、定款に定める会社の目的の範囲内か否かを判断するための準拠法は、TIDの設立地であるクェートの法律であり(日本の国際私法の通説も設立準拠法主義です。)、クェートの法律に照らしてそれが会社の目的の範囲外であれば、本件ワカラ(代理)取引は会社の目的の範囲外の行為として無効となりうるというのはarguableな抗弁である旨を述べており、Shamil銀行事件のように、シャリーア(イスラム法)違反の主張を全く考慮しないという立場とは異なるわけです。

もっとも、Blom銀行対TID事件では、当事者が取引に入る際にイスラム法学者からシャリーア(イスラム法)適格のファトゥワ(意見書)を取得しており、裁判所は、シャリーア(イスラム法)違反の主張が最終的に認められるものかどうかにつき、懐疑的なことも述べています。しかしながら、繰り返しになりますが、arguableな抗弁であるということは認めているわけです。

4. シャリーア(イスラム法)違反の主張に対する英国の裁判所の考え方-2(Islamic Investment Company of the Gulf vs. Symphony Gems NV & Others事件との比較)

実は定款の目的においてシャリーア(イスラム法)違反の取引に従事できない旨定められているので、定款で定める会社の目的の範囲外の行為として無効であるという主張は、Islamic Investment Company of the Gulf vs. Symphony Gems NV & Others事件(以下「IICG事件」という。)でも行われていました。

これも英国の裁判所の判例ですが、IICG事件では、IICGが設立されたバハマにおいては、このような定款による会社の権利能力の制限があることを知らずに、取引に入った者を保護する制定法があるために、裁判所は冒頭で紹介をしたBlom銀行対TID事件とは異なり、定款による会社の目的の制限に関してシャリーア(イスラム法)違反の主張がarguableな抗弁であるという判断をしなかったのではないか、といわれています。ちなみにTIDの設立準拠法であるクェート法にはそのような善意者保護にかかる制度はないとのことです。

5. シャリーア(イスラム法)違反の主張と準拠法の選択の問題

さて、ここまでの議論をまとめてみます。

イスラム教国では、シャリーア(イスラム法)は国の最高法規と考えられていますから、シャリーア(イスラム法)違反の主張があれば、裁判所としてはShamil事件における英国の裁判所のように、全く取り上げないわけには行かないだろうと思います。

ただ、その取り上げ方は国によって異なるのだと思います。例えば、マレーシアでは連邦裁判所はシャリーア違反の主張については、マレーシア中央銀行にシャリーア(イスラム法)に関する意見を求めることになっています。このあたりについては、マレーシアにおけるISFBのイスラム金融セミナーへ出席した際の報告記事をご覧ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/38ifsb5-0037.html(イスラム金融に関する紛争処理ーマレーシア)

また、サウジアラビアではシャリーア裁判所がありますし、苦情処理委員会(Board of Grievance)もシャリーア(イスラム法)に関する判断をします。このあたりについては、以前サウジアラビアにおける外国判決・仲裁判断の執行に関する関係で触れていますので、ご興味のある方はご覧ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/8_6677.html

イスラム教国でも司法機関ないし準司法機関におけるシャリーア(イスラム法)の取り上げ方が違うことがわかると思います。

これに対して、非イスラム教国であるイギリスでは、Shamil銀行事件のようにシャリーア(イスラム法)を準拠法として取り上げないと明言しているのもありますし、Blom銀行対TID事件のように、会社の権利能力の制限の問題として取り上げているものもあるわけです。(もっとも、Shamil銀行事件の契約書のドラフトに問題があったという指摘をする人もいますが…。)

このブログではまだ取り上げていませんが、米国におけるイスラム金融であるEast Cameronのスクーク(イスラム債)にかかる紛争でもシャリーア(イスラム法)違反の主張がなされていますが、米国の連邦破産裁判所は、この主張を斥けています。

このように考えると、「シャリーア(イスラム法)違反の契約の有効性如何」という問題について、万国共通の一般理論は無く、裁判所がどのように取り上げるのか、準拠法の選択の問題とも関係して、受訴裁判所によって異なる、といわざるを得ないのではないか、と思います。

そして、裁判所がシャリーア(イスラム法)違反の主張をどのように取り上げるかについては、その国の司法制度、法制度全体との関係で異なるものであり、更に言えば、イスラム教の伝統の有無、あるいは社会的歴史的な背景の相違がその背後にあるのではないかと思うのです。

そのように考えますと、我々がイスラム金融に取り組む場合には、単にテクニカルな部分の理解にとどまらず、イスラム教国における司法制度全体について理解をしなければならないのではないか、というふうにも思います。

6. おまけーイスラム金融の契約で有益と考えられる条項

ということで、制度全体についての理解が必要と言いながら、実務家として気になるテクニカルな部分について一言述べておきます。

予防法学という観点で考えると、当事者が将来シャリーア(イスラム法)違反の主張を行って、契約書の効力を争う余地をなるべく狭くする必要があります。そうした観点で言うと、次のような契約締結上の留意点を指摘することが出来ます。(これは、外国の弁護士がいろいろ述べていることに基づき、筆者の見解も交えてまとめたものです。)

  • 契約締結前のデューデリジェンスにおいて、相手方の定款にシャリーア違反の行為を会社の目的の範囲外とする趣旨の規定があるかどうかをチェックし、かかる会社の権利能力の範囲外の行為につき、善意で取引に入った者を保護する制度が相手方の国にあるかどうかもチェックすること。
  • 契約書の前文や表明保証の規定において、当事者が当該契約はシャリーア適格であることについて確認する旨の規定をすること。
  • 更に、シャリーア適格である旨のイスラム法学者のファトゥワ(意見書)ないし証明書も入手すること。
  • 当事者は、将来において本契約につきシャリーア適格である旨の主張を控える旨の誓約をすること。~これは禁反言(Estoppel)を援用できるようにするためで、禁反言を理由にシャリーア(イスラム法)違反の主張を斥けているマレーシアの判例もあるようですから、一応有効とも考えられますが、シャリーア(イスラム法)違反の主張の放棄(waiver)が、イスラム法が国の最高法規となっている国で公序良俗違反とならないのかどうかは疑問はあります。
  • 準拠法条項ではシャリーア(イスラム法)への言及をしないこと。~これは、Shamil銀行事件の反省です。

なお、シャリーア(イスラム法)に関する意見書ないし証明書を発行するのは、イスラム法学者であって、弁護士ではありません。従って、イスラム金融においては、指定された準拠法にかかる弁護士の意見書以外に、シャリーア(イスラム法)にかかるイスラム法学者の意見書ないし証明書も必要ということになります。こういったところも、イスラム金融において余計なコストがかかる部分だろうと思います。

                                             以上

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