イスラム金融(43)平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置
長い間ブログをサボっていましたが、一昨日某大学の社会人向け大学院で、平成23年度の税制改正大綱に記載されている日本版スクーク(イスラム債)に関する税制改正措置について、その解説と筆者の見解を披瀝する機会を頂きました。本日はその内容について、記事を書かせて頂きます。
【平成24年7月10日追記:日本版スクークにつきましては、中央経済社の税務弘報2012年8月号(7月5日発売)に筆者が執筆した記事が掲載されています。こちらの方がよりアップ・トゥー・デートな内容ですので、税務弘報8月号の記事を合わせてご参照下さい。】
【背景事情】
これは金融庁の税制改正措置の要望が取り上げられたものですが、過去2.3年の間において、我が国でもイスラム金融に対する関心が急速に高まってきたにもかかわらず、実例としては、昨年野村證券がマレーシアにおいて発行したスクークとか数年前にイオン・クレジットやトヨタがマレーシアで発行したスクークなど、実績が少ないという問題がありました。
これに対して、英国を中心として非イスラム教国の中には早くからイスラム金融に積極的に取り組み、実績を上げてきた国もありますし、最近ではフランスや隣の韓国でも積極的に取り入れようとしている努力をしています。
日本も遅れを取らないように、ということで、金融庁が平成23年度の税制改正措置の要望事項として提出し、これが財務省でも取り上げられたわけです。(金融庁のHP参照→http://www.fsa.go.jp/news/22/singi/20101217-8/01.pdf 3頁目あたりをご参照ください。)
【平成23年度税制改正大綱にある税制措置の概要】
「イスラム・マネーを呼び込むための税制措置」とは、要するに、資産流動化法(→http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H10/H10HO105.html)第230条第1項第4号に規定される特定目的信託の「社債的受益権」を、日本国内の資産(アセット)を使ったスクーク(イスラム債)発行のための器として活用させるための税制措置と要約できると思います。
証券化取引に詳しい方は良くご存知のことだと思いますが、特定目的信託は法人課税と同様の課税をされるタイプの信託で、証券化のための器としての導管性に着目し、信託の配当可能利益の90パーセント超を受益者に配当する場合には、配当を受託者の損金に算入することを認めているものです。
そこで平成23年度税制改正大綱(→http://www.kantei.go.jp/jp/kakugikettei/2010/h23zeiseitaikou.pdf)から「社債的受益権」について言及している箇所を添付資料1の通り抜書きしてみました。全部を読むのが面倒な方はこちらをどうぞ。→「1_23.doc」をダウンロード
上記に引用した金融庁のHPや平成23年税制改正大綱を総合すると、関係者が目論んでいるのは、スクーク・アル・イジャーラ(sukuk al-ijara)と呼ばれるリース(賃貸借)を裏付け資産とするスクーク(イスラム債)と思われます。その想定スキーム図を添付資料2として作成しましたので、ご参照ください(→ 「2_summary_of_plan_of_tax_reform_2011.ppt」をダウンロード )。
そこで、まず想定スキーム図に基づき解説をしますと、
- オリジネーター(資金調達者)は特定目的信託の受託会社との間の信託契約に基づき、スクーク(イスラム債)の裏付け資産となる不動産
を信託します。(図の①)
- 特定目的信託の受託会社は、不動産の信託と引き換えに特定目的信託の受益権を発行します。
- オリジネーター(資金調達者)は、その特定目的信託の受益権を有価証券として、イスラム投資家に売却し、イスラム投資家は特定目的信託の受益者になります。この受益権は資産流動化法の「社債的受益権」であり、関係者は、これをスクーク(イスラム債)としてイスラム投資家へ販売することを企図しています(図の①)。
- 特定目的信託の受託会社は、オリジネーターとの間で信託財産である不動産
について、リース(イスラム法でいう「イジャーラ」)契約を締結します。(図の①)要するに、「セール・リース・バック」取引であるわけです。
- オリジネーターは、リース・バックされた不動産
をテナントに転貸します。
- そして、オリジネーターは、特定目的信託との間の不動産
のリース契約に基づき、リース料を支払い、そのリース料がイスラム投資家に対して、信託受益権の配当という形でパス・スルーされます。(図の②)
- ところで、オリジネーターは、特定目的信託に対して、信託終了時において信託財産である不動産
を買い取る旨の約束(Purchase undertaking)をするか、或いは、特定目的信託は、オリジネーターに対して、信託終了時において信託財産である不動産
を売り渡す旨の約束(Sale undertaking)をします。
- 信託受益権の償還時には、オリジネーターは上記の買取約束又は売渡約束に基づき、特定目的信託から信託財産
を買取り、当該買取代金は、信託受益権の償還の原資となります(図の③)。従って、この買取約束又は売渡約束における信託財産の買取対価は、受益権の償還額と同額に設定されます。
引き続き、想定スキーム図を見ていただきたいのですが、平成23年度の税制改正大綱で示されている税制措置は、次の4点に要約できると思います。
- 非居住者(イスラム投資家)が保有する社債的受益権の配当について源泉徴収の対象としない。
- 従来、特定目的信託が配当を損金算入するための要件としては、発行総額の50パーセント超が国内公募であることが必要であったのですが、社債的受益権については、特定社債と同様にそれが撤廃されます。
- 非居住者が行う社債的受益権の譲渡について、事業譲渡類似又は不動産関連特定信託の受益権の譲渡による所得の課税をしない。
- オリジネーターが買取約束又は売渡約束に基づき、特定目的信託から信託財産としての不動産を買い取る際の、登録免許税及び不動産取得税を非課税とする。
注意書きですが、証券化に詳しい方は、この想定スキームを見て、「真正売買(信託)(true sale)になってないじゃんか」
とか、「倒産隔離(bankruptcy remote)ではないじゃんか
」
などと仰ると思います。その通りです
イスラム金融は、通常asset based financeであり、証券化のようなasset backed financeではないからです。換言すれば、オリジネーターが無担保普通社債を発行する代わりに、スクークという一定の裏付け資産をベースとした仕組債を発行するというものです。もっとも、リーマンショック以後、ディフォルトになったスクークが幾つもあり、公募案件ではマスコミで報道されるような騒ぎになっていますので、今後はオリジネーターの倒産リスクに配慮した商品が増えてくるかも知れませんが…。
スクークのディフォルトについては、このブログでも取り上げたことがありますので、過去の記事をご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/33-aaa6.html
各ポイントの説明に入る前に、一つ指摘しておきますと、平成23年度税制改正大綱で想定しているスキームでは、スクーク(イスラム債)の裏づけ資産は、物権である不動産を念頭に置いているようですが、海外で発行されているスクーク・アル・イジャーラでは、不動産に対する長期リースという、我が国の法律では債権に分類されるものを裏づけ資産としているものが意外に多くあります。(これには理由と考えられるものがありますが、その説明は省略します。)その意味で、「外国でポピュラーなスキームに似ているけど、ちょっと違うんじゃないかなァ…。」という点を指摘しておきたいと思います。
ポイント1 準拠法の問題~イスラム法と制定法(又は判例法)との関係
まず、添付資料3をご覧ください。→「3_distinction_bet_islamic_law_secular_laws.ppt」をダウンロード 「シャリーア」とも呼ばれるイスラム法とは、聖典コーランや預言者にかかる言い伝えに基づき、中世のイスラム法学者によって作られた規範であり、法典はありません。 特定の国家の法律でもありませんが、イスラム教徒の間で共有されている規範であると考えられています。
もちろん、イスラム教国においても制定法はあります。しかし、これは宗教法としてのイスラム法とは区別しなければならないものです。ちなみに、サウジアラビアでは、イスラム教において唯一の法律は神が創った法律であり、人間が作った制定法本当の法律ではないと考えられています。
イスラム法には法典が無いという意味では、判例法と同じなのですが、判例法と異なり先例拘束の原理はありません。
イスラム金融とは、人間が作った制定法や判例法に準拠した金融取引ではあるが、イスラム教の教義、つまりイスラム法に適した内容による金融取引と認められたものを意味します。イスラム法に適した内容かどうかについては、イスラム法学者によって判断されます。
従って、スクーク(イスラム債)についていえば、例えば日本法を準拠法として発行された社債的受益権であっても、イスラム教の教義に則ったものであれば、スクーク(イスラム債)として認めてもらえるわけです。平成23年度税制改正大綱にある社債的受益権をスクーク(イスラム債)として発行するのは、このような考え方がベースとなります。
(古い記事ですが、日本法に準拠したスクーク(イスラム債)の可能性について言及したものがあります。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/24-595b.html)
ポイント2 スクーク(イスラム債)の意義と性格
ご存知の通りイスラム教では金利付の金銭消費貸借を禁止しています。従って、金利付の金銭債権を表章した社債も禁止されます。しかしながら、大衆から資金を集めなければ事業が出来ない場合があることはイスラム教徒でも同じです。そこで、考案されたのがスクーク(イスラム債)です。
イスラム教では投資行為による資金提供者と資金需要者との間でのリスク・シェアリングは認められています。スクーク(イスラム債)とは、そのようなリスク・シェアリングの仕組みとして、資金需要者である発行体が、その事業(又は資産)に対する持分を表章する有価証券を、資金提供者である投資家に発行するものです。従って、原則として金銭債権を表章した有価証券ではない、という点で、社債とは異なるものです。
そのような意味で株式にも似ている点はありますが、株式とは次の点で異なります。
- 株式は株式会社の資産全体に対する持分を表章する有価証券ですが、スクーク(イスラム債)とは、その裏づけとなる資産は、発行体の特定の資産です。
- 株式は存続期間の定めはありませんが、スクーク(イスラム債)には、償還期日の定めがあり、存続期間が限られた有価証券です。そのような点では社債にも似ている点があります。
(古い記事ですが、スクーク(イスラム債)と株式と社債の比較を詳細に記載したものがあります。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html)
我が国の有価証券の中で、一番スクーク(イスラム債)に近いと言われているものは、信託受益権証券ですが、社債のごとく、配当を損金算入できないという問題がありました。そこで今まで使われた事例が極めて少ない特定目的信託ですが、特定目的信託には導管性に着目して配当を損金算入できるというメリットがあるので、税制上社債と同じ扱いができる。→「こりゃ、ええわ」
「特定目的信託を使うべぇ
」ということで、平成23年税制改正大綱で取り上げられたわけです。
ポイント3 イジャーラ(イスラム流リース)について
イジャーラについては、過去のブログ記事で詳細に説明をしたことがありますので(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html)、その内容のご説明は省略しますが、日本法でいうと賃貸借契約又はオペレーション・リースに似ているものです。
もっとも、イスラム金融においてイジャーラを使う場合には、本来は賃貸人の負担になる必要費相当額や保険料相当額を賃料に織り込んだり、賃貸物件の管理を賃借人(オリジネーターやプロジェクト会社)に一任するような付随契約を締結し、結果的にはファイナンス・リースと類似したストラクチャリングをしているのが通例です。想定スキームによりスクーク(イスラム債)を発行する場合にもそのようなストラクチャリングをすることが予想されます。
上記の想定スキーム図では、特定目的信託がスクーク(イスラム債)の裏づけ資産となっている不動産を、オリジネーター(資金調達者)にリース・バックする仕組みを取っておりますが、イジャーラが日本法上の賃貸借やオペレーション・リースと大差が無いものですので、日本法を準拠法とした賃貸借契約書のフォームでも、遅延損害金の規定などイスラム法で禁止されている条項を除けば、使えると思います。
なお、以前銀行法施行規則の改正に関する記事で、同規則におけるイジャーラの扱いについての金融庁のパブコメ回答に疑問がある旨の問題提起をさせて頂きましたが(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/283-d35f.html及びhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/294-c325.html)、この記事の主題とは関係が無いので、ここでは言及しません。
[平成23年2月16日追記と予告編:銀行法施行規則におけるイジャーラの扱いについての金融庁のパブコメ回答に対する疑問については、その後更に詰めて考えてみたことがあり、現在はちょっとだけ違った考えを持っています。いずれイジャーラの契約書の英和対照のフォームのご紹介とご説明でも交えながら、触れてみたいと思います。]
ポイント4 買取約束及び売渡約束(Undertaking)について
上記の想定スキーム図では、スクーク(イスラム債)として発行される、社債的受益権の償還時に、「買取約束」又は「売渡約束」に基づき、オリジネーターが信託財産である不動産を買い取ることにしています。
- この「買取約束」や「売渡約束」とは、レッシー又はレッサーの一方的約束であり、片務的な義務であるとイスラム法では考えられています。当事者が互いに「売ります」「買います」と合意する双務的な約束ではありません。
- しかも、「買取約束」や「売渡約束」を、リース契約の条項の一つとして、これに含めて規定してはならず、リース契約とは別の書面にしなければならない。
と考えられています。(ちなみに、これはイスラム法の大御所であり、日本で言うと我妻栄とか團藤重光にあたるような、Usmani氏の本にも書かれています。)
何故でしょうか?これは、「預言者は二つの売買契約を一つの売買契約に作ることを禁じた。」というモハメッド(ムハンマド)の言葉の言い伝えに遡るもので、「不確実性の禁止」又は「不明確性の禁止」というイスラム法の基本原理に関係するものです。
この点を敷衍してみましょう。イスラム法のもとでは、イジャーラ(イスラム流リース)の賃貸人は賃貸物件の所有者でなければなりません。日本法は他人物の賃貸借も認めていますが、イスラム法では所有者でも無いのに、賃借人から賃料を取り立てる行為は、金銭の貸借と同じだと考えられており、認められていません。
ところで、リース契約の中に「この物件を貸します。借ります。」という条項と「この物件を買います。売ります。」という条項との両方が入っていたと仮定しますと、その両者を合せると、結局賃貸人の賃貸物件の所有を否定する趣旨の契約と読めるので、二つの契約を一つの契約にまとめるのは禁止される、とイスラム法学者は考えています。
それ故、上記の通り、①買取や売渡は当事者の双務的な合意ではなく、一方的な約束にとどめる必要があり、②「買取約束」又は「売渡約束」は、リース契約(イジャーラ契約)とは別の書面で約束しなければならない、とされているわけです。
日本人にはなかなか分かりにくい考え方ですが、実は、以前の記事で「特約条項」という題名でこの問題を扱ったことがありますので、関心のある方はそちらもご覧ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.htm
そこで、日本法を準拠法とした契約実務において、「買取約束」や「売渡約束」をどのように構成したらよいか、という問題が出てきます。筆者はこの問題は悩ましい問題だと考えているのですが、実体はオプション(選択権)ですから、「選択権付与約束」というものでも作るのでしょうかねぇ…。或いは、民法556条にある「売買の一方の予約」と構成することも考えられます。両者は結局同じことになりそうですし…。要するに、日本法に準拠したものでも、イスラム法に反していないものなら、それでOKなのです。この点は、具体的案件で筆者を担当弁護士として起用して頂いた際に考えてみたいと思います。
【平成23年度税制改正大綱の問題点】
さて、日本版スクーク(イスラム債)の発行に関連して必要と思われるイスラム法の諸原理の説明は終わりました。次は、筆者が考える平成23年税制改正大綱の問題点を論じてみたいと思います。
問題点その1 「社債的受益権」はシャリーア適格な有価証券か?
1. 問題の所在
「社債的受益権」とは、「あらかじめ定められた金額の分配を受ける種類の受益権」(資産流動化法第230条第1項第4号)と定義されます。しかも、「社債的受益権の元本の額は変更することなく、当該元本の償還は、当該社債的受益権に係る最後の配当を行う時期に一括して行うこと」と定められています(資産流動化法施行令第52条4号)。
信託財産のパフォーマンスの好不調を問わず、受益者は定期的に決まった金額の分配を受ける、というものですから、実体としては社債と一緒じゃないか?という見方が一方において可能だと思います。上記の通りイスラム法では利息付の社債は禁止されていますから、「社債的受益権」は社債と一緒と考えてしまうと、シャリーア(イスラム法)不適格な有価証券となってしまいます。
もっとも、過去において欧米で発行されたスクーク(イスラム債)は、信託証書証券の形式をとりながら、信託元本にLibor+α%を乗じた額を配当をする旨規定されているものが多数あり、そのようなものでもイスラム法学者たちは、シャリーア適格であるという判断をしています。従って、定額の分配が行われるからといって、直ちにシャリーア不適格な有価証券とまでは断定できないと思います。
しかしながら、2008年2月にAAOIFI(イスラム金融会計・監査基準機構)が、通常の社債のように、固定的リターンを投資家に対して保証する内容のスクークを発行する実務の横行に対して、警告を発する声明を発表しており、その後スクークの発行残高が急激に減ったという統計もあります。(このAAOIFIの声明については、このブログの記事でも触れたことがありますので、ご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html)
従って、社債的受益権を使ってスクークを発行する場合、イスラム法学者がシャリーア(イスラム法)適格の意見書を発行するのを渋るようなことにならないだろうか?という懸念を持っています。第一「社債的受益権」という名前は印象が悪すぎる、という感じもしますし。
2. 「リスク・シェアリング」というイスラム金融の基本原理に戻っての思考
スクーク(イスラム債)は、金銭債権を表章したものではなく、裏付け資産に対する持分権を表章した有価証券です。これは、キャッシュフローを生む事業や資産を、資金の出し手と受け手が共有することにより、リスクを分担するというリスク・シェアリングというイスラム金融の基本原理に由来するものだと思われます。
- 我が国の信託法を含め、そもそも信託とは、信託財産の管理や運用によって利益が生じた場合に限り配当を行うというものです。(逆に言うと、事業が失敗して信託債権者へ返済した後、残余がなければ受益者には配当できません。)「受益債権は信託債権に劣後する。」(信託法第101条)と定められているのはそういう趣旨です。そのような意味では、受益者は信託財産にかかるリスクを負担しているわけです。
- また、我が国の信託法では、信託受益者の権利は債権とされていますが(信託法第2条7項)、信託財産の利益が受益者に最終的に帰属するという意味において、受益者は信託財産に対して利害関係(equitable interestとでもいうのでしょうか…)を有していると考えても間違いとは言えないと思います。(少数説ですが、旧信託法の下では、受益者は受託者に対する債権者であるとともに、信託財産に対する物的権利を有していると主張する説もありました(四宮和夫「信託法」77頁)。)
そうだとすると、信託法の一般論で言えば、我が国の信託は、資金の出し手と受け手がスクーク(イスラム債)の裏付け資産を共有し、リスクを分担し合う、というイスラム金融の基本原理に沿ったものであり、これをスクーク発行の器にすることが許される、と考えることができると思います。
信託はリスク・シェアリングの原則に適ったものであって、社債のように資金の受け手が一定額の支払いを約束するものではない、ということが論証できれば、信託受益権の配当を、「信託元本にLIBOR+α%を乗じた額」という形で、あらかじめ定められた額の配当であっても必ずしもシャリーア(イスラム法)違反とは判断されないのだと思います。
[平成23年2月16日追記:いずれイジャーラを再論する際に、述べる予定ですが、スクークの裏づけ資産であるイジャーラの賃料をLIBOR+αで定めた場合、スクーク・アル・イジャーラとして発行される、社債的受益権の配当もLIBOR+αと定めざるを得ないわけであって、そのような場合も必ずしもシャリーア(イスラム法)違反とは判断されないと思いますし、海外の発行事例でもそうしたイジャーラの賃料及びそれに連動したスクークの配当率の設定をしているものが多く見られます。但し、イジャーラの賃料の設定が市場の実勢水準とかけ離れているような場合には、税金上の問題が生じないかという疑問もあり、この点の解決方法については、非イスラム教国における実例を参考に、いずれこのブログ記事で扱ってみたいと考えています。]
海外において英国法やケイマン法を準拠法として信託証書証券の形で発行されているスクークの多くが、LIBOR+αという形で利益率を決めているにもかかわらず、シャリーア(イスラム法)違反とされないのは、上記のような論理なのではないかと思います。
3. 定額の配当しかできない制度でも、リスク・シェアリングの原理に適っているか?
直前のパラグラフの考察によれば、イスラム法学者に社債的受益権によるスクークの説明をする際に、資産流動化法や同法施行令の内容を説明せず、出来上がりの日本版スクークの発行条件だけを示し、信託とはリスク・シェアリングの原理に適った制度である、といえば、英国法やケイマン法を準拠法としたスクーク(イスラム債)と変わらないということで、シャリーア(イスラム法)適格の意見書を出してもらえるかも知れません。
しかしながら、「社債的受益権」とは、制度上固定額での配当しか認めていないものだ、ということをイスラム法学者に説明したときに、それでもなお、シャリーア(イスラム法)適格である旨の意見書を出してもらえるかどうかは疑問が残ります。何故なら、「本件では結果的には定額の配当を定めた。」というのと、「制度的に定額配当しか許されない。」というのでは、ニュアンスの違う話ではないかという気がしてならないのです。
万が一そうだとしたら、「社債的受益権」によるスクークにあっては、イスラム法学者からシャリーア(イスラム法)適格の意見書をもらえる余地は狭いということになります。
4. 資産流動化法施行令の改正が必要ではないか?との疑問
このあたりの問題は、今後実際の事案ごとに解決していくしかないと思いますが、現時点ではなかなか良いアイデアが浮かびません。
「逐条解説資産流動化法」(きんざい)という本があります。立法に関与した方々が書いた本なので、立法趣旨から考えるとすると、この本あたりを出発点とせざるを得ないのですが、この本では、社債的受益権の分配額の定め方として、Libor+α%という定め方も許される旨は書かれているのですが、「基本的には常に固定金額の配当を約する信託受益権またはこれと同視できるもののみを意味するものとして限定的に解されるべきである。」と、厳しく解釈しているのです。
例えば、Libor+α%の「α」の部分は、変数でも良いというのであれば、「固定配当以外は許さない制度ではない。」とイスラム法学者には説明できるのですが、恐らくこの「α」とは定数に限るというのが、素直な解釈でしょう。
上限や下限を定める方法はどうでしょうか?上記引用の書物によれば、上限を定める方法は駄目と明言しています。下限を定める方法についても駄目だと思ったのですが、上記引用の書物では、「…なお、本条の趣旨からは、一定額を「下限」として配当するような場合も本号(筆者注:資産流動化法第230条第1項第4号のことと思われる、)に該当するものと解されるが、税制上の必要性から、このようなスキームは認められていない。」と、訳が分からないことが書かれています。
仮にこれが、税制の点は別とすれば、下限を定める方法は許されるという意味であれば、「固定配当以外は許さない制度とは限らない。」とイスラム法学者に説明できますが、上記引用の書物のあやふやな解説だけを根拠にそのように言うのは怖い。
やはり、ここは金融庁に頑張ってもらって、資産流動化法施行令のうちの「社債的受益権」に関する定義の部分を改正するよう政府に働きかけて頂くしかないでしょうね。実際に案件を組成する際には絶対に問題になる論点だと思いますので、明確化する上でも政令の改正をすべきだと考えております。
定期的に信託契約の見直しを行い、配当額の定めを変更するということも考えられなくはないのでしょうが、そのために受益者集会を開催し、資産信託流動化計画を変更する必要がありますので、現実的にはあり得ない方法だと思います。
ということで、決め手となるような解決方法が見つからないのが現状です。
しかし、以上のような社債的受益権の問題をきちんと説明せずに、イスラム法学者を誤導するような翻訳を作ったり、スキームの説明をしたような場合、それが後になってバレたら大変なことになりそうです
。鞭打ちの刑では済まないんじゃないでしょうか?
問題点その2 元本の償還は最終配当日に一括償還しか出来ない点
「社債的受益権」の元本償還は、最後の配当を行う時期に一括して償還することが必要とされています。一括償還しかできず、しかも期中の配当は定額ということになると、スクークの裏付け資産の選択と取引のストラクチャリングは、想定スキーム図で記載したようなものに限られてしまうのではないか、という気がします。
海外の発行事例では、信託とオリジネーターがムシャーラカ契約を締結し、オリジネーターがムシャーラカ持分を信託より少しずつ買い取って、元本を減らしていくというDiminishing Musharakaというものがあるのですが、そうしたストラクチャリングは出来ません。(次に述べるムシャーラカを特定資産とできるかという問題もありますが、それ以前の問題としてということです。)
[平成23年2月16日追記:先にご紹介をしたオリジネーターによる買取約束の方法は、どうもサウジアラビアあたりでは好まれていないようで、プロジェクトファイナンスの事案では、買取約束や売渡約束の代わりに、ムシャーラカ持分の買取を使っているものもあります。]
仮に、ムシャーラカ持分の買取代金を元本償還時まで信託に滞留させると、特定目的信託の導管性の条件が充足できなくなる可能性がありますし、スクークの裏づけ資産の中に金銭の占める割合が高くなると、シャリーア(イスラム法)上、譲渡性が無い有価証券と判断されるという虞も出てきます。(イスラム法では、譲渡性のあるスクークは物とか権利を表章したものとされていますので…。)なお、スクークの譲渡性の問題については、「債権譲渡とスクークの譲渡性(イスラム金融(18))をご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/18_987b.html
ということで、スクークによる資金調達が利用できる範囲は狭いと考えています。
問題点その3 スクーク(イスラム債)の裏づけ資産の制約
1. 問題の所在…「特定資産」とは?
これは特定目的信託がもともと証券化のための器であったことから来る制約です。資産流動化法の特定目的信託とは、証券化の対象となる「特定資産」(資産流動化法第2条第1項)を、受託会社に信託し、その見返りに信託受益権を発行してもらうという建付けを取っています。従って、信託設定時において、一定のキャッシュフローを生じることが見込まれる「特定資産」が存在することを念頭に置いているわけです。
2. 特定資産が存在しない場合
ところで、海外で発行されているスクーク(イスラム債)には、発行体が資金調達者との間で、イスティスナー(日本法では請負ないし製造物供給契約に類似)、ムシャーラカ(日本法では民法上の組合に類似)又はムダーラバ(日本法では商法の匿名組合に類似)を締結し、かかる契約上の権利を信託財産とする信託宣言(日本法では自己信託に相当)し、その信託財産を表章する有価証券である信託証書証券を、スクーク(イスラム債)として投資家に発行している例がプロジェクトボンドなどを中心に結構あります。(イスティスナーの説明→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/21_54fc.html、ムシャーラカの説明→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html、ムダーラバの説明→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html)
こうしたスクークを、資産流動化法の社債的受益権を使って発行することが可能かどうかを考えてみると、一般論としては、契約上の権利が信託財産である信託は日本法でも許容されるとは思うのですが、特定目的信託の場合、当初オリジネーターにおいて信託の対象となる「特定財産」を保有している必要があります。上記の例は、そうしたオリジネーターなしに、発行体が信託財産となる契約を締結するパターンですので、資産流動化法では予定していないスキームであると思います。
従って、このパターンのスクークを日本法に準拠して作るとしたら、信託法の自己信託を活用せざるを得ず、資産流動化法をこの種のストラクチャリングに転用することの限界を感じます。もっとも、自己信託を使う場合には、信託業法の規制などいろいろと他に考えなければならない問題がありますので、簡単ではありませんが…。
3. 資産流動化法において特定資産と出来ないもの
また、上記の海外の発行例において、ムシャーラカやムダーラバ上の権利をスクークの裏づけ資産とする事案があると申し上げましたが、資産流動化法第224条による同法212条の準用により、民法上の組合の組合員の権利や匿名組合員の権利は、特定目的信託の「特定資産」とすることが出来ません。これは資産流動化法が運用型の取引に使われないようにするための規制で、不動産の入れ替えを前提とせず、特定目的信託が業務執行組合員や匿名組合の営業者にならないスキームを除き(資産流動化施行規則第95条)、「特定資産」とは出来ません。
この点からしても、ムシャーラカやムダーラバ上の権利を裏づけとしたスクークを社債的受益権として発行することには障害がありそうです。
4. 資産信託流動化計画の作成義務について
証券化の経験のある方であれば、良くご存知だと思いますが、資産流動化法では流動化・証券化の対象資産である特定資産について、鑑定評価をとって特定資産の詳細な内容を資産流動化計画に記載します。
"asset backed financing"である流動化・証券化では必要なのかもしれませんが、多くのスクークは、"asset based financing"で発行されているので、特定資産の内容などそれほど重要ではないと考えられます。特に平成23年度税制改正大綱で念頭に置いていると思われるスキームでは、オリジネーターによるスクークの裏付け資産の買戻し代金がスクークの償還原資となるわけですから、極端な話では特定資産はオンボロ・ビルでも構わないわけです。また、税金の問題は別に解決しなければなりませんが、イジャーラ(リース)の賃料についても、Libor+αで設定して、オリジネーターが支払う賃料をそのまま社債的受益権を保有する海外投資家に、信託受益権の配当としてパス・スルーすれば済むはずです。結局はオリジネーターの信用力に全てが帰着することになるからです。
従って、特定資産の管理処分というのは、一般の証券化に比べて重要度は低いと思います。それにもかかわらず、一般の証券化並の厳密さをもって資産信託流動化計画を作成しなければならないとすると、投資家にとって有益でないことのために余計な作業をさせられる、ということにもなると思います。
平成23年には、資産流動化法(及び政省令)の改正が予定されており、その中で資産流動化計画の簡略化も項目に入っているようです。資産流動化計画の簡略化において、こうした"asset based financing"であるスクークに適した形での制度改正が盛り込まれていれば良いのですが…。
5. まとめ
資産流動化法が証券化を目的とした法律で、一定のキャッシュフローを生じると見込まれる「特定資産」が信託設定時に存在することを前提とするものであるため、日本版スクークとして可能と思われるのは、例えば既に優良テナントが入居しているビルを買い取る資金を調達する目的で、想定スキーム図にあるような取引をするケースは考えられるのですが、その他どのようなケースで活用できるのか、現時点ではあまり思い当たりません。
ということで、特定目的信託に適したアセットが限られているのではないか、と考えております。それでも実績が出来てくれば、次のステップとして、信託法の信託を使ったスクークの発行も容易になるような立法措置も取られる期待もありますので、現状は仕方が無いか…、とも思います。
問題点その4 投資家の意思決定事項の範囲
平成23年税制改正大綱によると、税制措置を受けられるのは、投資家が「重要事項以外に議決権を有しない社債的受益権」であるとしています。
重要事項とは何かについては、今後法案通過後の政省令の整備あたりで明らかになってくると思うのですが、イスラム投資家は、「金は出すが、口も出す。」という人たちです。重要事項の範囲が狭すぎると、彼らの好みにあったスクークの設計が出来ないのではないかという懸念があります。
【総まとめ】
以上問題点をあれこれ考えてみましたが、証券化のための立法である資産流動化法は、スクーク(イスラム債)の発行のための器としては、どうみても使い勝手が悪いといわざるを得ません。
もともとは証券化のための法律なので、当初から安定したキャッシュフローが確実に見込まれる資産でないと、スクーク(イスラム債)の裏づけ資産にはしにくい。優良テナントが入居しているビルを買収するための資金を、想定スキーム図にあるようなストラクチャリングで調達するといった取引にしか使えないのだとすると、イスラム金融促進の効果も限定的だと思います。[平成23年2月16日追記:但し、"asset based financing"という趣旨を徹底させるコンセプトに基づき、実勢賃料を無視した賃料設定をおこなった場合には、必ずしも「安定したキャッシュフローが見込まれる資産」である必要も無いとも考えられます。この点は更に考えてみたいと思いますが・・・。]
しかも、「あらかじめ定められた額の配当」しか出来ないというイスラム法の根本理念にそぐわない制度に根拠をもつ有価証券が、シャリーア(イスラム法)適格と認められるのかどうか、ハードルは高そうです。
せめて、資産流動化法施行令の「社債的受益権」の定義だけでも、何とかしていただけるようであれば、少しはハードルは低くなると思います。
それにしても、大変そう・・・。