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2010年5月

2010年5月 5日 (水)

イスラム金融(42)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法-その3

元々このテーマは1回完結で書くつもりでいたのですが、ついつい筆が進んでしまい、分量が多いものになってしまいました。今回で完結させるつもりです。

これまで解説した分をおさらいしますと、「その1」において、UAE(United Arab Emirates(アラブ首長国連邦))とDIFC(Dubai International Financial Center(ドバイ国際金融センター))の司法制度の棲み分けとそれぞでの法域(jurisdiction)における破産法又は倒産処理法(insolvency law)の法源について述べ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/40uaedifc-062b.html)、「その2」において、「債権者にやさしい(freindlyな)」DIFC倒産処理法(DIFC Insolvency Law)の一般的な解説をしました(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/41uaedifc2-39f8.html)。

今回は以上の解説を踏まえ、ドバイ・ショックの際に、DIFC倒産処理法をDubai Worldグループの会社に適用される旨を定めた、ドバイ首長が発令した勅令(Decree)について解説をします。

1. ドバイ・ショックとDW勅令制定の経緯

ドバイショックについては多くの報道があり、詳細については、例えばWikiperiaの記事をご参照下さい。→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

ドバイショックは、2009年11月25日アラブ首長国連邦(United Arab Emirates; UAE)の政府が、政府系持ち株会社であるドバイ・ワールド(Dubai World)及びその傘下企業の債務の返済の繰り延べ要請をしたから始まっていますが、

ドバイワールドの債権者には、金融機関や取引債権者(建設会社など)の他に、プロジェクトの顧客(例えば、分譲される予定の建築物の買主)が含まれており、事実上全員から一斉に履行を求められることとなるという意味では、この時点で、ドバイ・ワールドは既に破綻していたといっても過言ではないと思います。

ドバイ・ワールド傘下の企業の債務の中には、ナキール開発公社(Nakheel Development Limited)が発行した2009年12月14日満期の35億2000万ドルのスクーク(sukuk; イスラム債)が含まれており、ドバイ・ワールドはこのスクークの返済資金について保証をしていました。

ドバイ政府は、2009年11月にChief Restructuring Officerを指名し、事態の収拾のための態勢固めをし、上記のスクークの返済期日であった2009年12月14日にドバイ首長の勅令第57号(Ruler's Decree No. 57 of 2009; 以下「DW勅令」という。)を交付しました。DW勅令によれば、ドバイ・ワールド及びその傘下の企業が法的手続きの対象となった場合、DIFCの倒産処理法(Insolvency Law)が変更の上適用されることが定められています。

また、DW勅令が発せられた日に、ドバイ首長国の隣国であるアブダビ首長国はドバイ首長国への支援を決め、ドバイ政府はナキール開発公社(Nakheel Development Limited)のスクークは予定通り償還が行なわれる旨宣言しています。

ドバイ政府はドバイ・ワールドの債務について政府の保証義務は無い旨を主張していましたが、隣接するアブダビ首長国より100億ドルの借り入れを行い、その一部が上記のナキール開発公社(Nakheel Developmennt Limited)のスクークの元利金の支払に充てられた旨伝えられています。

その後、債務処理について、債権者たちとの話し合いが行なわれていると伝えられていましたが、2010年3月25日に、ドバイ・ワールド側から以下の内容の債務整理案が提示されています。(プレスリリース→http://www.breakingviews.com/2010/03/25/~/media/Files/Dubai%20World%20press%20release%20FINAL%20250310%20%20%20English%20Version.ashx)

  • ドバイ・ワールドの債務額は2009年12月末現在で142億ドル
  • ドバイ政府がDubai Financial Support Fundを通じて支援している貸付金89億ドルは、債務の株式化又は劣後債務化させる。
  • Dubai Financial Support Fundは、ドバイ・ワールドの運転資金と金利の支払のために、15億ドルまで資金注入する。(なお、下記に引用するQ&Aによれば、ドバイ政府はアブダビ政府の支援プラス自己資金により95億ドルまで支援するとされています。)
  • ドバイ・ワールドの債権者の債権は、元本の100パーセントを5年又は8年満期の新債務に更改される。

また、ナキール開発公社(Nakheel Development Limited)側からは、同じく2010年3月25日に、以下の内容の債務整理案が債権者たちに対して提示されています。(プレスリリース→http://www.breakingviews.com/2010/03/25/~/media/Files/Nakheel%20press%20release%20FINAL%20250310%20%20%20English%20version.ashx)

  • ドバイ政府は、Dubai Financial Support Fundを通して、ナキールに対して約80億ドルの新規資金を注入し、Dubai Financial Support Fundはナキールに対する12億ドルの債権を株式化する。
  • 近日中に竣工予定のプロジェクトの顧客を最優先し、Dubai Financial Support Fundから受領した資金をもって工事を続行し、その他のプロジェクトの顧客については、他のプロジェクトへ振り替えるオプションを与える。
  • 取引債権者については、4割が現金で支払われ、残りの6割が流通可能な債券によって支払われる(つまり事実上返済の繰り延べ)。
  • 有担保債権者(銀行)に対しては、EIBOR(http://www.investopedia.com/terms/e/eibor.asp)/LIBORベースで、ロールオーバーさせる。
  • 2010年および2011年満期のスクークは全額返済予定
  • イジャーラ(イスラム流リース(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html))による無担保債権者(銀行)に対しては、新債務による債務の繰り延べ

両社の発表については、更にQ&Aもありますので、興味のある方はご参照下さい。→http://www.zawya.com/pdfstory.cfm?storyid=ZW20100325000114&l=065411100325

債権者は4月にこれらの提案に対する回答をすることになっていましたが、ドバイ・ワールドの債務整理案においては、取引債権者が受け取る債券については、年10パーセントの金利が付くが、金融債権者については繰り延べられた債務について年1パーセントの金利しか付かない点で、金融債権者は反発していると伝えられています。

これに対してドバイ・ワールド側からは妥協案も提出されていることも報じられていますが、このブログ記事の執筆時点では、一部の取引債権者とは債務整理の合意が成立している旨伝えられているものの、まだ金融債権者との話し合いの決着は出来ていないようです。

この他にも、ドバイ・ワールドとナキール以外にも債務超過/支払不能である会社があるはずなのですが、これらの会社についての債務整理案の提案は公表されていないようです。

2. DW勅令の内容

以上の経緯から明らかなように、DW勅令とはドバイ・ショック対策として慌てて立法されたものと考えられますが、この法律の内容を分析します。

① 手続の運営

まず手続の運営は、UAEの連邦裁判所でも、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の裁判所でもない、Tribunalと称するドバイ首長が設置した特別法廷が手続の運営を行なうもので、イギリス人2人と香港籍の1名から構成されています。

そして、Tribunal(特別法廷)はドバイ・ワールドとその子会社に関して専属的管轄を有しており、UAEの連邦裁判所もDIFCの裁判所もTribunal(特別法廷)の専属的管轄事項については、管轄権を持たないとされ、Tribunal(特別法廷)の決定は終局的なもので、控訴や再審理の対象ともならない、とされています。

このTribunal(特別法廷)の管轄は、ドバイ・ワールドのグループの倒産処理だけに適用されるのか、それともそれ以外の紛争にも適用されるのかが不明でしたが、ナキール開発(Nakheel Development Limited)を相手に所有権に基づく不動産の登録手続をせよという趣旨の訴えを、ドバイ首長国の第一審裁判所へ提起した事案において、2010年3月17日、裁判所は、本件はDIFCのTribunal(特別法廷)の管轄に属することを理由に、訴えを却下しています。この裁判例を紹介しているHP(http://www.clydeco.com/knowledge/articles/dubai-world-three-major-developments-affecting-creditors-of-nakheel-and-other-subsidiaries.cfm)の著者によれば、上級裁判所の判断ではないので、影響力は不明と述べていますが、筆者の考えでは、これは2010年12月にドバイの裁判所とDIFCの裁判所とが締結した、管轄の棲み分けに関するプロトコルに沿ったものであり、上級審でも維持される可能性が高いと思います。なお、このプロトコルについては、過去のブログ記事で扱っておりますので、そちらもご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/40uaedifc-062b.html

また、DIFCのTribunal(特別法廷)は2010年3月30日に、"Practice Direction"(No.1 of 2010)を発し、その中で、ドバイ・ワールドとの契約において仲裁条項がある場合には、当該仲裁条項に従って手続を開始することを認め(つまり、Tribunal(特別法廷)が仲裁の専属管轄を有するわけではない。)、他方においてTribunal(特別法廷)において当該仲裁の申し立てを受け付けることができる旨も述べております。恐らく、訴訟手続については、DIFCのTribunal(特別法廷)が専属的管轄を有するが、仲裁手続については、専属的管轄ではない、と考えているのではないかと思われます。

② 前回のブログ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2010/04/41uaedifc2-39f8.html)において書いたとおり、元来DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法は「債権者にやさしい」法律であり、レシーバー(receiver)と呼ばれる管理人を選任することによって、担保権者が債務者(=担保権設定者)の財産/事業の全部を意のままに管理できる制度や債権者による会社の清算開始を認めているものでした。

ところが、DW勅令のよれば、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法(Insolvency Law)のうち、レシーバー(receiver)制度の適用はなく、債権者による会社の清算開始も認めていません。

つまり、会社のみが任意整理案を作ることが出来、任意整理案がTribunal(特別法廷)によって認可されない場合に限り、会社が清算されます

③ しかも、会社つまりドバイ・ワールド又はその傘下の会社が任意整理(Company's Voluntary Arrangement)の意思があることをTribunal(特別法廷)に対して表示をすると、自動的に支払猶予(moratorium)の効力がかかります。また、担保権者も拘束され、その財産所在地を問わないので、理論上は外国にある財産でも担保権の実行が出来ないことになります。(但し、外国にある担保権の実行を阻止する場合には、当該外国の裁判所がかかるDW勅令の効力を承認しない限り、実際に実行を阻止することは難しいように思われます。)

④ 更に、相殺権も制限されており、倒産等の事由が発生した場合に解除される旨の契約の定めも無効と明言されているので、ひとたびドバイ・ワールド又はその傘下の会社が任意整理(Voluntary Arrangement)の手続を開始したときには、債権者としては手も足も出せないという状態になってしまうと思います。

⑤ 加えて、担保権対象財産もTribunal(特別法廷)の許可があれば売却できるとされています。

⑥ DW勅令は外国でドバイ・ワールドやその傘下企業の法的手続が開始した場合でも、Tribunal(特別法廷)は当該外国との間の関係について適切な処置を取ることができるとも規定されています。

⑦ また、いわゆるDIPファイナンスのために、既存の担保権が設定された会社資産に対して、それに優越する担保権の設定も認めています。

以上の通り、DW勅令はドバイ・ワールドとその傘下の企業の資産を債権者から守り、再建することを意図している色彩が強烈な法律と言えると思います。従って、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法は本来は「債権者にやさしい」倒産法(又は破産法)であったのですが、DW勅令に基づきドバイ・ワールドとその傘下企業に適用されるものは、大きく変容を受け、債権者に対する対抗策として立法されたものといわざるを得ないと思います。

そうすると、債権者の立場で考えると、ドバイ・ワールドが任意整理手続を開始すると手も足も出せなくなるので、話し合い以外の選択肢は事実上失われていると思いますし、債務者側との話し合いにおいても、ドバイ・ワールドが任意整理手続という強力な武器をちらつかせることによって、交渉を有利に運ぶことができるということも想像できます。

この記事の執筆時にはまだドバイ・ワールド又はその傘下企業がDW勅令に基づく任整理手続の開始をした旨の報道はありませんが、恐らく、任意整理(Voluntary Arrangement)に必要な3分の2の債権者の同意が得られる目途が付いたところで、少数債権者の反対を封じる必要がある場合、この手続きを開始するつもりではないでしょうか。

荒っぽい方法ではありますが、危機管理としては今のところ機能しており、そのように考えるとドバイの人たちはしたたかだと思います。

3. 我が国の制度金融との関係

さて、このような事態が発生した場合に備えて、どのような予防策・対応策が考えられるかというと、貿易や海外プロジェクト(そのファイナンスも含む。)に従事している方であれば、良くご存知と思いますが、国際協力銀行による保証や日本貿易保険の保険が、予防策・対応策として考えられます。民間の保険会社でも、こうした分野の業務を強化しようとしているという話も聞きますが、保険料が高いという問題もあるようです。

国際協力銀行による融資および保証や日本貿易保険の保険は、制度金融と呼ばれていますが、この種の制度金融においては、信用危険と非常危険に峻別をした形で、引受が行なわれています。そして、多くの場合は非常危険の付保のみ行なっているようです。

本件に関係している日本の民間金融機関や日本企業が、どのような条件で制度金融を利用しているかによりけりですが、ドバイ・ショックは、政府系持株企業であるドバイ・ワールドの信用リスクの発生が発端となっているものであり、非常危険とは言い難いと思います。また、その後の経緯についても、話し合いによる交渉ですので、合意による解決という意味において、非常危険といいがたい面はあります。

しかしながら、DW勅令制定の経緯を見ると、ドバイ政府はドバイ・ワールドの債務を保証する立場には無いと言いながら、ドバイ・ワールドを救済することが見え見えの勅令を制定しているわけであり、相手国政府が深く関係しているという意味において、非常危険的な部分もあるのではないかと考えられます。例えば、UAE(アラブ首長国連邦)の民法典(Civil Law)においては、相殺権が認められているところ、実際にDIFC倒産法に従った任意整理が開始すれば、債権者として相殺は出来なくなります。DW勅令の内容からすると、債権者としては交渉のテーブルに付く以外には選択肢はないわけであって、法律の制定によりそれまで契約上又は法律上可能であった権利が事実上行使できなくなったともいえます。厳格に考えるのであれば、実際にDW勅令に基づき任整理手続が開始し、自動的支払猶予(moratorium)が発動されない限りは、非常危険が発生していないということにもなるのでしょうが、そうすると、こうしたケースでは制度金融のメリットが殆ど生かせなくなってしまいます。

個別具体的な事案については、契約書の内容や保険の特約条項を精査しなければ何とも言えない問題ですが、たとえ信用危険が発端となっているものでも、非常危険的な要素があれば、制度金融による損失補填がなされても良いのではないかという気もします。

このあたりの制度金融の運用の具体的な事情については、公開資料で入手できる情報は非常に限定されているのですが、今後の制度の改正や運用を考えるきっかけとなればと思います。

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