« 2009年11月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月

2010年4月23日 (金)

イスラム金融(41)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法-その2

今回は前回のブログの続きでドバイショックに関連して、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法(http://difc.complinet.com/en/display/display_viewall.html?rbid=2618&element_id=9482)について解説をしたいと思います。

1. 「債権者にやさしい」倒産法-レシーバー(receiver)について

前回のブログにおいても述べたとおり、DIFCの倒産処理法(Insolvency Law)は英国の倒産処理法(Insolvency Law)の強い影響を受けており、イギリスにおけると同様に、担保権者が、担保権の実行のためにレシーバー(receiver)と呼ばれる一種の管理人を任命し、レシーバーをして債務者(=担保権設定者)の全財産/事業を管理させる手続きを定めています(DIFC倒産処理法第14条以下)。イギリスでは、優秀なレシーバーが会社を再建させることに成功した例もあるそうで、担保権の実行だからといって、会社を清算解体するとは限らないという点がユニークであると思います。

このレシーバーを選任できる担保権者は会社の全財産または重要な事業を担保としている担保権者であり、イギリスでは浮動担保(floating charge)と呼ばれているものに相当すると考えられます。

浮動担保(floating charge)とは、会社財産全体を担保に取りつつ、ディフォルト発生前は債務者において自由にその処分と新たな財産の取得が可能であり(つまり担保対象財産が浮動(float)する)、ディフォルトが発生するとその時点での資産が担保対象財産として確定するものです。この担保対象財産の確定を(Crystalization)と呼んでいます。

この浮動担保(floating charge)は、債務者の倒産処理と密接に結びついており、債務者が倒産すると、担保権の実行として債務者である会社の事業全体を、担保権者が選任したレシーバー(receiver)の管理下に置き、清算でも再建でも好きなようにすることができる、というものです。日本では破産管財人や更生管財人は裁判所が選任しますし、民事再生の場合には再生債務者が引き続き会社を管理するわけですが、それとは全然異なり、担保債権者の側に会社の管理に関する権限を与えているわけです。

このように担保権者に強力な権限を与えているわけですが、この浮動担保は、個別の財産に対する担保には劣後するものとされています。

なお、イギリスでは、どのような金融取引に浮動担保が使われるかというと、社債の担保などが多いとのことです。債務者の総財産を担保とするという点と他の個別財産の担保に劣後するという点で、我が国の資産流動化法(いわゆるSPC法)の一般担保にちょっと似ていますが、担保権の実行の場面が全然違うわけです。

以上からわかるように、我が国には浮動担保やレシーバーに類似する制度はなく、窮境にある債務者が会社を再建するために、民事再生や会社更生の申し立てを行なうことを念頭に置いている我が国の倒産法とは、倒産処理に対する基本思想が全然違うということが分かると思います。

このように、債権者が債務者の事業を意のままにできるという意味において、「債権者にやさしい」倒産処理法がイギリスの制度であり、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法もこうしたイギリスの制度を輸入しているわけです。

前回はUAE(アラブ首長国連邦)の倒産処理法は、フランス法の伝統を受け継いでおり、日本の昔の倒産法と類似点があるということを説明しましたが、DIFCの倒産法とは、こうした大陸法系の法律が支配している地域において、イギリス法の直輸入をしたような制度が孤島のごとく存在するものなのです。

2. 会社の任意整理(Company Voluntary Arrangement)

前項においてDIFCの倒産処理法には英国のレシーバー(receiver)を輸入した制度があると述べましたが、これ以外には、会社の任意整理(Company Voluntary Arrangement)と清算(Winding up)の制度があります。

条文的には会社の任意整理の章が先にあるので、まずそちらから説明をします。

会社の任意整理は債務者である会社の取締役が任意整理(Voluntary arrangement)の案を作成し、任意整理実行のための整理委員(nominee)を指名します(DIFC倒産処理法第8条)。

このとき整理委員はDIFCの裁判所へ支払猶予(moratorium)の申し立てを行なうことができ、これが認められた場合、会社の清算や管理レシーバーの選任ができず、裁判所の許可なしには担保権の実行ができなくなります(DIFC倒産処理規則(Insolvency Regulation)3.5条及び3.6条)。

整理委員(nominee)は債権者集会を招集し、任意整理案の承認を求めます。優先債権者及び有担保債権者の権利に影響がある任意整理案は作成できませんが、任意整理案が4分の3以上の債権者の承認を得た場合には、出席の有無を問わず、招集通知を受けた債権者は全員これに拘束されることになります。裁判所の関与無しに実体的権利が変容されるという意味でかなり強引な制度ではないかという気がしますが、母法であるイギリス法でも同じです。

任意整理案が承認されなかった場合には、裁判所の命令による強制清算が行なわれることになります(DIFC倒産処理法第50条)。

日本の会社更生手続きでは、債権者の組み分けを行い、有担保債権者であってもその権利の変容を受ける場合があるわけですが、DIFCの倒産処理法は有担保債権者を優遇しているという評価もできるかと思います。

3. 清算(Winding up)-やっぱり「債権者にやさしい」倒産法

清算手続きは

  • 債務者による任意清算(Voluntary Winding up)
  • 債権者による任意清算(Creditor's Voluntary Winding up)
  • 裁判所の命令による強制清算(Compulsory Winding up)

の3種類があります。

このうち、債務者による任意清算(Voluntary Winding up)は債務者のイニシアチブによる会社の清算手続きですが、債権者に対して全額の支払が出来ない場合には、債権者集会の決議により債権者による任意清算(Creditor's Voluntary Winding up)の手続きに変更し、債権者によって選任された清算人(liquidator)による清算が行なわれます。(以上につき、DIFC倒産処理法第37条から第39条までを参照)。債権者による任意清算においては、債権者5人から構成される清算委員会の設置も可能です。

このように、清算の場面でも債権者の意思が尊重される倒産処理法であり、「債権者にやさしい」倒産法なのです。日本の破産法のように、支払不能や債務超過の債務者が自らのイニシアチブで破産手続きの申し立てをするのとは、相当手続きの性格というかその背後にある思想が違うということはお感じ頂けるかと思います。

裁判所の命令による強制清算(Compulsory Winding up)は、前述の債権者集会において任意整理案が否決された場合の他、支払不能、強制執行の不奏功、債務超過といった事由の場合に開始されます。

破綻した会社については、清算を促進するという考え方があるようであり、日本のように債務者又は債権者の申し立てに基づきという考え方が取られていないのは、会社制度自体に対する考え方が違うということでしょうか…。

清算の場合は平等弁済ということになります。もちろん、有担保債権者は優先されます。

この清算手続きについてはDIFCのアセット・マネジメント会社であるForsyth Parnersが倒産した際の処理に使われたことが報道されており、実例はあるようです。

4. まとめ

以上のとおり、「債権者にやさしい」倒産法がDIFCの倒産処理法であり、イギリスの制度の強い影響の下で作られています。

次回の記事ではいよいよ、本来は「債権者にやさしい」倒産処理法であったはずのDIFCの倒産処理法が、ドバイワールドとその傘下にある会社に適用される場合には、「債務者にやさしい」手続きになることを説明し、貿易保険など我が国の輸出信用機関制度とのかかわりに出来れば言及したいと思います。

付言しますと、小生のブログでは一度「イスラム諸国の破産法」というタイトルでアラブ諸国ないし、湾岸諸国の破産法、倒産法について解説をしたものがありますので、他の地域について関心がある方はそちらもご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html

2010年4月20日 (火)

イスラム金融(40)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法-その1

以前このブログで、イスラム諸国の倒産法を扱ったことがありますが、(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html)今回はドバイショックとの関連において、DIFC(ドバイ国際金融特別区; Dubai International Financial Center)(http://www.difc.ae/)の破産法ないし倒産法について、扱ってみたいと思います。

イスラム金融に興味が無い人でも、昨年の11月にドバイ首長国政府が保有するドバイワールドとその傘下の法人の債務の返済の延期を求めたことから始まったいわゆるドバイショック(http://m-words.jp/w/E38389E38390E382A4E382B7E383A7E38383E382AF.html)は、記憶されていることと思います。この件は、ドバイワールドと銀行団の交渉が続いており、3月には債務者側から銀行団へ返済計画案の提示があり、4月中にも銀行団からの返答が出される予定のようです(http://blog.goo.ne.jp/thinklive/e/5527b637f74104ce999c2d1ca1cac24f)。

「今のところ」という限定句は付きますが、ドバイショックは終息に向かっているかように思われますが、仮に話し合いによる解決が不調で、ドバイワールドに法的手続が適用された場合どうなっていたか?という問題に興味があり、過去数ヶ月の間、仕事の合間を見つけては、色々な資料を収集し、検討をしていました。本日はその検討結果の一部を公表したいと思います。

結論的には、昨年12月にドバイ政府が勅令で立法した特別法に基づき、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法(Law of Insolvency)が適用されることになります。ただし、「適用」といっても、DIFCの倒産処理法の内容を大幅に変更した債務者側にとって非常に有利な法律が適用されるというものです。

DIFCとはドバイ首長国の勅令によって作られた国際金融のための経済特別区であり、下記のリンクに掲載されている地図をご覧になればイメージも湧くかと思います。→http://kowloon.livedoor.biz/archives/51315828.html

1. UAE(アラブ首長国連邦)の司法制度とDIFCの司法制度

この問題を考える場合、UAEの司法制度全般から理解する必要があると思います。UAEは連邦国家であり、ドバイショックを起こしたドバイ首長国は連邦に属する国家のうちのひとつです。連邦制ですから、連邦法と各首長国の法と両方の法律が並存するわけです

UAEの法律は、ヨーロッパ大陸の法律であるcivil lawの系譜に属し、もともとフランス法を模範として立法されたエジプトの法律を輸入していますので、同じフランス法を模範として立法された我が国の法律といわば「従兄弟」の関係にあり、日本の法律を勉強した者にとっては分かりやすい面があります。

これに対して、DIFC(ドバイ国際金融特別区)はUAEの法律とは全く異なり、common lawと呼ばれる判例法である英国法に強く影響された法律を持っています。

以上を整理をすると、①ドバイ首長国の法律、②UAEの連邦法③DIFCの法律の3つの法律が並存しているという複雑な司法制度になっているわけです。ドバイの場合には、ドバイ首長国の裁判所、UAEの連邦裁判所そしてDIFCの裁判所があります。

2. 各司法制度の棲み分け

そこで、上記の3つの司法制度がどのように棲み分けをしているのかですが、DIFC(ドバイ国際金融特別区)はドバイ首長国の国家主権の下で創設されたものですから、DIFCの裁判所とドバイ首長国の裁判所との関係は、同一の国家内の裁判管轄の衝突の問題となります。ところが、ドバイ首長国の民事訴訟法(Federal Civil Procedure Law (Law No.11 of 1992)もDIFCの法律も、相互乗り入れを認めるかのような規定となっていたため、解釈上疑義がありました。

そこで、ドバイの裁判所とDIFCの裁判所は、2009年12月7日にプロトコルを締結し、

① DIFCの裁判所は、

  • DIFC又はDIFCによって営業免許を与えられている会社が巻き込まれている民事事件又は商事事件の全てについて専属的な管轄権を有すること
  • DIFC内においてその全部又は一部を履行する契約又は金融取引から生じ、又はこれに関連する民事事件又は商事事件についても管轄権を有すること

② これら以外の事件(刑事事件を含む。)については、ドバイの裁判所が管轄権を有すること

を確認しています。

3. UAEの倒産処理法の法源とDIFCの倒産処理法の法源

UAEには、破産や倒産を意味する"bankruptcy"や"insolvency"が法典の名前として付けられた法律はありません。しかしながら、UAEの連邦法であるCommerical Transaction Law(以下「UAE商取引法」という。)には、倒産処理に関する規定が含まれており、これがUAEの倒産処理法の法源となっています。

倒産処理法がUAE商取引法に含まれていることからも推測できると思いますが、この法律は「商人破産主義」といって商人にしか破産を認めない制度です。一般のサラリーマンについては破産の概念が無い考え方です。UAEのサラリーマンの場合どうなるかというと、アラビア語では「ハジル」と呼ばれる身分制限を受け、財産を没収され債権者の間で分配されることになります。我が国のように破産管財人など選任されません。

話は脱線しますが、UAEの法律はエジプトの法律を輸入しているもので、元になったエジプトの法律はフランス法を模範としています。商人破産主義とはフランス法の系譜にある考え方であり、明治時代に制定され大正11年に廃止になった日本の昔の破産制度もフランス法に倣ったものでした。

ついでに更に脱線しますが、イスラム金融において時々参照されている「マジャッラ」(The Mejelle)と呼ばれるハナフィー派のイスラム法を法典化したオスマントルコ帝国の民法典も実はフランス法を模範としたエジプト法を参照しており、いわゆるパンデクテン・システム(http://blog.goo.ne.jp/blawg/e/c3bce3dc43863f732e6b31862501a748)を採用しています。フランス法を模範として制定された我が国の民法を勉強をした経験のある者にとっては、意外と取っ付き易い法典です。というのは、英米法系の弁護士にはパンデクテン・システムは分かりにくいようですが、日本の法律を学んだ者にとっては、何処を見れば何が規定されているか推測が付くという意味で、使い勝手が良い面があるからです。なお、「マジャッラ」の英訳の入手はかつては非常に困難なものだったそうですが、最近では外国の書店でネットで注文できます。

4. ドバイワールド及びその傘下企業の法的地位

昨年の12月にスクーク(sukuk; イスラム債)のデイフォルト騒ぎを起こしたナヒール開発(Nakheel Development Limited)はドバイワールドのグループ会社ですが、ドバイワールドは、ドバイ首長の勅令に基づき設立された法人であり、DIFCの法律に基づき設立された会社には該当しません。従って、何らかの立法的な手当てがない限りは、DIFCの法律に従った倒産処理手続を開始することが出来ないわけです。

他方において、UAE商取引法によれば、商人(trader)とは「商行為(commercial activities)に従事する個人又は会社」と定義されており、UAEの会社法に準拠して設立された会社であれば、商人に該当するといえるのですが、ドバイ首長の勅令に基づき設立された法人であるドバイワールドグループがこれに該当するかどうか疑義がありました。

そこで、ドバイショックの際に、ドバイ首長は勅令を出し(Decree No.57 of 2009)、ドバイグループの法人にDIFCの倒産処理法(Insolvency Law)が修正のうえ適用されることにしたわけです。

次回は、ドバイグループ法人に適用されるDIFCの倒産処理法の解説をしたいと思います。

« 2009年11月 | トップページ | 2010年5月 »