イスラム金融(41)UAE(アラブ首長国連邦)とDIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法-その2
今回は前回のブログの続きでドバイショックに関連して、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産法(http://difc.complinet.com/en/display/display_viewall.html?rbid=2618&element_id=9482)について解説をしたいと思います。
1. 「債権者にやさしい」倒産法-レシーバー(receiver)について
前回のブログにおいても述べたとおり、DIFCの倒産処理法(Insolvency Law)は英国の倒産処理法(Insolvency Law)の強い影響を受けており、イギリスにおけると同様に、担保権者が、担保権の実行のためにレシーバー(receiver)と呼ばれる一種の管理人を任命し、レシーバーをして債務者(=担保権設定者)の全財産/事業を管理させる手続きを定めています(DIFC倒産処理法第14条以下)。イギリスでは、優秀なレシーバーが会社を再建させることに成功した例もあるそうで、担保権の実行だからといって、会社を清算解体するとは限らないという点がユニークであると思います。
このレシーバーを選任できる担保権者は会社の全財産または重要な事業を担保としている担保権者であり、イギリスでは浮動担保(floating charge)と呼ばれているものに相当すると考えられます。
浮動担保(floating charge)とは、会社財産全体を担保に取りつつ、ディフォルト発生前は債務者において自由にその処分と新たな財産の取得が可能であり(つまり担保対象財産が浮動(float)する)、ディフォルトが発生するとその時点での資産が担保対象財産として確定するものです。この担保対象財産の確定を(Crystalization)と呼んでいます。
この浮動担保(floating charge)は、債務者の倒産処理と密接に結びついており、債務者が倒産すると、担保権の実行として債務者である会社の事業全体を、担保権者が選任したレシーバー(receiver)の管理下に置き、清算でも再建でも好きなようにすることができる、というものです。日本では破産管財人や更生管財人は裁判所が選任しますし、民事再生の場合には再生債務者が引き続き会社を管理するわけですが、それとは全然異なり、担保債権者の側に会社の管理に関する権限を与えているわけです。
このように担保権者に強力な権限を与えているわけですが、この浮動担保は、個別の財産に対する担保には劣後するものとされています。
なお、イギリスでは、どのような金融取引に浮動担保が使われるかというと、社債の担保などが多いとのことです。債務者の総財産を担保とするという点と他の個別財産の担保に劣後するという点で、我が国の資産流動化法(いわゆるSPC法)の一般担保にちょっと似ていますが、担保権の実行の場面が全然違うわけです。
以上からわかるように、我が国には浮動担保やレシーバーに類似する制度はなく、窮境にある債務者が会社を再建するために、民事再生や会社更生の申し立てを行なうことを念頭に置いている我が国の倒産法とは、倒産処理に対する基本思想が全然違うということが分かると思います。
このように、債権者が債務者の事業を意のままにできるという意味において、「債権者にやさしい」倒産処理法がイギリスの制度であり、DIFC(ドバイ国際金融特別区)の倒産処理法もこうしたイギリスの制度を輸入しているわけです。
前回はUAE(アラブ首長国連邦)の倒産処理法は、フランス法の伝統を受け継いでおり、日本の昔の倒産法と類似点があるということを説明しましたが、DIFCの倒産法とは、こうした大陸法系の法律が支配している地域において、イギリス法の直輸入をしたような制度が孤島のごとく存在するものなのです。
2. 会社の任意整理(Company Voluntary Arrangement)
前項においてDIFCの倒産処理法には英国のレシーバー(receiver)を輸入した制度があると述べましたが、これ以外には、会社の任意整理(Company Voluntary Arrangement)と清算(Winding up)の制度があります。
条文的には会社の任意整理の章が先にあるので、まずそちらから説明をします。
会社の任意整理は債務者である会社の取締役が任意整理(Voluntary arrangement)の案を作成し、任意整理実行のための整理委員(nominee)を指名します(DIFC倒産処理法第8条)。
このとき整理委員はDIFCの裁判所へ支払猶予(moratorium)の申し立てを行なうことができ、これが認められた場合、会社の清算や管理レシーバーの選任ができず、裁判所の許可なしには担保権の実行ができなくなります(DIFC倒産処理規則(Insolvency Regulation)3.5条及び3.6条)。
整理委員(nominee)は債権者集会を招集し、任意整理案の承認を求めます。優先債権者及び有担保債権者の権利に影響がある任意整理案は作成できませんが、任意整理案が4分の3以上の債権者の承認を得た場合には、出席の有無を問わず、招集通知を受けた債権者は全員これに拘束されることになります。裁判所の関与無しに実体的権利が変容されるという意味でかなり強引な制度ではないかという気がしますが、母法であるイギリス法でも同じです。
任意整理案が承認されなかった場合には、裁判所の命令による強制清算が行なわれることになります(DIFC倒産処理法第50条)。
日本の会社更生手続きでは、債権者の組み分けを行い、有担保債権者であってもその権利の変容を受ける場合があるわけですが、DIFCの倒産処理法は有担保債権者を優遇しているという評価もできるかと思います。
3. 清算(Winding up)-やっぱり「債権者にやさしい」倒産法
清算手続きは
- 債務者による任意清算(Voluntary Winding up)
- 債権者による任意清算(Creditor's Voluntary Winding up)
- 裁判所の命令による強制清算(Compulsory Winding up)
の3種類があります。
このうち、債務者による任意清算(Voluntary Winding up)は債務者のイニシアチブによる会社の清算手続きですが、債権者に対して全額の支払が出来ない場合には、債権者集会の決議により債権者による任意清算(Creditor's Voluntary Winding up)の手続きに変更し、債権者によって選任された清算人(liquidator)による清算が行なわれます。(以上につき、DIFC倒産処理法第37条から第39条までを参照)。債権者による任意清算においては、債権者5人から構成される清算委員会の設置も可能です。
このように、清算の場面でも債権者の意思が尊重される倒産処理法であり、「債権者にやさしい」倒産法なのです。日本の破産法のように、支払不能や債務超過の債務者が自らのイニシアチブで破産手続きの申し立てをするのとは、相当手続きの性格というかその背後にある思想が違うということはお感じ頂けるかと思います。
裁判所の命令による強制清算(Compulsory Winding up)は、前述の債権者集会において任意整理案が否決された場合の他、支払不能、強制執行の不奏功、債務超過といった事由の場合に開始されます。
破綻した会社については、清算を促進するという考え方があるようであり、日本のように債務者又は債権者の申し立てに基づきという考え方が取られていないのは、会社制度自体に対する考え方が違うということでしょうか…。
清算の場合は平等弁済ということになります。もちろん、有担保債権者は優先されます。
この清算手続きについてはDIFCのアセット・マネジメント会社であるForsyth Parnersが倒産した際の処理に使われたことが報道されており、実例はあるようです。
4. まとめ
以上のとおり、「債権者にやさしい」倒産法がDIFCの倒産処理法であり、イギリスの制度の強い影響の下で作られています。
次回の記事ではいよいよ、本来は「債権者にやさしい」倒産処理法であったはずのDIFCの倒産処理法が、ドバイワールドとその傘下にある会社に適用される場合には、「債務者にやさしい」手続きになることを説明し、貿易保険など我が国の輸出信用機関制度とのかかわりに出来れば言及したいと思います。
付言しますと、小生のブログでは一度「イスラム諸国の破産法」というタイトルでアラブ諸国ないし、湾岸諸国の破産法、倒産法について解説をしたものがありますので、他の地域について関心がある方はそちらもご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html