イスラム金融(39)IFSBのイスラム金融セミナーへ行ってきました(その6)(シャリーア(イスラム法)と世俗法との衝突に関する判例)
ISFB(Islamic Financial Services Board)のイスラム金融セミナーの2日目の最初のセッションであるセッション4の後半の報告です。セッション4の全部を記載した原稿を作ってみたのですが、長すぎるので、セッション4は前半と後半に分けることにしました。
Mohamad判事のプレゼンの後は、Charles Proctor弁護士(Bird & Bird法律事務所)及びHsan Rizvi弁護士(Taylor Wessing法律事務所)の二人のプレゼンでした。このうちRizvi弁護士の話はイスラム金融にかかる法律一般を扱っていたもので、筆者の関心を引くものではありませんでしたが、Proctor弁護士のプレゼンは、シャリーア(イスラム法)と英国法の衝突する場面についての話が含まれており、今後我が国でイスラム金融を扱う場合、同様にシャリーア(イスラム法)と日本法とが衝突する場面も生じうることから、筆者の興味を引く論点でした。本日はこの点を中心に扱います。
1. 準拠法の問題…英国の裁判例
Proctor弁護士が最初に言及したのが、イスラム金融に関する契約書の準拠法条項の解釈が問題となった英国の裁判所の判例です。
これは、Beximco Pharmaceuticals v. Shamil Bank of Bahrain & Othersという名前の事件であって、以前このブログにおいて触れたことがあります(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/9_0c9c.html)。これを引用している邦語文献もみかけたことがあるので、有名な事件のようです。
この事件では次のような契約の準拠法条項の解釈が争点となりました。
"Subject to the principles of the glorious Shari'a, the agreement will be governed by and construed in accordance with the laws of England"(試訳:栄光あるシャリーアの諸原理に従うことを条件とし、本契約は英国法に準拠し、解釈されるものとする。)
この準拠法条項は、シャリーア(イスラム法)と両立しない限度において英国法が適用されないという趣旨に読めますが、裁判所はシャリーアは国の法律ではないので準拠法になり得ないと述べ、英国法に従った判断をしています。
Proctor弁護士によれば、
- サウジアラビアのようにシャリーアが一国の法律の最高位にある国である場合、別の判断もするのではないか。
- そもそもこの事案において、Financerは裏付け資産のリスクを取っておらず、その意味ではシャリーアを適用していれば、問題がある事案とされたかも知れない。
- しかし、英国の裁判所は英国法を使いたいというpolitical considerationがあったので、シャリーアの適用を退けたのではないか。
- 本件の準拠法条項はドラフトの仕方として問題があり、準拠法としては英国法と明記しつつ、契約書の前文の部分でシャリーア(イスラム法)に従ったファイナンスであることを詳細に記載すべきであった。(この点についてはSession 4のコーディネーターRoberta Calarese女史も同じような発言をしていました。)
とのコメントを述べていました。
イスラム金融の契約書作成のテクニックとして参考になることだと思います。
そのほかイスラム金融に関する英国の裁判所の判例としては、
- Islamic Investment Company v. Symphony Gems
- Riyad Bank v. Ahli Bank (UK) plc
を挙げていましたが、前者はunderlying assetsのリスクは債務者が取ることになっていた事案でシャリーア(イスラム法)適格かどうか問題があった事案だが、裁判所はシャリーアの問題を回避して判断しており、講演のトピックに正面から応えたものではなく、後者はイジャーラ(イスラム流リース)のファンドのマネージャーの注意義務が問題となったケースだが講演のトピックとは関係がないとのこと。(ちなみに筆者は両方の判決の原文をチェックしてみましたが、準拠法条項についての判断らしきものはありませんでした。)
2. 宗教法であるシャリーア(イスラム法)と世俗法であるコモン・ロー(判例法)との衝突
Proctor弁護士によれば、上記の英国の裁判例よりも以下に紹介するマレーシアの裁判例のほうがシャリーア(イスラム法)とコモン・ロー(判例法)との衝突に関する研究には適切な題材であるとのことです。
筆者の注釈を加えますと、マレーシアは英国の植民地であったことから英国法の影響を強く受けており、英国のコモン・ロー(判例法)を継受しています。従って、マレーシアの裁判官は英国の判例法を引用して判断することもあるようです。
Proctor弁護士が引用した判例は以下の通りです。
- Tinta Press v. Bank Islam Malaysia
- Bank Islam Malaysia v. Adnan bin Omar
- Arab-Malaysian Merchant Bank v. Silver Concepts
- Bank Kerjasama Rakyat Malaysia v. Naval Dockyard
- Affin Bank v. Zulkifli Abdullah
- Arab-Malaysian Bank v. Taman Ihsan Jaya
全部の事案ではないのですが、これらの判例の事案において、マレーシアのシャリーア(イスラム法)解釈の下で許容されているイスラム金融の手法であるAl-Bai-Bithaman Ajil("BBA")というものが問題となっています。これは、金融機関が資金需要者(通常金融では借入人に該当する。)から不動産
等を一旦買取り、これを資金需要者に対して分割払いで再売買する取引です。金融機関
が資金需要者から資産
を買い取ったときの代金が、通常金融における貸付け元本に相当します。再売買の価格は分割払いの期間の金利や手数料を考慮して、当初金融機関
が買い取った価格に上乗せをした金額となります。この上乗せ部分が通常金融のローンで言えば、金利に該当します。従って、再売買をして資産
を資金需要者に引き渡した後は、金融機関
の資金需要者に対する分割払いの金銭債権が残るわけです。分割払いの金銭債権を担保するために、この資産
には担保権(charge)が設定されます。
このような手法のBBAは銀行ローンと同じような経済効果を持つわけですが、一般の消費者の住宅金融にも用いられているおり、裁判所で争われた事案では10年以上の長期金融もありました。長期の金融になりますので、資金需要者(=実質は借入人)が銀行
に対して支払う金額の総額は、銀行が当該資産
を買い取った金額を大幅に上回る金額となることになります。
通常金融における銀行ローンでも長期のローンを組めば、金利部分が相当大きくなるので、満期まで支払う前提であれば、経済効果は銀行ローンと変わりません。
ところが、資金需要者(=債務者)が満期まで支払いを継続せずに途中でBBA契約の期限の利益を喪失した場合でもイスラム銀行との約定に基づく再売買の代金全額を支払わなければならないのでしょうか?判例で問題となったケースは、分割払いを開始してから間もなく分割払いの継続ができなくなり、イスラム銀行が担保にとった資産需要者(=債務者)の資産の担保権を実行したというもので、その場合、イスラム銀行は再売買の約定代金全額を債務者から受領できるのか?それとも、元本相当額とこれに対する債権回収日までの金利相当額しか受領できないのか?が争点になっています。
通常金融の銀行ローンであれば、元本に完済日までの金利を加算した額しか受領できないわけですが、もしも如何なる場合においてもイスラム銀行が再売買の約定代金全額を債務者から受領できるとしたら、当初予定の分割払い完了日までの金利を受領できるのと同じ結果となります。
Proctor弁護士が引用したAffin Bank Berhad v Zulkifli bin Abdullah (http://islamicbanker.wordpress.com/2008/07/11affin-bank-berhad-v-zulkifli-bin-abdullah/)においては、裁判所は、BBAが途中で期限の利益を喪失した場合には、資金需要者(=債務者)は満期までそのfacilityの便益を受けていなかったので、銀行が債務者から受領できるのは、元本相当額及び判決日までの金利相当額並びに債務者が完済する日までの金利相当額に限られるという趣旨の判断をしています。
Proctor弁護士は引用していませんでしたが、裁判所が同様の判断をしている事案として筆者が偶然見つけたものとしては、Malaysian Bank Bhd v. Ya'Kup Oje & Anor(http://www.cljlaw.com/public/cotw-070914.htm)というのもあります。
シャリーア(イスラム法)を形式的に適用すれば、イスラム銀行は再売買の代金を全額受領できたのかも知れないわけですが、裁判所は通常金融の銀行ローンと比べて不公平な結果となるのを回避するために、イスラム銀行が受領できる代金を実際上制限しているケースと考えることができ、マレーシアの裁判所の場合必ずしもシャリーア(イスラム法)の通り判断するわけではなく、この国におけるシャリーア(イスラム法)の国法上の位置づけについての考え方を窺わせるものであると思いました。
プレゼン終了後のフロアとのやり取りにおいても、シャリーア(イスラム法)学者は当該取引が例えば、ムダーラバ、ムシャーラカ、ムラーバハ、サラム、イスティスナー、イジャーラといったシャリーア(イスラム法)において認められている取引類型に形式的に合致するかどうかという判断をするだけであって、それ以上の判断はしないとのことですから、イスラム金融商品の開発をする場合には、シャリーア(イスラム法)学者の意見だけではなく、それ以外の適用法令についての専門家のアドバイスも徴求しなければならないということを示しているのだと思います。
なお、セッション4の前半部分http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/38ifsb5-0037.html)の記事で触れましたが、2009年の法改正により裁判所はシャリーア(イスラム法)の解釈が争点となった場合には、マレーシア中央銀行のシャリーア・アドバイザリー・ボードにreferしなければならず、裁判所はその判断に拘束されるとのことですので、このような法改正が上記の裁判所の考え方に影響が生じてくる可能性があるのかどうか少し関心があるところでしたが、フロアからの質問でもこの点まで踏み込んだものはありませんでした。
最後になりますが、マレーシアのイスラム金融に関する判例を集めた資料をネットで見つけましたので、ご参考のためにリンクを貼ります。→http://www.ifnforums.com/pdf/Reported%20case%20law%20on%20Islamic%20banking%20finance.pdf
以上