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2009年6月

2009年6月 4日 (木)

イスラム金融(33)スクーク(イスラム債)のディフォルト事例

大分長い間ブログをサボっていましたが、最近スクーク(sukuk)(イスラム債)のディフォルト事例が出たという興味のあるニュースに接しましたので、そのことについて書きます。

問題のスクークの発行体はSPCですが、実質上発行により資金の調達を行ったのはクエート最大のInvestment Darという投資会社です(http://en.wikipedia.org/wiki/Investment_Dar)。

今年に入ってからだったと思いますが、日本のマスコミではむしろドバイあたりの不動産バブルの崩壊の方を派手に取り上げていましたが、知人からは実は湾岸諸国の中でも、クエートはもっと悪いとも聞かされていました。従って、スクーク(イスラム債)のディフォルトのニュースに接し、「やっぱりな…」と思った次第です。

ディフォルトになったスクーク(イスラム債)は2銘柄です。発行体はいずれもSPCで、一つはバーレーンに設立されたThe Investment Dar Sukuk Company B.S.C.が発行し、バーレーンにおいて上場されたスクーク(イスラム債)であり、もう一つはケイマン諸島において設立されたTID Global Sukuk I Limitedが発行し、ドバイ国際金融取引所において上場されたスクーク(イスラム債)です。TID Global Sukuk I Limitedの方は表向きはディフォルトという言い方をしていませんが、発行体であるSPCの解散事由が生じ、スクーク(イスラム債)の強制早期償還が行われるとのことですから、ディフォルトと考えてよいと思います。前者のスクークの投資家に対するディフォルト通知はネット上に落ちていますので、下記のwebページをご覧下さい。→http://www.bahrainstock.com/bahrainstock/bse/pdf/PRPressReleases/SUKUK_20090512_PR.pdf

さて、ディフォルトになったスクークのストラクチャーがどのようなものであったかですが、いずれもムシャーラカ(musharakah)をベースとしたスクークのようです。ムシャーラカとは既にこのブログで一度取り上げていますが、イスラム流パートナーシップとでも言うことができるものです。(ムシャーラカについては、http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.htmlを、スクークについては、http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html及びhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/305-4d01.htmlをご参照下さい。)

本件スクークの目論見書を入手しておりませんので、情報の正確性は保証できませんが、いくつかの二次的資料に基づいて想像するに、添付のスクークのストラクチャー図に記載したようなものであったと思われます。(Investment Darのスクークのストラクチャー図→structure_of_sukuk_of_investment_dar.doc」をダウンロード)

要するに、スクークの発行体であるSPCが実質上の資金調達者であるInvestment Darとイスラム流パートナーシップであるムシャーラカを組成し、SPCはスクークの発行により投資家からかき集めた資金を出資し、Investment Darは事業のための資産を出資するというものです。従って、発行されたスクークの裏付け資産はムシャーラカ事業に帰属する資産であり、SPCとInvestment Darとはその資産を共有(日本法の組合に近いものと考えれば合有)し、スクークは観念上当該資産に対する持分を表章する有価証券であるということができると思います。

Investment Darはムシャーラカ事業の運営を行います。日本法的に言えば業務執行組合員のようなものでしょうね。

添付のスクークのストラクチャー図にも描きましたが、Investment DarはSPCに対して、SPCが保有するムシャーラカ持分を定期的に買い取る旨の約束をしています。 これがPurchase Undertakingです。Investment DarがSPCからムシャーラカ持分を買い取ると、その代金はスクークの定期償還の資金になります。このPurchase Undertakingは、ムシャーラカ契約とは別のInvestment Darによる片面的な約束(Wa'd又はW'adah又は'Ahd)という形式をとりますが、何故そのような形式をとるかについては、http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/19_1e15.htmlをご参照下さい。

加えて、他の類似案件との比較で言えば、この種のムシャーラカでは、SPCの持分をInvestment Darにリース(イジャーラ)し、その賃料収入が金利の支払に充てられるというスキームを採用していることも想像されるのですが、本件スクークの目論見書を入手していないため、この点はよくわかりません。イスラム流リースともいうべきイジャーラについては、http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.htmlをご参照下さい。)

以上の説明からわかるように、本件スクーク(イスラム債)の償還のための原資はInvestment Darから支払われるSPC保有のムシャーラカ持分の買取代金の支払に大きく依存しています。従って、Investment Darの信用リスクが発生すれば、その影響をモロに受けるものです。

ところが、クエート経済の悪化に伴い、Investment Darの株価は93パーセントも下落したという話もあり、Investmnent Darには資金が無く、ムシャーラカ持分の買取が出来ない→SPCにはスクークの償還資金が無い→スクークはディフォルトになる、といった経路を辿ったのではないかと思います。

そこで、本件スクークのディフォルトに関してどのような法律問題が考えられるかですが、ちょっと考えただけでも次のような問題が考えられます。

1. SPCが倒産した場合の準拠法…SPCの設立地で倒産処理手続きが開始するのであれば、当該設立地の法律が準拠法になるのが原則ではないかと思いますが、SPCはおそらくペーパーカンパニーであって、スクークの裏付け資産がSPCの設立地に無いのであれば、SPCの設立地において倒産処理手続きを開始することが適当なのかどうか疑問があります。

2. SPCの資産の保全…SPCの資産としては、ムシャーラカ事業に属する資産に対する持分と考えられますが、保全ができるのか、という疑問です。特に資産の名義がManager(業務執行パートナー)であるInvestment Darの名義であれば、Investment Darの債権者による差押を回避するのが難しそうです。日本法のように第三者異議の訴えでこれを排除することができるのでしょうか?このあたりは当該資産が所在する国での制定法の問題も関係があると思います。

いずれ別項目で扱いたいと考えている論点ですが、一般にMENAと呼ばれる中近東から北アフリカまでのイスラム教国において、不動産の公示制度が不十分である(動産は不動産よりももっと整備されていない)という指摘もあり、そうだとすると、SPCがムシャーラカの資産について自分の持分を主張することが事実上難しいケースも考えられます。

また、Investment Darが自己が管理するムシャーラカに属する資産を、自己の債権者への弁済として処分したりすると、それを取り返すのは非常に困難ではないかと思います。そこで、弁護士として考えそうなことは、Investment Darからムシャーラカに属する資産の管理権を剥奪して、SPCへ移管することですが、契約上そのあたりの手当ては出来ているのでしょうか?また契約上の手当てが出来ているとして、それを実行するための法的な手続きが現地の法律において整備されているのかどうかも気になる点です。

これに対して、ムシャーラカ事業自身も損失が生じている場合には、ムシャーラカ事業の債権者は、まずムシャーラカ資産の差押にかかるでしょうから、ムシャーラカ資産はムシャーラカ事業の債権者の手に渡り、SPCがムシャーラカ資産に対する持分を主張することは出来ないであろうと思われます。

3. ムシャーラカの損失負担…ムシャーラカ事業自身に損失が生じている場合、SPCはInvestment Darとともにムシャーラカ事業の債権者に対して連帯責任を負うのかどうかという問題もあります。実はイスラム法の本を調べたり、イスラム法の研究者の方に質問をしても、いまひとつ明確な答えが得られていない点です。小生の手元にはAAOIFI(Accounting and Auditing Organization for Islamic Financial Institutions)から出されているシャリーア基準なる文献があるのですが、これによれば、Sharika al-acd(ムシャーラカと考えてよいと思います。)の損失は各パートナーの持分割合に応じて負担することとされています。これが、ムシャーラカ事業の債権者に対するものであるとすると、SPCはその持分割合に応じてに責任を負うことになりそうです。日本の民法674条に似ていますよね。

バーレーンのCommercial Companies LawにはGeneral Partnership CompanyとLimited Partnership Companyがあり、general partnershipの場合には、各パートナーがパートナーシップの債権者に対してその個人財産をもってjointlyに責任を負う旨の規定があります。本件のムシャーラカがgeneral partnershipなのかlimited partnershipなのかは目論見書を入手していないため不明です。

4. スクークの所持人とパートナーシップ事業の債権者との間の優劣関係…上記によれば、パートナーシップに損失が生じている場合、パートナーシップ事業の債権者への支払ができず、SPCの破産という事態も考えられますが、その場合、スクークの所持人の権利とパートナーシップ事業の債権者との間に優劣関係があるのでしょうか?これも良くわからない点です。スクークの所持人の権利は西欧的な法制度の下での社債と異なり、出資者としての権利という性格を持っています。そうすると、通常の債権者であるパートナーシップ事業の債権者の権利とは、その性格が違うのではないかという疑問があります。もしも、スクーク所持人の権利がパートナーシップ事業の債権者に劣後するようであれば、この種のスクークのディフォルトの際の回収率は非常に低いものになる可能性もあります。このあたりは、今まで研究した範囲では論じている文献が見当たりません。問題提起だけにとどめておきたいと思います。

5. スクーク所持人の裏づけ資産に対する権利…スクークとは西欧的な法制度の下での社債と異なり、スクークの裏づけとなっている資産に対する持分を表章する有価証券であるといわれていますが、スクーク所持人は、裏付け資産であるムシャーラカ事業にかかる資産に対して直接権利行使ができるのでしょうか?裏づけ資産の名義がスクークの所持人になっていたり、裏付け資産の所在地の実体法の定めに従った担保権が設定されている場合は話は別でしょうが、スクーク所持人が自分の名義でもないし、制定法に基づく担保権も設定されていないものについて、そもそもどのようにして自己の権利を実行することができるのか疑問があります。恐らくスクークは裏付け資産に対する持分を表章している有価証券であるというのは、観念的なものに過ぎず、スクークの発行体が解散→清算でもされない限り、直接裏付け資産に対する権利を主張することは出来ないのではないかと考えております。但し、この点も今まで研究したところでは、明確に論じている文献は見当たりませんでした。

6. Purchase Undertakingに関する権利の性質…スクークの償還はInvestment DarによるPurchase Undertakingの履行に大きく依存しているわけですが、これがどの程度強い権利なのかという問題です。イスラム法の文献によれば、そもそもこの種のUndertakingについて法的な義務と認めるべきかどうかイスラム法学者の間で見解の相違があるそうです。イスラム金融の推進に積極的なイスラム法学者の間では一応法的に有効と考えられていますが、通常の債権と同視できるのかどうかという疑問です。

Undertakingとは一方的な約束であって、その約束を破った場合には、約束を破ったことによる損害賠償を求めることができるとされていますので、損害賠償を求める場合は通常の債権と同じ性質のもので、同順位となると考えることもできると思いますが、この点についてもイスラム法の文献では明確とはいえません。

もしも同順位ではなく、Investment Darの一般債権者に劣後するようであれば、Investment Darの信用リスクが発生した場合、西欧的な無担保普通社債よりももっと回収率が低い金融商品であるということになります。

報道によればInvestment Darは来る6月8日に投資家との交渉をドバイにおいて行うということになっているそうですので、そのときにはもしかすると進展があり、上記の問題点に回答が出されるかも知れません。今後の発展に注目したいと思います。

以上思いつくままに色々と問題点を書きましたが、このほかにもあるはずです。残りについては、別の機会に触れたいと思います。

本日はここまで。

[追記:2009年9月28日-29日にクアラルンプールにて開催されたIFSBのイスラム金融セミナーにおいて、シャリーア(イスラム法)学者の立場からの倒産ないし破産の場合における資産の保全方法についてのプレゼンがあり、別のブログ記事においてその報告をしています。関心のある方はご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/37ifsb4-fa18.html (2009年11月12日)]

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