ちょっと古い話になって恐縮ですが、去る9月19日に金融庁より「平成20年金融商品取引法等の一部改正に係る政令案・内閣府令案等」のパブリックコメントが発表されました。(URL: http://www.fsa.go.jp/news/20/20080919-6.html)平成20年の銀行法の改正においてイスラム金融を解禁するというニュースが流れていましたので、どの規定で手当てをするのだろうか、という関心があったのですが、公表された銀行法施行規則の改正案によれば、銀行法第16条の2第2項第2号に規定する「金融関連業務」の一つとして、銀行法施行規則の第17条第2項に新たに第2号の2を追加し、次のように定められています。
「金銭の貸付け以外の取引に係る業務であって、金銭の貸付と同視すべきもの(宗教上の規律の制約により利息を受領することが禁じられており、かつ、当該取引が金銭の貸付け以外の取引について専門的な知見を有する者により構成される合議体の機関による判定により行われるものに限る。)」
同様の規定は、保険業法施行規則56条の2第2項、長期信用銀行法施行規則第4条の5第2項、信用金庫法施行規則第64条第5項、協同組合による金融事業に関する法律施行規則、労働金庫法施行規則第45条第5項その他幾つかの命令に追加される旨規定されています。
要するに、子会社又は兄弟会社によってイスラム金融を行うことができるという趣旨の改正案であると思われます。
金融関連業務を営む銀行子会社は認可制ですので(銀行法第16条の2第4項)、イスラム金融子会社も認可制になると考えられます。
従って、上記引用の銀行法施行規則の規定に該当するかどうか、或いはどのような条件で認可するかは基本的には金融庁の解釈にゆだねられることになろうかと思います。
このブログで過去において繰り返し書かせて頂いていることですが、イスラム金融は実物取引の裏づけを原則として必要とする金融取引ですから、実物取引に伴う様々なリスクを負うことになります。金融機関本体にイスラム金融に従事させず、その子会社を通じて従事させるというのは、実物取引に伴うリスクに直接晒されることが無いようにさせるためであろうと思われます。そのような意味では、一つの政策的な判断と考えられますし、イスラム諸国の金融機関ですら、子会社方式でイスラム金融に従事しているものがある、という話を聞いたことがありますので、日本だけの特殊な扱いでもないと思います。
しかしながら、銀行法施行規則の改正案を読んでみますと、例えば「金銭の貸付と同視すべきもの」とはどのような基準で判断するのか、といったことが分かりません。例えば、ムシャーラカ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html)やムダーラバ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html)のような組合型のイスラム金融の手法は、損益分配の原理に基づくものであって、貸付というよりはむしろ投資に近いと思います。また、ムシャーラカやムダーラバにおいて、投資家に対して一定の利益を保証するものは、イスラム法に反する可能性があります。更に、以前このブログでも書いたように、投資家に対して一定の分配が行われるように工夫されているスクーク(イスラム債)について、AAOIFI(イスラム金融会計・監査基準機構)からイスラム法に反する疑いがあるという声明が出されています(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html)ので、今後は、貸付に近い商品設計が難しくなるのではないかとも考えられます。従って、「金銭の貸付と同視すべきもの」という字句を狭く解釈すると、改正銀行法施行規則の下での、イスラム金融の商品設計が狭くなる虞があるという懸念があります。
次に、「専門的な知見を有する者により構成される合議体の機関による判定」という部分は、シャリーア委員会ないしシャリーアボードを念頭に置いているものと思われます。イスラム金融においては、イスラム法学者から構成されるシャリア委員会よりイスラム法(シャリーア)に反しないというお墨付きを貰っているわけですが、そのような実務に照らしてイスラム金融を定義しているのであろう、と推測されます。
というのは、イスラム金融における商品設計は多様であり、政省令において網羅的に規定するのは不可能と考えられますので、シャリーア委員会のシャリア適格判定が行われる取引であるということを、イスラム金融の定義に取り込んでいるのであろうと思われます。
一つの立法技術でしょうが、不明確な点はあります。例えば、シャリア委員会の判定は個別の取引ごとに必要なのでしょうか?同じフォームを使った別の顧客との取引でも、シャリア委員会による判定は必要なのでしょうか?現に、ムラーバハ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html)のように頻繁に使われているものでは、イスラム諸国でも個別の取引ごとにシャリア委員会の判定を得ているわけではないようだとの情報もあります。シャリア委員会の判定を得るのに手間がかかるため、一度取引のフォームが固まると同じフォームによる取引が繰り返される傾向があるという報道もあります。
パブリックコメントにより公表された銀行法施行規則案は、このように色々な解釈が可能なもので大雑把なものだと言わざるを得ません。恐らく、広く解釈することも可能な規定を定めつつ、認可の取得やその後の金融庁の監督の際に、裁量によってわが国の金融機関が営むイスラム金融を規制しようというのが金融庁の方針ではないかな、という感じがしました。このような手法は他の分野でも行われていることであり、物珍しいことではありませんが、金融庁との交渉の際には、イスラム法やイスラム金融に詳しい人材が適切な説明を行って、当局に無用な懸念や疑念を抱かせないようにするなど工夫が必要かも知れません。しかし、イスラム法やイスラム金融に詳しい日本人の数はすごく少ないのではないでしょうか?
ということで、本日の記事は銀行法施行規則案に対する私的なパブリックコメントでした。なお、パブリックコメントの締め切りは10月20日だそうですが、筆者は金融庁に以上のコメントを投稿しておりません。
[追記]2009年1月7日
去る2008年12月2日にパブリックコメントの結果が公表され、同年12月12日より改正銀行法施行規則が施行されています。パブリックコメントに対する金融庁の回答においては、筆者が問題提起した点についていくつか回答らしきものが掲載されており、これを踏まえた筆者の意見を「イスラム金融(3)銀行法施行規則の改正(3)」(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/283-d35f.html)以降において複数回書かせて頂いています。こちらの方もご参照下さい。