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2008年9月

2008年9月25日 (木)

イスラム金融(25)わが国におけるイスラム法研究の現状(2)

同じテーマでは2008年6月22日に扱っています(URL: http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/17_10cd.htm)が、本日はその続きを少し。

先週末、或る研究者と実務家との合同勉強会において、イスラム金融に関する報告をしたのですが、その後で研究者側の報告者の方々と軽く食事をして色々とお話を伺うことが出来ました。(なお、この勉強会の報告要旨等はアジア国際法学会日本協会のHPに掲載されるそうですので、ご関心のある方はそちらをご参考になさってください http://asiansil.web.fc2.com/index.html)

研究者の方の中にはイスラム法の研究者もいたのですが、その方の話によると、イスラム関係の研究者の少なくとも半数以上はイスラム教徒であり、かつ、イスラム教徒が主流派を構成しているとのことです。

言われてみると、確かにイスラム教徒の方はイスラム金融についても情報を沢山持っている感じはします。イスラム教徒だから情報が集まってくるのか、或いはイスラム教徒だから熱心に情報を集めるのか、どちらかよくわかりませんが、公開資料に出ていないような情報もお持ちであるという印象を受けたことはあります。学者の世界でも同じようなことがあるのでしょうね。

研究会において、筆者は主にイスラム金融に関するリスクについて報告をしたのですが、その研究者によれば、「イスラム法の文献では、取引の組成の段階においてイスラム教に適合するかどうかの議論は、沢山あるが、取引組成後において、どのようなリスクが発生するのかについての議論は遥かに少ないので、面白かった。」とも仰っていました。確かに、イスラム教徒の方の関心は、どのようなストラクチャー(仕組み)にすれば、イスラム法に反しないシャリア適格なものになるか、ということに重きが置かれているように思います。イスラム金融は、イスラム教徒としての信仰の実践という意味を持つのでしょうから、そのような点に関心が集まるのだと思います。

これは、西欧諸国のキリスト教や日本における仏教では、宗教とは精神世界のものであって、現実の生活と切り離されている、と考える人が多いと思うのですが、イスラム教徒にとっては現実の生活における実践こそが大切だと考えられているからではないかな、と思います。換言すれば、金融も信仰の実践の場なのだろうと思います。あくまでも素人の感想に過ぎませんが…。

今後、わが国においてイスラム金融に取り組む場合にも、こうした点についての配慮も必要なのかなという感じがします。

ということで、本日は法律の話ではなく、文化論のような話でした。

2008年9月10日 (水)

イスラム金融(24)わが国の実体法との調和

本日は、国内のアセットを証券化などの方法でイスラム金融の金融商品に出来ないかという問題意識から少し考えたことを書きます。

イスラム金融の金融商品の代表的なものはスクーク(イスラム債)ですが、日本法に準拠して設立された法人がスクークを発行できるのでしょうか?以前スクークと社債と株式の比較について、このブログで書いた通り(イスラム金融(3)http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html)、スクークとは、社債とも株式ともいえない性質を持った有価証券です。ところが、日本の会社法の下で株式会社が発行できる有価証券は、株式と新株予約権と社債と短期社債(CP)に限られるので、スクークはそのどれにも該当せず株式会社としては発行できないのではないかという気がするのです。

ルクセンブルグ市場で上場しているスクークは、英国法を準拠法として設定した信託の信託証書を使っていますので、或いはわが国の信託法の受益証券発行信託の受益証券を使うことも考えられなくはないと思います。(この点はまだ詰めて考えていないところですが…。)ただ、その場合でも信託業法の規制がかかるので、業法上の規制から商品設計に制約がかからないかという疑問はあります。

そのように考えると、規制が少ないケイマン諸島あたりに信託を作り、そこへ日本のアセットを信託するといったことを考える人が出てくるかも知れません。

もう一つの問題は、スクークの裏付け資産がイスラム法に適合しているものであることが必要という点です。どのような資産を裏付け資産とするかによりけりとは思いますが、例えば、日本法を準拠法として締結された契約を裏付け資産とすることができるのでしょうか?

これまで発行されているスクークの目論見書などを入手して研究すると、その多くがイスラム諸国の制定法を準拠法とする資産を裏づけとしてスクークを発行しています。そのようなスクークには、ルクセンブルグのようにイスラム圏外にある証券取引所で上場されているものもあります。

例えば、バーレーン(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3)やアラブ首長国連邦(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%96%E9%A6%96%E9%95%B7%E5%9B%BD%E9%80%A3%E9%82%A6)国内にある不動産について、バーレーン法やアラブ首長国連邦法を準拠法として、イジャーラ契約(イスラム金融(15)イジャーラ契約(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html))やイスティスナ契約(イスラム金融(21)イスティスナ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html))を締結し、それらを裏付け資産としてスクークを発行するようなことはしています。

イスラム諸国における制定法は、成文法でないイスラム法(シャリア)に沿った内容で立法されているので、このような制定法を準拠法とする裏付け資産がシャリア適格であるとは、認定されやすいと思います。

しかし、日本国内の日本法を準拠法とする資産が、シャリア適格であって、これを裏づけとする信託証書(あるいは信託の受益証券)がスクークとして認定してもらえるのかどうか、よくわかりません。実例は少ないのですが、ヨーロッパ国内の資産を裏づけとしたスクークが発行された例はあるようですが…。

日本法を準拠法とする契約は常にシャリア適格でないとすると、日本国内の取引なのに、バーレーン法やアラブ首長国連邦法などイスラム圏の制定法を準拠法としないとシャリア適格の裏付け資産を作れないということになってしまいます。

だからといって、日本国内の賃貸借契約なのに、準拠法がバーレーン法とかアラブ首長国連邦法であると定められているものにサインをするには抵抗感のある人もいるのではないでしょうか?

一歩進んで、日本法を準拠法とした契約書であっても、内容的にイスラム法(シャリア)に反しないものであれば、裏付け資産になると仮定しても、個別具体的な案件において、日本法の諸原理、特に強行法規(その定義については、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B7%E8%A1%8C%E8%A6%8F%E5%AE%9Aを参照してください。)に反することなく、かつイスラム法に反しない契約書のドラフトができるのかどうか、といった問題も生じます。というのは、これまでこのブログでご紹介をしてきたイスラム金融で使われている各種の仕組みに類似するわが国の制度もあるのですが、やはり微妙に違う点があるのです。違う点を契約書の約定でイスラム法に適合するように変えることも出来ることもあるでしょうが、それが日本の法律上出来ないものがないだろうか、という問題意識を持っています。

このように考えると、日本国内の資産をイスラム金融の金融商品に仕立てるには克服しなければならない課題が多いと思われます。

2008年9月 6日 (土)

イスラム金融(23)AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明

既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、2008年2月に、AAOIFI(Accounting and Auditing Organization for Islamic Financial Institutions)という組織が、スクーク(イスラム債)についての基準に関して声明を発表し、ChairmanであるMuhamman Taqi Usmani氏(業界では超有名な人です。)が「既発行のスクークの85パーセントがシャリア(イスラム法)に反している。」というコメントをしたため、業界では物議を醸し出しているとのことです。

なお、AAOIFIとはイスラム金融会計・監査基準機構とも訳されており、バーレーンに拠点を置く、イスラム金融機関の会計・監査の基準を定めている機関で、イスラム法の解釈の統一のため、各種の基準を出しており、影響力のある機構と考えられます。

声名文は幾つかのパートから構成されていますが、その中で特に問題となっているのが、以下の点です。

1.スクークの中にはスクークの裏付け資産が生み出す利益がLiborを超えたときには、その超過額を"incentive fee"という名目で裏付け資産の運用者に支払うものがあるが、当該裏付け資産の予想収益を超えて実際の収益が生じているか否かを問わず、"incentive fee"という名目で支払うようなものは、投資家に対して固定的なリターンを支払うコンベンショナルな社債と同じ性質を有するもので、スクークの本質に反する。

2.実際のリターンが予定リターンを下回る場合には、運用者が不足額をスクーク所持人に対して貸し付けるのはイスラム法に反する。(運用者は貸付の見返りとしてincentive feeの支払いを受けるといった仕組みと結びついていることが多い。)

3.運用者がスクークの裏付け資産をスクークの残高で購入するのはイスラム法に反する。但し、市場価格や公正価格で購入するのはOK)

といったところです。

実は既発行のスクークでこれに引っかかりそうなものがあるのです。例えば、イジャーラ(リース)を裏付け資産としたスクークで、ディフォルト発生時、早期償還時或いは完済時において、リース物件を買い取る約束をしているものがあります。買取代金がスクークの返済資金に充当されるわけです。

また、西欧的な社債では期中において、一定の利払いが行われるわけですが、同様の効果を実現すべく、裏付け資産の運用から生じる利益がLiborを超えるときには、超過分を資産の運用者にincentive feeとして支払い、逆に、利益がLiborを下回るときには、資産の運用者において、その補填を行って、期中において投資家には一定のリターンが支払われるように工夫しているものがあるのです。

ここで、資産の運用者の定義について、上記の声名文では、ムダーラバのムダリブ(匿名組合の営業者に相当)、パートナー、代理人が該当するとしていますが、オリジネーターがそのような役割を果たしていれば、これに該当すると解釈することもできそうです。

ということで、上記の声明文の読み方によっては、既発行のスクークの中でイスラム法に反するものが本当にあるのかも知れません。もっとも、スクークの仕組みの中でどのような者を運用者と解釈するのかによって結論が違うと思いますし、レッシーが未払い賃料の残高で買い取るのはOKとしていますので、ここでご紹介した仕組みを取っているスクークが全部駄目なのかは何ともいえません。

しかしながら、かなり多くのスクークにおいて採用されているスキームに対する警告であることは確かです。

上記のAAOIFIの声明文の巷での評価は分かれているようで、既発行のスクークには影響なし、と言っている人もいます。ただ、あるところでみた統計では、昨年の同時期に比べ、AAOIFIの声明の発表後は明らかにスクークの発行高が減っています。

ところで、上記の仕組みはスクーク以外の不動産投資やプロジェクトファイナンスでも採用されているものがあり、AAOIFIの声明の影響はスクークに留まらないのではないか、という見方もあり得ると思います。

考えてみると、利息を禁止するイスラム金融では、金融機関と借主とが事業のリスクをお互いに分かち合うという原理に立っています。ところが、既存の商品には投資家に対して西欧的な社債のように固定的なリターンを保証するような仕組みが組み込まれているものが多数存在します。AAOIFIの声明はそうした風潮に対する警告としてのメッセージが含まれているということではないかと思います。

ということで、本日はちょっと怖いお話をさせて頂きました。

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