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2008年7月

2008年7月30日 (水)

イスラム金融(22)債権の譲渡担保

しばらくブログの更新をお休みしましたが、その間、読者の方々からコメントを頂いたり、直接メールを頂いたりしておりました。コメントやメールを頂くとブログを続ける元気が出てきます。

さて、本日は元気が出てきたところで、債権の譲渡担保について少し書きます。結論から申し上げますと、イスラム法においては問題があり慎重な検討を要すると考えております。

以前「債権譲渡とスクークの譲渡性」という記事を書かせていただきましたが(2008年6月28日分; URL→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/18_987b.html)、その記事でも述べたとおり、イスラム法には"hawala"という用語があり、「債権譲渡」と訳している文献が幾つかあります。しかし、これは日本法における債権譲渡とはかなり異なる概念です。

そのときの記事で書いたことを復習しますと、例えば、甲が乙に対してA債権を有し、乙が丙に対してB債権を有していると仮定します。なお、A債権とB債権とは同額とします。ここで、乙がA債権から免責されるために、丙に対してB債権の履行を乙ではなく、甲に対して行うことを約束させれば、乙は丙に対するB債権を甲に譲渡したのと同様のこととなります。これがhawalaです。今回は図を作成して添付しました。「hawala.doc」をダウンロード

以上の説明からわかるように、日本法の債権譲渡とは大分違うものです。わが国の債権譲渡は添付した図で言えば、甲の乙に対するA債権の有無は関係が無く、単に乙が丙に対するB債権を丙に譲渡するだけの取引ということになります。

なお、付言しますと、「債権譲渡とスクークの譲渡性」についての記事を書いた後で、このブログの読者の方から、hawala(或いはhiwala)は送金取引に使われている概念であり、日本法的な債権譲渡は"bay al dayn"といい、債権額面と同額の対価が支払われる場合に限り有効と認められているということを教えていただきました。この場を借りて御礼申し上げます。

債権額面と同額の対価が支払われる場合には、"bay al dayn"として有効と認められるのでしょうが、対価が支払われない場合、イスラム法では、これを取立て委任をしていると考えています。つまり、乙は甲に対してB債権の取立委任をしたと考えるわけです。

そうすると、債権の譲渡担保を設定する場合、当然その債権の額面額に相当する対価が支払われるわけではありませんから、論理的には債権の譲渡担保は取立委任とみなされる可能性があるわけです。従って、日本法で通常イメージするような債権の譲渡担保が成り立たないのではないかという疑問があります。

もう一つの問題は、仮に取立委任とみなされた場合、イスラム法では"wakalah"と呼ばれる代理権授与は何時でも解除できるのが原則とされていることが問題となります。(これには例外があるそうで、この例外に依拠して設計されたプロジェクトファイナンスの担保パッケージもあるようですが、本日は到底その点まで言及する余裕はありませんので後日ということにします。)

イスラム法で代理、従って委任が何時でも解除できるということになると、取立委任とみなされた上、更には担保権設定者から何時でも解除されてしまうリスクもあるということになり、使い物にならないということになりそうです。

もっとも、制定法において上記の説明と違う定めをしていれば、それに依拠してストラクチャリングをするということも考えられますが、それでもストラクチャリングの段階で現地の法律事務所に確認をしないと、アブナイと思います。

[追記: イスラム圏における担保法の一般に関しては、「イスラム金融(7)担保」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/7_1478.htmlの項目をご参照下さい。また、イスラーム的な債権譲渡の考え方が反映されているアラブ首長国連邦の民事取引法については、「イスラム金融(49)中東諸国の制定法」をご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/04/49-38cd.html ]

2008年7月10日 (木)

イスラム金融(21)イスティスナ

昨日予告したとおり、本日は契約型のイスラム金融の手法であるイスティスナ(istisna)について基本的なことを書きます。

イスラム法においては、売買と貸借の概念は非常に広く、わが国の民法では一過性の請負、委任、労働等役務の提供と考えられる契約についても、役務の売買と考えています。また、雇用のような同種の役務を反復継続して提供するものは役務の貸借と考えています。

イスティスナとは、依頼者のために物を製造して引き渡す契約で、あえて日本法の概念で考えるとすると、請負か或いは請負と売買の混合契約と言われる製造物供給契約と言ったところではないかと思います。

イスラム法においては、イスティスナは売買契約のバリエーションと理解されており、売買契約に関する「契約時に目的物が存在し、売主が所有し占有していなければならない。」という原則の例外です。この点でサラームと同様です。サラームについては、2008年7月9日のブログで書かせていただきました。http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/20_ad49.html

法制史的にはサラームは預言者モハメッドの時代から存在した取引慣行に基づくものですが、イスティスナは後世になって主として製造業を念頭において作られた概念と言われています。

但し、サラームは代替物(fungible)が対象であるのに対して、イスティスナは非代替物が対象です。

いずれにせよ、イスラム金融では、中世のイスラム学者たちが固めた各種の契約類型を利用して、利息付の金銭消費貸借と同様の経済的な効果が得られるように、ストラクチャリングをします。中世に固まった契約類型は必ずしも現代の取引に合致しない点があることは容易に想像できると思いますが、ある意味では無理矢理に、中世の契約類型を当てはめるので、非常に複雑なストラクチャーになることが往々にしてあります。だから、客観的に見ると「無理をしている。」としか思えず、それがイスラム金融をわかりにくくしているものではないでしょうか。

さて、イスティスナの金融取引における使い方ですが、住宅建築資金のファイナンスを例にとって説明しますと、住宅建築資金が必要な人が銀行との間でイスティスナ契約を締結し、住宅の建築を請け負うと仮定します。無論、資金需要者は建築屋ではないので、建築屋と別のイスティスナ契約を締結し、住宅の建築の下請けをさせます。

建設期間中は銀行は資金需要者に対して、イスティスナ契約に基づき建築代金を支払い、資金需要者は銀行から受領した代金を右から左へ建築屋へ支払うわけです。これで建設期間中ローンの実行を受けたのと同じことになります。

さて、返済の仕組みはどうなるかというと、2本のイスティスナ契約に基づき、完成した住宅は銀行の所有となりますが、資金需要者は完成した住宅について、銀行との間で、イスラム流リースであるイジャーラ契約を締結して賃借するわけです。この賃料の支払いがローンの返済にあたります。(イジャーラについては、2008年6月18日「イスラム金融(15)イジャーラをご参照下さい。http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html)

賃料を全部支払った段階で、住宅の所有権は無償か名目的な金額の支払いで資金需要者に移転する旨を合意しておきます。

以上が、イスラム流製造物供給契約であるイスティスナとイスラム流リースであるイジャーラの組み合わせによる住宅金融のスキームです。なお、住宅建築資金の金融手法として、イスラム流パートナーシップであるムシャラカを利用したスキームについては、2008年6月4日「イスラム金融(10)ムシャラカ」をご参照下さい。http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html

実はこのイスティスナとイジャーラの組み合わせは、イスラム金融によるプロジェクトファイナンスにおいてよく使われているスキームです。機会があれば、扱うことにしたいと思います。

最後に、サラームとイスティスナとの比較表を貼っておきます。「salam__istisna.doc」をダウンロード 

2008年7月 9日 (水)

イスラム金融(20)サラーム

以前このブログにおいて、契約型のイスラム金融の手法であるムラーバハについて扱いました。2008年6月9日「イスラム金融(13)ムラーバハ→ http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html

本日は契約型のイスラム金融の手法であるサラーム(salam)について書きます。

サラームとは、将来目的物を引き渡す約束で代金を受け取る契約です。現代の先物取引に似ているのですが、必ず目的物の授受が必要とされており、差額を金銭で決済するのは出来ません。

従って、サラームはムラーバハや(次回扱いたいと思っている)イスティスナと同様に売買の一種ですが、イスラム法の下では売買契約においては、

  • 目的物が存在すること
  • 売主が目的物の所有すること
  • 売主が目的物を占有すること(但し、占有は「みなし占有」でも良い。)

の3要件を満たす必要があるとされています。

ムラーバハはこの要件が適用されるわけですが、サラームとイスティスナと呼ばれる取引において、この3つの要件が緩和されています。

サラームにおいて売買当時に目的物が存在することという要件が緩和されたのは歴史的には古く、預言者モハメッドの存命中、当時の農民たちが農耕に必要な資金を調達するために、収穫期前に収穫予定の作物を販売するという慣習があり、預言者としてもそのような取引慣習を認めざるを得なかったことが起源であるといわれています。

預言者は「サラームに従事する者には、売買の目的物の数量又は重量と支払期限を確定させよ。」と述べて、サラームを認めたわけですが、将来の農作物の価格如何によってはイスラムが禁忌とする投機取引に繋がりかねないため、イスラム法学者は慎重な立場をとって以下の厳格は要件の下でサラームを認めています。

  • 対象は代替可能物(fungible)であること
  • 受渡日が明記されていること
  • 商品の品質と数量が明記されていること
  • 目的物が受渡日までに現物で調達可能であること
  • 代金は契約当初において支払われること

さて、このサラームを金融の手法として利用する場合、金融機関が引渡日の商品の価格よりも安い価格で買取り、引渡日において売却してその鞘を稼ぐことが考えられます。

引渡日に商品が転売できないとすると、金融機関にとって在庫を抱えるリスクを負うことになりますので、金融機関は、「パラレル・サラーム」といって、引渡日を同じくする別のサラームを売主の立場で締結します。そうすると、最初のサラームの鞘と第二のサラームであるパラレル・サラームの鞘との差額が金融機関にとっての利益となるわけです。

2008年7月 2日 (水)

イスラム金融(19)特約条項

契約型のイスラム金融の手法として「イスラム流リース」であるイジャーラについて以前扱いました(2008年6月18日分 イスラム金融(15)イジャーラ URL→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html)。本日はそれに少し関係がある話として、典型契約(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%91%E7%B4%84)の特約条項について、イスラム法は西欧的な法制度の考え方とはかなり違った考え方をとっているということを書きたいと思います。

まず、イスラム流リースであるイジャーラを使った不動産金融の話からはじめますと、例えば、資金需要者が、自己が取得したいと考えている不動産を金融機関に購入させ、それをリース(即ちイジャーラ)してもらうというのが典型的な利用方法です。この場合のリース料は、不動産の取得資金やリース期間中の管理費にLiborをベースとして利息相当額を加算して得た額をベースにして計算をすることも認められています。これは、利息つきの不動産金融と実質変わらないので好ましくない、というイスラム法学者はいますが、イスラム債(スクーク)の実質の利回りをこのようにして計算しているものは見受けられますので、実務的には定着しているのだろうと思います。

ところで、金融取引の目的という観点で考えますと、レッシー(賃借人)がリース料(賃料)の支払いを怠ったので、リース料の期限の利益を喪失させたい場合やレッシーが早期償還をしたい場合、それを可能にするための仕組みを作る必要があります。

このような場合を想定して、目的不動産について、レッシーに買取の約束をさせたり、レッサーに売却の約束をさせています。これはレッシー又はレッサーそれぞれの一方的な約束であって、相手方は拘束されないものとされています。

それでは、何故、リース契約(イジャーラ契約)の中に、契約終了時において賃貸物件をレッシーが買い取り、レッサーが売却するといった規定を置かずに、リース契約(イジャーラ契約)の本体とは別に、一方的な約束をするのでしょうか?

それは、リース契約の一部として賃貸物件の買取を約することは、賃貸物件に関するレッサーの所有権を否定するのと同等な行為であり、「二つの売買契約を一つの売買契約に作ることを禁じた。」という預言者の言行に反すると考えられているためです。(なお、2006年6月18日分の記事で述べたように、イスラム流リースであるイジャーラにおいては、レッサーが賃貸物件の所有権を有していることが必要とされています。)

西欧的な法律実務の考え方としては、一つの契約書の中に、異なった種類の契約条項を入れて、それらを相互に関連付けることは一般的には可能ですし、契約に様々な条件・特約条項をつけることは可能と考えられています。ところが、イスラム法においては、一つの契約(例えばリース)は完結した内容であることを要し、完結している契約を壊さない限度でしか、付随条件をつけることが出来ないと考えられているわけです。(「完結した」とか「壊す」という言い方は情緒的ですが、筆者の力不足から上手い表現が見つからず、ご容赦ください。)

あるいは、一つの契約の本質的な部分(レッサーが賃貸物件を所有していること)に影響が無い限りにおいてのみ、条件・特約条項が許されるといっても良いと思います。

具体的には、リース契約の中に賃貸物件の売買の合意を含めることは許されないが、レッシーの履行を確保するための担保権の設定は、付随条件として許される、と考えられています。

この背後にある考え方は、イスラム法において、不確実性(gharar)を嫌忌し契約の無効原因とされていることと関係があるといわれています。先ほどの例で言えば、リース契約(イジャーラ契約)の中に売買の約定を含めると、契約の内容が不確実・不明確なものになると考えるのだと思います。

このあたりが、西欧的な法制度の中で生きている我々日本人にとってわかりにくいところではないかと思います。

このような「条件」や「特約条項」に関するイスラム法独特の考え方は、金融以外の分野でも現われているといわれています。

例えば、中東諸国の企業をディストリビューターとして指名する際に、販売地域を制限するなどの条件をつけようとすると、ディストリビューター側は自己の自由な販売権を主張するそうですが、これは「条件」や「特約条項」に関するイスラム法独特の考え方が背後にあるという人もいます。また、技術提携契約において守秘義務を付ける場合、技術提携契約が技術の売買と解釈されると、このような守秘義務の有効性に疑問が持たれるとも言われています。

このようなことで、イスラム圏と取引をする場合には、一つの契約に全部をまとめるのではなく、複数の契約に分け、それぞれがイスラムにおける典型契約の類型のいずれかに該当するように配慮すべきであるということが言われています。

金融以外の分野における「条件」や「特約条項」に関するイスラム法独特の考え方に関して最新の情報が無いのですが、イスラム法の本質的な特徴といえるものでしょうから、現在でもそのような問題が噴出することがあると想像しているのですが、いかがでしょうか?

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