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2008年6月

2008年6月27日 (金)

イスラム金融(18)債権譲渡とスクークの譲渡性

本日は債権譲渡とスクーク(イスラム債)の譲渡性の話をちょっと書きます。

イスラム法において債権譲渡はhawalaと呼ばれているようですが、日本法の債権譲渡とはイメージが異なる概念で、むしろ免責的債務引受に近いと考えるほうが良いと思います。

わかり易い例で言えば、甲が乙に対して債権を有しているとします(A債権)。また、乙は丙に対して債権を有しているとします(B債権)。A債権とB債権は同額とします。

ここで乙がA債権から免責されるために、丙に対してB債権の履行を乙ではなく甲に対して行う約束をさせたとすると、乙は丙に対するB債権を甲に譲渡したことと同様のことになります。これにより、甲の乙に対するA債権は原則として消滅します。このようなことをhawalaと呼んでいるようです。もしも、A債権が無い場合は、hawalaとは扱われず、B債権について甲に取立委任をしたと考えます。

従って、日本法の債権譲渡とはちょっとイメージが違う行為であるということに留意する必要があると思います。以上が古典的なイスラム法における債権譲渡についての説明です。

さて、今度はイスラム法において日本法におけるような債権譲渡ないし債権売買が可能なのかどうかですが、これについては利息の禁止と関連して考える必要があります。

イスラムの教えでは、実物取引に裏付けられない所得は嫌忌されており、金銭自体からは何も価値が生じないと考えています。利息の禁止の根拠もそのような教えに基づいています。

そして、金銭債権は現金と同じと考えますので、金銭債権の譲渡は原則として禁止されます。金銭からは何も価値が生じないので、ディスカウントをしたり、プレミアムをつけて売買することは利息の禁止に触れると考えています。(額面で売買することはできるのでしょうが…。)

従って、そのような金銭債権を表章する債券を売買することは、原則として出来ないことになります。つまり、日本法でいう社債の売買は出来ないわけです。

では、何故イスラム債(スクーク)の中では転売が認められており、各国の証券取引所に上場しているものもあるかと言えば、それらは、金銭債権を表章する有価証券と構成されておらず、金銭債権を生み出す原資産に対する割合的な持分権を表章する有価証券と構成されているからです。

例えば、リース資産を裏づけにしたスクーク・アル・イジャーラと呼ばれているものは、リースの対象となる資産を信託へ移転し、その資産を資金調達者にリースし、投資家へは信託財産に対する持分権を表章する有価証券を発行するという仕組みを取っています。日本法でいうと、受益証券発行信託のようなものですかね。(細かいことは全部捨象するとこのように要約できると思います。)なお、スクークとイスラム流リースであるイジャーラについては、このブログで以前書きましたので、リンクを貼っておきます。(2008年5月2日分「イスラム金融(3)スクークと社債と株式の比較」 URL→ http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html 同年6月18日分「イスラム金融(15)イジャーラ」 URL→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/15_6b50.html)

イスラム債(スクーク)はこのように実物に対する持分権を表章しているものですから、実物を市場で取引する出来るのと同様に、イスラム債(スクーク)も取引所において取引できると考えるわけです。

但し、譲渡が原則として禁止される金銭債権の範囲については、意見が一致しているわけではなく、マレーシアでは我々が見ると純粋な金銭債権に思えるようなものでも、実物との結びつきを認め譲渡可能であると考えています。この点は機会があれば触れることにしたいと思います。

本日の話は良くご存知の方には退屈であったかも知れませんが、疲れてきたので、この辺で失礼します。

2008年6月24日 (火)

単元未満株式の買取請求権の行使とインサイダー取引規制

本日は金融商品取引法の論点を一つ。

会社法192条によれば、単元未満株主は会社に対して単元未満株式の買取を請求できると規定しています。この規定の意味は、単元未満株式の買取請求をすれば会社としてはそれを断ることは出来ないということだと思います。つまり会社の義務が発生する。

ところで、この単元未満株式の買取請求は、金融商品取引法(以下「金商法」)166条第6項各号のいずれかのインサイダー取引規制の適用除外に該当するのかどうかが論点です。

金商法166条第6項第3号において、反対株主の株式買取請求権の行使の他、「法令上の義務に基づき売買等をする場合」をインサイダー取引規制の適用除外と定めています。単元未満株式の買取請求は、この「法令上の義務に基づき売買等をする場合」に該当するのでしょうか?

実は、古い文献で「インサイダー取引規制実務研究会」が編者となっている「インサイダー取引規制実務Q&A」財経詳報社(平成元年)という本があり、それによれば、金商法166条第6項第3号ではなく第8号の「その他これに準ずる特別の事情に基づく売買等であることが明らかな売買等をする場合」に該当すると書かれています。(なお、当時は、単元株ではなく単位株でしたし、金商法ではなく証券取引法でしたが、趣旨は現在でも生きているという仮定のうえで、内容を変更して引用しています。)「インサイダー取引規制実務研究会」なる組織が何であるかよくわかりませんが、本のはしがきなどを読むとどうやら当時の大蔵省の関係者ではないかと推測しています。

しかしながら、この見解は納得できないのです。何故なら、当時の証券取引法でも現在の金商法でも、第8号には「(内閣府令で定める場合に限る)」と規定しており、内閣府令を見ても単元株の買取請求については明記していないのです。法文上「限る」と書いてあるので、内閣府令に何も書いていなければ、適用除外は認められないというのが素直な解釈だと思います。

そこで、この見解をボツにして、次に金融法務事情1194号に掲載されている神崎克郎教授(当時)の論文を読んでみました。この論文の最後のほうの注で、単元株の買取請求は、インサイダー取引の適用除外である「法令上の義務に基づき売買等をする場合」(金商法第166条第6項第3号)にあたらないと書かれています。(神崎教授の論文も単位株制度、証券取引法時代のものですが、現在でも生きていると仮定して、それぞれを単元株、金融商品取引法と書き換えて引用することにします。)

神崎教授は適用除外にあたらない理由として、「かかる権利行使は、株式の売却と同様、特別の手続を要することなくいつでも認められるからである。」と仰っておられます。

この点が筆者にはどうも納得が出来ないのです。確かに反対株主の株式買取請求の場合には、株主総会で反対の意思表明をするなどといった手続きが必要ですが、単元未満株式の買取にはそのような手続きは必要ではありません。それはわかります。

しかしながら、大御所の先生のご高見に楯突いてしまうのですが、そもそも金商法第166条第6項第3号の趣旨は、少数株主の保護を優先させたということを立法担当官が仰っています。法解釈とは立法趣旨から考えるのが基本なのですが、少数株主の保護と「特別の手続」とが筆者の頭の中ではどうしても結びつかないのです。

「単元未満株式の買取請求は少数株主の保護とは必ずしも関係がないので、適用除外にはあたらない。」というロジックであれば、よくわかるのですが…。

神崎教授の説は、反対株主の株式買取請求の場合、「特別の手続」があるのでインサイダー取引の適用除外になる、とお考えのようにも読めるのですが、そのように考える理由が述べられていません。もしかしたら、組織再編のような場合には、それが臨時報告書や証券取引所の適時開示規則で開示されるので、インサイダー情報は無いとでもお考えなのでしょうか?そうであれば、別に金商法166条第6項第8号において適用除外として規定するまでも無く、同条第1項で解決できると思えるのです。

ということで、ますますわからなくなってしまったという感じです。

どなたか正解をご存知の方は是非教えてください。

2008年6月22日 (日)

イスラム金融(17)わが国におけるイスラム法研究の現状

本日はイスラム法の研究者の方と色々とお話をする機会がありましたので、わが国におけるイスラム法の研究の現状について少々書きます。

年15パーセントから20パーセントの成長率といわれているイスラム金融が近年急成長を遂げた原因は何かですが、一つの原因として考えられることはイスラム国家におけるナショナリズムの高揚ということが背景事情として挙げることができると思われます。それは、金融取引においてもイスラムの教えを守るべきだという主張が強くなっているということです。

その結果、利息を取る西欧的な融資に固執する金融機関がイスラム国家への協調融資から排除される例が出ていると言われています。従って、今後はイスラム国家への投融資において、日本の金融機関もイスラム金融を取り入れることにしないと日本の金融機関はイスラム国家においてその存在感を示すことが出来なくなるということです。

イスラム国家への投融資がOut boundな取引だとすると、In boundな取引でもイスラム金融は今後問題となり得ると思います。

即ち、近時の石油価格の高騰を背景にイスラム国家に蓄積されたオイル・マネーが欧米企業、不動産への投融資に向けられています。昨年のイスラム資本によるアストン・マーチン社の株式の取得がそれ例です。そして、欧米市場が飽和すれば、いずれは大量のオイル・マネーがアジアにも向けられることになると思います。

加えて、外資による日本への投資促進の必要性というわが国自体のニーズもあります。

そのような観点でイスラム資本による投融資がわが国へ本格的に上陸した場合の対策を今から考えておく必要もあります。

ところで、わが国の研究者・実務家の対応はどのような状況でしょうか?

まず、研究者サイドですが、イスラム法のうちでも家族法の研究者に比べイスラム財産法の研究者の数が少ないことが指摘されます。また、イスラム財産法の研究者の関心も中世のイスラム法に偏っている傾向があり、現代イスラム財産法に関する邦語文献が非常に限られています。

日本中東学会という組織があるそうですが、その会員はジャーナリストなども含め600人くらいいるそうです。ところが、法学関係者がどのくらいいるかということですが、法制史学会の会員でイスラム法を研究テーマとして申告している人は4人だそうです。このほかに歴史学者でイスラム法に関係のある人を入れるともう少し増えるそうです。また、民法など他の分野を専攻されている研究者の中で、イスラム法も研究領域に含めていると申告している人は10数人程度。

アラビア語を使ってイスラム法をやっている人となると、1人か2人程度だそうです。本日話をした研究者の方の話では家族法を入れるともう少し居るかも知れないとのことでしたが、イスラム金融を専攻している研究者はいないのではないかとのことでした…。

研究者の方の数があまりにも少ないのにはびっくりしました。私たち実務家は研究者の基礎的な研究を参考に実務を組み立てていくのですが、基礎的な研究という土台が非常に小さいというのが現状です。

そこで、実務家サイドはどうかですが、まず、日本の弁護士でイスラム圏に関心を持っている人は極めて少ないといえます。イスラム圏と取引のある専門商社の顧問をしているような弁護士はいるようですが、そのような方のもっていらっしゃるノウハウも現地の商取引法、輸出入規制、外国人投資法や労働法といった制定法の分野に限られているようで、中世のイスラム法が参照されるイスラム金融の分野のプロとは必ずしも言えないようです。

最近は主に銀行家の手によるイスラム金融に関する書籍や講演などで情報発信が行われていますが、その内容はビジネス面が中心で邦語によるイスラム金融法に関する体系的な情報が限られているというのが現状だと思います。

古くからイスラム圏と取引のある総合商社や専門商社には担当者個人ベースでそれなりの情報が蓄積されている可能性はありますが、そのような情報は担当者の営業秘密のようなものですから、外部に発信されている情報は少ないと思われます。

これまで筆者個人で研究してきたところでは、イスラム圏での倒産法や倒産処理の実情に関しての研究らしきものが殆ど見当たりませんでした。多分唯一の例外は、(イスラム圏と言ってよいかどうかわかりませんが、イスラム教徒が大勢居るという意味で)日本の法整備支援活動が行われたウズベキスタン共和国の倒産法くらいではないかと思います。日本語で書かれているので、よく理解できます。(http://www.moj.go.jp/HOUSO/houkoku/japanese/commentary.pdf)なお、筆者が調査した成果の一部は、前回のブログにて発表しています(イスラム金融(16)「イスラム諸国の破産法」 http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html)金融取引においては、倒産した場合どうなるのか、ということを考えながらストラクチャリングをしなくてはならないのですが、英語の文献に範囲を広げてもまだそれらしきものには逢着していません。

ということで、わが国の研究者及び実務家の対応は、進んでいないなぁというのが本日の感想でした。

2008年6月20日 (金)

イスラム金融(16)イスラム諸国の破産法

以前このブログで「イスラム諸国においてイスラム圏の国において破産法や会社更生法が整備されているところが少ないのではないか」ということを書きましたが(2008年5月2日分;イスラム金融(3)「スクークと株式と社債の比較」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/3_b0f9.html)、本日はそれにちょっと付け足しをします。

イスラム圏の国のすべてを調べたわけではありませんが、倒産処理に関する法律が制定法として存在するところのほうが多いのではないかと思います。但し、独立の法律として存在するとは限らず、会社法や商法の一部として破産法や和議法のような規定が存在する国や訴訟法の規定の一部として破産手続きを定めている国もあります。従って、"bankruptcy law"とか"insolvency law"といったキーワードで、インターネットのサーチをかけても見つからないことが多いのではないかと思います。

例えば、クエートの商法(Law of Commerce)には、破産を意味するbankruptcyに関する規定と和議を意味するcompositionの規定が存在します。オマーンはクエートの法律を手本に商法を制定しているとのことです。アラブ首長国連邦の場合、連邦法としてのFederal Law of Commercial Transactionの中に倒産処理に関する規定がありますが、それとは別にドバイ国際金融センター(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4)には独自のInsolvency Lawがあります。いずれも清算型の手続きと再建型の手続きが定められています。

サウジ・アラビアはどうかといえば、1996年に制定されたComposition Law(和議法)があります。これは再建型の倒産処理手続きですが、清算型の倒産処理手続きについては、1931年に制定された商業裁判所法という法律があり、その一部に清算型の倒産処理手続きと考えられる規定があります。ところが、1931年制定の商業裁判所法に含まれる清算型の倒産処理手続きによれば、破産者は裁判所の職員によって身柄を拘束され警察署に留置されるといったことが書かれており、懲戒主義的な色彩が非常に強いように思われます。現実にこの法律どおり運用されているのでしょうか?

天然ガスの輸入で日本とも関係が深いカタールでは、2006年まで破産法が存在しなかったとのことで、制定後もまだこの法律によって処理をした倒産事件が1件も無いとのことです。そして、カタールの裁判官たちは今年になって、倒産事件における運用について協議をしたとの報道もあります。

日本を含む世界中の国が中東地域に巨額の投資を多数しており、失敗した投資案件もあっても決して不思議ではないのですが、中東地域の裁判所に係属した大規模倒産事件の話は聞きません。(知っている方がいらしたら教えてください。)筆者が知るところでは、ドバイ国際金融センターでアセットマネージャーが倒産した事件は、ドバイの倒産処理法が使われた最初のケースであるという報道程度です(2007年9月の報道)。(http://www.khaleejtimes.com/DisplayArticleNew.asp?xfile=data/business/2007/September/business_September717.xml§ion=business&col)ドバイ国際金融センターほ倒産処理法は2006年に制定されたと伝えられていますが、1年後に第1号事件が係属したというのは、日本の感覚ですと、少ないと思います。

このように考えると、法律は存在しても使われていないような気がします。

仮に使われていないとすると、何故使われていないのかという疑問も生じます。どこかで読んだ話ですが、中東地域の人は破産宣告されることを、自分自身や家族や自分が属している部族社会や地域社会に対する恥辱と考えるので、破産宣告をするようなことはしない、という話があります。

これが本当だとすると、文化あるいは法意識の違いとしか言いようが無いと思います。

金融取引のインフラストラクチャーとしては、最悪の場合ー倒産した場合ーに備えて倒産処理手続きが整備されているということだと思います。ところが、法律があっても使われていないとすると、倒産した場合どうなるのか、債権者間の平等が確保されているのか、担保権の行使はできるのかなどについて、予測可能性が低いのではないかという感想を持たざるを得ません。

もっとも、プロジェクトファイナンスでは、ホスト国のサポートをなんらかの形で取りますので、最終的にはパリクラブ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AA%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%96)へ行ければ良いと問題を整理してしまうことも考えられますが、今後ホスト国のサポートが得られないようなディールではどうするんでしょうね?

2008年6月18日 (水)

イスラム金融(15)イジャーラ

本日は契約型のイスラム金融の二つ目として、イジャーラ(Ijarah)について少し書きます。契約型のイスラム金融の一つ目のムラーバハについては、2008年6月9日の記事で書きました(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html)。

イジャーラとはイスラム流リースです。考え方としては日本の賃貸借とよく似ていますが、現物と金融との結びつきを重視するイスラム法の考え方を反映して、日本の賃貸借とは違う点があります。

1. イスラム流リースであるイジャーラにおいては、「物に対する利用権」の売買という考え方をとっています。

2. レッサー(mu'jir)(貸主、賃貸人)はリースの目的物の所有者であることを要します。所有者でない者が賃料を取り立てるのは、金銭の貸借と同じであり、利息の禁止に反すると考えるためです。

3. レッサーがリースの目的物を所有していることを要するので、修理費用、保険料その他の賃貸物件にかかる維持コストはレッサーが負担すべきと考えられています。目的物の滅失毀損に関する危険負担もレッサーとされています。もっとも、自動車のリースにおいて燃料は賃貸物件の使用にかかるコストですので、レッシー(musta'jir)(借主、賃借人)が負担すると考えられています。

4. もっとも、レッサーの側にどの程度目的物に関する支配が残っていればよいかについては、議論があるようで、例えば、米国の税法上の理由からレッシーに税金を負担させることが出来るというfatwaも存在するとのことです。(fatwaについては、2008年5月1日の「イスラム金融(2)ファトゥワ(fatwa)と先例拘束の記事(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/fatwa_d981.html)をご参照下さい。)

5. レッシーの債務不履行の際の損害賠償の約定は、利息の禁止に抵触するという理由で禁止されています。

ところで、リースにはいわゆるファイナンス・リースとオペレーション・リースがありますが、ファイナンス・リースはイスラム法において許容されるのでしょうか?ファイナンス・リースでは、レッシーが目的物の所有にかかるリスクを負担します。リースの中途解約の場合規定損害金としてリース期間満了時までの元本と金利分を支払う旨リース契約には書かれています。こうしたファイナンス・リースに通常存在する規定は、イスラム法では認められない、とイスラム金融に関する本では書かれています。

さて、応用問題ですが、改正された銀行法施行規則において銀行子会社がイスラム流リースであるイジャーラを行うと仮定します。わが国の法律ではリースをする場合でも業法の規制がかかるものがあります。例えば、医療機器の場合、薬事法第39条第1項により高度管理医療機器又は特定保守管理医療機器にあたるとして厚生労働大臣の指定を受けたものの賃貸は、薬事法における賃貸業の許可が無いと出来ません。そうすると、この種の医療機器をイジャーラによりリースをする場合、賃貸業の許可を取得しなければならないのではないか、という疑問があります。

医療機器のファイナンス・リースについては、レッサーが「貯蔵、陳列その他の管理を行う場合」に限り許可が必要とされているので、賃貸業の許可なくして可能です。

ところが、上記の通り、イスラム金融の手法としてファイナンス・リースが出来るかどうか疑問があります。そうすると、賃貸業の許可が無いと上記のタイプの医療機器のリースが出来ないのではないか、という疑問が生じるわけです。高度な医療機器の場合、何十億円もするものがあるそうですが、まさにこのような医療機器についてこそ、資金調達が必要になると考えられますが、たぶんこうした医療機器には「高度管理医療機器」とか「特定保守管理医療機器」に該当するものがあるのではないでしょうか?

また、イスラム金融におけるイジャーラではレッサーが修理を負担するとされていますが、そうすると、今度は修理業(薬事法第40条の2第1項)の許可が必要とも考えられます。

以前の記事で、銀行業界に対するイスラム金融の解禁の結果、現物を所有することにより金融機関が新たなリスクを負担することにならないかということを書きましたが(2008年6月9日「イスラム金融(13)ムラーバハ→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/13_1098.html)、これに加え、業法の解釈運用如何によっては、イスラム金融の利用できる範囲が狭くなってしまうという問題があると思います。

(追記)2009年1月6日

この記事を最初に書いたときには、イスラム金融がどのような形で解禁されるのかが、公開資料においては明確ではなかったため、「銀行法の改正」という表現をしていますが、その後の政省令等の改正案の公表とパブリックコメントに対する金融庁の回答から、ムラーバハとイジャーラについては銀行法施行規則において取り入れられたことが明らかになりました。

金融庁のパブコメ回答によれば、改正により新設された銀行法施行規則第17条の3第2項第2号の2において、ファイナンス・リースの形態によるイジャーラが銀行子会社・兄弟会社に許容されていることは確かなのですが、筆者に言わせればイジャーラはオペレーティング・リースに類似していると思われ、金融庁のパブコメ回答の趣旨を量りかねています。

もっとも、ファイナンス・リースであれば薬事法の賃貸業の許可なくして銀行子会社・兄弟会社は医療器具のイジャーラが出来るということになるのでしょうが、ファイナンス・リースの性格を有する契約について、シャリア適格(イスラム法への適合性)が認められるのかどうかという疑問はやはり残ります。

改正された銀行法施行規則についてはこのブログの別の記事をご参考になさっていただければと存じます。

「イスラム金融(28)銀行法施行規則の改正(3)」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/283-d35f.html

「イスラム金融(29)銀行法施行規則の改正(4)→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/294-c325.html

2008年6月14日 (土)

イスラム金融(14)アブダビ政府系ファンドによる神戸医療特区への投資

6月13日の日経新聞の朝刊の記事に、アブダビ(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%80%E3%83%93)の政府系ファンド(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%96%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89)であるムバダラ開発が、2010年に神戸市内の人工島ポートアイランドに作られる高度医療専門病院に100億円規模の投資する、というニュースが報じられていました。(http://markets.nikkei.co.jp/kokunai/hotnews.aspx?site=MARKET&genre=c1&id=AS2C1201P%2012062008)

新聞記事によれば、医療法上株式会社が病院を経営することが出来ないため、病院の施設をSPCが所有し、これを病院にリースする仕組みがとられるということが書かれていました。

6月5日のこのブログでイスラム投資ファンドのことを書いたので(イスラム金融(11)投資ファンドの項目 http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/11_9305.html)、タイミング的にはばっちりでしたが、筆者はこの件には関与はしていません。従って、以下のコメントは傍観者としての立場でのコメントです。

1. まず、イスラム金融における考え方として、酒、豚、賭博及び娯楽に関する事業への投資は禁止されていますが、これはいわばnegative listです。6月5日のブログでは記載していませんが、社会的に有用な事業への投資は促進するという考え方もあり、こうした観点から考えますと、アブダビのソブリン・ウエルス・ファンドとしては、投資し易い事業であったのだと思います。

2. ただ、ちょっと気になる点は、最近は動物を利用して作った医療製品もあるそうで、豚から作ったものはどうか、という疑問があります。古い話になりますが、2001年1月インドネシアにおいて、「味の素の製造過程において豚の酵素を使用するのは、イスラムの教えに反しており、消費者保護法に違反する。」という理由で、インドネシア味の素に対して製品回収命令が出されたことを記憶されている方もいらっしゃると思います。(http://www.kyoiku-shuppan.co.jp/kousha/wadai.pdf/wadai13.pdfあるいは、http://www.jakartashimbun.com/pages/ajinomoto.htmlなど、「インドネシア、味の素、豚、イスラム教」でインターネットのサーチをかけると沢山記事が見つかります。)医療製品で豚が原料になっているものが無ければ、問題が無いはずですが、そうでない場合、当事者はどのように問題を解決したのでしょうか?イスラム金融によるプライベートエクイティ投資の投資先の事業の内容に制約がかかる場合もある、という話も聞いたことがあるので、ちょっと関心がある点です。

3. 次の関心事は投資方法です。株式による投資も考えられますが、そうすると、SPCは会社法上の大会社になり監査役会を設けるとか、会計監査人が必要とか、二重課税が発生するか、といった問題が発生しますので、おそらくアブダビの投資ファンドによる投資方法としては、匿名組合方式の可能性が高いのではないかという気がします。

4. 匿名組合方式を用いるメリットとしては、組合型のイスラム金融の手法の一つである、ムダーラバ(mudaraba)として構成し得るということです。4月30日のこのブログで扱いましたが、わが国の匿名組合制度とイスラム法におけるムダラバとは、起源を同じにする制度で、親戚同士のようなもので似ている点があります(イスラム金融(1)ムダーラバ(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html)。また、税制面でも損益のパススルーが出来るのが原則ですから、使い勝手が良いように思えます。

5. 新聞記事によれば、SPCは病院に医療施設をリースするとのことですが、イスラム金融ではリースは「イジャーラ」と呼ばれており、投資先のSPCはイスラムの教義に適した事業(イジャーラ)を行っているという見方が可能だろうと思います。

6. もっとも、匿名組合出資で集めた資金をもって、病院の建物と土地を購入しリースするとなると、不動産特定共同事業法に該当しないかという問題があります。lまた、ダブルSPCなどで不動産特定共同事業法に該当しないようにしても、金融商品取引法の集団投資スキームに該当しないかといった問題点はありますが、このあたりは大勢の人たちが議論しているところです。

7. もう一つ関心がある点としては、病院の建設資金として、銀行借り入れなどのデットを導入する場合どうか、という点です。6月5日のこのブログ(イスラム金融(11)投資ファンドhttp://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/11_9305.html)で記載したように、債務のある会社への投資は、イスラム教の戒律に反する可能性がありますので、SPCへローンを出すというのは、問題が出てくるかも知れません。考えられる方法としては、例えば、SPCをもう1個作り、銀行が融資するSPCとイスラム投資家が投資するSPCと分けるといった方法があり得ますが、新聞記事でも銀行による融資が予定されているかどうか何も報道されておらず、こんなことは考える必要は無いのかも知れません。

2008年6月 9日 (月)

イスラム金融(13)ムラーバハ

先週末の6月6日に「金融商品取引法等の一部を改正する法律」が成立しました。(http://www.fsa.go.jp/common/diet/index.html)同法律のタイトルは「金融商品取引法」となっていますが、銀行法・保険業法の改正も行っており、イスラム金融を営む会社を、銀行・保険会社の子会社や兄弟会社とすることを認めている点が注目されます。

ご存知の方もいらっしゃると思いますが、イスラム金融(1)(2008年4月30日分http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/1_ea82.html)で扱ったムダーラバとイスラム金融(10)(同年6月4日分http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/10_6fbc.html)で扱ったムシャラカとが「組合型」のイスラム金融であると定義するとしたら、「契約型」のイスラム金融として大きく分けて4種類あります。そのうち、ムラーバハと呼ばれているものは、金融機関が商品を購入しそれに一定のマークアップをつけて買主に、代金後払いで売るというものです。分割払いで支払うこともあります。要するに、イスラム法においては利息が禁止されているので、商品にマークアップをつけ代金後払いで売ることによって、利息付の取引と同じような経済的効果を得ることを意図しているわけです。従って、商品の買主は実質上は借主といえるわけです。

ムラーバハは売買を発展させた金融手法ですから、売買に関するイスラムの戒律が適用されます。例えば、酒、豚肉などを対象とすることはできず、売主が売買目的物の所有権を有し、占有(占有しているとみなされるものでも良い)していることを要する、といった原理が適用されます。これは預言者マホメッドが「穀物を買う者はその重さを量るまでは売ってはならない。」「穀物を買う者はその完全な占有をするまでは売ってはならない。」と述べていたことが根拠として挙げられています。

また、売主となる金融機関は対象となる商品の取得価格(原価)を買主である借り手に対して開示をしなければ、有効なムラーバハにならないとされています。さらには買主がディフォルトをした場合、期限の利益の喪失をさせることは認められても、いわゆるペナルティは取れません。利息の禁止との関係で問題があるといわれているからです。しかしながら、ディフォルトをした買主に対してペナルティにあたるものを、慈善事業に寄付させることは認められています。

このように、わが国の割賦売買に似ているのですが、イスラムの戒律による制約があるわけです。

今回の法改正によりイスラム金融が銀行・保険会社のグループの業務範囲に含まれることが明確化されたわけですが、未解決の問題もあると考えられます。

例えば、売買におけると売主と同様に資金提供者が現物の所有権を取得するということになると、税務上は売買と同じ扱いになるのでしょうか?この点はこれから議論が行われるのだと思います。

もう一つ気になるのは、一旦現物の所有権を取得するとなると、理論上はその現物に関するリスクを負担する可能性があるということです。当該商品が思いもよらない有毒物質を含んでいた場合、金融機関が商品売買の売主と同様の責任を負うのかどうか、といった疑問もあります。瑕疵担保責任免除の合意をするとしても、今度はそのような合意がイスラムの戒律で許されるのかという問題もありえます。そのような合意が可能であったとしても、近隣住民に被害が生じた場合には、どうしようも無いのではないかと思います。さらには、立証責任が転換される製造物責任法が適用されるなどという話になると、金融機関としては及び腰にならないかなぁという心配もあります。

2008年6月 6日 (金)

イスラム金融(12)イスラム法と信託

イスラム法にはワクフ(waqf)という概念があります。これは、寄付者が慈善目的や宗教上の目的で、その有する資産をモスクなどに寄進し、その資産を受益者のために運用するものです。寄進された資産は、あたかも独立の法人格を有しているかのようにその責任において取引や投資ができるとされているので、英米法における信託(trust)と近似しているということから、"trust"という訳語が英語の文献で使われることもありますが(http://en.wikipedia.org/wiki/Waqf)、イスラム金融ではwaqfは全く利用されていないようです。これはその起源が宗教的な行為と関係が深いことから、イスラム法学者は信託と同じものとみなすことに抵抗をしているからであると言われています。

法制史的に見ると、信託は英国を起源として英米法で発達した制度ですが、イスラム圏の中でも湾岸諸国は信託を元々持たなかったヨーロッパ大陸の法律の影響を受けているので、英米法的な意味での信託制度を有していないわけです。これは、湾岸諸国を支配していたオスマントルコ帝国(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%83%9E%E3%83%B3%E5%B8%9D%E5%9B%BD)が近代化のためにナポレオン法典を模範とした法典を作ったことが原因といわれています。

日本の民法も元を辿ればナポレオン法典が起源となっていますので、湾岸諸国の法律の考え方には、日本人にわかり易い部分もあります。

そのようなわけで、イスラム法には英米法的な意味での信託制度はないわけですが、イスラム金融において英米法的な意味での信託を利用することが禁止されているわけではありません。金融取引における利用に耐えうる信託制度がある国の法律を準拠法にしている例は、プロジェクト・ファイナンスやスクーク(イスラム債券)の発行において見受けられます。イスラム法に関する文献を片端から調べても倒産隔離(bankruptcy remote)の概念が見当たりませんので、イスラム法ではそのような概念は無いのだと思います。倒産隔離(bankruptcy remote)の必要性から英米法的な意味での信託を利用していると考えられます。

2008年6月 5日 (木)

イスラム金融(11)投資ファンド

外国資本によるわが国への投資の促進のひとつとして、イスラム投資家による投資が提言されていますが、本日は、イスラム法の下で投資ファンドの考え方を紹介しつつ、イスラム投資家の企業買収ファイナンスへの参加の可能性について筆者の意見を述べたいと思います。

イスラム教では賭博が禁止されており、株式市場に対する投資はこれに該当しないかという懸念が現在でも依然として残っているようです。また、会社制度を持たなかったイスラム法(この点は「イスラム金融(10)ムシャラカ」でちょっと書きました。)の下では、西欧的会社制度における資本多数決の原理も懐疑的に考えられており、西欧的会社制度によって設立されている会社への投資がイスラムの教えに適しているのかどうかという議論もあります。また、イスラム金融では金融取引と現物との結びつきを重視するので、証券取引所における株売買が現物の株券の授受を伴わず、口座間の振替で行われるので、株式投資がイスラムの教えに適したものか疑義を持つ人がかつてはいたそうです。

このように株式投資の可否自体についてもイスラム法上問題が無いとは言えないわけですが、現実にはイスラム投資家の資金を集めた投資ファンドが存在し、その金額も相当大きいものであることはマスコミでも報じられているとおりです。

投資自体がイスラム法でも許されるとしても、投資の対象については、利息の禁止、禁酒、豚肉の禁止、賭博の禁止等のイスラムの戒律による制限があります。従って、よく言われていることですが、保険、銀行その他の(利息を取る)金融業、酒製造販売業、豚肉製造販売業、防衛産業、娯楽業に対する投資はイスラムの戒律では嫌忌されています。

但し、これらは投資先の「主要な業務」がイスラムの教えに反する場合、投資が出来ないのに留まります。従って、酒類の売り場があるスーパーマーケット、アルコールを出す航空会社やホテルに対する投資でも許される場合があります。主要な事業ではない、というのが理由です。(もっとも、イスラム教の国のホテルではバーが無いので、お酒好きの人がイスラム圏へ出張するのはちょっとつらいかも。

金利の禁止との関係では、これも有名で市販の本にも書かれていますが、ダウ・ジョーンズは、投資先がイスラムの教えに合致したものかどうかの判断基準としています。

1. 前年の時価総資産の1ヶ月あたりの移動平均の33パーセント以上の額の債務が無いこと。

2. 前年の時価総資産の1ヶ月あたりの移動平均の33パーセント以上の額の現金と利息が発生する有価証券(社債など)を保有していないこと。

3. 会社の総資産の45パーセント以上が受取債権(account receivables)でないこと。

最初の二つで33パーセントが使われているのは、預言者マホメッドが「3分の1とは相当の額である。」と述べたことに由来するそうですが、預言者がそのように述べたのは金融とは全く関係が無い相続についてであったそうです。(こじつけ的な感じもします。)

また、三つ目の基準は金融業に対する投資を排除するためで、その基準において45パーセントとしているのは、総資産の額は日々変動するので、半分の50パーセントを維持するのが難しいので、余裕を持たせて45パーセントにしたとされています。

このようなイスラムの戒律による投資先の限定があるため、例えばレバレッジを利かせたファイナンスを行うことに限界があると考えられます。企業財務において、負債(デット)の額を増やしレバレッジを利かせることによってエクイティ投資家の受取分を増やすというのは、投資活動のイロハのようなものだと思うのですが、上記のダウ・ジョーンズによる基準があるということは、レバレッジを活用した金融商品の設計が難しいと考えられます。

もっとも、負債の部分をイスラム法で許容されるリース(イスラム法では「イジャーラ」)にすることによって、レバレッジを利かせたファイナンスに仕立てている例もあり、以前に述べたアトラス・パートナーズの不動産投資スキームです。http://www.atlaspj.com/japan/press/press_index.html 従って、工夫をすれば実現できるかも知れないわけです。

現物への投資を好むイスラム投資家の傾向を考えますと、企業買収資金の出資などは、イスラム金融の将来性がある分野かも知れないと考えているのですが、上記のように考えますと、容易く実現できるとは言えないと思います。例えばLBOによるレバレッジド・ファイナンスの一般的なストラクチャーは、買収対象会社に買収資金借入にかかる有利子負債を負わせるわけですが、イスラム投資家にそのような会社に出資させるというのは、上記のイスラム法のおける投資の対象の限定からして難しそうです。何らかの工夫をしないと、イスラム投資家にも参加してもらえるような企業買収ファイナンスの仕組みは出来ないと思います。

(追記:2016年6月16日)

イスラーム投資ファンド一般に関する記事は以下の通りです。

イスラム金融(52)プライベート・エクイティ・ファンド(1)→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/521-7c64.html

イスラム金融(53)プライベート・エクイティ・ファンド(2)→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/532-6c8a.html

2008年6月 4日 (水)

イスラム金融(10)ムシャラカ

組合型のイスラム金融の手法のうち、ムダラーバと呼ばれるわが国の匿名組合と起源を同じくするものは、以前このブログでちょっと書きました。本日はムシャラカと呼ばれる組合型のイスラム金融について、書きます。

そもそもムシャラカという用語は伝統的なイスラム法には無く、イスラム金融の分野で最近になって使われるようになったものだと言われています。

イスラム法には法人概念が無く、共同事業を組合ないしパートナーシップの概念で構成しています。制定法で法人概念を創設しているイスラム国家はありますが、それはイスラム金融で問題とされるイスラム法の問題ではないと考えられます。

イスラム法には"sharing"を意味する"shirkah"という用語があります。"shirkah"は、組合やパートナーシップに相当するものばかりでなく、共有や合有にあたるようなものを含む広い概念ですが、ムシャラカとは、"shirkah"のうちの組合やパートナーシップに相当するものに限定した意味で、構成員が財産や労務を出資し共同事業を行う契約であると定義できると考えています。このように考えると日本人にも理解しやすいのではないでしょうか。

正確とは言いかねますが、日本人にわかり易く組合型イスラム金融を整理すると、ムダラーバ=匿名組合でムシャラカ=民法上の組合又はパートナーシップです。

もっとも、イスラム法学者の間でもイスラム流パートナーシップであるムシャラカの要件については見解が一致しておらず、例えば、構成員の間での利益分配の割合をその出資割合と異なるように定めても良いかどうかについて、学説が分かれています。

ムシャラカは共同事業ではありますが、日本の民法上の組合で言えば、業務執行組合員に相当する者を選任できます。但し、無議決権持分のようなものは許されないと考えるのが一般的のようです。また、一定の利益を優先して分配する優先株のようなものも認められていないと書かれた書物もあります。

細かいルールは他にもあるのですが、ブログという性格上省略します。

さて、実際上どのように利用されているかですが、住宅金融での利用は盛んであるようです。例えば、資金提供者と住宅購入者との間でイスラム流パートナーシップであるムシャラカを組成し、住宅を購入するとします。購入資金のうち9割を資金提供者が拠出し、残りの1割を住宅購入者が拠出したとすると、住宅は資金提供者と住宅購入者とが9対1の持分割合で共有することになります。

そして、住宅購入者は9割の共有持分を資金提供者から賃借して、購入した住宅に住むわけですが、別途9割の持分を資金提供者から分割払いで購入する約束をするわけです。分割払いをするたびに少しずつ資金提供者の共有持分は住宅購入者へ移転します。そして、分割払いが終了すれば、当該住宅は住宅購入者の単独所有となるわけです。

他方、分割払いをしている間における住宅の賃料は、資金提供者の持分が減少するに従って、それに合わせて減額され、最後はゼロになるわけです。

これに関しては、例えば、「住宅購入者による持分の買取は当初における住宅の購入の条件としてはいけない。」とか「持分の買取と賃貸借を相互に条件をつけることは許されない。」といったイスラムの教えからくる制限があり、契約書の仕組みを少し工夫する必要があるといわれていますが、この点については、基本原理にさかのぼって説明をしないとわからないと思いますので、本日はそのような制限があるということだけを述べておきます。

大型プロジェクトでの利用では、例えばエミレーツ航空が本社ビルの建設の資金調達に利用されています。このプロジェクトではSPCとエミレーツ航空とがムシャラカを組成し、本社ビルを建設。SPCはムシャラカ債券を発行して資金を調達したという事案です。

そのほか、イスラム流パートナーシップであるムシャラカが利用された例としては、ボスポラス連絡橋プロジェクトやマレーシアやイランにおける有料道路建設プロジェクトにおいて、使われておりムシャラカ持分を表章する有価証券も発行されたとのことです。

2008年6月 3日 (火)

信託法(1)担保権信託(セキュリティ・トラスト)(1)

昨日までデューデリで他のことが何も出来ず、ブログもちょっとお休み。

本日はイスラム金融とは全然違うテーマを扱います。

昨年の9月30日から新しい信託法が施行されています。新信託法の施行前後の時期には「新信託法の下では担保権信託(Security Trust; セキュリティ・トラスト)が出来るようになる。」ということで、金融関係者や学界でも色々と議論が盛り上がったのですが、施行後8ヶ月を経過した現在でも、SMBCさんが取り扱った事例が紹介されている程度で、期待されたほどには利用されていないようです。

その原因について分析している雑誌記事などに遭遇していないのですが(ご存知の方は教えてください。)、担保権信託(セキュリティ・トラスト)にかかるコストの問題が結構大きいのではないかと考えております。

1.まず、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を設定する場合、信託業の免許が必要です。ところが、担保権信託(セキュリティ・トラスト)が適しているといわれているシンジケーション・ローンの新規案件は、メガバンクを含む銀行によって発掘され、銀行がアレンジャーとなって報酬を取っていることが多いと思います。

ところが、メガバンクのうちでも信託業の免許を持っているのは、SMBCさんだけだったと思います。そうすると、銀行がシンジケーション・ローンにおいて、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を使おうとすると、どうしても信託専業銀行を入れないとならないわけです。

ということは、担保権信託(セキュリティ・トラスト)の受託者となる信託専業銀行に対して信託報酬を支払う必要があり、その分だけ銀行が受け取る報酬を減らさざるを得ないのではないか、と思うのです。筆者は銀行員ではありませんので、銀行が受け取る報酬には暗いのですが、どうもそんな気がします。メガバンクのうちで信託業の免許を持っているSMBCさんが担保権信託(セキュリティ・トラスト)サービス業務で先行できたのはこのような背景があるのではないでしょうか?(間違った認識なら御免なさいですが…。)

ということで、信託専業銀行を取引に参加させることによる取引コストの上昇ないし銀行の報酬の取り分の減少がひとつの原因ではないかと考えております。

2.もうひとつは登記にかかる費用の問題です。不動産に関する担保権信託(セキュリティ・トラスト)は、取っ付き易い利用法だと思うのですが、登記費用が意外にかかります。例えば抵当権に関する担保権信託(セキュリティ・トラスト)を設定する場合、①抵当権設定登記と②信託の登記が必要です。ところが、抵当権設定登記の登録免許税は、被担保債権額の1000分の4であり、信託の登記の登録免許税は被担保債権額の1000分の2ですから、合計で被担保債権額の1000分の6の登録免許税がかかります。

これに対して、結構規模の大きな不動産のノン・リコース・ローンでも、登録免許税を節約するために、抵当権の本登記を留保して仮登記で済ませているというケースが見られます。

従って、ローン債権の転売を頻繁に行うことを予定したような事案で無い限り、コストに見合った、担保権信託(セキュリティ・トラスト)を使うメリットが無いと考える人が多いのではないでしょうか?

もちろん、この他にも信託の利用に馴染みが無いとか、法解釈に任されている論点が多くで面倒だとか、色々理由はあると思いますし、そのような話も聞くことがあります。でも、担保権信託(セキュリティ・トラスト)のコストが高いというのは結構大きな理由に思われるのですが、いかがでしょうか?

なお、余談になりますが、筆者が米国の法律事務所で働いていたときには、担保権信託を使った不動産のノン・リコース・ローンはごく当たり前のように使われていましたし(但し、日本で議論されているものとはちょっと性質が違うものです。)、その後プロジェクト・ファイナンスの仕事をやるようになったときには、セキュリティ・トラストは便利だと思いました。また、英国でのパブ事業の証券化ではセキュリティ・トラストを使った担保付社債を発行しています。(担保権信託(セキュリティ・トラスト)そのものではないのですが、他人様のブログに事業信託による事業の証券化で、このトピックの書き込みをさせて頂いたことがありました。→http://shintaku-obachan.cocolog-nifty.com/shintakudaisuki/cat4599420/index.html)

ということで、潜在的にはニーズがあると思うのだけどなぁ、と考えています。

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