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2008年5月

2008年5月17日 (土)

イスラム金融(9)準拠法の選択とイスラム法

相変わらずイスラム金融の話題です。イスラム教徒が国民の大部分を占める国家でも憲法、民法、商法、訴訟法といった制定法を持っているところがあります。中東諸国の民法は、わが国と同様にフランスのナポレオン民法の影響を強く受けています。更に、イギリスに支配された地域では英国法の影響も相当あります。しかし、これらの制定法は、いわゆるイスラム法とは区別して考える必要があります。

まず、イスラム法は、聖典コーランを最高位の典範とするイスラムの戒律または規範であって、不文法のようなものです。六法全書など無いのです。不文法というと、判例法をイメージしますが、このブログで以前書いたように(2008年5月1日分http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/fatwa_d981.html)、先例拘束の原理も確立されていません。ですから、判例法のようなもの、とも言えない代物です。

イスラム法のもう一つの特色は国家を超越した規範と考えられている点です。イスラム国家では聖典コーランを最高位の規範とするイスラムの教えは憲法にも優越するものと考えられています。このような考え方は、イスラム教の聖地であるメッカに近い国ほどその傾向が強いといわれています。つまり、国家が立法した制定法であっても、イスラムの教えに反するものであれば、それは無効と考えられています。

このように、イスラム法は、国家を超越したもので、しかも制定法でなく、かといって先例拘束の原理も確立されていない、ということになると、西欧的な法規範とは本質が違うものではないかと思われます。

そこで、契約の準拠法の問題に移りますが、複数の法律が抵触する場合どちらの法律を選択するかというのが、準拠法の選択の問題ですが、それは国家の存在を前提とした法律であると思います。例えば、ドバイの制定法と日本法のいずれを準拠法とするかというのは、準拠法の選択の問題になり得るのではないかと考えているのですが、これはアラブ連邦首長国のドバイ特区には各種の制定法があり、それは特定の国家の存在を前提とした法律だからです。

ところで、イスラム法は「準拠法」になり得るのでしょうか?この点を議論した判例が外国にはあります。イギリスの裁判所で争われたイスラム金融の紛争事件で、契約には次のような準拠法条項が入っていた契約があるそうです。

"Subject to the principles of the glorious Shari'a, the agreement will be governed by and construed in accordance with the laws of England."(試訳:栄光あるシャリアの諸原理に従うことを条件とし、本契約は英国法に準拠し、解釈されるものとする。)

この事件では「シャリアの諸原則に従う」というくだりの解釈が争われたのですが、英国の裁判所は、①一つの契約が二つの法制度に準拠し得ないこと、②シャリアの諸原理とは法制度ではなく宗教上の原理に過ぎないこと、③シャリアとは一つの国家の法ではなく、シャリア法のための国家を超越したものを適用する規定はないことを述べて、上記契約の準拠法は英国法と判断しています。

この二つ目と三つ目の理由が筆者にとっては、説得的と思えるのですが、如何でしょうか?

日本も西欧的な法制度を有している国であって、このようなイスラム金融における準拠法条項の解釈が問題となれば、日本の裁判所もイギリスの裁判所と同じような判断をしそうな気がします。

【追記】

この記事の続編として、「イスラム金融(44)準拠法の選択とイスラム法(その2)」を書きました。この記事で紹介した後の判例やイスラム金融における契約書作成の留意事項に触れていますので、そちらもご参照ください。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/44-e6bb.html

2008年5月15日 (木)

イスラム金融(8) 外国判決及び外国仲裁判断のサウジ・アラビアにおける強制執行

本日は、外国判決または仲裁判断のサウジ・アラビア国内における強制執行について書きます。

サウジ・アラビアの司法制度は非常に複雑で、シャリーア裁判所と呼ばれる通常裁判所のほか、準司法的機能を有する委員会も存在します。

委員会のうちで金融に関係しそうなのは、Banking Disputes Settlement Committee(「銀行紛争調整委員会」)、Office of Settlement of Negotiable Instrument Disputes(「流通証券紛争調整局」)及びBoard of Grievance(「苦情処理委員会」)といったところではないかと思います。

銀行紛争処理委員会は銀行と顧客との間の紛争を処理し、流通証券紛争調整局は約束手形その他の流通証券に関する紛争の処理をし、苦情処理委員会は外国判決を含む商業的な紛争を処理をするとされています。このうち、苦情処理委員会については、かつてイギリスの裁判所が下した判決のサウジ・アラビア国内における強制執行を認めた先例がある、と色々な文献で書かれています。

上記の3つの委員会のうち、苦情処理委員会のみがシャリア適格(イスラム法的に適法かどうか)を判断することができますが、シャリア適格が問題になるケースでは通常1年くらいの審理で済むものが、2年から10年間を要するそうです。10年は長い…。

「イスラム諸国間の判決及び仲裁判断の執行に関する汎アラブ条約」(「汎アラブ条約」)というのがあり、条約加盟国は、一つの加盟国内で下された判決や仲裁判断の他の加盟国内での執行を相互に保障していました。サウジ・アラビアは1954年にこの条約に加盟しています。

苦情処理委員会はこの条約に基づくサウジ・アラビア国内における強制執行の申立を受理する権限を、勅令によって認められていましたが、西欧諸国のような汎アラブ条約非加盟国における判決や仲裁判断については、サウジ・アラビア国内で執行できるかどうか法的な裏づけが不明確で、外交ルートによってその執行を試みるといったことが行なわれていたそうです。また、汎アラブ条約では外国の判決や仲裁判断の内容が、その強制執行を求められた加盟国の公序に反する場合には、執行が出来ないとされていましたので、イスラム法の解釈が加盟国によって違う場合には、同じイスラム圏内で下された判決や仲裁判断でも強制執行できない場合もあり得ます。英国判決のサウジ・アラビアで執行が認められた例があると申しましたが、そのような時代背景での事件であったようです。

その後、1994年、サウジ・アラビアは日本も加盟している仲裁判断に関するニューヨーク条約(http://www.jcaa.or.jp/arbitration-j/kaiketsu/newyork.html)に加盟しましたので、西欧諸国との間での仲裁判断の執行に関する条約の不在という問題は一応解決されたのですが、ニューヨーク条約に関する国内法が整備されていないという話であり、問題が完全に解決できているのかどうかは不明です。イスラム国家ではイスラム教の戒律が最高位にある規範ですので、ニューヨーク条約の下でも、シャリア適格でない契約に関する仲裁判断の執行は出来ないのではないかと思います。

ということになると、例えば、準拠法と仲裁人をサウジ・アラビア国外に定めた契約に基づき仲裁判断を得たとしても、サウジ・アラビア国内の債務者や資産を相手に強制執行を行なうことが依然として保障されていないということになります。

契約締結時にイスラム法学者より当該契約についてイスラム法に従ったいわゆるシャリア適格なものという意見を得ていれば、外国仲裁判断の執行の申立を受けた裁判所や委員会が、シャリア適格ではないと判断する可能性は事実上は低いのかも知れません。ただ、ご存知の方も多いと思いますが、イスラム法学者の間での意見が分かれている問題も多いようですから、問題なしと言い切るにはちょっと勇気がいることではないか、と思います。

もっとも、プロジェクト・ファイナンスを例にとって考えますと、オフテーカーが西欧諸国や日本の会社である場合には、オフテーカーの支払はオフショアに設けられた信託口座に行なうという仕組みをとっているのが一般ですから、そのようなケースであれば、サウジ・アラビア国内での強制執行可能性についてそれほど深刻に考えなくても良いのかも知れません。ただ、インフラ整備モノのようにサウジ・アラビア国内の口座に一旦資金を通さざるを得ないものとか、本気でサウジ・アラビア国内にある資産に強制執行をかける場合には、本日の記事で書いたような問題を真剣に検討しなければならないかも知れませんね。

(追記)2008年7月10日

サウジ・アラビアの準司法的機能を持つ機関について補足します。

サウジ・アラビアにおける準司法的機能を持つ機関で、イスラム金融に関係がありそうなものとしては、他にCommittee for the Resolution of Securities Disputes(証券紛争解決委員会)というものがあります。これは、サウジ・アラビアの資本市場法(Capital Market Law)に基づき設立されたもので、同法に関する紛争について管轄を有しています。同委員会へ紛争解決の申し立てをするためには、まず、Capital Market Authorityへ紛争解決の申し立てをする必要があるとされています。

2007年に発行されたSaudi Electric Companyのスクーク(イスラム債)の発行要項(terms and conditions)によれば、同スクークに関する紛争については、同委員会が裁判管轄に指定されています。

2008年5月10日 (土)

イスラム金融(7)担保

本日はイスラム法における担保について少しだけ書きます。

イスラム法では利息は禁止されていますが、担保は原則として認められています。その根拠としては、聖典コーラン第2章牝牛第283において、「 あなたがたが旅行中で記録者を求め得ない時,担保を(提供させて)手に入れて置きなさい。」という節があることや(http://www.isuramu.net/kuruan/2.html)、預言者マホメットは自分の甲冑を担保にしてユダヤ人から食料を買ったという言い伝えがあることが挙げられています。

従って、イスラム金融において担保を取ることは原則として可能ですが、注意を要するのは、担保権者が何らかの形で担保物の占有ないし現実の支配をしていることが必要とされている点です。これはスクーク(イスラム債)について述べたときに書きましたように、イスラム金融では実物取引と金融取引との結びつきを重視するという原則が担保法においても適用されるからです。

例えばサウジ・アラビアで支配的なハンバリー学派によれば、担保権者が担保物を占有していないと、無担保の一般債権者と同じように扱われてしまうとされています。

要するに、イスラム法における担保は、日本の担保物権法でいえば、質権と留置権のような担保権者による担保物の占有をその成立と存続の要件とするのを基本としているわけです。

しかしながら、現代の金融において銀行が担保物を占有するのは現実的なこととはいえません。そこで、担保物の登録をすることによって、占有又は現実の支配をしていると看做す、つまり擬制をすることが認められています。サウジ・アラビアでは公証人がこのような登録をするとのことです。

ところが、有利子の金融取引を行なう銀行が担保物の登録を行なうことは利息の禁止に反するのではないか、という懸念から公証人がこのような担保物の登録手続を行なうことを拒否するようになりました。

そこで、他の方法で担保物の占有又は現実の支配を擬制するようになったとのことです。

例えば、担保権が設定された旨の墓石公告を行なったり、あるいは担保物に担保権設定の表示を行なったり、担保物の周りに囲いをつけることによっても、担保権者による担保物の占有又は現実の支配を擬制することができるそうです。

以上

[追記: 債権の譲渡担保については、「イスラム金融(22)債権の譲渡担保」→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/22_e346.htmlの項目をご参照下さい。]

2008年5月 8日 (木)

イスラム金融(6)利息の禁止と源泉徴収税

イスラム金融に関心のある方であれば、誰もが、イスラムの戒律によれば、利息又はそれに類するものは禁止されていることはご存知だと思います。

イスラム教の聖地であるメッカに近い地域ほどイスラムの戒律を厳格に遵守する傾向が強いといわれておりますが、メッカが位置するサウジアラビア(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A6%E3%82%B8%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2)は、イスラム教の宗派のうち、スンニー派のうちのハンバリー派という厳格な宗派が有力です。

利息の禁止も厳格に適用されているようで、サウジ・アラビアの裁判所は利息の請求の強制は認めていません。当事者の申し立てた請求の中に利息又は利息類似のものが含まれていると判断した場合には、その部分の請求を棄却するそうです。

ところが、サウジ・アラビアの所得税法によれば、サウジ・アラビア居住者が非居住者に対して利息ないし利息類似の支払を行なう場合には、5パーセントの源泉徴収を行なう必要があるとされています。この点については、サウジ・アラビアの国税庁に相当するDepartment of Zakat and Income TaxのホームページのQ&Aをご参照ください。Q&Aの27番辺りに書いてあります。→http://www.zakat.gov.sa/en/FAQ/faqnew-3.shtml

Zakatとは「喜捨」という意味で、イスラム法の下では税金を「喜捨」の考え方で合理化していますので、そのような名前が付いているのだと思います。日本人には喜んで税金を払っている人はいないと思いますが。

一方において、宗教的戒律を厳格に解釈しつつ、国外への支払について利息相当部分の源泉税を課すというのは、ちょっと理解できないところです。

なお、サウジ・アラビアは、幾つかの国と二重課税を回避するための租税条約を結んでいます。英国とは昨年金利、ロイヤルティ及び配当支払に関する租税条約を結んでおり、着々とイスラム金融のための制度的なインフラを整備しているようです。そして、何と中国までもサウジ・アラビアと二重課税回避のための条約を結んでいるようで(この点は、孫引きです。)、このことを知ったとき、「中国は抜け目が無い。」と思いました。

2008年5月 7日 (水)

イスラム金融(5)契約の有効要件ー商品の有用性

イスラム金融について書かれた書物や記事を見ると、利息の禁止、酒や豚肉に関する取引の禁止、契約内容が過度に不明確である場合(gharar)や投機的な行為に対する嫌悪(Maisir)などが良く紹介されています。

これらの他にイスラム法のおける契約の有効要件としてどのようなものがあるかといえば、

1. 商取引における書面化の必要性

2. 商品の有益性

といったものがあります。

日本人にとって面白いと思われるものは、商品の有益性です。これは「商品は人間の生活にとって役に立つものでなければならない。」という考え方です。例えば、盲導犬は人間の生活にとって役に立ちますので、盲導犬の売買はイスラム法では有効な売買です。ところが、愛玩犬の売買はどうかというと、愛玩犬は人間の生活にとって役に立つわけではないので、売買の対象には出来ず、贈与の対象に過ぎないと考えられているそうです。ということは、ペットショップは成り立ち得ない商売ということになるのですが、実際はどの程度厳格に考えられているのでしょうかね?

もう一つの書面による契約ですが、これはコーランに「…期間を定めて賃借するときはそれを記録にしなさい。…」(第二章「牝牛」第282)といったことが書かれていることが一つの根拠とされています。

ところが、裁判所の運営としては、書面による証拠よりも口頭による証拠を重視しており、当事者が書証を提出したにもかかわらず、裁判官が書証の入った箱を開けずに、証人尋問だけで判決をしたという事案も報告されており、何のために書面による契約をするのか首をかしげてしまいました。

本日はこれまでとさせて頂きます。

以上

2008年5月 5日 (月)

イスラム金融(4)石油とM&A

ガソリン暫定税率が復活しました。

石油関係に詳しい仕事仲間と雑談をしたのですが、実は日本の石油の消費は減少傾向にあり、サービス・ステーション(ガソリンスタンド)の廃業が続いているとのことです。また、現在石油産出国による石油関係の会社や施設の買収も時々報じられています。その背景は、サービス・ステーションをはじめとする石油関連の施設は、石油需要の減少とともにダブついており、新たに投資をして更新をしてもそれに見合う需要増が見込めないので、「売り」に出されている施設や会社が沢山あるそうです。(関係する業界の方であれば、良くご存知のことだと思います。)

買主として期待されているのが石油産出国の投資家であるそうです。日本の精製所を買収し、石油産出国から安い原価で石油を運んでくれば、消費者に対して競争力のある価格で石油を提供できるばかりでなく、日本を足がかりとして石油の需要が急速に伸びている中国への輸出も拡大できるという期待があるわけです。

ということで、筆者の仕事仲間のクライアントである某石油産出国のクライアントへは、「わが社を買ってくれ」とか「わが社と提携して欲しい」といったラブコールが沢山送られてきており、筆者の仕事仲間もそのお裾分けで生卵を1箱貰ってきました。(こんなに卵を食べたらコレステロールが溜まるぞ…。)

前置きが随分長くなりましたが、イスラム金融が日本に入ってくるとしたら、不動産関連がまず考えられますし、アトラス・パートナーズがクェート系の投資ファンドとともにリース方式によるイスラム金融による投資を行なったと報じられていますhttp://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-28961820071119

イスラム金融による不動産投資は欧米でも先例が相当数あり、金融と実物とのつながりを重視するイスラム金融になじみやすい分野だと思いますが、不動産以外の分野でイスラム金融が使われる可能性があるとすると、前置きで書いたような石油関連の施設や会社のM&Aではないか、という気がします。

以上

2008年5月 2日 (金)

イスラム金融(3)スクークと社債と株式の比較

本日は、イスラム金融の中でも、「イスラム債」と呼ばれているスクーク(sukuk)について一言。

イスラムの教えでは利息が禁止されていることは有名です。聖典コーランの複数の箇所で利息の禁止をイスラムの戒律として述べてられています。例えば、よく色々な本で引用されているものとして、第2章「牝牛」275にも「アッラーは商売を許し、利息(高利)を禁じておられる。」という教えがあります。コーランについては、http://www.isuramu.net/kuruan/2.htmlなどを参照。

ちなみに、飲酒もイスラムの戒律では禁止されており、以前アラブ圏のビジネスマンを夕食に連れて行ったことがありますが、筆者がワインをガブガブ飲んでいても、彼らは決して飲みませんでした。宗教的には敬虔な人たちなのですね。

さて、聖典コーランにもこのような教えがあるため、利息付の金銭債権を表章した社債は、利息の禁止に該当するので、イスラム教徒にとって禁忌なものであるわけです。従って、資本市場から資金を調達する場合でも、利息付の金銭債権という性格を有する有価証券は使えないわけです。

スクークについては、もう一つ重要なイスラム法の基本原則があります。イスラム法の法源には聖典コーラン以外にも、預言者モハメッドの生前の言葉の伝承がありますが、その中で「穀物を買うものはその重量を計るまでは、売ってはならない。」というものがあります。これは金融法という観点で考えますと、先渡取引や先物取引の可否という問題にも結びつくものなのですが、要するに、「目的物の占有がなくては売買をしてはならない。」という教えです。

このことから導かれることは、イスラム金融においては、実物取引と切り離した金融取引は嫌忌されるという考え方です。金融取引は実物と一緒でなければならない、と言い換えることもできると思います。

従って、社債の場面で考えますと、投資家は発行体に対して単に金銭債権を有しているだけでは足りず、キャッシュフローを生み出す実物資産に対して何らかの持分的な権利を有するものでないと、イスラム戒律に従ったイスラム債、即ちスクークではない、と考えるわけです。

以上をまとめますと、

1. 金利の禁止

2. 金融取引と実物との結合

がイスラム債であるための必要条件であり、西欧的な法体系で言えば社債よりも投資信託証券にむしろ類似しているものと考えられます。(この辺は市販の本でも指摘している人がいます。)

そこで、スクーク、社債、株式の相違を以下の通り表に整理してみました。これはある外国語の文献で紹介されていたものを参考に作ったものですが…。

下記の項目のうち「担保」の部分はスクークはあたかも担保付社債のようなものだという誤解を呼ぶ記載になっていますので、この点はそうではなく、投資家は観念的にはスクークの裏づけ資産に対して持分を有しているという意味において、単なる金銭債権しか持っていない他の債権者とは違うという程度の意味です。

スクーク

社債

株式

性質

発行体の債務ではなく、特定の資産、プロジェクト又はサービスにたいする不可分的な持分権

発行体の債務

会社財産に対する持分

資産の裏づけ

裏づけとのなる資産の50パーセント超は有形資産であることを要する。

一般的には不要

不要

権利内容

裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに対する所有権

借入人に対する債権者としての権利及び(担保付社債の場合)資産に対する担保権

会社財産に対する所有権

担保

裏づけとなっている資産又はプロジェクトに対する所有権を観念的に保持している。

原則的には無担保。但し、担保付社債の場合は社債に付された担保権

無担保

元本の償還

発行体が究極的な支払義務を負うものではない。

発行体は債務者として究極的な支払義務を負う。

会社は払込金の償還を保証していない。

目的

イスラム的に許容される目的のためにのみ発行される。

いかなる目的のためにも発行できる。

いかなる目的にためにでも発行できる

流通の性格

裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに対する所有権の売買

発行体に対する債権の売買

会社に対する持分の売買

所持人の責任

持分の限度で、裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに関する規定された義務を負う。

発行体にかかる責任を負うことはない。

持分権に応じて議決権等の権利を行使できる。

上記の通り一応整理できると思うのですが、疑問としてはスクークの発行体が倒産した場合には、投資家はスクークの裏づけとなっている資産に対して一般債権者よりも優先する地位にあるのかどうかです。スクークを発行するにあたり、裏づけとなる資産について、担保受託者(セキュリティー・トラスティー)を設置することは義務付けられていませんので、スクークの投資家は裏づけ資産にかかる権利について対抗要件を具備していません。だから、一般債権者に対して優先権を主張できないのではないか、と考えていますが、手元の文献をひっくり返しても明確に書かれているものがなく、今後の調査によって何か分かれば、この点は補足又は修正致します。

そもそも、イスラム圏の国で破産法とか会社更生法のような法律が整備されているのが少ないようですので、スクークの発行体が倒産した場合の投資家の保護に関する先例など存在しないのかも知れません。

本日は大分長文になってしまいましたが、この辺で筆を擱きます。

以上

(追記)イスラム圏における破産法・倒産法については、「イスラム金融(16)イスラム諸国の破産法」の項目をご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html

(追記)本ブログにおけるスクークの関連記事は以下の通りです。ご興味のある方は、そちらのほうもご参照ください。

債権譲渡とスクークの譲渡性(イスラム金融(18))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/18_987b.html

AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明(イスラム金融(23))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html

スクーク(イスラム債)のディフォルト事例(イスラム金融(33))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/33-aaa6.html

平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置(イスラム金融(43))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.html

2008年5月 1日 (木)

イスラム金融(2) ファトゥワ(fatwa)と先例拘束

イスラム法に先例拘束の原理があるか?という疑問を持って調べたことがあります。このことを体系的に記載してある文献にはお目にかからなかったのですが、西欧的な法制度でいうような先例拘束の原理は無いと書かれた文献はありました。

もっとも、fatwa(複数形はfatawa)と呼ばれている、イスラム法学者が下した判断を集積したものはあるようです。英文で恐縮ですがWikipediaのfatwaの説明が参考になります。http://en.wikipedia.org/wiki/Fatwa

イスラム法学者が過去の類似の事例についてどのような判断を過去において下しているかという意味においてある程度参考になりますが、色々な文献を読んでいると、「未公開のfatwaがある。」という注記に接したことがありました。つまり、過去のfatwa全部が集積されたデータベースはこの世の中に存在しないということです。

インターネットでもfatwaの一部を見ることができますが、その分類はかなり雑で、先日も「倒産」を意味するinsolvencyで検索をしたら、「お金が無くて払えないのでどうしたらよいか?」という質問に対して、「頑張って払いなさい。」という趣旨の回答をしているfatwaもありました。身の上相談のようなものまでfatwaのデータベースに含まれており、必要なものを探し出すのは容易ではありません(コツのようなものがあるのかも知れませんが…。)。

このことは、西欧的な感覚で法律業務に携わってきた者にとって非常にショッキングなことでした。米国は判例法の国ですが、米国の法科大学院の図書館には米国が独立した時以来の膨大な連邦法と州法に関する判例集が並んでおり、オンラインサービスも充実しています。また、検索に便利なように判例の分類には一定のルールがあります。「先例拘束の原理」とは正にこのようなインフラが存在する社会において成り立つものだという実感を持ちました。

このように先例拘束の原理の考え方が定着しておらず、しかもそれを支えるインフラが無いというのが現状ではないかと思います。(ちょっと言い過ぎかも知れませんが…。)

更に、イスラム法の法源として最高位にあるコーランは7世紀のマホメットの時代の北アラビアの方言で書かれているそうです。わが国の法律は明治時代以降に立法されていますし、最近はかなりの分野で現代語化が進んでいますので、日本語さえできれば、六法全書を見て弁護士が言っていることが正しいかどうかの確認をすることもできるでしょうが、現代アラビア語が出来る方でもそのようなことが出来るのでしょうか?結局イスラム法学者が言っていることを鵜呑みに信じるしかないのかも知れません。

従って、先例を調べることによって事案の解決を予測するという「予測可能性」が低く、しかも非常に数が少ないといわれているイスラム法学者によって解釈権が握られているという意味において、透明度が低いという印象を持っています。

そんなこともあって、非常にスロー・ペースですが、イスラム法に関するデータベースを少しずつ作っています。このブログではその作業の際に思ったことを書いているわけです。

以上

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