イスラム金融(3)スクークと社債と株式の比較
本日は、イスラム金融の中でも、「イスラム債」と呼ばれているスクーク(sukuk)について一言。
イスラムの教えでは利息が禁止されていることは有名です。聖典コーランの複数の箇所で利息の禁止をイスラムの戒律として述べてられています。例えば、よく色々な本で引用されているものとして、第2章「牝牛」275にも「アッラーは商売を許し、利息(高利)を禁じておられる。」という教えがあります。コーランについては、http://www.isuramu.net/kuruan/2.htmlなどを参照。
ちなみに、飲酒もイスラムの戒律では禁止されており、以前アラブ圏のビジネスマンを夕食に連れて行ったことがありますが、筆者がワインをガブガブ飲んでいても、彼らは決して飲みませんでした。宗教的には敬虔な人たちなのですね。
さて、聖典コーランにもこのような教えがあるため、利息付の金銭債権を表章した社債は、利息の禁止に該当するので、イスラム教徒にとって禁忌なものであるわけです。従って、資本市場から資金を調達する場合でも、利息付の金銭債権という性格を有する有価証券は使えないわけです。
スクークについては、もう一つ重要なイスラム法の基本原則があります。イスラム法の法源には聖典コーラン以外にも、預言者モハメッドの生前の言葉の伝承がありますが、その中で「穀物を買うものはその重量を計るまでは、売ってはならない。」というものがあります。これは金融法という観点で考えますと、先渡取引や先物取引の可否という問題にも結びつくものなのですが、要するに、「目的物の占有がなくては売買をしてはならない。」という教えです。
このことから導かれることは、イスラム金融においては、実物取引と切り離した金融取引は嫌忌されるという考え方です。金融取引は実物と一緒でなければならない、と言い換えることもできると思います。
従って、社債の場面で考えますと、投資家は発行体に対して単に金銭債権を有しているだけでは足りず、キャッシュフローを生み出す実物資産に対して何らかの持分的な権利を有するものでないと、イスラム戒律に従ったイスラム債、即ちスクークではない、と考えるわけです。
以上をまとめますと、
1. 金利の禁止
2. 金融取引と実物との結合
がイスラム債であるための必要条件であり、西欧的な法体系で言えば社債よりも投資信託証券にむしろ類似しているものと考えられます。(この辺は市販の本でも指摘している人がいます。)
そこで、スクーク、社債、株式の相違を以下の通り表に整理してみました。これはある外国語の文献で紹介されていたものを参考に作ったものですが…。
下記の項目のうち「担保」の部分はスクークはあたかも担保付社債のようなものだという誤解を呼ぶ記載になっていますので、この点はそうではなく、投資家は観念的にはスクークの裏づけ資産に対して持分を有しているという意味において、単なる金銭債権しか持っていない他の債権者とは違うという程度の意味です。
スクーク |
社債 |
株式 | |
性質 |
発行体の債務ではなく、特定の資産、プロジェクト又はサービスにたいする不可分的な持分権 |
発行体の債務 |
会社財産に対する持分 |
資産の裏づけ |
裏づけとのなる資産の50パーセント超は有形資産であることを要する。 |
一般的には不要 |
不要 |
権利内容 |
裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに対する所有権 |
借入人に対する債権者としての権利及び(担保付社債の場合)資産に対する担保権 |
会社財産に対する所有権 |
担保 |
裏づけとなっている資産又はプロジェクトに対する所有権を観念的に保持している。 |
原則的には無担保。但し、担保付社債の場合は社債に付された担保権 |
無担保 |
元本の償還 |
発行体が究極的な支払義務を負うものではない。 |
発行体は債務者として究極的な支払義務を負う。 |
会社は払込金の償還を保証していない。 |
目的 |
イスラム的に許容される目的のためにのみ発行される。 |
いかなる目的のためにも発行できる。 |
いかなる目的にためにでも発行できる |
流通の性格 |
裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに対する所有権の売買 |
発行体に対する債権の売買 |
会社に対する持分の売買 |
所持人の責任 |
持分の限度で、裏づけとなっている特定の資産、プロジェクト又はサービスに関する規定された義務を負う。 |
発行体にかかる責任を負うことはない。 |
持分権に応じて議決権等の権利を行使できる。 |
上記の通り一応整理できると思うのですが、疑問としてはスクークの発行体が倒産した場合には、投資家はスクークの裏づけとなっている資産に対して一般債権者よりも優先する地位にあるのかどうかです。スクークを発行するにあたり、裏づけとなる資産について、担保受託者(セキュリティー・トラスティー)を設置することは義務付けられていませんので、スクークの投資家は裏づけ資産にかかる権利について対抗要件を具備していません。だから、一般債権者に対して優先権を主張できないのではないか、と考えていますが、手元の文献をひっくり返しても明確に書かれているものがなく、今後の調査によって何か分かれば、この点は補足又は修正致します。
そもそも、イスラム圏の国で破産法とか会社更生法のような法律が整備されているのが少ないようですので、スクークの発行体が倒産した場合の投資家の保護に関する先例など存在しないのかも知れません。
本日は大分長文になってしまいましたが、この辺で筆を擱きます。
以上
(追記)イスラム圏における破産法・倒産法については、「イスラム金融(16)イスラム諸国の破産法」の項目をご参照下さい。→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/16_8f27.html
(追記)本ブログにおけるスクークの関連記事は以下の通りです。ご興味のある方は、そちらのほうもご参照ください。
債権譲渡とスクークの譲渡性(イスラム金融(18))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/18_987b.html
AAOIFIのスクーク(イスラム債)の基準についての声明(イスラム金融(23))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/23aaoifi-ebfc.html
スクーク(イスラム債)のディフォルト事例(イスラム金融(33))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/33-aaa6.html
平成23年税制改正大綱にある日本版スクーク(イスラム債)にかかる税制措置(イスラム金融(43))→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/4323-db71.html
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