トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(1)

1.トリアージ(Triage)の意義

トリアージ(Triage)という言葉をご存知でしょうか?相模原市の施設における大量殺人事件の死刑囚がTriageという題名の漫画を公表したことでマスコミで取り上げられたことがありますが、この言葉には差別的な意味はなく、元々は戦闘や災害などにより大量の負傷者が発生した際に、傷害の程度を判定し、治療や搬送の優先順位を決めることを意味します。

例えば、激しい海戦で大量の負傷者が生じた場合、通常軍艦には船医が乗っていますが、次から次へと運び込まれる負傷者を同時に治療することは実際上困難です。以前読んだ本では、そのような場合軽傷者を優先して治療して、戦闘に復帰させるとのことで、これは人命軽視の旧日本軍の悪しき伝統かと思っていたのですが、助かる見込みの少ない重傷者の治療に時間を取られた結果、緊急の手当てをすれば助かったであろう軽傷者の命が危険に晒されることもあると考えると、必ずしも非人道的な行為と断定するわけには行かないようです。

2.COVID 19の蔓延と筆者の問題意識

この記事を執筆している時点では、一時的に東京都内の新規感染者数が減少したものの、緊急事態宣言解除後再び増加傾向にあり、東京都はついに警戒レベルを最高に引き上げ、Go toキャンペーンの見直しも始まっています。

地域によって医療体制の状況は異なると思いますが、万一全国的にCOVID 19が蔓延することになると、イタリアのように医療崩壊が起きる可能性すらあるのではないか、と心配になりますが、実はイタリアでは人工呼吸器の数が足りず、医療関係者が泣きながら患者の選択をしたとの報道もあります。わが国で同様の事態が生じた場合、どのようなルールや手続で医療崩壊に対処すべきなのか、という素朴な問題意識からトリアージの概念を調べ始めたわけです。

3.トリアージが想定される事態

医療については素人ですが、次のような事態が発生した場合、トリアージが問題となる得ると考えられます。

  • 医療機関のICUがCOVID 19の患者で満員になってしまい、重症患者の全員を収容できない場合

   →この時、誰を軽症者向けのホテルに搬送するのでしょうか?そのホテルも満員の場合、どうするのでしょうか?

  • 人工呼吸器が不足し患者全員に人工呼吸器を装着できないので、人工呼吸器を装着する患者を選択せざるを得ない場合

   →この時誰に人工呼吸器を装着するのでしょうか?

  • 治療薬が開発されたが生産が追い付かず、患者全員に治療薬を投与できない場合

   →この時誰に先に治療薬を投与すべきでしょうか?

想像しただけでも恐ろしい事態ですが、最大の最悪の事態を考えると上記のような事態が想像されます。それと同時に、医療関係者が負う倫理的又は法的な責任を考えると、適切な基準と手続が必要ではないか、というのが筆者の問題意識です。

4. 海外での議論

(ドイツの場合)

ナチスの犯罪の歴史があるドイツでは、「命の選別」につながる問題は警戒心をもって受け止められており、生命と生命とを天秤にかけてどちらが価値があるかという判断は許されないという提言もなされているとのことです。そこで、トリアージの基準・規範を立てて、医療関係者がその場限りでの判断に基づく選択をしないようにとの努力をしているとのことです。→コロナ禍で迫られる「命の選別」ドイツ医学界の提言「厳密ルール」の中身

(米国の場合)

本稿執筆時、我が国よりも遥かに多数の感染者が増加している米国では医療崩壊に対する危機意識が強いと思われます。そこで、人工呼吸器が不足している場合、助かる見込みのない患者の人工呼吸器を取り外して、助かる見込みのある患者に装着することがどのような場合に許されるのか?という究極のケースについての議論がなされています。しかも、連邦制である米国では州によって考え方が異なり、統一が取れていないとのことです。→Ventilator allocation guidelines among states vary widely

次回の記事以降において、海外の議論を参考に、トリアージの法的考察をしたいと思います。

(続く)→トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(2)

 

2021年1月13日 (水)

トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(3)

前回記事(トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(2))の続きです。

7.医師の応招義務(医師法第19条第1項)

 トリアージとの関係で以前から疑問を持っているのは、医師法第19条第1項の応招義務との関係をどのように整理するかという点です。そこで、まず応招義務の一般論について筆者の知るところを述べます。

 応招義務とは、医師は、正当な事由がなければ、診察治療の求めがあった場合、これを拒んではならない、という義務です。違反した場合には医師免許の停止など制裁が課される場合があるもので、公法上の義務と考えられています。従って、患者が貧困であることを理由に診察治療を拒否することは認められないとされています(昭和24年9月10日医発753号 参照)。アメリカでは、プラチナ・カードを示さないと一見さんの患者は相手にしてもらえないと言われたことがありますが、アメリカ医師会倫理コードにおいて「医師には患者を選ぶ権利がある」と定められており、わが国とは真逆の考え方が取られているためのようです。この点で、日本の制度は医療サービスの公共性を重視していると考えられます。応招義務に関する教科書的な事例は、✈の機内で急病人が出た場合、たまたま同乗していた医師は、CAの呼びかけに応じて診察をしなければならないか、というのがあります。

 応招義務に違反した場合、前記のとおり医師免許の停止等の処分を受けることが考えられますが、民事刑事の責任はどうかについて、手許で直ぐに入手できる資料の範囲で調べてみました。

 民事責任に関しては、応招義務とは公法上の義務であって、これに違反しても直ちに民事責任が生じるものではないが、医師が診療を拒否し患者に損害が生じた場合、医師に過失があるとの一応の推定がなされ、診療拒否に正当な事由がある等の反証がない限り、医師の民事責任が認められるとの判断をした裁判例があります(千葉地裁昭和61年7月25日判例時報1220号118頁以下)。

 刑事責任に関しても、応招義務違反がある場合直ちに保護責任者遺棄罪が成立するという訳ではなく、他に救助を求めることが不可能であり、かつ緊急を要する状況を認識しているといった限定的な場合に、保護責任が生じうるという説はあるようですが、裁判実務として保護責任者遺棄罪の成立を認めた事案はないようです。この点につき、かつて内務省令の警察処罰令(明治41年制定、現在は廃止されている)において、応招義務に違反した場合の罰則が定められていたが、現在の医師法第19条第1項では罰則が無いことを理由に挙げている人もいます(山口悟「実践医療法」信山社(2012年)150頁)。刑事責任については慎重な法解釈と運用がなされているというところでしょうか…。

8.トリアージとの関係

 さて、トリアージとの関係をどのように考えるべきかという問題の検討に入ります。上記の応招義務に関する一般論によれば、医師(あるいは医療機関)が、COVID-19の患者の診察を拒否しても、正当な事由があれば、医師法第19条第1項に違反しないし、民事責任の推定を受けることもなく、ましてや刑事責任を負う可能性はないということになります

 そこで、「正当な事由」とは何かということになりますが、厚生労働省の行政解釈によれば、「医師の不在や病気等により事実上診療が不可能な場合に限られる」(昭和30年8月12日医収755号)とのことで、結構厳しく解釈されているようです。あるいは、休日夜間の急患診療所が地域において確保され、地域住民に十分周知されているような場合には、在宅している医師が、休日の救急診療所に行くよう指示することは医師法第19条第1項に反しないとしつつも、症状が重篤で応急措置を施さなければ、患者の身体生命に重大な影響をおよぼす虞がある場合には、診察に応じる義務がある(昭和49年4月16日医発412号)というのもあります。

 コロナウイルスの患者が診察を求めた場合、病床が満杯で受け入れ不可能な時は、他の医療機関で受け入れ可能であれば、そちらを紹介するということで、これまでは凌いできたと思われますし、そのような扱いは上記の「正当事由」にかかる二つ目の行政解釈(の延長線)からも認められてきたと考えられます。

 ところが、今後コロナウイルスの患者がさらに増えて、どこの医療機関も病床が満杯で、特に入院を要する患者を受け入れ可能な医療機関がない場合どう考えるべきか、というのがトリアージの問題になると思います。

 ここで考えられるのが「義務の衝突」と言われる概念です。義務の衝突とは、刑事法の分野で出てくる概念ですが、両立しえない複数の法律上の義務が存在するため、その中のあるものを履行するためには、他の義務を怠る以外に方法がない場合をいいます。教科書事例としては、子供2人を乗せたボートが転覆し、父親が同時に2人を救出できず、1人だけ救助し他の放置された子供が溺死した場合、父親の刑事責任が問われるかという問題です。この概念は、緊急避難と似ていますが、救助すべき義務がある(父親)という点と義務違反は不作為の形(他の子供を放置)となる点で異なります。

 コロナに置き換えると、診療契約の申し込みをしてきた患者に対しては応招義務があり、原則として診察治療をしなければならないが、病床があと一人で満杯で他に紹介できる医療機関も無いという場合、いずれかの患者を優先的に治療せざるを得ないが、その場合他の患者の容体が悪化し、事によっては死ぬかも知れない、という医療機関としては究極の選択を迫られると思います。患者の側からすれば、適時に医療を受ける権利を妨害されたことによる身体的又は精神的損害にかかる損害賠償請求ができるかという問題になります。

 義務の衝突による一般論としては、より高い価値の法益を守るためにそちらを優先した場合、違法性が無いといわれていますが、人命は同じ価値です。そうすると、より高い価値とは何かという半ば哲学的な問題に逢着します。

 本テーマに関する第2回目の記事で述べたとおり、医療サービスの需給が逼迫している場合の「最大多数の最大幸福」の追求がこの問題の基本ではないかと筆者は考えています。この観点で言えば、限られた供給の医療サービスによって、可能な限り多数の患者を救済できるように、医療サービスを配分するために、例えば、集中治療により回復する可能性が高い患者から先に治療するということになると思います。こうした究極の判断をする場合に最も重要なのは公平性であって、年齢、性別、国籍、社会的地位、資産その他回復可能性と関係が無いものは基準にしてはならない、ということも重要と考えます。(この点は全くの私見です。)

 しかしながら、後回しにされた患者やその家族からすれば、感情的に納得できない部分があることは否定できないと思います。その意味で将来の紛争の火種を残さない方法がないかどうか、という検討も必要と思います。こうした対策としては、十分な説明を行い患者やその家族に納得していただくという程度のことしか考えられないのですが、この点については、患者の自己決定権の問題にも若干関係があると思いますので、次回以降のブログ記事で扱いたいと思います。

 また、短時間で限られた情報で回復可能性の高い患者を選択するというのは、困難な作業と考えられ、その場合注意義務は軽減されないというのがこれまでの裁判所の考え方のようです。→この点については、第1回記事 を参照。

 

 

 

 

 

2021年1月12日 (火)

トリアージ(Triage)の法的考察-COVID 19の蔓延との関係で(2)

前回の続きでトリアージ(Triage)についてのお話。

5.災害時のトリアージを参考にパンデミック時のトリアージを想定

 従来は自然災害によって多数の負傷者が出た場合を念頭に置いてトリアージが議論されていますので、具体的にどのようなことが行われるのかについて筆者の理解するところを記載します。

 まず、根本にある思想は「最大多数による最大幸福の達成」ということです。医療需給がひっ迫しているときに、限られた医療資源をどのように傷病者に割り当てるか、という課題の解決法と言い換えることができると思います。その判断は正確ではなければなりませんが、同時に迅速に行う必要もあり、正確性と迅速性というある意味相反する要請を調和させる必要があります。こうした判断を正確かつ迅速に行うため、医師その他の医療従事者のチームが編成されるとのことです。

 災害の場合、治療・搬送を要する傷病者を、①最優先で迅速な措置を要するもの、⓶待機してから治療しても間に合うもの、③軽微な傷病でそれよりもさらに遅れて処置をしてもよいもの、そして⓸治療の意味がないもの(=亡くなった人)の4つのグループに分けて、それぞれのグループに属する傷病者に、①は赤、⓶は黄、③は緑、⓸は黒のタグをつけるとのことです。

 COVID-19により医療需給がひっ迫した場合においても、災害の場合に準じたグループ分けがなされるのではないかと思います。例えば、①ICUでECMO(体外式膜型人工肺)を装着することを要する人は赤、⓶一般病棟での隔離と治療が必要な人は黄、③無症状でホテルでの隔離で足りる人は緑、といった具合ですが、実際のところは確認できていません。筆者の想像です。

 そして、災害現場でのトリアージと医療機関に搬送されたのちのトリアージの2つの段階で行われるとのことですが、パンデミックの場合は、現場でのトリアージは通常考えられないので、医療機関でのトリアージが中心になると考えられます。

6.災害時のトリアージと仙台地裁係属の民事訴訟事件

    新聞等の報道によると、トリアージに過失があったかどうかが争われている民事訴訟が係属中とのことです。事案の内容は、東日本大震災の際に搬送先の病院で行われたトリアージにおいて、③の緑(軽微な傷病で治療をしなくてもよいか、又は後回しにできる)とのタグを付けられた患者が、病院内の待機エリアで脱水症を起こして亡くなったというもので、遺族が病院を相手に損害賠償を求める民事訴訟を提起した事件です。→提訴に関するニュース  

 本件はその後どのようになっているのか筆者は知りませんが、トリアージの判断は正確かつ迅速という、場合によっては相反する要請を調和させて行う必要がありますが、迅速な判断をしなければならないため、時間をかけて正確な判断をすることができない場合もあると思います。

 そのため、医療機関の注意義務の程度は、トリアージが必要となる非常時・緊急時には軽減されるという議論もあり得ると思うのですが、「救急医療」の場合でも平常時の医療水準に従った注意義務が課されるというのが、現在の裁判所の考え方のようです。従って、治療の優先度の判断に誤りがあった場合、それが平常時の医療水準に達していないならば。医療従事者が過失責任を免れることは出来ないということになります。なお、このあたりについては永井幸寿弁護士の論文をご参照ください。→研究会報告「災害医療におけるトリアージの法律上の問題点」

(注記)

この記事は昨年緊急事態宣言が発出されたときに途中まで書いたまま、放置していたものです。当時は更に色々書こうとしてその後仕事が忙しくなり、今になっては何を書こうとしていたのかも思い出せません。(欧米との宗教の違いも背景事情にあるのではないかということを書こうとしていたみたいです。)従って、論述として中途半端な内容ですが、昨今の感染者数の急増から医療崩壊が迫っている現実に直面し、何かご参考になりそうな情報を提供できればと思い、この記事をアップさせて頂くことにします。(2021年1月12日記)

2020年5月19日 (火)

オンライン診療(2)-患者のインフォームド・コンセント(同意書)

前回のブログ(→オンライン診療(1))においては、国土が広くオンライン診療(telemedicine)の先進国であるアメリカでは、オンライン診療に関する医療過誤訴訟が極めて少ないという調査結果があることをご紹介しました。

アメリカにおいては、オンライン診療には対面診療にないリスクがあるので、医師の善管注意義務もその点で軽減されるという議論があるかどうか調べてみましたが、そのような議論は見当たりませんでした。善管注意義務の程度が軽減されないとすると、理論的にはオンライン診療であっても、対面診療と同様の程度の注意義務が課されることとなります。

この点をどのように考えるべきかは今後の課題になると思いますが、今回はオンライン診療を行う際、どのような同意書を患者から取得しているかについて、米国の例をご紹介したいと思います。インフォームド・コンセント(informed consent)の問題になりますが、医師と患者の間の紛争の多くが医師ー患者間のコミュニケーションのミスが原因として関係があるという現実に照らすと重要な問題であると考えられます。

【米国の規制】

その前に米国の規制をちょっとだけ触れておきますと、米国は連邦制の国家であるため医師免許も州ごとに取得する必要があります。そのために州を越えて医療サービスの提供を認めるかどうかという連邦制国家固有の問題があります。また、州によって規制の内容が異なり、オンライン診療についても、日本のように対面診療を行った後に行うことが原則としている州や、対面診療なしにオンライン診療ができる州があります。

従って、米国で使われている患者の同意書のフォームを検討する場合でも、米国固有の規制を反映した部分があり、わが国の医療機関が米国の例を参考にするとしても、日本と米国の規制の相違を念頭に入れたうえで、参考にする必要があると思います。

【患者の同意書ーインフォームド・コンセントの内容】

ネットで調べると色々な米国の医療機関において、オンライン診療の際に患者にサインをさせる同意書のフォームがアップロードされています。上記の通り米国の規制は州によって多種多様であり、わが国においてそのまま使えるものではありませんが、大まかな傾向としては、以下のような規定が含まれています。

1.オンライン診療の定義とオンライン診療受診の同意

(例文)私(患者)は、オンライン診療とは、医師ー患者間において、情報通信機器を通じて、医師とは異なる場所にいる患者の診察及び診断を行い、診断結果の伝達や処方等の診療行為を、リアルタイムで行う行為であると理解し、オンラインによる診療行為を受けることに同意します。また、私はいつでもオンライン診療の受診への同意を撤回する権利があるものと理解していますが、同意の撤回により将来別途診療を受ける権利を放棄することを意味するものではありません。

2.個人情報保護

(例文)私は、オンライン診療についても、プライバシーや個人情報の保護に関する法令に基づく規制に服することを了解しておりますが、他の医師や医療機関との連携、薬剤の処方、診療のスケジュールや診察料等の請求のため必要な限度で第三者に開示できることを承諾します。また、犯罪行為、ドメスティックバイオレンスその他私や第三者の心身に重大な危害が現に発生し又はその危険が切迫している場合には、かかる法令に基づく規制の例外として、公的機関への情報開示が認められることを承諾します。

3.オンライン診療のリスク

(例文)私は、医師の合理的な診療に関する努力にかかわらず、オンライン診療には以下のリスクがあることを承知しております。

  • 情報通信機器の不具合により私の医療情報が適切に送信されないリスク
  • 情報通信に関するセキュリティの不全や悪意ある第三者の行為により私の医療情報が漏洩するリスク

  そのため、情報通信機器の不具合等や医療情報の漏洩のリスクの発生により、オンライン診療では適切な診療ができないと医師が判断した場合、オンライン診療を中止することがあることを承知しております。

  また、オンライン診療の診察方法は問診や視診に限られるため、問診や視診では発見できない疾病や障害が見落とされるリスクあり、オンライン診療では適切な診療ができないと医師が判断した場合、オンライン診療を中止し、対面診療等に切り替える場合があることを承知しております。

  以上のオンライン診療の限界により、私の身体の状況が改善しない場合もあることを承知しております。

【その他】

以上に記載した事項はおおむねどの同意書のフォームにも記載されているものです。末尾には、患者が「以上につき読み理解しました。」と述べたうえで、サインをさせるというのが同意書の定型文言になっています。

そのほかの問題として、

  • 本人確認に関する事項
  • 医師や患者以外の参加者に関する事項

も記載事項として考えられます。患者の中には情報通信機器の操作に慣れていないとか、体調不良のために補助者が必要な場合があると思います。家族が補助者であれば問題は少ないのかも知れませんが、家族以外の方が補助者となり得るのか、或いはどのような条件が必要なのかについては、厚生労働省のオンライン診療の適切な実施に関する指針でも明らかではなく、今後の検討課題というところでしょうか。

 

   

2020年5月12日 (火)

オンライン診療(1)ー米国の場合医療過誤事件は極めて少ない

コロナ禍のため在宅勤務をされている方も多いと思いますが、普段からテレワークの体制を整備していないと、なかなかテレワークにスイッチすることは難しいことを感じています。

  1. さて、コロナウイルス以外の病気で通院しようとするときに、怖いのは院内感染であり、これを回避するための方法として脚光を浴びているのが、オンライン診療です。オンライン診療については、平成9年の厚生労働省の通達において対面診療を補完するものとして認められ、その後複数回の改正を経て、現在では平成30年の指針(令和元年一部改正)に基づき行われているものです。→https://www.mhlw.go.jp/content/000534254.pdf
  2. オンライン診療は糖尿病などの慢性疾患の患者の継続的診療には向いていると言われていたところですが、今般のコロナウイルス禍から、臨時的な措置として、限定はつくものの初診からのオンライン診療が認められています。→https://www.mhlw.go.jp/content/R20410tuuchi.pdf
  3. オンライン診療においては、触診や聴診などができず、患者に関する情報が限定されますし、患者が自身の身体の状態について正確な説明をするとは限らないので、医師と患者の間でコミュニケーション・ミスが生じやすく、従って医療過誤が生じやすいのではないかと思いましたので、オンライン診療の先進国であるアメリカでの実情を調べてみました。
  4. 筆者としては驚きでしたが、米国においてオンライン診療(telemedichine)による医療過誤が問題になった事件を調べた人たちの報告によれば、2018年の1か月の期間において、オンライン診療による医療過誤が争点となったと推定される事件は1件もなかったとのことでした。→https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/2729359
  5. これは医療関係者の論文でしたが、さらに法律家の論文を調べたところ、オンライン診療による医療過誤が問題となったケースに関する裁判例はほとんどないと書かれたものもありました。→https://www.natlawreview.com/article/doctor-medical-malpractice-issues-age-telemedicine この法律家の論文では先例らしきものも紹介しており、これもダウンロードして読んでみたのですが、これらの事案の内容は本格的なオンライン診療に関する医療過誤の事件とはいいがたいものでありました。
  6. 医療関係者の論文でも法律家の論文でも同様の結論でしたので、おそらく本当にアメリカではオンライン診療における医療過誤が問題となったケースは極めて少ないのだと思います。
  7. 上記の調査を行った人によれば、その原因として、①患者自身がオンライン診療の限界を認識しており、重大な身体上の問題を持っている場合にはオンライン診療ではなく対面診療を選択していると考えられ、②医師側も重篤な患者と判断した場合には、対面診療を行うことを勧めているので、医療過誤訴訟が起きにくいのではないかとのことです。医師も患者もオンライン診療については、安全運転を心がけているということでしょうか…。
  8. 医療過誤訴訟は患者の死亡や後遺障害といった結果が重大な場合に起こされることが多いと言われているので、納得感のある説明のように思われます。日本でもオンライン診療が増えているという新聞記事がありましたが、米国と同様に医療過誤訴訟は少ないという結果になるのでしょうかね?今後に注目したいです。
  9. オンライン診療については、これ以外にも色々と論点はありますが、本日のところはこの程度としておきます。

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2018年8月22日 (水)

再生医療法(5)-省令改正の動向(続)

再生医療法について思うことを書いたところ、次から次へと色々と言いたい事が出てきてしまい、とうとう5回目となってしまいました。

今回は前回(http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html)に引き続き、パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則改正案について意見を述べることとします。

15.臨床研究法との関係

 今回の省令改正は大改正の部類だと思いますが、その中には本年4月から施行されている臨床研究法及びその政省令との平仄を合わせるための改正も含まれています。

 臨床研究法は、臨床研究において製薬会社の従業員の参加や不透明な利益供与が問題となった事案を契機に、臨床研究を受託した医療機関と製薬会社との利益相反関係から生じる弊害を防止することが一つの目的となっており、臨床研究における個人情報の保護とインフォームドコンセントを法律のレベルで整理することも目的としています。

 今回の再生医療法施行規則の改正では、臨床研究法施行規則にある規定の多くを取り込んでおり、研究としておこなう再生医療においては臨床研究法の下での規制と同等の規制に服することになると考えられます。

 ところで、再生医療法施行規則の改正案で明確ではないのは、改正施行規則における「研究」とはいわゆる「介入研究」に限るのか或いは「観察研究」も含まれるのか、という点です。

※「観察研究」とは、「介入」(=被験者のグループ分けをしてそれぞれに異なる治療方法等を適用して効果の比較)を行わず、患者の血液等の試料や診療記録その他によって治療に関するデータを集めて新たな医学知識を発見するための研究。「介入研究」に対する用語。観察研究の法令上の定義としては、臨床研究法施行規則第2条第1号を参照。

 臨床研究法は「観察研究」を対象としていないので、これとパラレルに考えると、改正再生医療法施行規則における「研究」とは「介入研究」に限られ、「観察研究」は含まれないと考えられるのですが、公表されている規則改正案では明らかではありません。この点は改正施行規則の文言が公表された段階で明らかになるのではないかと思います。

 なお、改正再生医療法施行規則の「研究」が「介入研究」に限定されるとしても、「観察研究」として再生医療を提供する場合には、臨床研究に関する指針https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/index.htmlが適用されるという理解です。しかしながら、臨床研究に関する指針の内容は、大学病院など研究を目的とする医療機関において行う臨床研究を念頭に置いているようであって、一般の医療機関については当てはまらないのではないかと思われる規定が散見されます。従って、臨床研究に関する指針をどのように解釈適用していくかという課題が残されると思います。

16.「治療」として提供する再生医療と「研究」として提供する再生医療

 改正再生医療法施行規則において「研究」の定義が明確化されていれば問題は少ないのかも知れませんが、「治療」としての再生医療と「研究」としての再生医療をどのように分けるのか、という問題があるように思います。

 再生医療を提供する医療機関が「ウチは治療で提供する」という看板を掲げれば、当該再生医療に関する実績、トラックレコードが乏しく、科学的に有効性の確認が出来ていないものでも、「治療」としての再生医療が可能なのか?という疑問を持っています。

 改正再生医療法施行規則においては、研究については研究計画書を作ったり、研究のモニタリングをするなど、治療として再生医療を提供する場合よりも医療機関は重い負担を負うことになります。また、観察研究として再生医療を提供する場合でも、臨床研究に関する指針が適用されるという理解であれば、指針に従うための負担があります。

 ずるいやり方をすれば、「ウチは治療で再生医療を提供する。」という看板を掲げてしまうと、こうした負担を免れてしまうのか、という疑問があります。

 再生医療に関する3つ目の記事(再生医療の安全性と妥当性)⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/3--f081.htmlで筆者の意見を述べましたが、「治療」にするのか、「研究」にするのかを医療機関の独自の判断にゆだねるのは、妥当でないと考えています。再生医療の安全性と妥当性に関する記事で述べたように、「研究」の場合と異なり、その有効性について「一応確からしい」という疎明が出来る段階にいたって「治療」としての再生医療の提供を行うべきではないか、というのが私見です。

 究極的には、医療サービスの内容もその対価である報酬も医療機関と患者との間の診療契約で決まるという自由診療について、契約自由の原則として当事者の自治に任せるのかどうかという命題に帰着すると考えていますが、患者には「治療」か「研究」のいずれが適切かの判断をする能力がないので、「治療」の看板が掲げてあれば、患者としてはそれを信用して、診療契約の締結をせざるを得ないと思います。自由診療であるからといってチェックが入らなくてもよいのかどうか、という素朴な疑問があります。

17.細胞培養加工施設(CPC)について

 今般公表されている再生医療法施行規則の改正案によれば、細胞培養加工施設(CPC)に関する規定の変更は無いようです。

 現在の再生医療法の考え方は、再生医療を提供する医師が診療に関する全責任を負い、細胞培養の委託先である細胞培養加工施設による細胞加工物の製造や品質管理について指導監督するという建前が取られています(現行施行規則第8条)。

 医療機関に付属して細胞培養加工施設が設置されているケースでは、このような建前と現実に乖離はないと思いますが、再生医療法(4)(再生医療委員会と省令改正の動向)の記事(→http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html)で書いたとおり、細胞培養加工には技術的なノウハウがあるようですし、可及的に安価な医療サービスを患者に提供するためにも、スケールメリット(規模の経済)を生かす分野と考えられます。

 ここに産業としてのビジネスチャンスが生じるわけですが、そのような多額の資本の投下を要する細胞培養加工施設を設置運用する企業と医療機関との間での力関係を考えると、再生医療を提供する医師が細胞培養加工施設による細胞加工物の製造や品質管理を適切に行うことが可能なのかどうか、という疑問が生じます。細胞培養加工につき技術的なノウハウがあるとすると、企業としては細胞培養の委託者である医師といえども、なるべく情報を開示したくないこともあり得るのではないか、という疑問もあります。

 この点に関連して再生医療法施行規則の改正案について一つ指摘をしますと、省令第7条第6号、第13条関係の改正にいおいて、再生医療に用いる医薬品の製造販売業者から研究資金の提供を受ける場合にはその契約を締結し、細胞提供者や患者に対して説明同意を求めることとされていますが、医療機関が細胞加工施設を運営する企業から研究資金の提供を受けることは無いのでしょうか?企業の論理としては、細胞加工を受託するとともに、医療機関に細胞治療の研究を行わせ、その成果を企業のノウハウの蓄積や実績としたい、という欲求はあると思います。医薬品の製造販売業者と類似する問題が起きる土壌はあると思うのですが、細胞加工施設を運営する企業については改正施行規則案では明記されていません。

 多くのタイプの再生医療においては、細胞培養加工が行われるわけであって、細胞培養加工の過程における細胞汚染や人為的ミス(例えば細胞の取り違え)が、横綱級のインパクトのあるリスク要因ではないかと考えられますので、今後細胞培養加工施設において重大事故が発生するようなことがあれば、細胞培養加工施設についても規制が強化される可能性があると思います。

今回の記事で再生医療については一区切りとさせていただき、次回以降は別のテーマを扱いますので、これまでの記事の目次を掲載します。

再生医療法(1)-再生医療の概観

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1--817a.html

再生医療法(2)-生殖補助医療と再生医療

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/2-6447.html

再生医療法(3)-再生医療の安全性と妥当性

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/3--f081.html

再生医療法(4)-再生医療等委員会と省令改正の動向

http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html

再生医療法(5)-省令改正の動向(続)

本記事です。

 

 

2018年8月21日 (火)

再生医療法(4)-再生医療等委員会と省令改正の動向

再生医療シリーズの4回目となります。

9.細胞培養施設について

 多くの再生医療では細胞培養が行われています。再生医療シリーズの第1回目の記事において述べた「がん免疫療法」においても、患者の免疫細胞を採取し培養を行っています。

 この種に医療における最大のリスクと考えられるのが、細胞の汚染ですので、再生医療法は、細胞培養加工施設における細胞培養に関して、厚生労働大臣の許可を要すると定めています。

 細胞培養については色々とノウハウがあるようであり、特許を取得している技術もあるようです。また、細胞汚染を防止するためには、クリーンルーム内で作業をすることを必要とします。また、その他の細胞培養に必要な器具を揃え、細胞培養を行う人員を雇用する必要もあるので、ランニングコストもかかります。加えて、なるべく安価に細胞加工物を提供することにより患者の経済的負担を軽減するのであれば、地価が安い場所に細胞培養加工施設を作り、複数の医療機関から細胞培養の委託を受けて、規模の経済による利益を実現することも考えられます。

 このように考えますと、小規模の病院が採算が取れる細胞培養加工施設を設置し維持するのは困難ではないかと思います。従って、資金力があってノウハウもある企業が細胞培養加工施設を設置して、医師からの依頼に基づき細胞培養を行うという方法によらざるを得ないと思います。

 お金のかかる話ですので、金融機関による融資も必要となるでしょうから、ここに金融機関のビジネス・チャンスがあると筆者は考えています。(やっと「金融法」のテーマが出てきました。)しかしながら、金融機関が融資をする際の審査を行うことを想定しますと、再生医療や細胞培養加工施設に関して知見を有する人材を確保する必要があり、この種の融資を手掛けることが出来る金融機関は限られるのではないか、という気がします。

 ところが、お金をかけて細胞培養施設を設置するからには、その投下資金の回収が必要となります。投下資金の回収方法は、細胞培養を受託した医療機関からの手数料となります。医療機関のサービスの提供先は患者ですので、ここで、なるべく経済的負担を少なく治療を受けたい患者と利益を極大化したい細胞培養施設との利害相反関係が生じる背景があります。

10.医療機関とMS法人との関係

 MS法人という言葉をご存知の方もいらっしゃると思いますが、Medical Service法人の略であり、医療機関に対して色々なサービスを提供している法人です。私見によれば、細胞培養加工施設も広い意味ではMS法人の一種であり、再生医療法の細胞培養加工施設にかかる規制は、広い意味でのMS法人に対する規制の一種という整理が可能と考えております。

 ところで、医療法では営利目的の医療法人を禁止しており、厚生労働省の通知等において、MS法人と医療法人との間の取引について、実質上医療法人が利益配当を行うことが無いように規制するとともに、医療法人とMS法人との理事の兼務を原則として禁止するなど規制を行っています。

 再生医療委員会は医療機関ではありませんが、このような医療法の趣旨からすると、再生医療を提供する医療機関の再生医療等提供計画を審査する再生医療委員会としては、医療機関と細胞培養加工施設を経営する企業(以下「CPC企業」という。)との間の利益相反関係についても留意する必要があると考えられます。

 ところが、現在の再生医療法施行規則では、CPC企業の関係者が再生医療委員会のメンバーとして再生医療提供計画の審査に参加することが明示的には禁止されていません。従って、再生医療委員会の審査業務がCPC企業の関係者の利害によって影響を受ける潜在的なリスクがあったわけです。

 パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則の改正案では、この点の改め、CPC企業の関係者が再生医療委員会による再生医療提供計画の審査に参加することを禁止しています(省令第65条関係の改正)。但し、再生医療委員会の委員の構成基準についても、CPC企業の関係者が含まれることまで禁止しているかどうかは、規則の改正案では明らかではないです。

11.再生医療委員会の質の問題

 再生医療に関する第1回のブログ記事(⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/1--817a.html)で少し触れていますが、第3種再生医療委員会の設置基準が第1種及び第2種に比べて緩やかであるため、再生医療委員会の質にばらつきがあるという話を聞いたことがあります。

 筆者が風の噂で聞き及んでいるところでは、再生医療についての知見を有するのかどうか疑問のある委員で構成されている再生医療委員会があるとか、再生医療提供計画の作成から再生医療委員会による審査を一括して医療機関から請け負っているビジネスもあるようです。また、再生医療等提供計画の審査において、厳しい再生医療委員会もあるし、緩い再生医療委員会もあるので、自分らに都合のよい審査をしてもらえる再生医療委員会を探して、再生医療委員会のshoppinngを行う事案も見られるようです。

12.再生医療委員会による審議に関する再生医療法施行規則の改正案

 パブリックコメントに付されている再生医療法施行規則の改正案では、再生医療委員会の現状に鑑みて次のような省令改正が公表されています。

a. 再生医療委員会の設置団体

 まず、再生医療委員会の設置できる団体について、再生医療委員会を設置できる独立行政法人については、医療の提供や臨床研究や治験の支援を業務とするものと改正されます(省令第42条関係)。これが独立行政法人以外の団体や法人についても同様の規制が及ぶのかどうかは改正案では明記されていません。

b. 技術専門員の制度の新設

 また、技術専門員という制度が新設され、再生医療委員会の審査業務において、審査業務の対象となる疾患等について専門的知識を有する、技術専門員の評価書を確認する規定が新設されるとのことです。これによって再生医療委員会の審査業務の品質を確保しようとしていると考えられます。

 新設される技術専門員についての疑問としては、「審査業務の対象となる疾患領域の専門家及び生物統計の専門家その他再生医療等の特色に応じた専門家」と定義される「技術専門員」の認定をどのようにするのかが規則改正案では明らかになっていないことです。規則改正案では資格を設けるようなことも書かれていませんが、誰がどのようにして、技術専門員としての知識経験等を有すると認定するのでしょうか?

 もう一つの疑問点は、再生医療等委員会の委員との兼任が可能かどうかという点です。既存の再生医療等委員会の委員の中には、技術専門員の条件を満たした方が含まれている場合も想定されるところ、兼任が許されないとすれば、新たに技術専門員になる方を探してくる必要があります。技術専門員の役割が再生医療等委員会の審査業務を支援することにあるとするならば、技術専門員と再生医療等委員会との利害衝突の可能性は無いので、兼任を認めてもよいのではないかとも考えられますが、公表されている施行規則の改正案ではこの点は明らかではありません。

 技術専門員の数によると思いますが、その数が少ないと、審査業務のための技術専門員の取り合いのような状況が生じるかも知れません。

 なお、改正施行規則については1年間の経過措置が取られるようですが、技術専門員の評価書については、1年間の期間の満了前であっても、必要になると考えられます。従って、技術専門員の確保は早めに行うべきでしょうね。

c. 法律家委員の範囲の限定

 続いて、再生医療委員会を構成する法律家委員については、「医学又は医療分野における人権の尊重に関して理解のある」法律家に限定するとしています。

 具体的にはどのような経歴や経験があるとそのようにいえるのかがよく分かりません。この点は改正施行規則の施行の際の厚生労働省の通知で明らかにされるのでしょうか。

d. 利害関係の無い委員の増加

 更に、再生医療委員会を設置する者が設置者に都合のよい者を再生医療委員会の委員にするのに歯止めをかけるため、設置者と利害関係を有しないものを2名以上としています(省令第47条関係)。

 委員の構成要件については、会社法における社外取締役の要件や証券取引所の規則の定める独立役員の要件と比べて緩い感じがするのですが、これが限界であったのでしょうか。

e. 利害関係人の審査業務への参加の禁止

 前述の再生医療委員会の審査業務への参加者から除外されるものとして、CPC企業の関係者がありますが、その他審査の対象となる再生医療提供計画を作成する医療機関の関係者も審査業務に加わることが出来ない旨の改正が行われます(省令第65条関係)。

 この点は会社法でも取締役会の議事において特別利害関係人が参加するのを禁止しているので、筆者としては同様の規制が再生医療委員会に無いのが不思議に思っていたのですが、ようやくこの点も改善されるようです。施行規則の改正案では利害関係人を列挙していますが、会社法の規定のように、より一般的に(審議の結果について)「特別の利害関係を有する」(会社法第369条第2項)のような規定にすることも考えられたと思います。

f. 再生医療委員会のshoppingの制限

 再生医療委員会をshoppingすることについて歯止めをかけようとしていると考えられる規定も新設されるようです。一度再生医療等提供計画を厚生労働大臣に提出した後は、原則として当初審査を受けた再生医療等委員会の変更をしてはならない、という規定が新設されるとのことです。従って、当初の再生医療等委員会が厳しい意見を述べたからといって、緩い意見を述べる別の再生医療等委員会に変更することは出来なくなります。

 もっとも、施行規則改正案を読むと、一つの医療機関が複数の再生医療等提供計画を作成した場合、それぞれの計画について異なる再生医療等委員会に審議を依頼することは禁止されないようです。例えば、一つの医療機関において、がん患者向けのがん免疫療法とスポーツ選手向けのPRP(多血小板血漿)療法の提供を行うことも考えられ、こうした場合には、専門性の違いから異なる再生医療等委員会に再生医療提供計画の審議を依頼することは合理的なことと考えられます。

 しかしながら、同種の再生医療について、同じ医療機関が複数の再生医療提供計画を厚生労働省に提出しようとしている場合、それぞれの再生医療提供計画について、異なる再生医療委員会に計画の審議を依頼することは適当でない場合があると思われます。現状再生医療委員会の中にも審査が厳しいところや緩いところがあるようですので、一つの医療機関が提供する同種の再生医療にかかわらず、再生医療委員会によって意見が異なる可能性が生ずるからです。

 このあたりの問題が公表されている再生医療法施行規則の改正案では解決されていないように思われます。

g. その他の派生する問題

 今回の省令改正案によれば、再生医療等委員会の構成や審査業務に色々な条件を設けています。ところで、こうした条件を満たさずに再生医療等委員会が再生医療等提供計画を審査したことが事後的に判明した場合(例えば審査業務に参加できない者が参加していたことが事後的に判明した場合などが考えられます。)、当該審査の効力はどのようになるのか、あるいは審査を受けて厚生労働大臣に提出した再生医療等提供計画はどのように扱われるのか、といった問題が今後生じる可能性はあると思います。

13.再生医療委員会に関するその他の改正

a. 再生医療提供計画への適合の有無の判断

 臨床研究法施行規則第15条と平仄を合わせるための改正と思われますが、再生医療法施行規則の改正案においては、現に提供されている再生医療が再生医療提供計画に適合しているかどうかの確認が必要となります。具体的には、再生医療が計画に適合しない場合、医師は医療機関の管理者等にその旨を報告しなければならず、更に不適合の程度が重大な場合、再生医療委員会への報告も必要となります。

 現状では、再生医療に起因すると考えられる疾病が発生した場合に、再生医療委員会への報告が必要とされていますが(現行施行規則第17条)、改正案においては、疾病の発生の有無を問わず、重大な不適合が発生した場合には、報告が必要とされ、不適合は定期報告事項にも含まれると考えられます。

 そして、再生医療委員会が不適合について意見を述べた場合には、医療機関はこれをを尊重しなければならないという趣旨の規定も設けられます。

b. 再生医療提供の継続の可否の判断

 現行の再生医療法施行規則においては、再生医療委員会は再生医療を提供する医療機関からの定期報告に対して意見を述べる義務が明記されていませんでした。ところが、公表されている施行規則の改正案においては、再生医療委員会は、医療機関による再生医療の継続の適否について意見を述べることが義務付けられます。これは厚生労働大臣に対する報告事項にも追加されます。

 その結果、再生医療委員会としては、事実上医療機関に対して再生医療の提供の停止を求めることが出来る権限を持つことになります。この権限の拡大の裏返しとして、再生医療委員会としては、問題がある再生医療についてストップをかけなかった場合、不作為について何らかの責任を負うことになるのではないか、という疑問があります。

 このような規則改正が実現すると、仮に問題のある再生医療の継続にストップをかけなかった結果、事故が発生したとすると、患者側としては、医療機関だけでなく再生医療委員会のメンバーの責任も追及する根拠となるのではないか、という疑問です。私見によれば、現行法でも委員会のメンバーの責任が発生する余地はあると考えていたところですが、この点がより強化されるのではないか、という気がします。

 従って、全体として再生医療委員会の負担が重くなり、不適合であるか否か、或いは再生医療の継続の適否について、委員会として的確な判断ができる体制を整える必要があると考えられます。

 このように考えてきますと、今後既存の再生医療委員会において委員の変更を含め体制の見直しをするところが出てくるのではないかという気がします。また、改正後の規則の施行時期は来年の2月頃といわれていますが(再生医療委員会に関する部分は経過措置がない)、その時期は多くの再生医療委員会の認定の更新が行われる時期と重なっていますので、もしかすると、認定が更新されない再生医療委員会が出てくるのではないでしょうか?

14.再生医療等委員会の情報開示

 再生療法施行規則の改正案によれば、「…審査等業務の過程に関する記録に関する事項について、厚生労働省が整備するデータベースに記録することにより公表しなければならない。」とされています(第49条関係)。

 「審査等業務の過程」とは何を意味するのか具体的な記載がありませんが、再生医療委員会の議事録や議事の際の配布資料も開示の対象になるとすると、議事録の記載も慎重に行う必要が出てきます。仮に議事録も開示の対象となるのであれば、会社法の下での取締役会の運営のように、異議がある委員は議事録上異議を留めることを記載して、将来的に責任を問われないようにするといった対応が必要となるのではないかと思います。

 また、開示する情報の範囲如何によっては、技術情報や個人情報など秘密情報の保護をどのようにするのか、という課題もあると思うのですが、そのあたりも改正案では明らかではありません。

(次回に続く)

 

2018年8月20日 (月)

再生医療法(3)-再生医療の安全性と妥当性

「金融法」のタイトルにもかかわらず、医療の問題を扱っていますが、もう少し再生医療についての意見を述べてみたいと思います。

5.再生医療等委員会の安全性と妥当性

 既に述べたとおり、再生医療等委員会の役割は、再生医療を提供する医療機関の再生医療等提供計画が、再生医療提供基準に合致しているかどうかの審査をすることですが、再生医療提供基準のうちで、再生医療の安全性と妥当性(再生医療法施行規則第10条)というものがあります。

 このうち、「安全性」の定義はイメージがしやすい用語だと思います。

 ところが、「妥当性」の意味がよく分からないのです。再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知によれば、「『妥当性』としては、例えば、当該再生医療等の提供による利益が不利益を上回ることが十分予測されること」と書かれています。

  「妥当性」という用語は、価値判断を含んでいるので、法的な基準として使い勝手が悪いと言わざるを得ないのですが、医療・ヘルスケアの分野の法律において、近年使われ始めているように思われます。(なお、行政法の分野で使っているものが多少見られる。)

 例えば、ヒトES細胞の樹立に関する指針やヒトES細胞の分配及び使用に関する指針において、「科学的妥当性と倫理的妥当性」といった用語が使われていますし、遺伝子治療等臨床研究に関する指針や人を対象とする医学系研究に関する倫理指針においても「妥当性」という用語が使われています。

 更に、昨年(2017年)成立した、医薬品の臨床研究の規制を目的とする臨床研究法の臨床研究実施基準(臨床研究法第3条)において、臨床研究を行う医師の義務として「…(臨床研究の)安全性及び妥当性について…倫理的及び科学的観点から十分検討しなければならない。」と定めており(臨床研究法施行規則第10条第2項)、臨床研究を行う医師は、「臨床研究の安全性及び妥当性の評価についての評価」に関する事項を、臨床研究審査会へ報告するものと定めています(同規則第59条)。

 ところが、再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知以外において、「妥当性」の意義について説明をしているものが見当たらず、それぞれの法令や指針において同一の意義を有するものと理解してよいのかどうかが分かりません。そもそもこれらの指針や省令で定められている「妥当性」を統一的に解釈すべきか、という疑問もあります。

6.「有効性」と「妥当性」

  「妥当性」の用語が使用された立法理由を明らかにした公開資料は見当たりませんが、立法者は、薬事関係の規制とパラレルに考えていたのではないか、という気がします。

 医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)の下では、医薬品、医薬部外品及び化粧品の製造販売については、厚生労働大臣の承認を必要としていますが、医薬品等の承認のためには、医薬品等の「安全性」と「有効性」が確認されることを必要としています。

 ところで、新薬の開発においては、非臨床試験及び臨床試験を通じて「安全性」と「有効性」の確認が行われるわけですが、これは非常に長い年月がかかります。再生医療の提供において、新薬の開発と同じレベルでの「安全性」と「有効性」の確認が必要であるとすると、再生医療の提供は困難になると考えられます。

 そこで、「安全性」については妥協ができないとしても、「有効性」については妥協をし、「有効性」が確認できない場合であっても再生医療の実施を可能とする用に、「妥当性」という基準を導入したのではないか、と筆者は考えております。

7.「妥当性」の解釈

 既に述べたとおり、再生医療法施行規則に関する厚生労働省の通知によれば、「『妥当性』としては、例えば、当該再生医療等の提供による利益が不利益を上回ることが十分予測されること」と書かれています。

 実は筆者が委員を務めている再生医療委員会では、「妥当性」の解釈を巡って委員の間で意見が分かれたことがあります。或る委員は「有効性」に近い程度のものが要求されると主張したのに対し、他の委員はそこまでは要求されていない、と主張し、議論が紛糾しました。

 「有効性」に近い程度まで要求すべきという立場の根拠は、医学的根拠が乏しく、治療の効果が殆ど見込まれないようなものについて、「治療」と称して「医療サービス」を提供するのは許されない、ということにあります。確かに、再生医療には、iPS細胞を使ったものから、脂肪幹細胞を使った美容整形まで広い範囲の医療行為が含まれます。もしも、その中には医学的根拠が乏しく、治療の効果が殆ど見込めないものがあるのだとすれば、自由診療で、患者に高額な診療報酬を支払わせるのは倫理的に妥当でないと思います。

  しかしながら、 本シリーズ第1回のブログ記事で書いたとおり、特にがん免疫療法の場合、放射線、薬物、手術など他の治療と併行して、がん免疫療法による治療が行われるので、症状が改善してもそれががん免疫療法の結果であるのかどうか確認することが困難という問題があり、「有効性」が認められるかどうか確認が困難です。また、「妥当性」のハードルを高くすると、新しい医療技術の発展を阻害し、産業育成の観点から妥当でないという考え方もあり得ると思います。

 この問題をどのように考えるべきでしょうか?

 あくまでも私見ですが、再生医療を治療として提供する場合と再生医療を研究として提供する場合は、「妥当性」の判断で要求される「有効性」の程度が違うのではないか、という気がします。治療として再生医療を提供する場合は、「有効性」の疎明、即ちある程度の「有効性」が一応認められる必要があるのではないかと思います。

 そして、研究論文や臨床データが乏しく、「有効性」について疎明も出来ないような段階では、「観察研究」として再生医療の提供を行い、診療の集積により「有効性」の疎明が出来るような段階で「治療」としての再生医療を認める、というものです。

 一般に法令の解釈として、一つの用語をシチュエーションによって異なる解釈をするというのは、妥当ではないと思うのですが、再生医療法は治療と研究の両面を規制するもので、このような解釈も許されるのではないかと考えています。 

 なお、「観察研究」には臨床研究法の適用がありませんが、医学系指針https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hokabunya/kenkyujigyou/i-kenkyu/index.htmlの対象になると考えられるので、観察研究として再生医療を行う場合には、指針に従う必要があると思います。但し、指針は大学病院で行うような医学研究を念頭に置いており、小規模なクリニックにも当てはまるのかどうか、疑問を感じるものが含まれています。いずれは改正をして頂けるものと考えていますが…。

※「疎明」とは、 事実の存否について一応確からしいという推測を得た状態を意味し、「証明」よりも立証の程度は低いこと。

※「観察研究」とは、「介入」(=被験者のグループ分けをしてそれぞれに異なる治療方法等を適用して効果の比較)を行わず、患者の血液等の試料や診療記録その他によって治療に関するデータを集めて新たな医学知識を発見するための研究。「介入研究」に対する用語。法令上の定義としては、臨床研究法施行規則第2条第1号を参照。

8.再生医療の「妥当性」と消費者保護

 さて、再生医療の「妥当性」は治療の場合と研究の場合で「有効性」の面で程度が異なるとして、その内容をどのように理解したらよいのでしょうか?裁判で争われた場合、医師等の責任の有無の基準として機能するのかどうか、という問題意識があります。

 問題になりうる局面としては、診療事故は起きなかったが(つまり、安全性には問題がなかったが)、不適切な医療サービスに対して、高額な診療報酬を支払わされたので、診療報酬の返還又は損害賠償を求めるといった事案が想定されます。

 医療に関する一般的な考え方から考えてみます。医療を提供する時点において、その結果を完全に予測することは困難という医療行為の特色を前提に、医療提供者と患者との信頼関係に基づき、医師が最良と判断した措置を行う、という医療法の理念(医療法第1条の2参照)に照らすと、再生医療の「妥当性」について、医師は広い裁量を有しており、明らかな誤謬が無い限り「妥当性」が無いことを理由に法的責任を問われることは少ない、と思います。「結果責任」という面ではこのように考えられますので、「効果がさっぱり出なかった。」という事実だけでは、医療機関の責任を問うことは困難です。

 しかしながら、現在再生医療は自由診療で提供され、高額な報酬が支払われているという現実からすると、不適切な医療サービスの提供について、消費者保護的な考え方を導入できないか、という疑問があります。(美容整形の分野では特定商取引法の適用が問題となる場合がありますし、消費者契約法の適用が問題となったケースもあるようです。)

 仮に、効果が期待できないのに、効果があるかのように表示して医療サービスを提供するようなことがあれば、何らかの規制を及ぼす必要がないか、という気がします。保健収載されるためには、医療技術の有効性その他あらゆる局面について技術審査会の審査を経るわけですが、自由診療は、第三者によるチェックが無く提供される医療サービスです。

 従来は医療事故が生じた場合を除き、自由診療に対して規制のメスがかかったことは少なかったと思います。しかしながら、医療機関の責任の問題に置き換えると、自由診療の場合、「安全性」は確保されていても「妥当性」が無い医療サービスについて、医療機関の責任が生じうる場合があるのかどうか、という問題になります。

 医療行為の広告規制の問題や診療契約締結の際の医師の説明義務の問題も合わせて検討しなければなりませんが、このように考えますと、再生医療等委員会は、再生医療等を提供する医療機関の「再生医療等提供計画」を審理において、再生医療の「妥当性」について、消費者保護的な見地を取り入れて、再生医療提供計画を承認しない、という判断があり得るのではないか、という気がします。

 冒頭で述べた「不適切な医療行為」を受けたという患者のクレームがあった場合、再生医療委員会において、「妥当性」についても丁寧な議論をしたうえで「再生医療等提供計画」を承認したということを議事録などの証拠をもって証明できれば、そのような患者のクレームに対する有力な反論材料となりうると思います。 (もっとも、法的責任のレベルでの「妥当性」と再生医療等委員会が再生医療等提供計画の審査をする場合の倫理性での「妥当性」のレベルは違うという考え方もあり得ると思いますので、断定的なことは言えませんが…。)

 ちなみに、再生医療法施行規則の改正案では、再生医療等委員会は医療機関からの定期報告に対して、再生医療の継続の適否についても意見を述べることになっています。再生医療等委員会としては、こうした消費者保護的な見地も含めて意見を述べる必要があるのでしょうか?……このようなことを述べている人が誰もいないので、あくまでも私的な試論に過ぎないですが、問題提起をさせていただきたいと思います。

 もっとも、そもそも新しい医療技術である再生医療に関しては、トラックレコードが乏しいので、再生医療の「妥当性」につき、「有効性」に近いレベルを求めるとすると、現在行われている多くの再生医療(特に、第3種再生医療)が生き残ることは困難であると考えられます。

 このあたりの調和点を探すのは困難なことであり、再生医療等委員会での審議を尽くすべき点であろうと考えております。

次回は再生医療等委員会の問題点について扱いたいと思います。次回(再生医療委員会と省令改正の動向)へ続く⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/4--6b07.html

 

2018年8月19日 (日)

再生医療法(2)-生殖補助医療と再生医療

前回のブログ記事では、再生医療の例や再生医療の種類を中心に再生医療法の概観を致しました。

今回はその続きとして、再生医療法の適用範囲に関する疑問を扱います。

なお、予めお断りしておきますが、以下に述べるものは全て公開資料によるものですので、限定された情報に基づく考察に過ぎません。その意味で、記事の正確性については、吟味が必要です。

4.生殖治療と再生医療

 再生医療等委員会の話に移る前に、再生医療法の適用範囲について一つ問題提起をしたいと思います。

 再生医療法の施行令によれば、ヒトの精子や未受精卵に加工を施す医療技術は、再生医療法の対象外とされており、学会が定めるガイドラインに従って行うという理解をしているのですが、そこで想定されているのは、排卵誘発剤を使用したり、第三者から卵子や精子の提供を受けるものとか、或いは精子や未受精卵を凍結保存したり、体外受精をさせて体内に戻すといった治療と思います。

 ところが、調べているとアメリカの例ですが、新しい不妊治療として、妊娠を望む女性の卵巣の表面を一部採取し、それを遠心分離機を使ってミトコンドリアを採取する。⇒そのミトコンドリアを卵子の前駆細胞に注入することによって、老齢化とともに劣化している卵子を若々しいものに変えて、受精⇒細胞分裂を促進するというものがあります。これは、老齢化とともに女性の体内で作られる卵子が劣化するので、高齢の女性の生殖補助医療の成功率が低いという問題があることを解決するための医療技術で、ミトコンドリアの細胞活性化機能に着目したもの(というのが筆者の理解です。)があります。

 米国では食品医療品局(FDA)はこの手法について、FDAの承認が必要との見解を示しているとのことで、以前調べたときにはFDAの承認が得られていないので、米国内では実施が出来ないとされていました。FDA未承認とすると、安全性や有効性の確認ができているのかどうか、疑問があるところです。

 上記の米国で開発された不妊治療と同様の治療が、昨年(2017年)日本で行われたとの報道があり、某女優が受けたといわれている不妊治療もこの種の治療かも知れません。もっとも、この種の不妊治療がどの程度広まっているのかは筆者は知りません。

 こうした不妊治療が再生医療法の対象となるのかどうか。再生医療法の対象となるものは、「ヒトの身体の機能の再建、修復」であり、卵子を若返らせるというのは、これに該当するのではないかとの疑問があります。更に、ミトコンドリアはDNAを含んでいるので、ミトコンドリアを卵子の前駆細胞に注入するのは、遺伝子操作にあたるのかどうか。ちなみに遺伝子操作を行うものは、第1種再生医療技術となります(再生医療法施行規則第2条)。海外では第三者である若い女性から採取したミトコンドリアを使用する臨床実験も行われたことがあるようであり、こうした治療における安全性の確保は重要な課題のようにも思われます。

 しかしながら、再生医療法の施行令第1条によれば、ヒトの未受精卵に加工を施す医療技術は、再生医療法の対象外とされていますので、上記のような生殖補助医療でも再生医療法の対象外とみなすことも考えられます。そうすると、医師個人の判断で患者との信頼関係に基づき再生医療法による規制を受けずに実施できるとも考えられます。

 おそらく再生医療法の適用範囲か否かを判断するには、当該不妊治療の内容を精査する必要があると思いますが、筆者は医療の専門ではないので、その点は何とも意見を述べることが出来ません。従って、適用範囲にすべきという意見を述べているわけではないです。

 しかしながら、この問題の背後にあるのは、従来ほとんど法的な規制がなかった自由診療に対して、規制の網をかぶせていくのか、それとも、規制は最小限にして、医師の良心に基づく判断にゆだねるのか、という政策的な判断があるのではないか、というのが筆者の考えです。

 医療技術の進歩の促進という面では、新しい医療技術の開発を大学病院などに限定せずに、個人クリニックでも行わせることにより、広い裾野を作るというのは重要なことであると思いますが、他方において、安全性や有効性が確認できない診療を、自由診療の下で野放しにするのは如何なものか、という疑問もあります。

 そのように考えますと、再生医療法とは、自由診療の領域に一石を投じた法律なのだと思います。

次回(再生医療の安全性と妥当性)に続く⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/3--f081.html

2018年8月18日 (土)

再生医療法(1)-再生医療の概観

筆者は縁あって某クリニックが設置した再生医療委員会の委員を務めており、そのため医療法について勉強をする機会を頂いています。医療過誤は別として、この分野については、法律実務家が書いた論文等が非常に少ないので、筆者の経験に基づく意見を本ブログ記事が、再生医療に関心のある方々のお役に立てればと思っています。

1.がん免疫療法(リンパ球活性化療法)について

 再生医療と聞くと、山中教授のiPS細胞を連想される方も多いと思いますが、再生医療等の安全性の確保等に関する法律(以下「再生医療法」という。)において定義された再生医療と呼ばれる医療の範囲は広く、幹細胞(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B9%E7%B4%B0%E8%83%9E)など細胞加工物を使った治療に広く適用され、美容外科でも再生医療に含まれるもの(例えば、脂肪幹細胞による豊胸手術)もあります。

 再生医療の実施にあたり再生医療等委員会が審査した再生医療等提供計画を厚生労働省に届け出る必要がありますが、既に3000件ほどの再生医療等提供計画が提出されているとのことで、その裾野の広さを示していると思います。

 筆者が再生医療委員会の委員を務めているのは、がん免疫療法(リンパ球活性化療法)といって、患者の白血球に含まれる免疫細胞を抽出し、これを細胞培養施設で増殖させて患者の体に戻すという治療に関するものです。

 人間の体では毎日4000個から5000個くらいのがん細胞が発生するといわれていますが、健常な人間の場合には、腫瘍が出来るとこれを感知する免疫細胞が働き、腫瘍細胞を破壊する細胞(「キラー(殺し屋)細胞」)に、これを攻撃させる指令が出ます。その結果、キラー細胞が腫瘍細胞を破壊するので、出来た腫瘍が増殖せず健康を保つわけです。(というのが筆者の理解です。)(但し、この点も異論はあるようです。⇒https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20180713-00089278/

 がん免疫療法とは、何らかの原因で人体の免疫機能が低下した患者に対して、その患者のキラー(殺し屋)細胞を取り出して増殖させて、体に戻すことによって、元々人体に備わっている免疫機能を回復させることを意図した治療です。(最近ネットに落ちていたPRビデオで分かりやすいと思ったもの→https://www.twellv.co.jp/cancer/)

 もっとも、筆者が見聞するところでは、効果が出ている(と思われる)患者もいるし、そうでない(と思われる)患者もおり、その効果については、医療の専門家の間でも意見が分かれているようです。(某クリニックの看護師の方から聞いた話では、初診の際には車椅子を押してもらっていた人が、今では自動車を運転して通院しているとのことでした。)

 また、がん免疫療法を受ける患者は、放射線治療、抗がん剤治療、手術といった他の治療を受けている方が多く、がん免疫療法の結果のデータをとっても、症状が改善した原因が、がん免疫療法によるのか、他の治療によるのか、それとも相乗作用によるものなのか、特定が困難であって、効果の有無の判定は難しいという問題もあります。

 有効性が確認されるようになれば、将来的には保険収載され、保険医療の対象となることも考えられますが、現在のところはがん免疫療法は自由診療で行われており、利用する患者は富裕層に限られているようです。

2.再生医療法

 外国では再生医療を薬事に関する規制でカバーしているところが多いようです。これは、再生医療において培養される細胞加工物を、医薬品に含めるという考え方に基づくと考えられます。

 これに対して、我が国では、医師の責任の下で細胞を加工する場合は、診療行為として再生医療法が適用され、企業の責任において細胞を加工する場合は、医薬品に対する規制として、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)が適用される、という考え方がとられています。

 立法当時(2013年)は、再生医療法という独自の法律を制定する我が国の規制のあり方は、世界的にもユニークな規制であったようですが、最近はアジア諸国において、我が国の再生医療法をモデルにした法律を制定する動きがあると聞いています。

 もっとも、巷間、再生医療法は分かりにくい、と言われているとのことであり、立法にあたり参考にする外国の立法例も少なかったせいか、再生医療法の実際の運用において発生する問題への対応が十分に備わっていないと感じることがあります。この点は、次回以降において述べることとします。

3.再生医療のクラス分けと再生医療等委員会

 医療機関が研究・治療のために再生医療を提供するためには、厚生労働省令で定める「再生医療等提供基準」に適合した「再生医療等提供計画」を作成し、厚生労働大臣の認定を受けた「再生医療等委員会」の意見を聴かなければなりません。「再生医療等委員会」は、医療機関や学術団体や大学などによって設立されます。筆者は縁あってこの「再生医療等委員会」のメンバーを務めさせていただいている訳です。

 再生医療法によれば、再生医療は3種のクラスに分けられており、人体対する影響が大きいと考えられるものから順に、第1種、第2種、第3種の再生医療が定義されています。

 第1種に入るものは、iPS細胞とか胚性幹細胞(ES細胞ともいい、細胞分裂初期の受精卵を材料とするもの)を使うもの、遺伝子操作を細胞に行うもの、動物の細胞を使うもの、患者以外の細胞(他家細胞)を使うものです。iPS細胞にはがん化リスクがあると言われていますし、受精卵を使うのは倫理的に問題があるので、第1種に含まれると考えられます。

 第2種に入るものは、胚性幹細胞以外の幹細胞を培養するものや患者から採取した細胞を他の機能に使うもの(「相同利用」でないもの)です。MLBで活躍中の大谷翔平選手が今年6月に米国で受けた肘の治療は、大谷選手の血小板を採取して患部に投与するというものと報道されていますが、これは第2種再生医療技術に該当すると思います。→https://www.knee-pain.jp/otani-stemcell/ (PRP(Platelet Rich Plasma:多血小板血漿)療法)その他には、インプラントを埋め込んだ土台の骨を再生するために、患者から取り出した血小板を投与するというのもこの類型の再生医療になります。

 なお、血液がんや免疫不全症の治療において、骨髄から造血幹細胞を採取して移植する治療は、「移植に用いる造血幹細胞の適切な提供の推進に関する法律」(造血幹細胞移植法)という別の法律があるので、政令によって再生医療法の対象外とされています。従って、造血幹細胞移植法の適用が無いものであって、造血幹細胞の増殖をしたり、造血幹細胞の機能に改変を加える場合には再生医療法の適用の対象となります。この点で無届で再生医療法の適用のある治療を行ったケースが問題になったことがあります。→https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/0000209248.pdf

 第3種に入るものは、冒頭に述べた、がん免疫療法のように、患者の体から採取した免疫細胞を培養し患者の体に戻すものです。また、脂肪幹細胞を使った豊胸手術もこれに入ります。

 第1種再生医療は、高度なリスクを伴うものですから、現時点では、大学病院などで研究ベースで行われるものと思いますが、第2種再生医療や第3種再生医療は、自由診療として扱っているクリニックや病院が多くあります。

 前述のとおり、「再生医療等委員会」は、再生医療を提供する医療機関が作成した、「再生医療等提供計画」が「再生医療等提供基準」に適合しているかどうかを審査して意見を述べるわけですが、再生医療法と厚生労働省令に適合したものとして厚生労働大臣の認定を受けて設置されます。

 再生医療等委員会の設置基準の詳細については省略しますが、第3種再生医療は比較的リスクが少ないものとして、第3種再生医療にかかる「再生医療等提供計画」のみを審査する「再生医療等委員会」については、設置基準が若干緩やかになっています。

 しかしながら、第3種再生医療のみを扱う「再生医療等委員会」は、設置基準が緩やかになっているために、疑問を感じる運用が行われているものがある、という話を聞いたことがあり、次回以降のブログ記事で筆者の見解を述べたいと思います。

次回(生殖補助医療と再生医療)へ続く⇒http://shoko-hajime.cocolog-nifty.com/blog/2018/08/2-6447.html

 

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